凍えるほどにあなたをください

達見ゆう

お肌のためなら何でもします

「暑い……いや熱い」


 私は汗だくになっていた。温度計は六十度。湿度は十パーセントという表示。時計は十二分で一周という作りになっている。


「こうして汗をかくことが毛穴を広げ、老廃物が出やすくなるのよ」


 瑠璃子先輩、いや、今はノーメイクにカツラ被ってないから見た目は通常の蓮見先輩が解説する。しかし、口調は瑠璃子先輩だ。だが、秋冬のゴスロリの服の重さで鍛えられたのか夏のマッパの頃より筋肉質になっている。

 筋肉質アニキがオネエ口調になっている。傍から見ればよくわからない人だろう。


「くわーっ! 兄貴はよく耐えられるな!」


 蓮見先輩の弟であり、元妹の佳樹さんも汗を手で拭いながら吐き捨てるように言う。


 ここまで読めばお分かりだろうが、ココはあるスパの中のサウナ室である。水着着用の混浴なので私たちはこうして三人揃ってサウナに入っていた。


 きっかけはメイク修行中に「連休にリフレッシュしてお肌にいい所へ行きましょ」と瑠璃子先輩が言ったことだった。そこに居合わせた、というか、週末によく遊びにくるようになった佳樹さんも話に乗ったので三人でお出かけになったのだ。だから、デートではない。

 しかし、スパだから寒くなく暖かいところだしウキウキしたのもつかの間、待ち合わせ場所から先輩に誘導されたのはサウナ室だった。


 傍から見れば私たちは男子二人と女子の友人同士だが、内訳は春夏はマッパで歩き、秋冬は女装する変態、その弟(元女性)、ヅカに憧れ男装メイクを極めようとする私となかなか個性的だ。

 しかし、皆「美肌になりたい」と言う思いは一致したのでこうして苦行のようなサウナ室にいる。


「うう、久しぶりのせいか熱くて焦げそう。出ようかな」


 私が弱音を吐くと瑠璃子先輩が窘める。


「無理しちゃダメと言いたいけど、まだ三分も経ってないわよ。せめて時計の半分はいかないと」


 瑠璃子先輩は慣れたもので汗はかいているものの、悠然と座っている。


「ですよねー」


 私は諦めてサウナ室に留まった。これも美肌のためだ。最近はデトックス効果は怪しいと言われてるが、新陳代謝くらいは良くなるかもしれない。


「あちぃ……」


 私同様、佳樹さんも顔が赤い。慣れてないのは一緒のようだ。


 ふと、彼の胸が気になって視線をそっと動かした。やはり手術跡などあるのだろうか? ちょっと失礼ながらチラチラと見てしまう。


「何? 俺のこと気になるの? 兄貴から鞍替えするのはまずくない?」


「い、いえ、乗り換えるだなんて。は……瑠璃子先輩は会社の先輩でメイクの師匠という関係だけですから付き合ってないですよ。あの……やはり手術されたのですか?」


「あ、ああ。取っても皮膚はたるんでいるから何回か手術するか自然に縮むのを待つしかないと言われたから、手術の方を選んだ。まだ少し跡はあるけど、こうしてサウナやスパに来られる方が大事だからそんなに気にしてない」


「ごめんなさい、変なこと聞いて。今までそういう人が回りにいなかったからちょっと気になって」


「いいって、いいって。そういうこと多いから」


 佳樹さんはカラッと笑いながら答えた。兄とは大違いの爽やかさだ。きっと女性時代もサバサバ系女子と言われてたのだろう。


「じゃ、逆に質問。なんで兄貴の性癖知ってて仲良いの?」


 ……痛い質問をされてしまった。すべてはあの時の勘違いマッパストリート疾走を蓮見先輩に見られたからなんだが、言うのは黒歴史過ぎて恥ずかしい。


「え、えーと、か……勘違いから、ですかね」


 言葉を濁して私は答える。お願いだ、これで察してくれ。


「何をどう勘違いしたの?」


 くわーっ! やはり察するどころか通じていない! どうしよう、サウナ室には他の人がいる。正直に話すべきなのか。


「まあ、付き合ってないなら俺にもワンチャンあるかな」


 え? それってアプローチ? 確かに爽やかイケメンですし、付き合うならこちらもいいかなとちょっと思うが、元女性ということは、その、アレはどうなるのだろう?

 まさか、面と向かっては聞けない。いや、その前にこの兄弟に対しての恋愛感情は無……いや、正確には瑠璃子先輩の方にはときめく。女装した時だけときめくのも恋愛感情なのか?


 頭の中をぐるぐるしていた時、瑠璃子先輩の声が聞こえてきた。


「二人とも頑張ったわね。時計が一周したから出て水風呂行くわよ」


 ハッと我に返った。確かに時計が一周しているということはこの激熱のサウナ室に十二分いたことになる。

 そう自覚すると身体的にいろいろ思い出したように体が焦げるように熱いこと、のどがカラカラをとおりこして鼻の中まで熱いこと、なによりもさっさと出て、凍えるほどに水風呂あなたが欲しい。


 私は飛び出すように出て、勢いよく水風呂に飛び込むように入った。


「うぎゃあああ! 冷たい!!」


 そんな私を二人は呆れるように大笑いして見ていた。


「フツー、かけ湯して入るもんだぜ」


「というか、マナー違反よ。汗を流さないと。しょうがないから水を抜いてさし水するために店員さんを呼ばないとね」


 ああ、やっちまった。しかも瑠璃子先輩に呆れられてしまった。

 あれ? 見た目は蓮見先輩なのにポイント下がったことに私は落ち込んでいる? また私は混乱するのであった。





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凍えるほどにあなたをください 達見ゆう @tatsumi-12

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