猫と答え


 「なるほどなー」


 結局、数十年のズレで転移数分間の誤差となったワケか。


 『……私達が戻ってきた時、実は旦那様を見掛けたのです。急げば追い付けたのかも知れませんが、他の登山客が次々登ってきて……』


 「ワイが置いて行かないでって頼んだクマー。この世界のことぜんぜん知らないから一人っきりは不安だったクマー」


 『……登って行ったからには必ず降りてくる。それが分かっていたから、ここでショーキューと待つことにしたのですよ旦那様。本当は一刻も早くお逢いしたかったけど……ううう』


 幽霊なのに涙を流すヤキ。いやいやいや、そんなんあり得なくない? もう触れない以外普通の人間じゃん! 


 「あ、そうだ! ねぇショーキュー、つまりは失神して目が覚めたらこっちの世界へと来てしまっていたの?」


 「そうなんだクマー。でもその前に小動物を踏んだんだけど、あれはなんだったんでクマーな?」


 そう言いながらショーキューは片足を上げ、足首を返すとガムを踏んだ靴の裏でも見る感じで自分の足の裏を上に向けた。そこには……


 「ぴょ〇吉だ! ど根性ガ〇ルと同じじゃんか! スゲーショーキュー!」 


 しかも動いている! 

 本当にあの漫画と同じ! 

 さすが異世界の出来事、僕達の常識は一切通用しない!


 「もしかしてあの時踏んだのはコイツだったクマー?」


 「って事はですよ三河君、やはりこの猫がスイッチで……」


 モッチーは偉そうに持論を展開しながらショーキューの足の裏に張り付いたハチワレの猫を押そうとした。ところが次の瞬間!


 「ニギャッ!」


 {バリッ}

 「いたいっ!」


 「まってクマー…………みかわ…………」


 モッチーは激しくその指をバリ掻かれる! そして同時にショーキューは姿を消した……。


 「あっ!」


 直後、僕の頭の中へ話し掛けてくる何者か。


 『残念な結果だったニャ。少々思う所があってあの世界を救うためにお前を呼んだのだが、やはり結果は同じだったニャ。このクマは記憶を操作するからもうお前たちのことも思い出さないだろう。それと……』


 {パッシーン!}


 話の途中で僕の頬を激しい痛みが襲う!


 「……かわくん! 三河君っってば!」


 ハッと我に返って前を見ると、そこには今世紀最大の不細工が……いや、モッチーが必死の形相で僕に呼び掛けていたのだった。


 「気が付きましたか三河君っ! ショーキューが消えたと思ったら急にボーっとしたままになって!」


 {ポツポツ……}

 

 「あぁモッチーか。ってあれ? いつの間に雨が……」


 感覚が元に戻ると、改めて全身の神経を伝って体中に雨が降り注いでいるのに気付く。さっきまで晴天だと思ったが?


 「そうですよ! 雨が降って来たんです! 空を見て下さい!」


 そこにはどす黒く巨大な積乱雲が迫り、今にも僕達を呑み込もうとしていた。


 「なんだよあれ! おいモッチー、大至急下山するぞ!」


 「チッ! 偉そうに! まったく、誰のせいで……ブツブツ」


 「黙れモッチー! 今はヤキいるんだからな!」


 「グッ!」


 互いに文句を言いつつも、この場を早々去ることには同意。幸い足を止めていたのは一合目中間付近。上りではないから登山口まで然程時間も要さない。山での雨は時に大惨事となりかねないから本降りとなる前にと、僕達は残る体力を振り絞って懸命に山を下りて行った。


 それにしてもなぜこの時ヤキは何も言わなかったのだろうか? いつもならばモッチーへ憎まれ口の一つもたたくはずだが……。



 ― 吹雪山登山口地点 ―


 「おーい三河ぁーっ! こっちこっちぃーっ!」


 「ハァハァ……!」


 到着するや否や、速攻僕達に声を掛けてくる東。


 「急げ! 先輩も早く車に乗って!」


 彼は休む間もなく僕達を駐車場まで急かすと、運転席にエビちゃんが座る車の後部座席へと押し込んだ。


 「お帰りなさい三河君。さっきは御免なさいね」


 「ハァハァ……エ、エビちゃん、もういいの? さすがに落ち着いた?」


 「ええ。それより早く帰りましょう。直ぐに土砂降りとなるわよきっと」


 その証拠に僕達が車へと乗り込んだ瞬間に雨が強くなり、水蒸気がモヤとなって辺りを包みだす。そんな中、エビちゃんは車を発進させた。


 

 車を走らせること30分、田んぼに囲まれたのどかな平地に出ると、そこには雨の一粒も降った跡は無い。空も真っ青と、気持ちいいばかりの晴天で入道雲などどこにも見当たらなく、車内後部ガラスの向こうに聳え立つ吹雪山の姿がハッキリと確認できた。カラッカラに乾いた場所を走るこのビッショビショな車が異質にさえ感じられたのだった。


 「なんだよあの雨は? ここから見る吹雪山には雲の一つもかかっていないじゃないかよ?」


 「本当ですね。それにしてもなんだか長ーい夢を見ていたような感じがしませんか三河君?」


 「そうねー。私達は人生の殆どを一緒に生活した感があるわね。海道君を除いて」


 「なんだよみんな!? また俺だけ除け者かよ?」


 とはいえ、この場にいる全員が不思議な体験、いや異世界転移をしたのも事実。こちらの世界では夏休みをほんの一日程度過ごしただけなのに、実に生涯を終える程のやりきった感で溢れていた。


 「それにしても漸く夏休みってな感じがしますね。不思議ですよねなんか。休みの最中だっていうのに」


 「いいじゃん遅れた夏休みって感じで。なんか得した気分にならない?」


 「三河君は相変わらずポジティブですねぇ。それが君のモテる秘密なのですかねぇ?」


 「そんなの関係あるかっ! お前はキモいのを先ずなんとかするんだなモッチー!」


 そんな時、突然ヤキが口を挟む。この盛り上がった車内ならば言っても大丈夫的な感じで。


 『……あの、旦那様。私思うんですけど、あの猫って実は私の……』


 ヤキの顔を見るにまた面倒な事だと思った僕は、真剣に耳を傾けずポケットに手を突っ込んでごそごそ違う事を考えようとしていた。すると、


 「あ、ちょっとまってヤキ。何か入ってるみたいで……」


 「!」×複数


 取り出したのは、なんとサンフラワ! 異世界の産物そのものであった!


 「うっは! 見てみんな! 向日葵だ!」


 大興奮した僕は、向日葵を手に持ちブンブンと振り回してしまう。


 「あっ! バカ三河お前っ!」


 「ダメよ三河君っ!」


 「テメー三河君! ぶっ殺すぞ!」


 「えっ!?」


 {チュドオォォォォォォォォンッ!}


 当たり前のように爆発。しかし規模は小さめで。


 「うおっ! なんだっ!? あれ? 不雷先生何してんの!?」


 「いやんっ! あぁっ!? ちょっとなんで私運転……あれれ? アンタ達なによ! あ、三河君はいいのよ?」


 「ぐはっ! っと……ムム? 隣に三河君が……ハテ? これはどういった状況で?」


 「あ、あれ? 今の何? ぼ、僕達何してんの? ……ねぇヤキ、どうなってんの?」


 『……!』


 

 そして全員記憶を失くしてしまったのだった。ただ一人、ヤキを除いて……。

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