第6話 歓楽街

 王都ハギオンはウィリデ山脈の麓にある。

 ウィリデ山脈から流れ出たアプ川に包まれ、別名は水の都。

 街の中を縦横無尽に川が流れ、水路には幾つもの小舟が浮かんでいる。


 王宮から南に向かって街は広がり、中心に広場がある。

 広場より北は貴族の屋敷が立ち並び、南に向かうほど大衆的になる。

 そして南東部には、歓楽街が広がっていた。


 サフィラスとネブラを乗せた車は南下し、歓楽街へと入った。

 ネオンに彩られたケバケバしい建物の前で車を降りる。

 サフィラスは今までに、このような建物を見たことがなかった。

 口を開けて見上げる。


「ほら」

 ネブラに促され、中に入る。

 薄暗く、酒と煙草と化粧の匂いが混ざっている。

 ソファーに腰掛けた男女が、食事をしたり酒を酌み交わしたりしていた。


(なんだ。ただの食堂か)

 サフィラスは怖気付いていたので、ほっとした。

 奥に進み、個室に入る。

 ネブラがソファーに座ったので、サフィラスも隣に座る。


「うわ!」

 サフィラスは思わず腰を浮かせた。

「硬いかい? これでも高級なんだけど。王宮のは特別だから。座り心地が悪いかな」


 ネブラはそう言ったが、サフィラスが思ったことは逆だった。

 王宮のソファは、もっと弾力がある。座ると身体を押し上げるように反発してくるのだ。


 この店のソファは、ぶよぶよと沈みこむ。

 生地もベタベタしていて、肌に張り付くようだ。

 座り心地が悪いという点においては当たっているので、特に否定はしなかった。


 すると扉を開けて、女たちが部屋に入ってきた。

 サフィラスはネブラとふたりきりだと思っていたので驚いた。


「やぁ。今日も可愛いね」

 ネブラは女たちと顔見知りらしく、親しげに声を、かけた。

 ぐいっとサフィラスが脇に追いやられる。

 ネブラの両脇はあっという間に女たちによって塞がれた。


 ネブラが隣に座った女の腰に手を回し、熱いキスをする。


「あっ!」

 サフィラスは思わず声を上げた。ネブラには妻がいる。妻以外の女性にキスをしたので驚いたのだ。


「はっはっはっ。可愛いだろう?」

 ネブラが声を上げて笑う。

「私の甥だよ」

 女たちの、サフィラスを見る目が変わる。


「まぁ、じゃあ」

 キスをされた女が、頬に手を当てた。

「そうさ。この国の王子様さ」

 ネブラが得意気に言うと、女が数人、サフィラスの隣に移動した。

 サフィラスは思わず身を引いた。


「ほら。そんな年増が近づいたらサフィラスが怖がっている。もっと年の近い子はいないのか」

 ネブラが女たちにしっしっと手を振る。


「それと、何か食べる物も。サフィラスは城外で食事をとったことあるかい?」

 サフィラスは首を横に振った。

「じゃあ驚くぞ」

 ネブラがニヤリとする。


 やがて料理が運ばれた。見たことのないものばかりだ。

 サフィラスが興味深そうに匂いをかいでいると、隣に同じ年くらいの女の子が来た。


「お隣、よろしいですか?」

 低くかすれた声だ。

 黒を基調にした布にレースを重ね合わせ、胸元を花とリボンで飾っている。

 レースから伸びる腕は細かった。


「あ、うん」

 サフィラスは身を寄せ、座るスペースを空けた。

「ルウチと申します」

 少し目を伏せ、ルウチは名乗った。

「僕はサフィラス」

「よろしくお願い致します」

 ルウチが微笑む。


(不思議な声だな…)

 サフィラスは思った。

 女の子にしては低い。何度も何度も泣き叫んだような、かすれた声だ。

 それなのに、とても優しい響きをしている。


「何か召し上がりますか?」

 ルウチが皿を手に取る。

 サフィラスはテーブルの上を見た。名前の分かる料理はひとつもない。


「適当に入れてよ」

 サフィラスの言葉を受け、ルウチが皿に料理を盛る。優しい性格の表れた、品の良い盛り付けだった。


 ルウチの差し出すフォークを受け取り、口に運ぶ。

 ぶよぶよとしていて、そのくせ硬く、なかなか噛み切れない。


「何、これ?」

「カットステーキです。お口に合いませんでしたか?」

「うん。初めて食べたよ」

「申し訳ありません……」

 ルウチが悲しそうな、申し訳なさそうな顔をする。


「違うんだ。ここに来る前、色々と食べてきたんだ。だから、あまりお腹が空いていなくて……。ごめん……」

 ルウチはくすりと笑った。

「サフィラス様が謝ることではありません」

「そう?」

 サフィラスも微笑み返す。


 するとその時、扉を開けて、ひとりの男が入ってきた。

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