【短編】「双子の兄が『ここは乙女ゲームの世界で自分は卒業パーティで断罪される悪役令息だ』と騒ぐので、妹の私が男装して学園に入学しました」

まほりろ

第1話

「アルビー・レーヴィット! 貴様がクロリス・ザイドル男爵令嬢を襲ったことは分かっている!」


学園の卒業パーティ、王族や貴族の子息が集まる場で、王太子のギャレン・ロールシャッハはそう言い放った。


金髪に蒼玉の瞳の王太子と、王太子の腕の中で涙目で震えるピンクフロイドの髪の小柄な少女。


「はぁ……『襲った』とは僕がザイドル嬢に具体的に何をしたと言うのですか?」


私の言葉を聞いた王太子の顔に熱が集まる。殿下の顔が赤いのは、怒りからから、羞恥心からか。王太子は童貞だから後者の可能性もある。


「せ、性的な意味でだ!」


ザイドル嬢がビクリと肩を震わせ、王太子のジュストコールの裾を掴む。庇護欲を誘う仕草がお上手ですこと。


「証拠はおありですか?」


「クロリスが泣きながら訴えてきた、証拠はそれで十分だ! 嘆かわしいことにクロリスのお腹には貴様の子供がいる!!」


王太子が眉を釣り上げ、射るような視線を私に向ける。


ザイドル嬢が顔に手を当てた、しくしくと泣き出す。


会場からはザイドル嬢への同情の声があがるが、私は騙されない。


泣きまねならもう少し上手くやろうよ、口の端が上がってるのが見えてるんだよ。


「そうですか」


証拠はザイドル嬢の証言だけってことか。


「貴様のような奴が我が国の貴族に名を連ねていることが不快だ! アルビー・レーヴィット貴様を国外追放し、レーヴィット公爵家は取り潰す!!」


王太子が私を指差し、大声で喚いた。


「はぁ……」


私は深く息を吐く。


仮にも公爵家を取り潰すような大事を、ザイドル嬢一人の証言だけで決めないでいただきたい。


こんなのが王太子でこの国は大丈夫かな?


アルビーお兄様、疑ってごめんなさい。アルビーお兄様の言うとおりになりましたね。


これがお兄様が言っていた「ゲームの強制力」という奴なんですね。


「王太子殿下、レーヴィット家の罪状は、僕がクロリス・ザイドル嬢を性的な意味で襲い妊娠させた、それで間違いありませんか?」


「何度も言わせるな!」


「証拠はザイドル嬢の証言だけということですが、それも間違いございませんか?」


「そうだ! 被害者がそう証言しているんだ! これ以上の証拠はあるまい!」


その被害者の証言が嘘だったら……という可能性は考えないのだろうか?


王太子殿下、世間知らずで脳みそお花畑ですぐ騙されるアホだとは思っていましたが……私の想定の斜め上をいくバカだったのでね。


「お言葉ですが殿下、僕がクロリス・ザイドル嬢を襲い、妊娠させることは不可能です」


「まだ言い逃れする気か!」


王太子は私の言葉を聞く気がないようだ。


「僕がザイドル嬢を妊娠させるのは不可能なんですよ」


「なぜそんなことが言い切れる!」


「だって僕は…………女ですから」

 

私の言葉に会場がシーンと静まり返る。


ザイドル嬢が唇の端を噛む、私が兄と入れ代わっていたのは想定外だったようだ。


王太子が鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。


「ふっ、何をバカな、そんな言い訳が通用するとでも思っているのか?」


王太子が鼻で笑う。


「そうです、女だと言うなら証拠を見せてください」


王太子の取り巻きその一、茶髪に銀物メガネの侯爵令息のブロック・ホーベルク公子が王太子の言葉に続く。


ブロック公子の銀縁メガネの奥の翡翠色の瞳がギラリと光る。 


「そうだ! 証拠を見せろ! 証拠を!」


「そうですよ、証拠がなくては信じられません!」


鼻息を荒くして喚くのは王太子の取り巻きその二、騎士団長の息子のビダン・ミューラー公子。


その後ろでやや小声で抗議するのは魔法省の大臣の息子で、子爵令息のユード・モーリッツ公子。


どうでもいいけど、あんたら全員目がスケベなんだよ。


「仕方ないですね」


私はベストとシャツのボタンを外す、さらしに巻かれた胸が外気に触れる。


会場内がざわつく、ヒソヒソと話すもの、呼吸を忘れ唖然とするもの、様々な反応を示す。


お兄様の無実を証明するためとはいえ、大勢の前で胸を晒すなんて、一生の恥だ。もうお嫁に行けない。


ザイドル嬢が言葉を失い立ち尽くす、彼女の顔から生気が抜けていた。あなたへの断罪はこれからなので、こんなところで倒れないでくださいね。


「僕が女だと分かっていただけましたか?」


王太子とブロック公子とビダン公子とユード公子が、私の胸を凝視している。距離が近い! それに見すぎだろ! キモい!


王太子がゴクリとつばを飲む音が聞こえた。気持ち悪い、全身に鳥肌が立つ。

 

もう限界だ! 女と言うことを証明できたので、さっさとボタンを締めよう。


私がシャツのボタンを締めると、王太子が「ちっ」と舌打ちした。このドスケベ。


「貴様がアルビー・レーヴィットでないと言うのなら、貴様はいったい誰だ!」


王太子が私に尋ねる。


「私はアルビー・レーヴィットの双子の妹のリーナです」


この日のために三年前からお兄様と入れ代わっていたのだ。


「バカな、リーナ・レーヴィットは三年前馬車の事故で死んだはず!」


王太子が眉根をよせる。


「ご説明します。私の兄アルビー・レーヴィットは幼い頃から何度も同じ夢をみていました。内容は卒業パーティで皆さんに断罪されるというものでした。兄は繰り返し見る悪夢に精神を病むまで追い詰められ、父と母は兄が見ているのは単なる夢ではなく、予知夢だと判断しました」


と周りには説明しておこう、真実は少し違う。


アルビーお兄様は日本という国で暮らす引きこもりオタク?という種族で、ここは前世でお兄様がプレイしたゲームの世界だという。


お兄様が前世でプレイしていたのは「タチアオイの蕾」というタイトルの乙女ゲーム。


ゲームとはいろいろな結末が用意された小説のようなものだと、お兄様が説明してくれた。


そんな事を世間に公表すれば、お兄様は頭がおかしくなったと思われ幽閉されるか、お兄様の知識を利用しようとする奴らに監禁される。


だからこのことはお兄様と父様とお母様と私だけの秘密にした。


協力者には、お兄様が予知夢を見たと伝えている。


「事は兄の断罪だけでなく、レーヴィット公爵家の取り潰しにも関わります。そこで一計を案じた父が、私リーナ・レーヴィットを死んだ事にし、兄の身代わりとして学園に入学させたのです」


お兄様曰く、あまりゲームのストーリーを変えてしまうのもよくないらしい。


悪役令息のアルビー・レーヴィットを存在させつつ、敵の油断を誘い、逆に断罪するのが、お兄様のいた世界の小説やお芝居の鉄板だったとか。


「そんなの嘘よ! 私を襲ったのはアルビー様だったわ! 断罪されるのが怖くて、この場に妹のリーナ様を寄越して、罪から逃れようとしているのよ!」


顔には涙の跡があるのに顔は鬼の形相だ、可愛い顔が台無しだねザイドル嬢。


ザイドル嬢の醜く歪んだ顔を見た王太子がドン引きしている。


王太子は相手の表面しか見てこなかったんだろうな。だからザイドル嬢のぶりっ子な演技にころっと騙された。


それとも王太子がザイドル嬢に惹かれるのもゲームの強制力って奴なのかな?


「そう言われると思ってました」


いつから入れ代わっていたかななんて、自分では証明出来ないからね。


ザイドル嬢が私の発言を聞いて「それ見なさい」とささやきほくそ笑んだ。


勝利を確信するのは早いよ、ザイドル嬢。


「だから然るべき方に証人になっていただきました」


「えっ?」


ザイドル嬢がピクリと眉をひきつらせる。


「事は兄の追放だけでなく、レーヴィット公爵家の取り潰しにも及びますからね。それ相応の方に証人になっていただきましたよ」


一族郎党、冤罪を着せられ路頭に迷うなんて未来は避けたい。


「うっ、嘘よ! どうせ公爵家の言いなりになる人間に金をつかませて証人にしたんでしょう! 汚いわ!」


ザイドル嬢が金切り声を上げる。


「クロリスの言うとおりだ!」


王太子がザイドル嬢の言葉に同意する。


学園に通っていたときから思っていたけど、ザイドル嬢の甘ったるい声って耳障りなんだよね。乙女ゲームのヒロインって皆こんな声をしているのかな?


「公爵家の言いなりになる金に汚い者か……随分ない言われようだな」


扉が開き近衛兵が入ってきた。近衛兵に守られながら入場してきたのは、この国で唯一王冠をかぶることが許されている人物。


「国王陛下、お待ちしておりました」


私は膝を付き陛下に礼をした。


「ちっ、父上……!」


王太子が間抜け顔で口をぽかんと開けている。王太子殿下、血色が悪いですよ。


王太子はこの断罪イベントを国王陛下に内緒でやっていた。そこに陛下が現れたら驚くよね。


王太子の膝ががくがくと震えている、今にも崩れ落ちそうだ。


会場にいたパーティ客もその場で膝を付き、陛下に礼をする。


呆然と立ち尽くしているのは王太子とザイドル嬢ぐらいのものだ。


王太子はともかく、ザイドル嬢が陛下に礼をしないのはまずいんじゃない?

  

「良い良い、楽にせよ」


陛下のお言葉で皆が立ち上がる。


「ちっ、父上、これはですね……ザイドル嬢を襲った憎き男、アルビー・レーヴィットを父上に変わりこの場で、断罪しようと……」


「余がいつ貴族を裁く権限をそなたに与えた? ギャレン」


陛下に睨まれ、王太子は「ひー!」っと悲鳴を上げた。でかい図体して情けない男だ。


「話は聞かせてもらった。クロリス・ザイドル嬢、確か男爵家の庶子だったな?」


陛下が王太子の腕の中にいるザイドル嬢をじっと見る。


「はっ、はい陛下」


「公爵家のアルビー・レーヴィットに襲われたと訴えているそうだが、それは真実かね?」


「はい陛下、私はアルビー・レーヴィット公爵令息に襲われました! 襲ってきた相手を見間違えるはずがないわ! 私のお腹にはアルビー様の子供までいるんです! それなのにアルビー様は妹のレーナ様と入れ代わり『襲っていない、私は女だ、女が女を妊娠させることは出来ない』と言ってこの場を切り抜けようとしているのです! 許せない!」


ザイドル嬢が感情的に訴える。


相手は国王陛下だよ、もうちょっと言葉遣いに気をつけた方がいいよ。


「そうかならば聞こう、ザイドル嬢そなたがアルビー・レーヴィット公子に襲われた日付と時刻は」


「二カ月前の三日の放課後です。今は使われていない理科室に無理やり連れ込まれました」


「その日付けと場所で間違いないかね?」


「はい」


ザイドル嬢が自信たっぷりに答える。


二カ月前の三日、今は使われていない理科室。お兄様が予言した日と場所と一致している。


これがゲームの強制力、悪役令息のお兄様がいなくても、ザイドル嬢はゲームと同じ日、同じ場所で妊娠した。


「ザイドル嬢は王太子のギャレンに相談し、ギャレンはザイドル嬢の言葉を信じた? それで合っているな」


「はい、父上」


ギャレン王太子が頷く。


「そうかそうか、だがそれはおかしいな」


「えっ?」


キョトンとした顔でザイドル嬢が陛下を見つめる。


「その日その時刻、アルビー・レーヴィット公子は余と一緒にいたのだよ」


ザイドル嬢と王太子がヒュッと息を呑む音が聞こえた。


「まさか、そんなはずがないわ……!」


ザイドル嬢が陛下の言葉を否定する。顔色が悪いし、体が震えてるよ。


「おやザイドル嬢は余が嘘つきだと言うのかね? ギャレンも余の言葉よりザイドル嬢の言葉を信じるというのかね?」


「いえ、それはその……」


王太子が陛下から目を逸らし、言い淀む。


事は公爵家の取り潰しに及ぶ大事。お父様はいとこであり、国王でもあるエカード陛下に協力を仰いだ。


この三年間、アルビーお兄様は王宮の離宮で暮らしている。その事を知っているのはお父様とお母様と私と国王陛下のみ。


「まっ、間違いましたわ! 私が襲われたのは先月の四日……」


「ハハハ、なるほど日付け違いと言いたいのか」


陛下が声を上げて笑う、でも目は笑っていなかった。


「見苦しいぞ! クロリス・ザイドル! アルビーは一日も、二日も、三日も、四日も、五日もその後もずっと王宮の離宮にいた! 余がその証人だ!」


「ひっ……」


陛下に叱責されザイドル嬢が一歩後退る。彼女の顔の色が青から紫に変わる。


乙女ゲームでアルビー・レーヴィットがヒロインのクロリス・ザイドルを襲う日付と時刻と場所は分かっていた。


だからその前後のお兄様のアリバイを完璧にするために、もっとも信用できる人物のもとで保護していただいたのだ。


「そ、そうだわ……! 襲われたショックで記憶が混乱してたの! アルビー様……いえアルビー様に変装したリーナ様と、リーナ様に金で雇われた男に乱暴されたのよ! 本当よ! 信じて王様!」


ザイドル嬢が目に涙を浮かべ叫ぶ。


ザイドル嬢の発言に会場内からどよめきが起こる。ザイドル嬢に向けられる視線は冷たい。


陛下に対する失礼な言葉遣い、無礼な態度、嘘に嘘を重ねる行為、それだけで極刑に処されるぐらいの重罪だ。


「そうか、今度はリーナとリーナが金で雇った男に襲われたというのか。随分と口の達者なお嬢さんだ」


陛下がくつくつと笑う、だがやっぱり目は笑っていない。


「リーナには護衛として私の影を付けておいた、リーナのアリバイは完璧なのだよ!」


こんなこともあろうかと、陛下は私に隠密を付けて下さったのだ。


「嘘よ……そんなの……」


ザイドル嬢がうろたえる。私に護衛がついていることは、想定外だったのだろう。


「ついでに言うと、ザイドル嬢そなたにも見張りをつけさせてもらった」


「えっ……?」


ザイドル嬢がビクリと肩を震わせる。


おや? ザイドル嬢の周りにいるお三方もお顔の色がすぐれないようですね。


「隠密の報告によると、二カ月前の三日、今は使われていない理科室に入って行ったのは、クロリス・ザイドルと、ブロック・ホーベルク、ビダン・ミューラー、ユード・モーリッツ、この四人だったそうだ」


陛下に名を呼ばれた三人の男の顔から血の気が引いた。


ブロック・ホーベルク、ビダン・ミューラー、ユード・モーリッツ……全員王太子ギャレンの側近兼学友だ。


「そんな、まさか……! お前たち俺を裏切っていたのか!」


三人は王太子から視線を逸した。


王太子だけは知らなかったようだ。


これは推測だが、ザイドル嬢のお腹の子の父親はブロック・ホーベルクだろう。ブロックはお兄様と同じ茶色い髪に、緑色の目をしている。


生まれて来た子が父親に似ていたとしても、赤ん坊のうちならごまかせる。


子供が成長したらお兄様と顔が似ていなくてバレるかもしれないが、その頃にはレーヴィット公爵家はなくなっている。


「ギャレンよ、驚くのはまだ早い。隠密からの報告によるとザイドル嬢が学園に入学してから今までに関係を持った男は五十人を越えるそうだ」


「本当ですか父上……!」


王太子の問いかけに国王は静かに頷く。


野次馬の中にもザイドル嬢と関係を持った男かいたようで、皆一斉に王太子から視線を逸した。


よくもまあそんなに大勢と関わりを持って、今まで子供ができなかったもんだ。


コード・モーリッツ公子の父親は魔法省に勤めている。魔法省では避妊薬を開発している、ザイドル嬢はユードを使い開発中の避妊薬を手に入れ飲んでいたのかもしれない。


「ギャレン様、これには理由が……」


ザイドル嬢が甘えた声で、王太子の腕に触れる。


「汚い手で触るな! このあばずれ……!」


王太子がザイドル嬢を突き飛ばした。突き飛ばされたザイドル嬢が床に尻もちをつく。


ザイドル嬢は妊娠している。王太子を謀った悪女とはいえ女性にその態度はない。会場にいた女性全員が王太子に白い目を向ける。


王太子はその視線に気づくことなく、ゴミを見る目でザイドル嬢を睨みつける。


「卑しい出自のごみクズが! 体を使って俺を誘惑しようとしていたのか! 恥を知れ! この痴女! 売女! 病気が伝染る! 寄るなばい菌!!」


変わり身が早いですね王太子殿下。つい半刻前までスケベ心に付けこまれ、ザイドル嬢にいいように操られ、ヒーロー気取りでアルビー・レーヴィットと、レーヴィット公爵家を断罪してたくせに。


「父上! 俺はザイドル嬢に騙されていただけです! ザイドル嬢が襲われた事件に俺は一切関与しておりません! 俺は無実です! 俺が童貞なのは父上もご存じでしょう?」


王太子が大衆の面前で童貞であることを暴露した。自分の身を守るのに必死で、なりふりかまっていられないようだ。


「もちろん分かっている、ギャレン。そなたはザイドル嬢が襲われた事件には関与していない、ザイドル嬢の強姦事件はでっち上げで、真相は同意の上での性行為であったようだしな」


陛下がブロック・ホーベルク、ビダン・ミューラー、ユード、モーリッツを見る。陛下に睨まれた三人がビクリと肩を震わせた。


「その三人とザイドル嬢はレーヴィット公爵家を陥れた罪に問わなければならない、厳しい罰が下るものと覚悟せよ!」


陛下の言葉に、三人は真っ青な顔で床に崩れ落ちた。


「もう少しだったのに……! レーヴィット公爵家を取り潰して、その財産をお腹の子に継がせて、王太子と侯爵令息と伯爵令息と子爵令息をはべらせて、逆ハーレムを作って幸せに暮らせるはずだったのに……! あとちょっとでハーレムエンドを見られたのに! なんでよ! どうしてこうなったのよ……!」


ザイドルが嬢がブツブツと呟きながら床を叩く。


今の発言から推測するに、ザイドル嬢もお兄様と同じ前世の記憶を持ち。この世界が乙女ゲームの世界だと知っていたのだろう。


「アルビー・レーヴィットの断罪イベントはハッピーエンドを迎えるのに必須……! ハーレムエンドの迎える為にはアルビー・レーヴィットの子を宿してる必要がある……! なのに、なんで双子の妹と入れ代わってるのよ!! バカにしてる! ふざけんじゃないわよっ……!!」


ザイドル嬢が恨みのこもった目で、私を睨む。


知るか、そんなの。あんたがハッピーエンドやハーレムエンドを迎えるために、罪のないお兄様が断罪され、レーヴィット公爵家が取り潰されるなんて冗談じゃない。


「アルビー・レーヴィットと、レーヴィット公爵家を嵌めようとした者たちを連れていけ!」


陛下の命を受け、近衛兵がクロリス・ザイドル、ブロック・ホーベルク、ビダン・ミューラー、ユード・モーリッツの四人を取り押さえる。


「離してよ! 私のお腹にはアルビー様の子がいるのよ! この子はレーヴィット家の財産を継ぐんだから! 私はハーレムエンドを迎えるのよっっ……!!」


ザイドル嬢は往生際が悪いらしく、お腹の子をお兄様の子だとまだ言い張っている。牢獄で少しは反省してほしい。


これだけの騒ぎを起こしたのだ、クロリス・ザイドルの実家、ザイドル男爵家のお取り潰しは確定だろう。


ブロックとビダンもユードの三人は大人しく連行された。この三人は実家から勘当され、国外追放されるだろう。


ザイドル嬢が近衛兵に連れ出されると、会場は静かになった。


「あいつら俺を騙していたのか! ろくでもない奴らだ! 牢屋で反省しろ!」


王太子のギャレンは、騙されたと主張している。


「さて、次はお前だギャレン」


「父上俺はザイドル嬢とその仲間に騙されただけです! ザイドル嬢の和姦には加わっていません!」


王太子が「俺は潔白です!」と叫ぶ。


「確かにお前はザイドル嬢の和姦には関与していない」


「だったら……」


「お前の罪はザイドル嬢の言葉を鵜呑みにし、真相を探りもせず、国王である余になんの相談もせず、王室主催の卒業パーティという場で、アルビー・レーヴィットに変装したリーナを断罪し、パーティをめちゃくちゃにしたことだ!」


陛下の言葉に、王太子の顔から一気に血の気が引く。


「それはザイドル嬢に嵌められたからで……奴らに利用されたんです! 俺は何も悪くない!!」


「黙れ! 卒業パーティという神聖な場を汚し、王族の血を引く公爵家に冤罪を着せ取り潰そうとしたのだ! 騙されたで済むはずがないだろう!」


陛下に諌められ王太子がぐっと拳を握り唇を噛んだ。


「今日この時をもってお前は王太子ではない、いや王族ですらない! ギャレン・ロールシャッハ、お前の王位継承権を剥奪する! 王子としての身分も権限も全て剥奪する! お前は今日から平民だ!」


「ひっ……!」と息をのむ音が聞こえ、王太子……いやギャレンはその場に膝をついた。


悪女に騙され、卒業パーティでアルビー・レーヴィットを断罪した罪は高くついたようだ。


「王位は次男のハンスに継がせる」


ハンス・ロールシャッハ、第二王子である彼は品行方正、成績優秀、武芸にも秀で、優しい性格で民からも人気がある。彼こそが第一王子だったら……とハンス殿下を評価する声は多かった。


ハンス王子なら良い国王になれるだろう。


真っ白になったギャレン元王子を近衛兵が連れて行く。


「なんで俺が……俺は悪くないのに……!」


ギャレン元王子は死んだ目でぶつぶつと呟きながらふらつく足取りで会場を後にした。


「さて、愚息が騒ぎを起こし迷惑をかけた。リーナ・レーヴィット嬢、何か望みはあるかな?」


陛下が「すまない」と言ったのは他の人には聞こえなかっただろう。国王が簡単に謝罪を口にするものではない。


「私は三年前に死んだことになっています。出来るなら生き返らせて欲しいです」


「そんなことか、それなら容易いことだ」


「ありがとうございます、陛下」


私は陛下に頭を下げた。


さてとこれにて一件落着かな。


お兄様も家に帰って来られる。この三年、親子四人で団らん出来る日をどれほど待ち望んだことか。


一つ問題があるとすれば、私の婚期が遅れてしまったことだ。


三年間、男装して兄の振りをして暮らしていた私に婚約者などいない。


そもリーナ・レーヴィットは三年前に事故死したことになっている。


この国では二十歳を過ぎたら行き遅れだ。十八歳で婚約者もいない私は行き遅れ決定かな……。


「リーナ・レーヴィット嬢、王族に断罪されても臆さなかったそなたの勇ましい姿に惚れた! 私と結婚して欲しい!」


私の前にひざまずいたのは、我が国に留学している隣国の皇太子、フレディ・ヴィーラント様。フレディ様は銀色の長髪に紫の瞳の貴公子だ。


お兄様が言っていた「断罪イベントは新しい婚約者を見つけられる場所でもあるんだよ」と。その意味がようやく分かった。


「殿下のお気持ち嬉しく思います。ですが私たちはお互いのことを何も知りません、まずはお友達から始めませんか?」


フレディ殿下の手を取ると、殿下は爽やかにほほ笑んだ。


「ええ、もちろん」


私の婚期は、もしかしたらそう遠くないのかもしれない。




ーー終わりーー



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