第27話 中央競龍への復帰



「中央に戻ります」



 レースから帰ってくるなり、俺は重連さんにそう言った。



「加来さんを超えたのは今のレースで証明しました。実力も墜落する前より上です。もう中央に戻って良いですよね?」



 重連さんは三砂さんにキングフィッシャーを任せ、俺の躰をじっと眺めた。



「……死ぬぞ」



「それで救える命があるなら、俺は構いません」



 目の前で龍が屠殺される光景は、脳裏に深く刻み込まれている。



 騎手デビューして一年目、まだ騎乗数も少なく、騎乗した事のある龍が屠殺されるのはその時が初めてだった。やはり騎手たるもの一度は競翔龍の最期を見ておくべきだと思い、朝倉氏幹という男が経営する屠殺場を訪ねた。そこは後から知ったけど監査を誤魔化す為にやたらと広く作られ、トイレから戻る最中に迷ってしまった。そして散々迷った挙句、偶然本当の屠殺現場を見てしまった。



 鎖で身動きを取れなくされ、鈍器で死ぬまで殴られていた。あちこちから血を流し、翼や肢は折れ曲がり、鱗毛は皮膚ごと剥けていた。あの巨体で王者の気位を持つ龍が、死の間際には子供が懇願するような鳴き声を上げていた。



 俺は動揺と混乱から立ち直ると直ぐに競龍協会に報告した。でも、結果は問題無しと言われた。



 意味が分からなかった。理解もできなかった。でも、朝倉と競龍協会の間で何があったかなんて直ぐにどうでも良くなった。殺される方法がなんであれ、龍が置かれている絶望的な現実は一緒だ。俺はそれから、ただただ自分に何ができるかと考え込んだ。



 当時はまだ十九歳。騎乗成績は悪くなかったけど、競龍学校上がりで最終学歴は中学卒業だ。持っているスキルも龍の世話と騎乗しかない。



 それで行きついたのが、勝利と金だった。



 少しでも多くの騎乗龍を勝たせて、繁殖に上がれる可能性を高める。繁殖に上がらなくとも功労龍として龍主に養ってもらえる可能性もある。騎手に入ってくる賞金を貯めれば、龍の余生を見るための牧場を作れる。



 その結果、墜落しようとも構わない。次に動かなくなるのは左手か脚か、それとも死が待っているのか。それがどうした。龍たちは死に続けている。俺の命で一騎でも多くの龍が助かるなら、それで良いじゃないか。いや、最高じゃないか。



「……そうか」



 重連さんは溜息めいた息を漏らした。



「好連の奴に言っておく。親次、中央に戻れ。好きに飛んで来い」



 当然だ。



 俺は笑みを零した。その時、見覚えのある男が近づいてくるのが見えて、俺の口は途端に一直線になった。



「おめでとう、戸次騎手」



 城井国綱。太っているのにこの暑さで一滴の汗も掻いてない。



「躰の調子はどうだい? 右手は動かないようだけど、他は完治したのかな?」



 城井は五十半ばでありながら、屈託のない笑みを浮かべていた。肌艶も良く、いつも自然な笑顔を浮かべている気さくなおじさん。それが世間の評判であり、父親の代から競龍界に尽力しているとあって業界内でこの男を嫌っている人間はまずいない。



「まあ……大丈夫です」



 例外は俺ぐらいのものだ。



 城井は何といっても、屠殺された競翔龍を漢方薬として加工するよう推奨している人間だ。しかも所有する競翔龍の処遇に困っている龍主がいたなら、屠殺業者を紹介したりもしている。流石に朝倉氏幹のような屑とは繋がりがなかったけど、それでも城井の評価は変わらない。



 城井国綱は、龍にとっての癌だ。



「そうか、それは良かった。ところで、君が地方競龍に身を移して早数か月、居心地はどうかな。中央に比べてお世辞にも環境が良いとは言えないけど、住めば都という言葉を使うほど悪いところでもないだろう?」



 城井の言いたい事は手に取るように分かった。俺の気持ちを察してか、城井も俺を嫌っている。城井は日本最大手のオーナーブリーダーで百を超える競翔龍を所有してるけど、俺は一騎たりとも城井の龍に乗った事がない。



 つまり城井は、俺が地方競龍に骨を埋める気があるのか、中央競龍に戻ってくる気があるのかを知りたいらしい。



「中央に戻ります」



 一瞬、城井の顔から笑みが消えた。



「ここで乗るのは今週が最後です。来週には中央に戻って前より多くの龍に乗ります。で、もっと多くの龍を勝たせて見せます」



 さっきの一瞬を誤魔化すように、城井は一際大きくにんまり笑った。



「待っているよ。今はどの世代にも良い龍がいる。君の同期の角隈君もいる。良いレースを期待しているよ」



 頼安か。



 あいつは競龍学校の頃から天才だった。今ではスタージョッキーとして持ち上げられ、城井国綱に気に入られて有力龍にバンバン乗り、期待以上に勝ちまくっている。



 最大の龍主、最高の龍、天才騎手、それが俺の相手か。



 やってやろうじゃねえか。



「俺は勝ちますよ、どんな手を使ってもね」

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