バイオリニストは恋をしない

雪見なつ

第1話

「来週に王子様の婚約者を見つけるための舞踏会を開かれるそうよ」

 街の人たちは来週開かれる舞踏会の話題で持ちきりだ。街の人たちは自信たっぷりのドレスを仕立て、服屋も大忙しだった。

 私は服屋で洋服をクリーニングに出していた。

「あなたも舞踏会に参加しないのかしら?」

 私は服屋から自分の服を受け取る。私は横に首を振った。

「こんな暗い地味なお洋服じゃ、王子様に見てもらえませんよ」

「いえ、大丈夫。私は踊らないから赤い派手なドレスを着なくてもいいのです」

 服屋のおばさんは首を傾げた。

「私は舞踏会を盛り上げる人になるの」

 洋服のおばさんは眉を寄せて、さらに困った顔をする。

 私は黒く装飾のないドレスを受け取って、おばさんに一言「ありがとね」と言って洋服屋を出た。


 

 ――舞踏会当日――

 王城のエントラスにはたくさん人たちで賑わいを見せていた。赤や青、黄色派手な色のドレスに身を包んだ女性たちがわさわさとエントランスをおしゃべりしながら歩いている。目が疲れそうだ。

 エントランスの端っこでは黒いタキシードに身を包んだ男たちがワイングラス片手にクールぶって、女性たちを見ている。

 王子様に選ばれる女性はただ一人。女性のほとんどは選ばれることはない。その選ばれなかった女性たちを男性たちは狙っているのだ。

 あまりにも自分がそっち関係のことに関心がないので、舞踏会に参加する男女を見ているとバカバカしく思えてため息が出る。

 私はエントランスの端っこで綺麗にしてもらった黒いドレスを着て、静かに周りを見ていた。私の他にも大きな体躯をしたハゲ男と、綺麗に髭を生やした男。装飾はないが赤いドレスを着た女性が立っている。

 ここにいる人たちは踊らない人たち。周りと比べて地味な装いをしている。

 キキィという音の後にカツカツと靴が床を鳴らす音が聞こえる。

 その音はたくさんの拍手によってすぐに消された。

「王子様が来たわよ!」

「かっこいいわ」

「私に手を振ってくれたわ!」

 会場は拍手喝采に包まれる。

 王子様は白いタキシードを着て、胸には赤いバラを刺している。

 絹糸のようにサラサラと流れる金髪。冷たいブルーの瞳。シャープな顔立ちと笑った時に出るエクボ。女性を魅了するにはイケメンがすぎる顔立ちは黒いタキシードを着た男たちに嫉妬を与え、そしてその男たちをも魅了した。

 会場の人たちに優しく微笑みながら階段を一段一段、ゆっくりと降りてくる。会場の女性たちはその笑顔に倒れる人まで現れた。

「やっぱり王子様はかっこいいですね」

 赤いドレスをきた女性がこっそりと話しかけてくる。

「そうねー」

「あなたはもう少し興味を持ってもいいと思うわよ」

「私に恋なんてできないわ」

「そんなそんな、そんな可愛い顔を持っていて恋愛事の一つもないなんてねー」

「ないわよ。私は異性にうつつを抜かしている時間なんてなかったのよ」

「うふふ。あなたはすごい人だものね。私が彼女としてもらっちゃいたいくらい可愛いのにもったいない」

「大きなお世話よ。私はこれがあればもうそれでいいの」

 私は足元に置いていたケースからバイオリンを取り出す。私の本職はバイオリニスト。今回の舞踏会では会場の人たちが踊るために曲を演奏する。王子様と一緒に踊るよりもバイオリンを弾いていた方が幸せなの。

「そうね。あなたのバイオリンはこの街一ですもの。楽しみに聞いているわ」

 赤いドレスの女性はグランドピアノの前にある椅子に腰を下ろす。指の体操をして、真剣な表情になった。私を褒めてくれた彼女は世界が認めるピアニストだ。私は彼女の演奏が好きだ。だけど、どこか関わりづらいというか。まぁ、でも彼女とは音楽でとても合うのでよく一緒に演奏をしている。

 はげの男も髭を生やした男も楽器の準備をしている。はげの男はチェロを髭の男はコントラバスを持った。

 私もバイオリンを肩に置き弦を構える。

 王子様が階段を降りきり、エントランスに足を踏み入れたと共に髭の男が弦を引く。コントラバスのG線が揺れてエントランスに低く重い音が響く。それと共に演奏が始まる。チェロがコントラバスを支えるように音を奏で、私は二人が築いた音の土台の上で綺麗な音でダンスをした。ピアノは私たちのバランスを取り、音を整えていく。

 このピアノがあれば私は思うようにバイオリンを弾けるんだ。気持ちよくダンスをするように。

 

 舞踏会の前半が終了した。

 演奏終えて、私の額からは汗が垂れている。長時間の演奏は体力を使う。

 私は水を飲み、喉を潤す。

「あのあなたがバイオリンを弾いていた人ですか?」

 目の間に金色の髪を湿らせた王子様が立っている。

「はい。そうですが……」

「私の婚約者になってください」

 私は目が飛び出るほど驚いた。しかし、それ以上に……。

「嘘でしょおおおおおおおおお!!!」

 ピアニストの方が腰を抜かして驚いていた。

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バイオリニストは恋をしない 雪見なつ @yukimi_summer

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