マッチゆりの少女

館主(かんしゅ)ひろぷぅ

第1話

――とある中世北欧風の街の雪の降る夜――


「マッチはいかが、マッチはいかが……」


 私はキーラ。

 ほつれた黒髪とそばかす顔の平凡なマッチ売り。


 どうしてマッチを売っているのかって。

 だって商業ギルドで10歳の女の子に紹介できる仕事はこれだけだって。


 せめて晩ごはん代でもかせがないと。

 だって両親は魔王軍に殺されたのだから。


 いいえ、正確には魔王を倒すと噂される「勇者パーティ」に殺されたの。


 目覚ましい活躍で注目を集めた勇者パーティ。

 でもメンバーの一人が抜けたあたりから悪いウワサばかりになって。


 あの人たちが魔王軍に追われて村へ逃げ込んできた時に、パパとママがオトリにされて食べられたって。

 森を散歩して帰ったら、焼け出された村の人が言ってた。


「マッチはいかが、マッチはいかが……」


 声をあげても誰も振り向きはしない。

 こんなか弱い子供が必死で働いているのに。

 大人で多少お金持ってるならマッチぐらい買ってよ、ねえ。



 夜も深まってきた。

 通りを行く人も少なくなった。


 もうギルドは閉まったかしら。

 今日もパンにすらありつけない。

 ヤクショシゴトってやつはナンギよね。


 寒さで手足の感覚が無い。


「もういいか……」


 路地裏に入って腰を下ろし売り物のマッチを擦った。

 凍えた指がほんのりと暖かくなる。


 売り物に手を出したらギルドのオヤジにまた引っ叩かれる。

 でもそれぐらいは、この寒さに比べたらたいしたことではない。


 ぼんやりと火を眺めていると。


 いつのまにか火の向こうに足が見えた。


「キレイね……」


 か細くも美しい呟きが聞こえた。


 マッチを掲げる。


「!?」


 私と同じくらいの年齢に見える少女が立っていた。


「キレイ……」


 ささやかな炎光に照らされた少女の白い顔に私は見とれた。

 深い緑に半分青色が重なる瞳は、青い炎が燃えるよう。

 ボロボロのコートのフードから除く金色の髪が光を反射してキラキラ光る。


「本当にキレイだよね。

 わたしの『炎獣(サラマンダー)』の魔法より自然な火の方が何倍もキレイ」


 マッチの炎は自然じゃないよ。

 それに私がキレイだといったのはあなたの顔だよ。


 金髪の少女は私の隣に腰を下ろす。

 ふわりと優しい花の香りが漂い、冷えて痛い私の鼻を癒してくれる。


「わたしはクセニア。

 ねえ、もっとマッチをすってよ」

「あ、こ、これは売り物だから」

「ふーん。

 じゃあそのカゴの中のマッチを全部買う」


 これで足りるかしら、と銀貨1枚を渡された。


「ちょうど足りましゅ!」


 私は興奮してすこし噛んだ。

 本当はお釣りの銅貨がたくさん必要なんだけど。


 クセニアはやさしく微笑むと。


「あなた名前は?」

「わたしは、キーラ」


 身長は同じぐらいなのにクセニアはどこか大人っぽかった。 


 変だ。

 大人の人と話す時と同じぐらいドキドキする。


「じゃあキーラ、もっとマッチをつけてください」

「はいっ」


 二人で並んで火の付いたマッチを見つめる。

 何本も何本も飽きもせずに。


 私はクセニアの横顔を眺めたくて懸命にマッチを擦る。

 絵本を読んでいた時に思い描いていた王女様のよう。

 豪華なドレスは着ていないけれど。


「ふーん、

 あなたはLV2の村娘」

「え?

 クセニアってわたしのステータスが見えるの?」


よく知らないけれど「情報開示(ピーピングステータス)」の魔法は、よほど強くないと持てないはず。


「うん。

 そのステータスじゃこの街で生きていくのも難しいかもね」

「でも、でも……」


 視界がぼやけて涙がこぼれる。


「パパもママも、村もなくなって……、

 この街の親せきを頼ったけど相手にされなくて……。

 う、うわああぁぁぁぁぁ」


 村を出て以来、私は久しぶりに泣きじゃくった。

 この街に来て知った事。

 本当にツラいときは涙さえ出ない、泣き方さえ忘れる。


 クセニアが優しく抱きしめてくれた。

 その温もりにママを思い出す。


「ねえ、もっとマッチをつけてよ!」


 陽気にささやくとクセニアは身体を離した。

 代わりに私の左手を彼女の右手が包んだ。


「手をにぎったらマッチがすれないよ…」

「アハハほんとだ。

 じゃあわたしが箱を持つから」


 共同作業でマッチをつける。

 涙が止まらない私とほほ笑むクセニアと。


「ねえ。

 今あなたが欲しいものを想像して」


 クセニアが耳元でささやく。

 くすぐったい。


「ぐすっ、ぐすっ?」


 すぐそばでイタズラに輝く青い炎が私を見つめる。


「キーラ、すごく臭いよ」

「だって、何日もおフロに入ってないもん」

「じゃあおフロでもいいから想像してみて」


 クセニアは臭い私から離れたりせず。

 さらに身体をくっつけてきた。


 彼女の体温と白い吐息を浴びながら。

 私は小さな炎を見つめる。


 おフロよりも。

 パパとママに会いたい。

 聖者の誕生祭の時にママが作ってくれた暖かい料理。

 お調子者のパパと優しい食卓。

 暖かい薪ストーブ。

 小さな私の部屋と小さな私のベッド。

 買ってもらった絵本で読んだ火の妖精。


 祈るようにマッチをすりながら、暖かい思い出を紡いでいく。


「ああ、やっぱりうす汚い大人の妄想とは違うわ。

 純粋で清らかな想像に心まで浄化されていくみたい……」


 クセニアの声が遠くに聞こえる。


 ああ私はこのまま死ぬのかな、空腹と寒さで。

 でも不思議と死ぬことが怖くなかった。

 きっとクセニアが側にいてくれるから。

 ……。


「あ、あれ?」


 寒さを感じない、どころか身体の前面が熱く照らされている。

 目をあげると見慣れた薪ストーブが煙を吐いて建っていた。


 鈴の音のような笑い声と共に目の前を過ぎる赤い光。

 火の妖精。


 さらに焼けた肉の香りが鼻をくすぐる。

 周りを見れば。

 石畳の上の私の周りを魔法陣がぐるりと取り囲んで光り、その中には懐かしいママの手料理が。

 

 味のしない料理とスープをお腹にかき入れた私。

 手と服を油とソースで汚した私を優しい眼で眺めるクセニア。


「わたしの特殊スキル『空想具現化(ドリームリムーバー)』。

 右手であなたの空想をもぎとったの。

 味と人間は復元できないけどね」


 おかげで少しヤケドしちゃった、とつぶやいて右手を振る。


 特殊スキルなんて、王や大臣や貴族や勇者とかすごい偉い人しか持てないはず。

 もしかしてクセニアってすごい人?


「このスキルを見込まれてパーティに入れてもらったけど。

 最初は成功していたの、最初はね。

 でも有名になればなるほど、

 勇者たちの頭の中は汚い妄想と現実だらけになっちゃった。

 セルゲイもアズレトもヘリナも!」

「それで……どうなっちゃの?」


 もしかして、このコ。


「どうもこうも。

 スキルが使い物にならなくて、雑用を押し付けられて。

 あげくには『 パーティに子供がいたら体裁が悪い』って言われてポイ」


 クセニアは立ち上がる。

 ボロボロのコートが落ちると、フリルいっぱいのかわいい赤いドレス姿のクセニアがいた。


 勇者セルゲイ、勇者アズレト……。

 私が憎む「勇者パーティ」のメンバーの名前。

 そしてそこからただ一人抜けたメンバーが目の前にいる。

 

「わたしも自信を無くしていたけど。

 立って、キーラ」


 クセニアの白い手が私の汚れた手をつかむ。

 私が立ち上がると。


「あなたのおかげで立ち直れそう。

 ありがとう!」


 クセニアが私を強く抱きしめた。


「クセニア!

 そんなことをしたらキレイなドレスが汚れるよ!」

「いいの、そんなこと。

 それよりわたしと一緒にいて、キーラ」

「え!?」

「あなたの空想をつかむ時、見えたの。

 キーラの過去が。

 勇者たちが憎いでしょう?

 だから二人でアイツらを見返してやるの」

「そんなこと……できるの?」

「あなたの純粋な空想があれば、わたしは戦える」


 クセニアは腕をゆるめるとお互いのおでこと鼻をくっつけた。


「純粋って……

 勇者を憎んでいるわたしの心はきっと汚れているよ」

「大丈夫、

 これ以上汚れないようにわたしが守ってあげる」

「あ、あたしはあなたみたいに美人じゃないし。

 それにあたし、臭いよ!」


 クセニアがクスリと笑う。


「いいよ。

 そんなの関係ない。

 あなたはわたしの側でキレイな夢を見ていればいいの。

 キーラの空想が好きなの」


 子供の私には「好き」がよくわからない。

 きっとパパとママが「好き」なのとは違う。


 ああ。

 青くゆらめく炎の瞳に見つめられて拒むことができようか。

 きっと。

 私はこの瞳が「好き」。


「ありがとう、クセニア。

 わたしを助けてくれて」

「お礼を言うのはわたしよ、キーラ。

 わたしはあなたを絶対はなさない」


 お互い強く強く抱きしめあった。

 彼女のためにも早くおフロに入りたい、と思いながら。


 不意に目の前に自分のステータスウィンドウが表示された。

 空白だった特殊スキルの欄が文字で埋められていた。


 特殊スキル:想像主(ゴッデス)


<終わり>

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