第二部・第二幕第二場:花は来たる

 

「バッソ、今のうちに嬢ちゃんの手足を縛っておけ。気ぃ失ったババアはそのままでいい。ここに置いていくからな」

「ちっ」


 舌打ちをするとひげ面の小男が、あたしに近づいてくる。


 何とか這いずってでも、倒れて気を失っている婆やに近づこうとしていたあたしは、小男に髪を乱暴に掴まれ、二度三度地面に叩きつけられた。

 そうしてグッタリした、あたしの両手と両足それぞれを、布切れでキツく縛る。


 あぁ、身体の痛みよりも、この男のの方がツライわ。

 ほんと勘弁してよぉ。


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「しかし……おそいな。荷馬車の様子見を見てこい。バッソ」

「くそッ、今日は兄貴の人使いが荒いぜ」

「愚痴るな、それだけ分け前が増えるってものだろ」

「ウヒヒヒ、ちげぇねぇぜ。丁度さっき頂いたこのランタンもあるし、ちょっくら見てくるぜ」


 息のくさいひげ面の小男はランタンの光と共に、闇夜へと走り去った。


 そして手綱を放されている三頭のロバさんは、各々がノンビリと我が家の庭を掃除してくれている。


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 ・

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 暫し後、遠くから、兄貴ぃ~と叫ぶ声が聞こえてくる。


 それから暗闇の向こうから、ランタンと思しき明かりが駆けてくる。そして姿を現すひげ面の小男。


「兄貴、やべぇぜ。アンチョビの野郎は、背中をバッサリ一太刀でやられちまってたぜ」

「なんだと? クソッ、同業者か、もしくは──。

 おい、そのロバに嬢ちゃんを載せておけ。様子を見て逃げるぞ」


 そう言うと、禿げのおっさんは腰の左右にぶら下げた二本の小剣を抜き放ち、周囲を警戒し始めたようだ。


「もちろんだぜ、兄貴。とっととこの場をおさらばしようぜ。

 どう見ても、あの切り口は凄腕だ。まともにやりあったら、コッチが先に地獄送りになるぜ」


 ひげ面の小男は這いつくばるあたしを無理やり立たせて、ロバの背に載せようとする。 

 ふん、このまま大人しく乗るもんですか!!


「おい、小娘! 大人しく、サッサと、乗りやがれ!!」


 ロバを前にして、それでも必死に抵抗するあたし。


「おい! どこのどいつかは知らんが、ここに来て姿を見せろ! 

 金が目的ってなら、この屋敷は全部テメーに譲ってやる。こっちは娘一人で十分だ!」


 禿げのおっさんが暗闇に向かって吠えると、直ぐに応えはあった。


「そのお嬢さんとご婦人を開放して、すぐこの場を立ち去れ。ならばこの場は見逃そう」


 あら? とても素敵なテノール声じゃない? 

 こんな時でも、あたしは至って冷静である。こと好みの声に関しては。


 すると、ひげ面の小男があたしの首元にナイフを突きつけ、人質状態にして声を張り上げて、暗闇に向かって威嚇する。


「ざけんじゃねぇぜ、こっちの話を聞いてねぇのか!? この小娘だけは渡せねぇんだよ!!」


「こちらとしても、それだけは絶対に譲る気はない」


 それに淡々と応じる素敵な声の主。

 しかし会話は平行線のようだ。


 それにしても……この暴漢達は、お金が目的じゃなくて、最初から 美しい あたし一人だけが目的だと言うの? 何故? 

 なにやら頭の中がモヤモヤして、今二つ三つは頭が働いていないあたしがいる。



 そして少し間をおいてから、仮面舞踏会にでも使いそうな目元だけを覆う白いアイマスクを被った男が、暗闇の中からヌッと姿を現した。


 どうやら漆黒のマントで、体を隠し闇夜に溶け込んでいたらしい。そしてそのマントの下は仕立ての良い騎士服のようだった。


 仮面の男のお召し物が騎士服だと思ったのは、以前に、数年位前かな? 

 いつもの礼拝の際に、一度だけあの教会で騎士服を身にまとった、ちょっと素敵な騎士様を見かけたからだ。

 もちろん、この男がその騎士様とは思っていない。何せ髪の色が違うからだ。

 仮面の男は闇に溶け込むような肩まである黒髪だが、あの騎士様はシルバーグレイの長髪だった……はず、あたしの記憶には確かそうある。


 あとで当時の日記を確認しておこうかしら? 

 あの時はとても気になったから、入念に聞き込み調査を行ってのよね……。

 そう、若き日の思い出はつこい、みたいなものかしら?


 そこからは双方互いの要求を主張し合うばかりで、全く話が折り合わなかった。

 そしてそれを聞かされる身にもなって欲しい。

 最終的には、仮面の男が腰の剣を投げてよこせば、人質代わりのあたしを離しても良いとか。オイオイオイとツッコみたくなるような、酷い交渉結果となった。


 仮面の人、もっと粘ってよ! 


 麗しの美女を助けに来てくれた正義の騎士様じゃないの!? 

 と言うあたしの心の叫びを無視して、目の前では事が進んでいく。


 それから仮面の男は、手に持つ抜身の剣を腰の鞘に戻すと、鞘ごと剣を外して禿げたおっさんの方に、宙高く投げ放った。


 そして突如、歌い始める。


『すがたなきもの てんよりきたる そはすべてのかせなり   

 すがたなきもの そこよりきたり そはかせをときはなつ 』


「てめぇ、魔法を……」


『いかいよりきたるもの そのかせがとらえる おもうゆえに かせはあらず 

 いかいへとさりしもの そのかせはのがさぬ おもうすえに かせをうけず 』



 仮面の男が魔法歌を一度詠うと、その次の瞬間、あたしの喉元にあった凶刃は地面の上にポトリと落ちた。


 そして続けて二度目を詠い終えると、禿げのおっさんは両肩をだらんと下げたまま、両ひざを地面に打ち付けた。


 横を見ると、ひげ面の小男は既に地面と熱烈なキスをしていた。その手にあったであろう大振りのナイフも、刃先から地面埋まっていた。


 でもあたしには何も異常は無い。

 後ろを振り返ると、少し離れた場所に倒れている婆やも別段変わりなさそうだった。


『すがたなきもの てんよりきたる そはすべてのかせなり   

 すがたなきもの そこよりきたり そはかせをときはなつ


 いかいよりきたるもの そのかせがとらえる おもうゆえに かせはあらず

 いかいへとさりしもの そのかせはのがさぬ おもうすえに かせをうけず 』


 魔法歌を三度詠い終えた時は、流石に顔を真っ赤にして気合で踏ん張っていた禿げのおっさんも、遂には熱い抱擁を交わす勢いで地面に突っ伏した。

 一体何なのよ?これは?


 ・

 ・


 当面の危機が去ったと思った途端に、あたしの頭がズキズキし始めた。

 何処か怪我をしているのかな?頬も腫れているみたいだし、暴漢たちに乱暴された際に、頭を負傷したのかもしれない。


 一方、仮面の男は自身の剣を拾い上げると、地に臥せってその場を動けないあたしのすぐ横で、何も言わずただ淡々と、暴漢たちに留めの一撃を二度振り下ろした。

 金属が無慈悲に人体を切り込む音と嫌な恨み言の断末魔だけがあたしの耳に残った。

 こうして禿げのおっさんと、息がとても臭いスメルハラスメント200%なひげ面小男は死んだ。


 ちなみに、にっくきブタ野郎は既にこと切れていたらしい。 

 ま、当然の報いよね!



「無事か? お嬢さん」


 仮面の男は血塗れの剣を拭うと、それを腰の鞘に佩いてからあたしの元に駆け寄ってきた。


「大丈夫、まだ生きているわ。それよりも婆やを……」


 少し前からずっと気を失っているのか、声も上げず全くピクリともしない倒れた婆やがとても気になる。


「いや、お嬢さんも手酷くやられているようだ。傍から見るとよく分かる」


 そう言うと、懐からハンカチを取り出して、私の上半身を右手で抱きかかえるように起こしてから、あたしの左こめかみ付近をそのハンカチで押さえてくれた。


 ズキズキする痛みと同時に、胸のドキドキが収まらなくなってきた。

 何このシチュエーション? 

 仮面の騎士様に危ない所を助けられた上に、こうして快方されるなんて……、ちょっと理想的で美味しいんだけど!?


 負傷による出血のせいなのか、この状況に舞い上がったのか、頭がボーッとしてきた。

 (それにしても、何て素敵な殿方かしら?)


「これで大丈夫でしょう。両頬がとても腫れあがっているが、後で水に浸した布をあて、よく冷やしておきなさい。でないと、せっかくの綺麗なお顔に後々アザが残ってしまうからね。それから頭の傷の方は、こうして暫く押さえておけば、じきに血は止まるだろう。手を添えておきなさい」


 と言うので、あたしの何やらもじもじと右手でハンカチを抑えた。あ、今指と指が触れ合ったわ。ラッキー!それにちょっと彼の手肌は荒れているようね、普段から剣を握りこむせいで?


「どうした? 大丈夫か?」


 あたしの反応を見た騎士様が様子を伺ってくる。


 仮面を付けているけど、その奥の瞳は心配そうにあたしを見つめてくるのだ。これはヤバいかも……。


「いえ……、指が荒れているようだったから、騎士様なら当然なのかなぁと……思っただけ、です」

「あぁ、私は土いじりが好きでね。これは、そのためさ」

「そうなんだ。婆やと同じ働き者の素敵な手なんですね!」

「そこまで立派なモノではないな。それよりも──、ご婦人が気になる」


 あぁ、今の自分の美味しい立場を味わっていた為に、肝心の婆やの事がおざなりだった。これは申し訳ない。


「早く婆やもお願い! さっきから反応が無いのよ」


 あたしも思わず急かしてしまう。

 騎士様を頷くと、私を離して婆やの元に歩み寄る。あらヤダ、なんだか名残惜しい……気がする。


 ・

 ・

 ・


 仮面の騎士様が婆やの上半身を起こす。


 婆やの目はピクピクと動くが、体を動かせず、何も喋る事もできないらしい。

 騎士様は婆やの目のすぐ前で、指を弾きパチパチと目の左右で数回鳴らした。婆やの反応をみているのかしら?


「婆やは大丈夫なの?」

「──どうやら麻痺毒にやられたようだ。命には別条はないが、魔法か薬がなければ安静にしているしかない。

 朝まで横になっていれば大丈夫だろう」

「命に問題は無いのね。良かったぁ」


 あたしは騎士様の言葉を聞いて、心の底から安堵した。例えお父様とあたしが死の運命から逃れられても、婆やが死んでしまっては意味がないからだ。


「ご婦人を中に運びたいが、少し手伝ってくれるか? 扉を開けて、中に案内して欲しい」


 そう言うと、騎士様は婆やを抱きかかえる。 


 何あれ?お姫様抱っこ? 

 なんて理想的なシチュエーションなのよ!? 

 ぐぬぬぬぬ。めちゃくちゃ羨ましいけど、羨ましくなんかない。


 これは緊急事態だからしょうがないと、自身に言い聞かせる理性的なあたしがいた。

 落ち着け、落ち着きなさいあたし。と自分を鼓舞激励しながら、騎士様に先立って玄関扉を開け、屋敷の中へと案内する。



「これで後しばらくは休ませておくといい。きっと朝までには良くなるだろう」


 婆やを玄関広間の長椅子にそっと降ろすと、騎士様は腰に手を当ててそう言った。やだぁ、そういうポーズも様になるわね。


 あたしは暖炉に火を入れながら、婆やも含む騎士様の方をチラチラと見ていた。

 ダメだ、ダメだ。さっきからあたしの頭が恋愛脳に支配されるつつある。頭を冷やさないと……。


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「ところで、さっきのは何? どう考えても、魔法歌よね?」


 その後、厨房から水差しと木のコップを二つ、盆に載せて持ってきたあたしは騎士様にそう訊ねた。盆を使ったとはいえ片手で運ぶのに、あたしは少々難儀したけどね。


「あぁ、闇魔法の一種で、重さを操る魔法歌だ。……ありがとう」


 水を注いだコップを受け取りながら、ちゃんと答えてくれた。

 こうして改めて見てみると、彼の背丈はあたしの頭二つ分は高かった。


「そう、その仮面。何故、そのような仮面をつけているの?」

「これか──、かつて決闘で顔に酷い傷を負ってしまったのだ。故に今は、こうして仮面をしている」


 あら? 決闘とか意外と荒々しいのね。

 でも騎士様ともなれば、そういうのも誉よね。


「でも、なぜこうして助けてくれたの?」

「義を見てせざるは、勇無きなりとある。騎士として当然の事をしたまでだ。なによりも女性のためとあらば、この剣を振るう事に躊躇はない。君のように美しく高潔な方ならば尚更だ」


 おぉ、流石は騎士様。お手本通りの素晴らしい言葉ね


「いや……、違うな。これは私の不始末でもある」


 えぇ、違うのー!? せめてそこは嘘でもいいから、さっきの美辞麗句を語ってよー。やはりこう言う時は、大人の騎士(?)の対応は必要でしょ? と主張もあたしの心内にはあったが、そこはそれ。あたしも淑女としての対応(?)があるのだ。


「でも、この恩に報いるために、貴方に何かお礼をしたいわ」


「礼など不要だ」とそっけない返事。 しかし、これはこれで良し。


「では、せめてお名前を……」


 しばしの沈黙の後に、彼は『グアルティエールという名の騎士です』と教えてくれた。



 それから仮面の騎士様は、後始末があると告げると屋敷を立ち去った。もちろん先ほどの暴漢たちの遺体と荷馬車を伴って。


 そして、あたしの手の中には、赤く染まったハンカチがあった。


 なお三頭のロバは、相も変わらず庭でお食事中の模様。

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