第一幕第二場:カルマート『静かに』

 

 夕食後、深夜にお父様が帰宅するまでの間に、あたしは自室でミランダの買い出しの成果を確認する事にした。


 ちなみに本日の夕食の内容は、カボチャのトルッテリーニにポレンタを添えた馬肉ステーキ、デザートはアル・アディジェ山の甘い栗を使ったモンテ・ビアンコ・マローネだった。


 それらは深窓の令嬢ひきこもりであるあたしにとって、とてもとても(ウェスト的に)危ういメニューである。

 でも次に食べられるのがいつになるか分からないので、今回もしっかり残さずに完食しておいた。


 明日は黒キャベツを使ったリボリータを作ってくれるらしい。あと栗の砂糖漬けも食べ頃になるみたい。

 どちらも絶品だから、明日も楽しみだわ、ウフフ。


 ・

 ・


 ────美味しい料理を思い浮かべていると、あたしの意識が脱線しかかっていたので、頭を何度か振って意識を集中する。


「さて……と、結構多いわね」


 手元の買い物リストと、ミランダが買い出しをしてくれた現物を合わせて確認していく。


 先ずは細い針金の束が一束。

 これはひと巻きの輪っかが、あたしの手首から肘までをすっぽり納めるくらいあり、十巻きにもなると結構な重さとなる。


 そして丈夫そうな麻縄のロープが二束。 

 そのロープを一度解いて長さを確認すると、私の部屋の端から端まで二往復分はあった。一本あたり大体24メートロくらいかな?


 あと厨房に置いてきた携帯糧食は四十食分あった。

 これだけで重さが20キログランモはありそうだった。でも三人で一日二食と換算すると、六日分しかないから注意が必要だ。

 なお端数については、おそらく私の昼食となるだろう。


 岩塩と香辛料はそれぞれ小袋一つ分ある。


 卵は20個あったので、その内の半分を厨房からボウルと一緒に持ってきた。

 これは後で、上手く卵の中身を取り出してから、目潰し卵作成のために殻を利用するつもりだ。

 貴重な中身については、それが終わったら一階の暖炉でお夜食代わりの卵料理を作ろうかしら?


 テントは小型のようだけど、ちゃんと表面にはワックスが塗り込まれているようなので、多少の雨であればしのげそうな気がした。でも結構重い!



 そして次は、お待ちかねの修道服ですね。ワクワク。

 これは残念ながら、男性用は古着でも需要があるらしく手に入らなかったようだ。

 大き目の服は婆やとして、少し小さめの方を今ここで試着してみた。


 姿見鏡の前で、私は色々なポーズを取りながらチェックをする。これはこれで……グッとくるものがあるかも?


 正気に返って、真面目に確認をすると、袖や裾の長さは丁度いいかもしれない。若干、胸元に余裕がある気がするのは忘れるとしよう。


 続いて他に旅で必要そうな物を品目リストで確認する

 それらについては、明日にでも屋敷内で調達する事にした。


 あたしがメモした紙に書かれてる品物リストは、次の通りだ。


 ランプと油に松明は照明のため。


 食器類と調理具とナイフ二本、もちろん水袋も人数分はあったはず。


 糸と針は婆やの裁縫セットで補完するとして、あと納屋から園芸用のスコップに木槌とノミ、それに釘も少々。


 毛布は各自の愛用の物を持参するとしよう。


 ────大体、こんなものかしら?


 しかしながら、改めてリスト見直すと、これは相当な品数だ。

 こうして目の前にある現物だけでも、かなりの質量となっている。

 もしこんなのを持って歩く人を見かけたら、山登りにでもお出かけですか? と尋ねたくなるくらいだ。

 これではとても歩きでは無理でしょう。うん、ほんと無理だから!


 しかも困った事に、ミランダの話では馬の手配は無理だったらしい。

 それでも何とか老いたロバを三頭調達してくれたので、荷物は全てロバさん任せと考えている。


 最悪、不要な物は旅の途中で、捨てる場合があるかもしれない──。

 色々と悩ましいけど、次の作業に移ることにしましょうか。



 それからあたしは夜更けまでに、四苦八苦しながらも目潰し卵をなんとか六個作り上げた。もちろん残りは全て失敗である。


 そして木綿の布でそれらを優しく包むと、皮のポーチに全てを納めておいた。


 ・

 ・


 誰かが寝入っていたあたしに外套をかけてくれた。そして肩をゆする。


 あぁ、……お父様ね。


「──ジルダ。わしの可愛いジルダや。おきなさい」


 はい、はい。

 こうして話をするためにお父様を待っていたから、ちゃんとおきますよぉ。


「お父様……」

「なんだい? ジルダや」


 お父様はいつも優しく返事してくれる。


「好きよ。……大好きなんだからね、お父様」


 あたしは長椅子に横になったまま薄目を開き、すぐ目の前にあるお父様の顔に微笑みながら伝えた。


 これは偽りない、今の気持ちだった。


 本当に……また会えてよかった。大好きなお父さんに。


「あぁ、わしもだよジルダ。お前はわしのたった一つの宝物だ。だから必ず……守ってみせよう」


 そのお父様の言葉は、自身に言い聞かせているようだった。


 昨日の今日で、何かあったのかしら?

 でも今はそんな事よりも、一日、いえ半日でもいいから、早くこの街を出なければならない。

 だから、今回も必死な面持ちで演技し、お父様に危険を訴えた。


 ちなみに今回の言い分は、こんな感じだった。


 近頃、屋敷の周りで怪しい男を見かける。そのためかずっと胸騒ぎがして、不安に感じている。

 ひょっとすると男は強盗の一味かもしれない。だから暫くの間、婆やと三人で旅に出ましょうと。


 すると案の定、黙って話を聞いていたお父様は、大きくうなづいて私の案に賛同してくれた。


 段取りとしては、明日中には巡礼の旅と称して出立の準備を終え、遅くとも明後日の昼までには屋敷を出る。

 そして行先は、街の川下に位置する王都エトルリア。通常は徒歩だとおよそ三日の距離だけど、お父様の話では膝の悪い婆や(あとお父様も左足が悪い)を連れているので、おそらくその倍は日程は掛るとの事だ。


 とりあえずは以上の手筈で話はまとまった。

 これで何とかなるかもしれない。徒歩については、途中の宿場町で馬車を借りる事ができれば、婆やにもお父様にも楽をさせてあげると思う。



 ふぁぁぁぁぁぁっ。


 希望が見えてきてので安心したからか、急に大きなあくびが出てしまった。

 もう寝ようかな?と長椅子から立ち上がるために、上半身を起こすと。


「ジルダや、もう寝なさい。続きは明日にしよう」

「そうね。お父様の荷造りは私がやっておくわ。その代わり護身用の魔石を何とか手に入れられないかしら?」

「そうだな、手持ちは幾つかあるが……。ここは念のために、もう少し手に入れておくとするか」

「うん、是非お願い。でないと私がお父様の足手まといになっちゃうからね」


 するとお父様は、顔をくしゃくしゃにしながら。


「あぁ、わしの可愛いジルダや。お前はただ傍にいてくれるだけで十分だよ。必ずわしが守ってみせるからな」


 そう言って、あたしを抱きしめてくれた。

 そして優しく背中を撫でてくれるのが、あたしは一番好きなのだ。

 (大好きよ。お父さん)


 なんか、もう……泣けそうになってきた。


 気が付くと、親子揃って二人で涙していた。


 その後は、暖炉の前に散らかっていたジャガイモの食べ残しと、バターの入った壺をちゃんと証拠隠滅した上で、自室に戻って眠る事にした。


 もちろんいつものように、お父様にはお休みのキスも忘れない。

 それからあたしは、頭を撫でて貰ってから眠るのだ。

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