PART3

『これが・・・・』ヨーコはそう言って、スマホに入っている写真を見せてくれた。

『彼の写真です』

 恐らく最初の合コンの時のものだろう。

 確かフチなし眼鏡に細面、タートルネックに地味なジャケットとズボンという、ごくありふれた身なり。

 ただ、他の連中がレンズを真正面に見つめて表情を作っているというのに、彼は一人だけ目を心持ち伏せ気味にしている。

 一瞬、不思議だと思ったが、

(なるほどね)

 何となくだが、俺は心の中で合点したが、口には出さなかった。

 

 それからまた、ヨーコは語り始めた。

 付き合い始めてざっと一年が経過した頃、彼はようやく”結婚”という具体的な言葉を口にするようになった。

 彼女は早速”自分の両親と会ってくれないか”と申し出た。

 しかし彼は、

くこともありませんよ。僕の方は仕事が忙しいものですからね。いずれ本当に決心が固まったら、必ずご両親の所に挨拶に伺いますよ”

 そう思わせぶりに言って笑うだけだったという。

 ヨーコはまた、貴方のご家族は?とも問うてみたが、彼は、

”僕には家族はいません。両親はとうの昔に亡くなったし、兄弟もありません”そう返すばかりだった。

 次第に不安を募らせてきた彼女は、たまりかねて同郷のよしみで、ベルに相談を持ち掛け、ベルが切れ者マリーに相談し、俺のところに回って来たと、こういう訳だ。

『なるほど、話は良く解った。つまりはその事実上の婚約者であるところの、速水時雄ハヤミ・トキオ氏について調べて欲しいと、こういう訳なんだな?』

 ベルとヨーコが同時に頷く。

『いいだろう。どうせ今は身体も空いてるしな。ただ、仕事である以上、金は頂く。基本料金は一日六万円と必要経費。仮に拳銃などの武器が必要になる場合、つまりは”荒事”に発展した時には、危険手当として四万円の割増料金を付ける。それで異存がなければ』

 俺はそう言って、デスクに立てかけてあったファイルケースに手を伸ばし、一枚の書類を出してくると、二人の前に置く。


 紙片が二人の間を三度往復し、最終的に頷き、ヨーコが俺の渡したボールペンで達筆な日本語でサインをした。


 速水時雄はヨーコに語った通り、西銀座の五階建てのビルの最上階に、確かにオフィスを持っていた。

 ワンフロアを全部、という訳には行かなかったが、少なくとも半分は彼が経営しているところの、

”ハヤミ貿易”という会社が占めていた。

 しかし、会社とはいっても、見かけほど派手でもないようだ。

”やっぱりな”

 俺はガードレールに尻を乗っけて、シナモンスティックを齧りながらつぶやいた。

 最初に写真を見せられた時の、

”なるほどね”

 が、また一つ核心に向かって歩いて行く、そんな感じがした。


 次に俺はあのビルのオーナーの元を訪れ、話を聞いた。

”ハヤミ貿易?社長は速水時雄・・・・ええ、間違いありませんよ”

 でっぷりと肥ったビル管理会社の部長(というよりおっさん)は、俺の認可証ライセンスとバッジを確認すると、当たり前のことを訊くなといわんばかりの口調で答えた。

”でもねえ、貿易会社なんて言っても、それほど大したもんじゃないですよ。社員も電話番の小母ちゃんと、頭の禿げたおっさんに、チンピラみたいな若いのがいるだけだし、時々良からぬ連中も出入りしてるみたいだし、おまけにあのフロアだって、先月から家賃を滞納してるんですからな。”

 核心という駒が、また動いた。


 大晦日が近づいたある日の事、俺の事務所にヨーコが一人でやってきた。

『彼が・・・・時雄さんが、私に・・・・』彼女はソファに腰を降ろし、俺が淹れてやったコーヒーを啜ると、苦いモノでも吐き出すような声を出した。

 俺は黙ってシナモンスティックを咥え、腕を組み、彼女の言葉を待つ。

 ヨーコ曰く、デートの最中に、速水時雄がこう言ったという。

”実は君にどうしても頼みたいことがある。海外のある有名なバイヤーと大口の取引があるんだ。これが成功すれば、ビッグビジネスになって、会社をもっと拡大させることが出来る。そこで君にも資金を出資して貰えないか。貸してもらうんだから、必ず返す。そして結婚しよう。結婚したら君は僕の妻であり、仕事上のパートナーにしてもいい”

 俺はスティックを齧り、彼女の話を最後まで聞いた。

『で、承諾したんですか?』

 彼女は黙って頷く。

 ”来年の正月の三日、都内の神社に初詣に行くから、そこで君の預金通帳と印鑑を渡して欲しい。ことは急を要するからね。必ず金は返す”

 彼はそう言ったという。

『私の預金とはいっても、それほど沢山あるわけじゃありません。でもあんな真剣な目で頼まれたら、断り切れません。』

 そして彼はこう付け加えたという。

”初詣なんだから、是非とも和服を着て貰いたいんだ。晴れ着でなくてもいい。君の着物姿、きっとよく似合うと思う”

 俺はシナモンスティックを一本齧り、二本目を咥え、それからコーヒーを啜ってから答えた。

ですな。分かりました。こっちもすっかり材料は揃った。私も行きます。何だったらベルと、それから切れ者女史にも連絡を取っておいた方がいいかもな』

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