第二話

「…………」

「子猫ちゃん、料理上手だな」

「…………」

「お兄ちゃんのセミプロの味とも、火之夜ひのやちゃんの家庭の味とも違い。ザ・男料理で好きだぞ!」

「…………」

「子猫ちゃん、食べないのか?」


 俺は助かった――助けられた。

 火をおこして暖の準備をさせられて、焚き火で料理を作らされて、作ったスープを小さな口に、パク、パク、と美味しいそうに食べながら、味の感想を言っている少女に……。

 

 崖から落ちそうになった瞬間、俺は懸命に身体を捻って掴めるモノを探した。そのとき目に飛び込んできたのは白い小さな手だった、それを握った――柔らかった。

 俺は息ができなくなっていた。

 腹部を殴られたときよりも、激しい衝撃が全身を麻痺させたからだ。

 無我夢中で白い小さな手を掴んだら、フッと身体が浮いて、背中に激痛が。 

 地面に仰向けに倒れて、息もできないで苦しんでいた俺に、愛らしい顔の少女が俺の顔を覗き込みながら。


「ごめん。子猫ちゃんが落下し始めてたから、慌てて引っ張っちゃった。最低でも、体重が二○○キロぐらいあるって判断して、引っ張り上げたら。思いのほか体重が軽かったから、勢い余って子猫ちゃんの身体を地面に叩きつけちゃった。ごめん」


 その言葉を聞いて、気を失った。



「俺は、子猫ちゃんじゃーねぇー。ケッツヒェンって名がある!」

「け、ケ、ケッツ、ケッツヒって呼びにくいなぁー、子猫ちゃんでいいじゃん」

「っあー! 人の名前に、難癖をつけるてる暇があったら。さっさと名乗れ!」

「はい、はい、せっかちな男はもてナイぞ!」

「ぉぃ」


 バカにされる? 俺。

 座っている丸太に立て掛けている、剣で、コイツ斬ってもいいよな。と考えるだけで、実行しない――実行できない。

 

 少女の座ってる丸太と俺の座っている丸太は、眼前の少女が指先でスーッとなぞりながら木を一周し終えると、“そっちに倒すから、どいて”、と言いながら木を押すと簡単に倒れた。

 産物。

 驚いて俺は少女が指先で触れていた箇所を見ると、ありえないぐらいに美しい切断面が年輪とともに姿を現していた。

 それだけでもバケモノだった、でも。

 “子猫ちゃんって、料理できるでしょ。わたし、お腹減ってるのよ。ご飯作って”、と言ってきたのだ。

 どうして、俺が料理できると知っていると尋ねると。“子猫ちゃんが気絶して、わたしがここまで背負って運んできて、地面に転がしても起きないから暇つぶしに荷物漁ってたら、保存食と各種調味料と調理器具があったから”、と答えやがった。

 

 下顎が外れた。

 

 俺が倒木を見て焚き火をするにも、水分を多く含んでいる木は使用できないと少女に伝えると。“うん、知ってる。水分抜からまってて”、と意味不明な回答をしてきた。この少女はナニを言っているだ? 頭がおかしいのではないのか? と思っていたら。

 倒木を適当に先ほど見せた、俺に理解できない、少女が持っている特殊な力で等間隔に輪切りにして、コロ、コロ、と二つ俺に転がしてきて。“これ、椅子ね”、と笑顔で言ってきた。

 

 頭がおかしくなりそうに、俺は、なった。

 

 残った木に少女が手のひらで触れていると、青々としていた木が見る見ると、葉が落ちていき変色し、最後は、枯れ木になった。

 バケモノのなかの化け物だと、俺は確信した。

 だから、俺は、この少女の言うことを素直に聞いておくことにしたんだ。獣の俺らしくて、いい答えだと思っている。



 一生懸命、小さい口に運んでいたスプーンを器のなかに入れて、腰を掛けている丸太の横に、落ちないようにバランスをとりながら置くと。

 急にモジモジと、しをらしい仕草しながら、少女は頬を赤らめながら。


「わ、わたしの、な、なまえは、あ、葦舟あしぶね淡島あわしまっていいます。と、としは、キャ! 女の子に年齢を聞くのは、マナー違反だぞ!」


 一言も年齢の話はしてない――ぞ! と言いそうになったが諦めた。

 俺は、自分の頬を鋭い爪でつねってみた。

 ――痛かった……思っていたよりも……。

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神神の微笑。流離譚-淡島編- 八五三(はちごさん) @futatsume358

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