第14話 皇弟サイクーンの最後

 越冬のための狩の途中でデカイ陸亀に追う立てられてきたこの場所で夕飯の準備の焚火をした。

 生木を燃やして盛大な狼煙のろしのような煙をあげた為に、俺達を捜しまわっていた皇弟サイクーンの直属の騎兵部隊100名に見つかり攻撃を受けてしまった。


 皇弟サイクーンの部隊は横に広がった所謂いわゆる鶴翼かくよくの陣で攻撃を仕掛けてきた。

 広場の中央付近で燃え上がっていた焚火に人がいないのを見てわなにはまったと思った指揮官が手を挙げて停止の合図をすると翼端の20名以外はすぐに止まった。

 停止の合図を受けても止まることのできなかった、鶴翼の陣で左右の先頭を走っていた20名の兵士は木立ちの上の俺とザルーガさんの弓による攻撃で倒すことが出来た。


 指揮官の合図で残り80名の兵士が全て

ピタリ

と止まった。

 指揮官が

「弓!」

と命令する。


 一斉に下馬すると、弓を構えた。

「放て!」

と続いて命令した。・・・あぶみが無いので馬上から弓を射れないようだ。

 木の上にいた毛皮の塊のザルーガに向かって矢が集中する。


「ザルーガ!」

心の中で叫びながら、俺は弓を放つ。

 俺は1人、2人、3人の兵士を倒した。

 俺を倒した以外に同じく3人が倒れている。

 毛皮の塊はハチの巣なのに、毛皮の塊を置いた枝の上の枝に座ったザルーガが射たのだ。

 俺の伊賀(崎)流忍者の上を行く。

 毛皮の塊を利用した変わり身の術だ。


 残りは74人か、俺はましらのように木を駆け降りる。

 木を駆け降りている間に、腰から愛刀刃渡り2尺5分(約78センチ)の右手を軽く柄に手をかけ、左手の親指を鍔にかける。

 指揮官が駆け降りる俺を見て、弓を引く暇がないとみて

「刀!」

と命令する。


 それでも遅い、直刀で両刃の剣は抜きにくい。

 俺は二人の兵士の間を駆け抜ける間に、右斜め前の兵を抜き打ちで切ると、左斜め前の兵を切り倒す。

 鹿児島の祖父が教えてくれた無双直伝英信流の奥伝にある行連ゆきづれと言う業だ。

 残りは72人!


 二人を切り倒す間に馬にくくり付けた大きな盾を持って、刀を構えて包囲の陣形をとる。

 20人一組で四方向から俺を取り囲むように陣をひいた。


 その陣でできた広場に兵士より上等な鎧を着た5人の男がロングソードを持って現れた。

 そのロングソードはガイヤの持っていた両刃のロングソードより出来は劣るが黒光りをしていた。

 それにかなりの力量と見える。

 5人が俺を捕らえようと俺の周りを囲むようにゆっくりと動き始める。


 夕闇が濃くなってきた。

 焚火の火から松明に火を移して四方を取り囲む兵が両刃の剣のかわりに松明を掲げる。

 その松明の明かりに向かって高い木立の陰に潜んだザルーガが弓矢を射る。

 囲みが揺らぐ、俺は既に愛刀を鞘に納めている。・・・血糊は拭いていないが・・・。

 俺はガイヤが持っていた両刃のロングソードを背中から抜き出すとザルーガの弓矢によって包囲の一部が崩れた兵の列に向かう。


 兵士達が向かってくる俺に驚いて松明を捨てて両刃の剣を抜こうとするが遅い!

 そのうえ両刃の剣を抜こうとして大盾が乱れた。

 その大盾の乱れに乗じて20人の中央付近に切り込む。

 俺は右足を思い切り前に踏み出して、大盾を構えた兵士の下部から見える足首を薙ぎ払うように切り飛ばし、返す刀で両刃の剣の特徴を生かしてさらに切っていく。


 大盾を構えた兵士が4人程が足首を抱えて倒れる。

 大盾を構えた20名の兵士の乱れた穴を補正するために遊撃隊7名が大盾を脇に抱え片手で両刃の剣を下げて走ってくる。

 走り寄る遊撃隊の数名がザルーガの弓矢を受けて倒れる。

 さらにそれによって出来た乱れに乗じて重いロングソードを振り回す。


 この重いロングソードは多少の斬撃が乱れても、薄い鎧や兵が持っている鍛造の甘い両刃の剣ぐらいは刃こぼれもおこさず切り飛ばすことが出来るのだ。

 本来ならば千人隊長、万人隊長と言われたガイヤの持ち物だけはある。

 こいつのおかげで何とか包囲網を突破して小高い丘を巡る山道に入ることが出来た。


 その山道の右側は谷へと落ちる目のくらむような断崖絶壁、左側も小高い丘の急斜面だ。

 その山道を100メートルも下ると、人一人がやっと通れる獣道のような場所についた。

 その先は小高い丘の山肌を巻くようにして細い獣道のような山道が続く、実はこの小高い丘を1周しているだけなのだ。

 何はともあれ、この場所なら1対多数が1対1になる。


 上等な鎧を着た5人の男がロングソードを持って先頭で現れた。

 奴等の方が少し上から攻めかかる形になるが、俺の方の足場が有利な場所に位置した。

 こいつらは一般兵より頭一つ大きい、それよりも俺の方が頭一つ以上大きいのだが・・・。

 呼吸を整えてロングソードを持った先頭の奴と向き合う、後方から足場の悪い場所に押されて出てきた先頭の奴が、体勢が悪いがやむなく大きく振りかぶって切り込んできたので、それに合わせて切り下す。


「ギャーッ」

と大声を上げて断崖絶壁を落ちていく。

 

 前方の状況が見えていない何十人もの兵士達が盾で前方の兵士を押し出していく。

 これは先頭の残った4人の男も焦った。

 無理やり死地に押し出されるのだ。

 焦りは平常心を乱す。

 一人がやっと通れる山道を先頭の二人の男が無理をして渡ろうとした。


 谷側の男の足が空を切る。

 慌てて山側の奴が谷側の男を捕まえる。

 その時には俺のロングソードが山側の奴の胸を突いて背から切っ先が覗く、俺はロングソードを捻ると二人は塊になって墜ちて行った。


 最後尾のロングソードを持った奴が

「全体止まれ!」

と号令をかける。


『ザッ』

と言う足音がして全体が止まる。・・・「チッ」このまま押し出されて来れば良いものを!


 それでもこれで、ロングソードを持った奴が二人になった。

 奴ら二人の後方では、弓矢を準備しろだの、松明を持ってこいだの、足場用の丸太を持ってこい、大盾を重ねて押し出す準備をしろ等と命令が飛び交い始めた。

 俺に向かってきた奴は後方の準備が整うのを待つつもりか無闇に攻撃を仕掛けてこない。


 後方の部隊員がざわめきが静かになり、俺の相手をしていた奴が後方に下がると、長い丸太が担がれて足場を広げる為に押し出されてきた。

 そんなことを待ってやるほど俺は御人好しではない。

 長い丸太がこちら側に架かる寸前に崖下に向かって蹴落とすと、三人の丸太を架けようとした兵士が丸太ごと墜ちていった。


 二度繰り返されると、業を煮やして弓兵が配置された。

 それも立って二人と膝をついた二人が弓を射てくる。

 これは堪らん、先の左に曲がった山道の陰に隠れる。


 その間に 

『ガスッ』

と大きな音がして丸太の橋が架かる。


 その橋を使って大盾を構えた兵士が

『ドスドス』

と足音高く渡りはじめる。

 俺は曲がり角の影から飛び出すと、かかった丸太を山肌に背を預けて両足に力をこめて崖下に落とす。

 丸太に乗った大盾を構えた兵士が何人か、

「ギャー」

と喚きながら墜ちていった。


 大盾の兵士が墜ちると目の前に4人の弓兵が弓を構えていた。


 俺は棒手裏剣を投げて一人を倒し頭部に向かってきた弓矢はロングソードで払うことが出来たが残った2本のうちの1本を右肩に弓矢を受けてしまった。

 棒手裏剣の刺さった皮のベストを着ていたおかげで、深い傷ではないが何か異様にチクチクする。


 不味いと思った時、今まで大人しく甲羅の中に頭を引っ込めていたごつごつした大岩のようなデカイ陸亀が起きあがった。

 デカイ陸亀の割には素早い動きで俺に向かっていた兵士達に向かって、速く俺を攻撃しろというように足音高く突撃してきた。

 俺に向かって続けて弓を射ようと矢を番えていた兵士も思わず異様な足音に後ろを振り返る。

 勢いに押されて遮二無二しゃにむに矢を射かけ突撃してきたので、俺は堪らず山道の左に折れた先に駆け込む。


 山道の陰に駆け込むと、デカイ陸亀は山道に詰めかけた兵士達に向かって襲い掛かると次々と兵士達は足場が悪いために崖下へと落とされていく。


 俺はその間に山道の陰で右肩の矢傷を見る。

 紫色に腫れ上がっている!毒だ!

 俺は、その部分の皮膚ごと小刀で切り飛ばす。

 凄まじい痛みが走るが、死ぬよりましだ。


 応急処置の軟膏塗布してロングソードを左手で持って山道の状況を見る。

 デカイ陸亀がまだ生き残った10人にも満たない兵士を後ろから押し出している。

 遂には彼等も崖下へ押し出されて墜ちていった。

 俺が小高い丘の上を見上げると2つの小さな頭が心配そうに見下ろしている。


 俺は小高い丘の山道をぐるりと回って広場の反対側に出る。

 追跡者たちは偵察もしないで戦闘を開始したため山道がこんなからくりになっているとは知らなかったようだ。


 俺を追い詰めた偉そうな指揮官は暴れ回っているデカイ陸亀を呆然と見ていた。

 偉そうな指揮官は二人の兵を両脇においてまだ馬に乗っている。

 それも俺のいた山道の方を向いているので背中ががら空きだ。

 俺は棒手裏剣をベストから抜いて、左手で偉そうな奴の頭部に向かって投げつける。

 利き手でない左手でも投擲術は毎日やっている。


 偉そうな奴は頭を振って棒手裏剣を避ける。・・・器用な奴だまるで後ろに目があるようだ。

 奴は馬を返して俺に立ち向かう。

 二本目の棒手裏剣を奴の腹に向かって続けて飛ばす。

 偉そうな奴は持っていた両刃の剣で打ち払う・・・奴は「エッ!」と驚いた。

 馬が狙われたのだ。

 馬が崩れ落ちる。

 俺は一気に詰めて奴の目の前にいた。


 持っていたロングソードを一振りすると偉そうな奴の首が

『ポーン』

と言う音がして飛んだ。


 横に立っている残り二人の首に奴隷の首輪が巻かれている。

 二人は剣を手放した。


 奴隷の首輪・・・厄介な代物だ。この首輪を巻かれたものは、命令者には絶対服従で、命令に従わなければならない。ただ命令者のそばをあまり離れることはできない。ここでパラドックスが生じる。暗殺を命じられた者が対象者を追って遠くに行くと奴隷の首輪で縊り殺され、命令に失敗すると同様に縊り殺される。

 これでは優秀な奴隷を使い潰す事になるので、この二人のように何らかのトラブルが発生するとその場で動けなくなるのだ。


 足を切り飛ばされて生き残った兵士も同僚の死や指揮官の死に驚いてこれまでと思ったのかお互いに胸を刺したり、首を切って自死した。

 ザルーガさんが木から降りてきて、

「この世界では医療魔法を使える者は少なく、足を切られて捕虜になって身代金を取られる事を嫌がり、逃げられないと思ったのだろう。」

と言って痛ましそうに見ていた。


 俺はロングソードを地面に突き刺すと愛刀を痛む右手で抜き出して奴隷の首輪をした二人の後ろに回る。

 ザルーダの爺さんに続いて奴隷の首輪を切るのは二人目、三人目だ。

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