第13話 皇弟サイクーンの呟き

 私、アマエリヤ帝国の皇弟サイクーンである。

 私は自領の腹心の騎兵100名を率いて帝王城から逃げ出したザルーダと召喚された勇者を探しに出ている。


 我がアマエリヤ帝国は、皇帝アマエリア・ダイクーンいや今は我が兄ソンダイクが皇帝となり住んでいる帝都領を中心にそれを取り囲むようにして現在は、私が治める公爵領を含む5公爵領、さらにその5公爵領を取り囲むようにして24の地方領主の領地に分けられている。

 私が治めている公爵領は、実は我が兄のソンダイクが皇帝になる前に治めていた公爵領の領地である。

 その当時、我が兄は公爵領の領主であり、アマエリヤ帝国の宰相の地位にあったのだ。


 我が兄の地位が公爵であることでわかるとおり、私の父は前皇帝と兄弟の関係であった。

 最後の今は亡き皇帝アマエリヤには兄弟もおらず、子供が産まれると10歳を待たずして全て亡くなっていた。

 皇帝アマエリヤの家系の状況から皇位継承権は我が兄ソンダイクが第1位である。

 ちなみに兄ソンダイクには長男がいるので、私は皇位継承権は第3位に指名されている。


 アマエリヤ皇帝には以前兄弟はいた事はあったのが、馬術の訓練中に落馬して亡くなったり、弓の稽古中に流れ矢に当たると言ういわゆるによって亡くなったのだ。

 それに、アマエリヤ皇帝の子供は10歳を待たないで流行り病にかかったり、産まれる前に流産する妃が後を絶たなかった。

 実は子供の中には明らかに毒殺されたと思われる皇子もいたのだ。


 兄は宰相として皇帝アマエリヤの実権を少しづつ削いで掌握していった。

 また兄ソンダイクの長男ジンクーンは若くして第一騎士団長として軍事力を握った。・・・普通は実力があればこんな風に書くのだろうが、兄の長男、私から見れば甥っ子なので良く知っている。甥っ子は努力が嫌いで女好きだ。そのうえ他者を鞭打つくらい平気で行う性格の悪い男で、ソンダイクが無理やり第一騎士団長の地位に就けたのだ。


 こいつの御陰で割を食ったのが、私の横で奴隷の首輪を着けた武道師範のマーシャルと第一騎士団長のソルジャーだ。

 甥っ子の実力を見ると言って武道師範のマーシャルがジンクーンをボコボコにしてプライドをグズグズにした。

 それに第一騎士団長の地位にソルジャーがいると邪魔なので二人とも出奔して行方不明ということで奴隷の首輪をつけたのだ。


 実力者のマーシャルは女癖が悪いので、しな垂れかかった美女に痺れ薬を飲まされて奴隷の首輪を着けられ。

 人の好い第一騎士団長のソルジャーは子供が攫われたと言う騒ぎで、子供を盾に取られて奴隷の首輪を着けられたのだ。

 子供を攫った・・・当然狂言だ。


 まあそんな訳で奴隷の首輪を着けられているが、こいつら二人は手強いと思われる対勇者の秘密兵器として連れて来たのだが用が無くなれば、あの世に行ってもらう。

 勇者の逃げ出した後には一刀のもとにザルーダの奴隷の首輪が切り飛ばされていたのだ。

 こんな事は、俺の連れて来ている実力者のマーシャルや第一騎士団長も成功は五分五分だろうが、二人がかりで戦えば勇者を捕らえることが出来るだろう。


 生き残った二人とも手強いって⁈奴隷の首輪に

「動くな!」

と命令して奴隷の首輪に傷を付ければあっという間に首輪が絞まって、胴体と頭の泣き別れだ。・・・フッフッフ、不幸な事故は何処にでもあるのだ。


 話が変わるが我が兄ソンダイクがどうやって皇帝になったかって?

 兄の手の者をアマエリヤ皇帝の女官にして、その女官の手によって少しづつ毒を盛られて床に就くようにしていった。

 魔王復活の兆しが見えアマエリヤ帝国内が対応に追われる中、私の兄ソンダイクは最後の皇帝アマエリヤが毒薬で死ぬのを待てばよかったのに何を思ったのか、皇帝の寝所に押し入り、毒で弱った皇帝を捕らえてその地位を簒奪したのだよ。・・・毒を食らわば皿までと兄は居直っているのだが。


 私は兄のソンダイクが皇帝の地位を簒奪したことから、次男坊の御継様と呼ばれる冷や飯食いだった私が皇弟の地位とともに皇帝の右腕として公爵の爵位を陞爵しょうしゃく(爵位を得る事)されて、さらには兄の治めていた公爵領の領地と代々引き継がれていた宰相の地位を与えられたのだ。

 その宰相の地位に就いた私に与えられた最初の仕事が召喚された勇者を見つけ出して捕らえることだった。


 勇者を召喚した理由だが、現皇帝となったソンダイク・ダイクーンは焦っていた。

 魔王復活の予兆の為に気候の変動による干ばつや豪雨等の災害が増え始めて、民衆の不安が増していた。

 その状況下での皇帝の地位を簒奪である。

 皇帝の地位を確立するために、召喚した勇者に奴隷の首輪を着けて、勇者を使って魔王討伐の為に働かせて、その功績によって地位を確固なものにするつもりだったのだ。


 私の兄ソンダイクがアマエリヤ皇帝を廃して皇帝の地位を手に入れたところで、5百年前に召喚した勇者武田信虎の子孫を元宮廷魔術師ザルーダの首に奴隷の首輪を巻き付けて命令して召喚する事にしたのだ。

 そんな悪だくみの元に行われたので、召喚の儀は身内や腹心の者達だけで密かに行われた。


 召喚の儀式は召喚者のザルーダから

「5百年ぶりの召喚の儀式だ何があるか分からない。

 召喚の儀式には集中力がいるので、兵士を部屋の中や周りに配するな。

 人が付近にいるだけで召喚の儀式の邪魔になる。」

と追い払われた。


 私と皇帝ソンダイクは股肱ここうの臣のみを連れて、召喚の儀式が終わった頃の時間を見計らって召喚儀式の部屋を訪れた。

 その部屋の中を私や皇帝ソンダイクが見たものは切り離されて残さた奴隷の首輪だけだった。

『こんな事ができるのは勇者だけだ。』

と私は思った。・・・本当はザルーダの爺さんの奴隷の首輪を切り飛ばしたのは俺なのだが。


 復活した魔王を討伐して、この世界を統一して簒奪者皇帝ソンダイクが5百年前に召喚した勇者武田信虎のように世界の皇帝になる野望が砂が指の間から零れ落ちるように潰えようとしていた。


 皇帝は召喚の儀を行った部屋のあと召喚者のザルーダが以前宮廷魔術師であったことから城内に与えられた部屋に行ってみたがもぬけの殻だった。

 いくら何でもアマエリヤ帝国の城門を堂々と通わけはない。

 それに勇者はこの世界では珍しい黒髪で目立つはずだ。・・・城門の門番からはそんな連絡は入っていない。


 逃げるとすれば隠し通路だ。

 病で弱った皇帝アマエリヤから聞き取ってある。

 隠し通路の途中の地下牢に捕らえてあったザルーダの姪の姿が見えず、前皇帝のアマエリヤ・ダイクーンの遺体だけが残されていた。

 兄のソンダイクは直ちに腹心で剣術の腕前がアマエリヤ帝国でも五指にはいる千人隊長のガイヤに五名の腕利き配下を付けて隠し通路の出口に派遣した。


 その隠し通路の出口では戦った跡があったが、ザルーダや召喚された勇者どころか派遣したガイヤ以下五名はようとして行方が判明しなかった。

 私、皇弟サイクーンは皇帝の兄の命を受けてザルーダが逃げたと思われる故郷エルフの隠れ里を探していた。

 皇帝の兄が召喚の儀を秘して行っていた為、捜索には未だに前皇帝に心服している近衛騎士団員や第一騎士団長ソルジャーから現皇帝の皇太子のジンクーンが騎士団長になったが、彼を気に入らない第一騎士団員が使えない。


 それで私は自領の公爵領から騎兵100名を狩りの名目で連れ出すしかなかったのだ。

 如何に宰相とはいえ帝都に私兵を多数連れてくることが出来なかったため100名だけになったのだ。


 エルフの隠れ里は隠れ里と言うだけあって地図にも載っていないが、ゴブリンどもによって滅ぼされたエルフの国付近にあると思って兵を連れて来ていた。

 何としても召喚された勇者を見つけて、奴隷の首輪を着けなければならない。

 今私の両脇で奴隷の首輪を着けて言いなりになっている全騎士団の尊敬する元武道師範と元第一騎士団長のように。・・・奴隷の首輪を着けていると、プライドの高いこの二人でも言いなりだ。


 元エルフの国の近郊はエルフ族は木の精霊が子孫と言うだけあった鬱蒼うっそうとした深い大森林地帯が続いている。

 元エルフの国はゴブリンどもの国になっているため、時々ゴブリンどもと遭遇するが撃退する。

 こいつらは体が緑色の為に森の中では手強い奴等だ。

 しかし勇者を探し出す良い狩りの訓練になる。


 そんなことをしながら、今日はここまでと野営の為の準備に取り掛かった。

 皇弟サイクーンは食後のお茶を折り畳みの椅子に腰かけ飲んでいた。

 その時夕暮れの澄んだ空気の中、かなり遠いところで煙があがるのが見えた。

 最初は気にならなかった。


 それでも何かが引っかかった。

 狩人のエルフ族は生木などを使って焚火をしない。

 異世界から召喚された勇者だ!きっとそうだ!見つけたぞ!

 夕飯を食べてのんびりしている部下を集める。

 私の指差した方向の狼煙のろしのような煙を見て理由の分からない奴とピンと来た奴もいる。

 私の部下の中でピンと来た奴は兵士長以上の奴だ。


 狩りだ勇者を狩るぞ、私の右側の腰には奴隷の首輪がいくつか入ってた袋が下げられている。

 袋を触って舌なめずりをした。

 狼煙に向かって私の部下達100人が馬に乗って木々の間を駆けていく。

 私は部下を横へ広がらさせる。


 鶴翼の陣のように左右が突出する。

 中央を走る我々の前には、ごつごつした小山のような大岩があるのでさらに左右が突出してしまった。

 私は

『我ながら凄いものだ木々の中を速度も落とさず馬で走っている、左右が突出しているので勢いそのままに焚火の周りを包囲するのだ。』

と思った。


 夕闇が迫り馬を走らせていると目的の広場が見えてきた。

 焚火が見えた。人影が無い。

 その広場の中央付近の焚火の明かりだけが目立ってきた。


 私は焚火の周りに人がいないのを見て、不味まずいと思って右手を上げて停止を命じる。

 狩る側が狩られる側になったのだ。


 私の左右に付き従う者や、左右で突出していても兵士長以上の者は止まるが、鶴翼の陣のようになって広がっていて左右に突出していた兵士長以外の兵士がサイクーンの合図が見えなかったのかそのまま突き進む。

 突出していた左右の兵士合わせて20騎以上が誰もいない焚火に突っ込んだ。

 木の上からの弓の弦の音が響き渡り弓矢が連射される。

 焚火に突っ込んだ我が騎兵が弓矢を受けて20人以上全てが転げ落ちた。


 私に残された騎兵は80人程である!

 それでも残った奴らは手練れだ!

 かならず勇者を生け捕りにしてやるのだ!

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