第4話 親父が刺された!

 春休みも終わり、3年生になった。

 抗争事件も平静にはなったが、警察署の道場は抗争事件で使われていなかった。

 警察署の柔道の先生が4月になったが、春休み中に行われる予定だった小学校の柔道の大会に出ないかと言われた。・・・剣道は今年1年は謹慎中で、来年からだ。

 久しぶりに県立武道館に来た。

 剣道と違って、柔道の大会に出るのには柔道着だけでいい。

 剣道の重い防具もいらないので、柔道着を自転車のハンドルにぶら下げて県立武道館に向かった。


 今年は春休み中は暴力団の抗争事件や血生臭い大量殺人事件等で大会が行われなかった。

 少年の育成を願う武道館館長が適当な日を選んで、柔道と剣道の大会を同時に行うことにしたのだ。

 二つの大会が同時に行われるので駐車場は満車の状態だ。

 駐車場の車の状態を見て家から自転車で武道館に来て正解だと思った。


 駐輪場に自転車を止めた時に目の端に人が動くのが見えた。

 親父だ、薄汚いパーカーを着て髭が伸び放題だったが見間違えるわけがない。

 親父を見かけて変だとは思った。


 それでも試合の時間が迫っていた。

 柔道場は二階で、剣道場は四階だ。

 防具を担いだ小学生が俺を追いこしていく。

 春休み中に柔道の大会が無かったことから、この大会が俺にとっては柔道の試合のデビュー戦になった。


 学年別で並ぶのでどうしても頭一つ大きいので、注目の的になってしまった。

 確かに中学生が小学生の大会、それも小学校3年生の試合に参加したようなものだ。

 ちぎっては投げ、ちぎっては投げという大活躍でデビュー戦を優勝で飾った。

 柔道の表彰式が終わっても、上の階の剣道場の試合は終わっていなかった。


 俺は剣道を観戦するため、柔道着のまま五階の観覧席に行く。

 各学年の試合は準決勝をするようだ。

 次々に試合が進み、俺が昨年反則負けを喫した武田真が出てきた。


 前の柄の悪そうな男が隣の人と話している。

「あの子は女の子で、長い髪は面紐が絡むとショートカットしている。まるで男の子みたいだろ!」

と言っている。・・・この時初めて武田真が女の子だとわかった。衝撃的な事実だった。それでも目的とは何だ?

 隣の男が柄の悪そうな男を見る。

 隣の男は昨年県の選手権予選に出場していた、孤高の天才と謳われた鳥飼要一郎という男だ。


 俺は嫌な予感に囚われる。

 鳥飼要一郎の手には白い木刀のような物を持っている。 

 剣道をしているから木刀ぐらいは持っていると思ったが、よく見ると中央付近が僅かに膨らんでいる。

 それに柄に当たる部分に目釘が刺さっている。

 鹿児島の祖父の家でよく見た白鞘だ!

 白鞘は刀休めと言われて中には真剣が入っている。・・・血の気が下がる。


 試合どころでは無い!

 心臓が

『ドクーン、ドクーン』

と別の生き物様に大きな音をたてている。

 いつの間にか準決勝が終わって、決勝戦になっていた。

 駐輪場で見かけた親父が確かいたはずだ!このことを伝えなければ!

  

 鳥飼に気付かれるのが怖くて立ち上がれない。

 振り向かれるのが怖くて動けない。

 北海道で仕留めた獲物達もこんな心境だったのだろう。

 流石に孤高の天才と謳われた鳥飼要一郎だ、エゾヒグマとまでは言わないが、とんでもない気迫を感じる。

 それに普通に漂ってくる煙草臭さも、酒臭さも無い。

 北海道のマタギの祖父も決して煙草を口にしない。

 獣にはわずかな臭いでも嗅ぎつけるからだ。・・・祖父には風上、風下馬鹿か!風なんてものは気まぐれなのだ。いつかわるかしれないのに何をのんきなことをと言われた。


 決勝戦が終わった。

 3年生の部では武田真が優勝した。

 試合が終わってざわつく喧騒に紛れて立ちあがり、出口に向かいながら親父を探す。・・・いた!親父は近づこうとする俺に小さく横に首を振る。

 鳥飼が白鞘を持っているのは気が付いていたようだ。

 俺は帰りを急ぎごった返す観衆の流れに沿って1階の出口まで来る。

 玄関わきの壁に背を預けてだらしなく立っている。

 俺の手には忘れ物のビニール傘が二本握られていた。


 人の流れが途切れ始めた。

 ニコニコ笑いながら白い剣道着と袴を穿いた武田真が、審判服に身を包んだ先生の斎藤新次郎と話しながら出てきた。

 その後ろには鳥飼要一郎が姿を現した。

 更に後ろに親父がいる。

 鳥飼要一郎は無言で白鞘から抜身の刀身を引っ張り出して、鞘を捨て、抜身を肩に担ぐように振り上げて

「死にさらせ!」

と大声を上げて武田真に向かって駆け出して行くのだ。


 俺の親父は暴力団抗争事件で一人の少女を守って死んだ!

 あっと言う間の出来事だった。

 俺も現場にいたのに俺の親父を助けることができなかった。


 俺は武田真に向かって切りかかろうとする鳥飼要一郎に向かって持っているビニール傘を投げた。

 当たらなかった。

 いつも投げ慣れている山刀や棒手裏剣等と違って投擲物の形状が違った為に当たらなかったのだ。


 日本刀を振りかざして襲ってくる鳥飼要一郎に驚いた武田真が転んだ。・・・何をしている!

 武田真を守るはずの斎藤新次郎が腰から短刀を抜き出して鳥飼要一郎ではなく武田真を見る。

 危ない!


 親父が斎藤新次郎の視線と異様な顔付を見て武田真に覆いかぶさる。


 親父の背中を斎藤新次郎が何度も何度も刺しやがる。

 刺されるたびに親父の背から血飛沫が上がる・・・止めてくれ!


 鳥飼要一郎も真剣を振り上げて、俺の親父に向かっていく。

 俺は思わず

「貴様ら!」

と叫んだ。

 鳥飼要一郎が俺を見た。


 武田真の戦いの時と同じで、鳥飼要一郎の喉に突いてくれと黒く穴が見えた。

 俺は思い切り鳥飼要一郎の喉の、その穴に向かって持っていたビニール傘で突いた。

 喉が破れて声も上げられず鳥飼要一郎が日本刀を取り落とす。

 俺はその日本刀をすくい上げて持つと、俺の親父の止めを刺そうと斎藤新次郎が短刀を振り上げるのが見えた。


 振り上げた腕に向かって俺はすくい上げて持った鳥飼の日本刀を、勢いを殺すことなく下から上に切り上げた。

 俺が下から上に振るった日本刀の勢いと、斎藤の振り下ろす勢いによって見事に斎藤の二の腕あたりを切り飛ばした。


 俺の親父の背中から流れる血で血溜まりができた。

 俺の親父の部下が三人

「班長。」

と言って駆けてくる。

 誰も信じられない!

 刑事でも何でも

「来るな!」

と日本刀で脅す。


 救急車を呼ばせる。

 北海道で獲物を解体している時の死の匂いを感じる。

「親父はもうダメだ!」

 俺は救急車に俺の親父と武田真を乗せる。


 他の奴は駄目だ。

 喉を突き破られた鳥飼要一郎と腕を切られた斎藤新次郎も搬送しようとするが日本刀で脅して乗せないまま病院に向かわせた。


 武田真に怪我は無かった。・・・親父が命を懸けて守ったのだ。怪我があってたまるものか。

 俺の親父は緊急手術のために手術室に入った。 

 母親が駆けつけた。・・・髪を振り乱して駆けつけてきた。

 手術室前の赤い手術中のランプが切れた。

 医師から

「背中から切りつけられたとはいえ、色々な臓器が傷つけられていて手が付けられなかった。

 残念だが時間の問題だ。」

と言われた。

「カラーン」

と音がした。

 今まで俺は無意識で日本刀を握っていたのだ。

 親父の部下だと言う奴が白鞘を持って来ていたので、その日本刀を鞘におさめた。


 偉そうな奴が来て事情を聞きたい等と言っている。・・・親父の部下が見ていただろう!小学生が説明する必要があるか!睨みつけると大の大人が腰を抜かした。

後で聞いたらこいつが馬鹿課長だった。 


 母親は泣き崩れた。

 泣いている暇は無い。

 鹿児島と北海道の祖父に連絡をした。


 親父の病室に向かう。

 酸素マスクをして、点滴を受けている。

 髭ずらをした顔に酸素マスクは似会わないよ。


 親父が目をやっとのことで細く開けて俺を見る。

 しばらくの間、親父が俺や母親を見てホッとしたのか。

 モニター画面の脈拍が

「ピー」

と言う音共にフラットになった。

 医師が脈や瞳孔を確認して

「午後7時10分、お亡くなりになりました。」

と告げる。

 享年38歳、短い生涯だった。


 鹿児島と北海道の祖父が駆けつけてきた。

 鹿児島の伯父さんもだ。

 しめやかな葬儀が行われた。

 警察からは県警本部長と刑事部長、俺の親父の部下だった人だけがきた。

 県警本部長さんが

「詳しくは話せないが嫌な親父の上司の馬鹿課長等は今回の件で調べられている。」

と言っていた。

 沙織さんや百合さんも駆けつけて俺を慰めてくれたが、上の空だった。

 親父が煙と共に骨になった。


 親父の49日がすんだ。

 その日は家の仏壇の前から母親が親父の遺骨を抱えて、納骨の為に県立の墓場に向かった。

 伊賀崎家の新しい墓がある。・・・警察官は何があるか分からないと、ご丁寧に親父が死ぬ前に建ててあったやつだ。墓の側面に親父の名前が彫られ赤く書いてあったのを俺がゴシゴシと赤い色を削り落とした。

 僧侶の読経の流れるなか納骨した。・・・新しい墓なので寂しいだろうな。

 雨が降ってきた。・・・俺の心の叫びのように。

 お陰で他の人には雨の雫で俺の涙は見えなかったようだ。


 納骨を終えて僧侶を始め皆が立ち去った。

 俺は雨にうたれながらもしばらくの間手を合わせていた。

 母親に

「淳一、帰ろう。」

と即された。


 立ち去ろうとした俺と母親の前に雨の中で佇む武田真がいた。

 俺は思わず

「お前の為に、俺の父親が・・・。」

と言ってしまった。

 武田真の顔色が変わった。

 しまったと思った途端、俺の頭に

『スパーン』

と小気味よい音がした。

 母親に叩かれたのだ。

 母親はそのままグイグイと俺の頭を押し下げさせて、そのまま武田真の横をすり抜けた。


 家に戻った。

 母親は家に着いた途端泣き出した。

 この家にいたくないと言うのだ。

 父親の思い出が強く残るこの家に住んでいたくないそうだ。

 公立小学校の教員の職も辞めるという。


 母親の実家である北海道の祖父母の家に行く事になった。

 母親も札幌の私立の小学校の教員になった。

 月日は経って俺は小学校6年生になった。・・・体は高校生程の背の高さと体重になっていた。

 一日中あまり勉強もしないで、北海道の大自然の中走り回っていたので、小学生とは思えない筋量と俊敏性を身につけた。・・・自分で言うのも何だがサルではなく大きさから言えばゴリラだな!

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