第28話 術後せん妄、夜間せん妄

 翌日、私は祖母を見舞った。

「あれ、薫ちゃんかい?」

 祖母は半ばベッドを起こしていて、私を見とめて名前を呼んだ。

 

 母は母で、パートの合間に祖母を見舞ってくれていた。

「麻酔の影響はなかったみたい。大丈夫だったよ」

「そう?昨日いったらなんだか様子が変だったよ」

 電話口で母はいぶかった。


 後日、私はふたたび祖母を見舞った。

「お婆ちゃん!」

 その日も半ばベッドを起こしていた祖母は、

「あれ、いらっしゃいませ……どちらのお嬢さんですか?」

私を見とめ、にこやかに訊ねた。

 噛みあわない会話を適当に流していると、じきに夕食の時間になったので手伝ったが、祖母はあまり食欲がなかった。

 

「早く家に帰りたいよ。毎晩いやらしい兄さんが私の脚を触りにくるんだよ。布団をこうしてめくってね……」

 祖母は布団の端をめくるまねをした。

「もう気持ち悪くて気持ち悪くて」

 病室を移された祖母が、ひそひそ声で訴える。

 元来、神経症気質な祖母には若いころから被害妄想があった。

 昨夜騒いでベッドを降りようとした祖母は、向精神薬を打たれ、両手にミトンのような手袋をはめられ、拘束帯で胴をベッドに固定されていた。

 病院から連絡を受けた私は今朝に飛んできたのだった。

「できればこんなことはしたくないのですが……術後間もないこともあり、怪我をされてしまっては困るので……」

 看護師は申しわけなさそうに言った。

『そうだよね。まだ車椅子にも乗れないのに……』

 事後報告が人権侵害にあたるかどうかは別として、私はやむなく“身体拘束への同意書”にサインした。

 だが、その後も祖母の看護師への被害妄想が続き、不平不満を訴えたため、病院やホーム職員と相談して退院を早めた。

 退院してからも祖母の食欲は戻らなかった。

 体重は二十キロ台まで落ちてしまった。

 それでも、しばらくは車椅子で生活していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る