第27話 命を預かる①

 私は職場を移った。

 スピリチュアリストのAちゃんとは疎遠になった。

「私は薫ちゃんに(母のことを)伝えるためにあの店にいたんだと思う」

 私が移籍するより、ずっと以前にAちゃんは店を移っていた。

「離れていても必要なときがくればまた会えるから」

 人と人との出あいや別れや再会は、そういうふうにできているのだと言う。

 私より年下だったが、ずいぶんできた人だった。

 Aちゃんと逢えて本当によかった。


 彼とは相変わらず続いていた。

 男と女の季節も、運命共同体の季節も過ぎ、他者に説明するのは難しいが……ソウルメイトのような関係に昇華していた。

 母は相変わらずマイペースで、小さなトラブルは多々あったが、事件性はなく、日常に支障をきたすほどではなかった。

 母のアパートの保証人はガマガエルから私に移った。

 母はガマガエルと疎遠になった。

“お手あて”の更新が不要になった分、わずかだが、母の暮らしもらくになった。

 それでも、私は母との同居には踏みきらなかった。

 母と距離を保つことで、私がカサンドラ症候群から解放されていたからだ。

 私は、よく笑い、よく動き、よく食べ、よく眠った。

 

 前夜はしこたま飲んだ。

 指名席で飲むシャンパンにはロスがない。

 飲めば飲むほど、自分の成果になるからだ。

 昼ごろまで布団に潜っていると電話がかかった。

 ホームの職員からだった。

「今朝おむつを替えるのに◯◯(祖母の氏名)さんを立たせていたのですが職員が少し目を離した隙に……申しわけありません。すとんと床に落ちてしまいまして。ひどく痛がったのですぐに病院で診てもらったのですが骨折していたのでそのまま入院になりました」

 手術は急を要するが、祖母が認知症で自分で同意書にサインができないため、代筆してほしいと言う。

 私はかけ布団を剥いで飛びおきると、シャワーを五分で済ませ、化粧もせずに家を出た。

 タクシーでかかりつけの病院まで乗りつける。

 二日酔いがまわって吐きそうだった。

 病室に案内されると、鎮静剤を打たれた祖母が眠っていた。

 場所を移し、レントゲン写真を前に担当の執刀医から説明を受ける。

「左脚大腿骨が折れています。そこにチタン製のボルトを埋めこんで補強します」

 私は一枚目の同意書にサインした。

 入れちがいに麻酔科医の説明を受ける。

「全身麻酔になりますがお体が小さく体力も低下しているので、麻酔の影響しだいでは認知症が進行してしまったり、そのままお亡くなりになる可能性も……まったくないとは言いきれません」

 祖母の命を預かることになるが、手術は急を要する。

 迷っている暇はない。

 私は震えながら二枚目の同意書にサインした。


 翌日の午後。

 下半身をベルトで固定され、ストレッチャーに乗せられた祖母が、激しい痛みを訴えながら手術室に入っていった。

 待合室で壁時計とにらめっこする。

「まだ終わらないの?」

 パートを切りあげて母が駆けつけた。

 予定時刻の二時間をオーバーして手術は終わった。

 執刀医は手術が成功したことを告げた。

 私はいったん病院の外に出ると、携帯電話の電源を入れて彼にメールを打った。

 すぐに電話がかかった。

「もしもし?うん。今、終わった。大丈夫、ありがとう」

 私はふたたび携帯電話の電源を落とし、病院内に戻った。

 ナースステーション隣の病室で、酸素マスクを着けてすやすや眠る祖母を見とどけ、母と私は病院をあとにした。

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