第22話 センチメンタルな病

「隙がない人だよねぇ……」

「もう少し隙を見せたほうがお客さんがつきやすいですよ」

 ときどき、客や黒服(水商売の男性従業員。黒いスーツを着用している)に指摘される。

「ちゃんとしてるなぁ!ちゃんとしすぎなんだよ!」

 チャラリーマンに、あからさまに嫌がられることもある。

 だが、私はそれらをいっさい受けつけない。

 安金で玄人を抱きたがる不届き者。

 媚態で稼げと指導する怠け者。

 己のだらしなさを基準に相手を測るうつけ者。

 どいつもこいつも、説得力がないからだ。

 私の指名客は紳士的な方がほとんどだ。

 むしろ、そんな殿方だからこそ、あえて隙を見せるときもある。

 たとえ、そうしたところで

「下手なことをしたら怒られそうです……」

と恐縮してくださり、お触りや誘いなどなく、安心できる相手だからだ。

「私が◯◯(指名客の名前)さんと寝ていないということはほかの方とも寝ていないということです。イージーな子がいたら性病には気をつけてくださいね。そばに“兄弟”がたくさんいるはずですから(笑)」

 うっすら、脅迫してみる。

 すっかり飲みなれ、ありとあらゆるホステスを観てきた結果、私のような異色をおもしろがってくださる殿方もいる。

 彼らこそが、私のターゲットなのだ。


 子どものころ、友だちの家に遊びにいくと家族のなかに必ずブレーンがいて、知識や知恵を授けてくれた。

 それは、とても豊かな体験だった。

 だが、私の家族や親族にはブレーンらしき人が一人もいなかった。

 それでも、家族というものは、それぞれの体験や知識を持ちより、大きな知恵に昇華して共有するものだと思う。

 だが、私の家族ではそれが叶わなかった。

 私は、私の家族が社会に対峙したときの脆弱性を知ってしまった。

 彼らは無知で人なつっこく、ひどく騙されやすかった。

 父が家を出ると、母娘二人の家族はなお、弱体化した。

 子どもは健気な生き物だ。

 家族の不備や不足を一身に補填しようとする。

『私がしっかりしなければ!私が家族を守らなければ!』

 母は愛人を得て、父に捨てられた傷を癒すのに必死だったし、相手はアホ面のじい様だったので、ブレーンの選択肢は私以外になかった。

 私は両親を一度に失ったが、自分自身に両親を内蔵することで指針を得た。

 その構成は、文学であり、音楽であり、映画であり、友だちの両親だった。

 迷うとき、戸惑うとき、アクセルやブレーキが必要なとき、私はそれらを頼った。


 完璧主義だと指摘される。

 だが、そうではない。

 私は“完璧でなければならないという強迫観念にかられた不完全な人間”なのだ。

 身近なブレーンの存在に安堵し、のびのび育つことが許される子どもだったなら、どんなに幸福だっただろう。

 環境は遺伝の発現に寄与する(※発現しない人もいる)。

 私は全面的に父方の系譜だ。

 皆、妙なところできっちりしていたりする。

 私の完璧主義傾向は、子どものころに庇護を得られず危惧し、丸腰の母を世間の刃から守ろうとして発症した、センチメンタルな病なのだと思う。

 





 

 

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