第11話 相殺

 賃貸契約している不動産屋から店に封書が届いた。

 家賃滞納の催告書だった。

 このまま滞納が続けば、契約解除になるという内容だった。

 母はそれを私に隠していた。

 記載された連絡先に電話をかけて担当者を呼びだしてもらった。

 担当者が名義人である母に連絡したところ

「娘に訊いてくれ!」

の一点張りだったと言う。

 二ヶ月分の滞納と今月分の賃料を合わせればそれなりの金額だ。

「一人で店を開けるようになってひと月もたたないんですよ。今月分はお支払いしますので先月までの分は母に請求してください」

 私は正直に話すことにした。

「母は私の携帯電話の番号を着信拒否にしているので連絡がつきません。どこにいるかもわからないんです……」


 後日、担当者から連絡があった。

 三者での話しあいの機会を設けます、とのことだった。


 そのまた後日、近くのファミレスで私たちは落ちあった。

『ああ……』

 私は絶望した。

 薄汚い身なりの母がそこにいた。

 母は母の目をしていなかった。

「名義変更してくれるなら全額こちらで負担します」

 私はきわめて事務的に提案した。

 もはや、母は厄介な他人でしかなかった。

「「「店を続けなさい!」」」

 周囲の人たちは私を支援してくれていた。

 残るは母の承諾だけだった。

「お前に店は譲らない!」

 だが、鬼の形相で母は拒絶した。

「だったら全額てめぇで払え!」

 グラスの水をぶっかけたい衝動を、私は必死にこらえた。


 甲が乙に、乙が甲に……。

 後日、私は数枚の書類に署名押印した。

 母とは話がまとまらず、相変わらず連絡もつかず、結局、相殺になったのだ。

 



 


 

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