死闘! ヤイト拳VS中林拳

 そして迎えた決戦の日。

 放課後の教室では皆んながソワソワ、ワクワク、ウキウキとしていた。

「さあ、チューリンの中林拳が勝つか、ケンのヤイト拳が勝つか。今日は見ものだよ。現在は6:4でややケンが優勢。さあ、一口100円。賭けた賭けた」

 クラスのお調子者、堂本どうもとくんがいつのまにか賭けの胴元どうもとになって皆を煽っていた。

「俺はケンに一口。上級生たちを子ども扱いしただけじゃなく、権八っつあんをも投げ飛ばしたって聞いたぜ」

「僕もケンに二口。ヤツは小さいけどスピードと運動神経と反射神経が半端じゃないって」

「私はチューリンに一口。体格差が倍くらい違うと勝負にならない。それにあの太鼓腹には一切の打撃技は効かないでしょう。あたかもブラックホールのように吸い込まれてしまうはず」

「オレもチューリンに一口。ケンの使うヤイト拳ってさ、お灸の熱さで超人になるって噂を小耳にはさんだんだ。そんなB級カンフー映画のような拳法なんて悪い冗談だ」


 皆は好き勝手なことを言って思い思いに賭けている。

 ただ、最後の発言にはドキリとした。

 ヤイト拳の秘密がバレバレになっているじゃないか!

 それだけならまだよかった。


「私はチューリンに5口乗っかる。闘神インドラからのお告げがあったの。はっきり言うわ。ケンは今日無様ぶざまに負ける!!」

 マッキーが自信満々に言ったのでどよめきが起こった。

 くそ、イヤなことを言いやがる。

 師匠と僕とで練り上げたヤイト拳、皆んなにその強さを見せつけてやろうじゃないか。


「ウシャシャシャ、ケンよ。どうやらオレ様の方が人気があるようだな。時間の無駄だから負けを認めろ。仏の慈悲で今日の戦いはナシにしてやってもいいんだぜ。ウシャシャシャシャー」

 チューリンはすでに勝ったつもりで調子に乗っている。


「ケン、安心して。ボクが、勝利の女神がついているから大丈夫。これは必勝のおまじないだぞ。チュッ」

 ミーナがぼくの頬にキスをした。

 教室に再びどよめきが起きた。

 チューリンと、そしてなぜかマッキーがぼくに対して鬼の形相を向けている。


「ぼくに賭けなよ。儲けさせてやるから。今日は暴れたい気分なんだ」

 やられっ放しだったので皆に一発かましてやった。

 前哨戦はこれで五分五分というところ。

 本番はこれからだ。



 決戦の舞台は校庭の砂場。

 もっとマシな場所はなかったのだろうか。

 この勝負を見届ける野次馬たちはおよそ10数人といったところ。


「モタモタしてっと先生が来るからさっさと終わらせよう。この中林拳でおシャカにしてやる」

「ニャ~オ~」

 チューリンの言葉に反応したのか、トーテムポールのてっぺんのノラ猫がひと鳴きした。

 それが戦いの合図になった。


「くらえ、おシャカキックは破壊力!」

 言うやいなやキックを放つチューリン。

 当たればすごい破壊力なのは間違いない。

 重いミドルキック。

 しかし遅い。

 余裕でかわした。


「おシャカチョップはパンチ力!」

 次の攻撃。

 左手刀で脳天めがけてチョップ。

 両手を交差して受け止める。

 間髪入れず顔面めがけて右拳のフックが襲う。

 ヒザを曲げダッキング。

 そのまま相手のフトコロに潜りこみ鳩尾みぞおちに頭突きを叩き込んでやった。


「グフっ、グッ。な、なかなかやるな。だがこれはどうだ。おシャカっ!」

 いわゆるニギリっ屁である。

 ここだけの話、チューリンの屁はまともにニオイを嗅いだら気絶するほどの悪臭。

 実にくだらないが笑い事ではない。

 あたかも毒ガス兵器に等しい必殺技。

 だがチューリンの誤算。


「ウッ、なんで臭いがオレ様に集まりやがる? 我ながら臭えぞコラぁっ! 鼻がひん曲がっちまうぜ」

「ワッハハ、風向きを計算に入れなかったな。まだまだ未熟。ヤイト拳に挑む資格なし。中林拳敗れたりッ!」


 勝った!!

 勝ったんだよな!?

 いや、まだ油断はできない。

 あいつの目、まだ何かを狙っている目だ。


「おシャカアローは超音波っ! ギギギィイィイギギキィ~~~ッ!!」

 突如、チューリンの口から不快な奇声が発せられた。

 黒板を爪で引っ掻く音の声帯せいたい模写もしゃはヤツの特技。

 今年の4月、自己紹介の時にこれをやって権八っつあんからこっぴどく怒られていたっけ。


 思わず反射的に両手で両耳をふさぐ。

 ぼくの意思とは関係なく。

 そこを狙われた。


「おシャカキックは破壊力!」

 チューリンの重いミドルキックを受けたぼくの腹は爆発しそうだ。

「ああっ、いやーッ、ケン、死なないで」

 ミーナの声が聞こえる。

「オッ、オエッ~」

 胃液を吐きながら砂場をのたうち回った。

 これはヤバい。

 大ピンチ!

 だが、まだあきらめてたまるか。

 ヤイト拳を使いもしないで負けたら夏休みでの経験がムダになってしまう。

 そんなの絶対イヤだ!

「立てーッ、立つんだケンッ! 俺はお前に賭けたんだ。死んでも立てーッ!」

 どこからか勝手な声が聞こえてくる。

 ああ、立ってやるさ。

 だがお前のためじゃない。

 ヤイト拳の名誉のためにチューリンはぶっ倒す!!

 怒りを胸に意地で立ち上がった。


「オレ様のおシャカアローを喰らった野郎は例外なく耳をふさいじまう。自分の意思とは関係なくな。そこでガラ空きになったボディーにおシャカキックを叩き込めば相手はおシャカに。まさに作戦通り。ウシャシャシャシャー」

 太鼓腹を揺らし笑っているチューリン。


 これからヤイト拳を使うにも条件は厳しい。

 お灸をセットして火をつけて艾が燃えて肌に熱が伝わってやっと発動するまでにどれだけの時間がかかるのだろう。

 万事休すか。

 しかし天はぼくを見捨てなかった。


「おいケン、貴様の頑張りに報いてやろう。中林拳最終秘奥義さいしゅうひおうぎでとどめを刺してやる。少し時間がかかるからちょっと待ってくれ。ケンはその間に休むなり逃げるなり好きにせい」

 チューリンはそう言うと砂場の脇に置いてあった2リットルのペットボトルを手に取りゴクゴクと飲みだした。


 喉でもかわいていたのだろうか。

 一般的に肥満児は汗っかきなのでよく水分を取るがチューリンもそうなのだろう。

 いずれにせよ、このチャンスを逃してなるものか。


 砂場の脇に置いてあったランドセルの中から巾着袋を出しだ。

 さらにその中からインスタント灸とライターを取り出す。

 続いて靴と靴下を素早く脱いで裸足になり、砂場に座った。

 狙うツボは肝経かんけい原穴げんけつである大衝たいしょう

 場所は足の甲の上、第1・第2中足骨底間ちゅうそっこつていかん前陥凹部ぜんかんおうぶ

 頭に上った気を足に下げる効果がある。


 インスタント灸の台座部分の紙を剥がせばシールのようにペタンとツボにくっつく。

 垂直に立っている筒状の艾にライターで火をつけた。

 熱が徐々に近づいてきているのが見てわかる。

 待っていろよ、チューリン。

 ヤイト拳におののけ、そしてひざまずけ。


 周りが目に入らないほど集中していた。

 それが仇となった。

 気づいた時は遅かった。


「ふう、膀胱ぼうこうは満タン。喰らえぃ、中林拳最終秘奥義、おシャカ水流すいりゅう

 声がした時、ヤツはすでにチャックを下ろしオチ○チンをもろ出しにしていた。

 間髪をいれず、ヤツのおしっこが勢いよくぼくに向かって放たれる!

 ギャラリーからは悲鳴。

 勢いあるおしっこはなんと! 足の甲にジョバジョバとかかり、インスタント灸の艾の火まで消してしまった。

 なんたる無情!

 アンラッキーデイ!


「バ、バカな。こんなバカげた方法でヤイト拳が敗れるなんて……」

 ショックを受けるぼく。


「ウシャシャシャ、ヤイト拳敗れたり! この勝負、文句なしに中林拳の勝ち。オレ様が最強だぁーっ!」

 勝鬨かちどきを上げるチューリンの前にぼくは無力だった。


「何をしておるかぁ~っ! このパコすけどもがぁ~~ッ!!」

 さすがに目立ちすぎたのだろう。

 血相を変えて走ってきた権八っつあんに襟首えりくびをむんずと掴まれ、ぼくとチューリンはそのまま職員室に御用。

 ギャラリーはうまく逃げおおせたようだ。



 解放されたのは約2時間後だったろうか。

「それにしても長い説教だったな」

「グ、グスッ、ヒッ、ヒック、ウエ~ン、エンエン」

「わかったからもう泣くなって。チューリンはいつものようにウシャシャシャって笑っているのが似合っているよ。ほら、笑ってごらん」

「ウワ~ン、グスッグスッ、ウワ~ン」

「一応はぼくのヤイト拳に勝ったんだし。泣くのはやめて胸を張ってほしいな。勝者の義務だよ」

「シクシク、メソメソ、オロロ~ン」

「そうだ、帰りにラーメン屋にでも寄ろうか。ご馳走するから」

「本当か!? 絶対だな」

「ああ、男に二言はない」

 お小遣いが消えるのは正直痛いが、ケンカは後始末のほうが大事。

 師匠がそう言っていたので間違いない。


「この店のイチオシはラーメンじゃなくって五目チャーハンなんだ。パラパラというよりはシットリ系。ぼくは五目チャーハン。チューリンも遠慮せずに頼めよ」

「じゃあ、五目チャーハン大盛りに餃子2人前。あと唐揚げとレバニラも」

本気マジか!?」

「ああ、ケンカの後は腹が減るしな。心配すんなって。金ならオレ様が持っている。ここは任せとけ」

 寺の息子であるチューリンはお金に不自由していないと聞いたことがある。

 噂は本当のようだった。


「権八っつあんは意外と知識があるもんだな。決闘けっとうざい猥褻物わいせつぶつ陳列罪ちんれつざい、公然わいせつ罪、立ち小便は軽犯罪、放火は死罪。ケン、貴様は学校を燃やす気か! 火気厳禁は常識! ライターとお灸は没収だ。先生が有効活用してやる、だと。よく口が回るもんだ。ワッハハハ」

「なあケン、なんでそんな嬉しそうなんだ? オレは権八っつあんの迫力にすっかりマイッちまったのに」

「不意打ちや騙し討ち、複数や武器を相手にするのは正当防衛であってぼくが思うケンカじゃない。一対一、素手と素手でやる正々堂々のケンカは久々でね。負けはしたけど自惚れと共に心のモヤモヤも消し飛んだよ。やっぱケンカはこうでなくっちゃ。嬉しいに決まっているさ」

 この言葉に嘘偽りはない。

 しばらくすると頼んでいた物がテーブルに運ばれてきた。


「うん、美味い」

「ああ、本当だ。ところでオレ様とケンはマブダチ同士だな」

「えっ、なんで? どうして?」

「お互いに拳を交わせば親友になるもんさ。知らなかったのか。見たところオレ様もケンも友達はいないようだし。これからよろしく頼むぜ」

「だとしたらチューリンは二番目の親友だ」

「なんだと! じゃあ一番目はどこのどいつだ?」

「石松って山ザルだよ。なかなか強い。機会があれば紹介するよ」

「するとオレ様は山ザルの次なのか……」


 とまあ、こんな感じで2人めの親友ができてしまった。

 ヤイト拳は負けたけど、今日の反省を生かしてより強く改良すればいい。

 権八っつあんにはこっぴどく怒られたけど、ぼくの心は久しぶりに晴れやかだった。

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