中林拳の使い手、チューリン登場!
学校を何日か休んだおかげで、ようやく平熱に戻った。
「この件が解決するまで学校は休みます」
なんて権八っつあんに
信念がゆえにサボるのはカッコがつくが、本当本物の風邪で休んでしまうのは情けない。
スマホをチェックするとミーナから1件のメッセージが届いていた。
目を引くのは1枚の写真。
「何だこりゃ」
写真には校庭のトーテムポールが写っている。
『ケンが休んでいる間に事件があったんだよ。トーテムポールのてっぺんにノラ猫が登ったはいいけど降りられなくなっちゃたの。先生たちは「そのうち降りてくるだろう」なんて言ってるけどボクは心配。もちろんケンのことも心配。早く良くなって学校に来てね』
写真にはそんなメッセージが添えられていた。
松ぼっくり小学校には名物がいくつかある。
その代表ともいえるのが高さ20メートルのトーテムポール。
ぼくが入学した時点で校庭に立っていた。
寄贈者はこの学校の卒業生で、かなりの変人らしいと風のうわさで聞いた。
とまあ、トーテムポールの説明はこれくらいにして。
休んでいるのもそろそろ飽きてきた。
あふれてくる力のやり場に困る。
体が鈍ってしまう。
明日こそは登校して、大暴れするのも悪くない。
ミーナに『明日はランニングは休むけど登校は大丈夫そう』と短めの返信をしてからシャワーを浴び、寝床に入った。
翌朝、校庭のトーテムポールのてっぺんを見上げると確かにノラ猫がちょこんと座っていた。
人間の愚かでバカげた行為を上から見下ろすのに飽き飽きしたら勝手に降りてくるのだろう。
教室に入ったらミーナが抱きついてきた。
だけど誰も冷やかしたりはしない。
もはや公認の仲と見なされている?
だとしたら冗談じゃない。
まだミーナ1人に縛られたくない。
何もかも捨てて自由になりたくなった。
もどかしくてイライラする。
授業では積極的に発言するのも止めてボーッとしていた。
体育の授業は流すように適当に動くだけ。
「病み上がりだから無理はすんな」
なんて権八っつあんは心配してくれたがそうじゃない。
心の空虚さを埋めるためにもがいている。
スカッとするような何かが起きればこのモヤモヤも晴れるのかも。
人を寄せ付けない雰囲気を出していたせいか、クラスではミーナ以外話しかけてこない。
そもそもこのクラスに友達なんていなかった。
今日の給食がカレーライス。
おかわりをしすぎて眠い。
昼休みは昼寝ができるような静かな場所を探して校内を歩いていたら殺気!!
本能に従い前方へ大きくジャンプしそのまま前回り受け身をとる。
素早く振り返るとチューリンが正拳を突き出した姿勢のまま立っていた。
「いきなり何をする!」
「お近づきの挨拶じゃねえか。そんな
チューリンはニタニタと笑っている。
チューリンこと
お寺の跡取り息子なのでお金には不自由しない。
しかも相撲取りのような堂々たる巨漢。
となればワガママ放題のモンスターになるのはお決まりのコース。
だが5年生になり担任の権八っつあんにひどく怒られてからおとなしくはなっていたのだが。
「松ぼっくり小学校で最強なのは権八っつあんだと思っていたさ。だがケンごときに投げられるようじゃその幻想は崩ちまった。で、今じゃケン、お前が暫定1位だ。そこでこのオレがケンをぶっ倒せばオレ様が学校のトップに立てるってわけよ。名実ともにな。ウシャシャシャー」
「わかった。大声を出すのはやめようか。それと場所を変えよう。皆んなが見ている」
前からバカだとは思っていたがこれほどとは……。
とりあえずは目立たぬよう校庭の隅に移動した。
「なぜチューリンがヤイト拳の存在を知っている?」
「お前バカか? 夏休み明けの二学期初日にベラベラ自分から喋ってたじゃね―か」
あっ! そうだった!
確かに雰囲気が変わったぼくに対し皆んなからの質問の嵐。
調子に乗って片っ端から答えていたような記憶があるようなないような。
だが、ヤイト拳がどんな拳法までかは話していないはずだ。
それだけは覚えている。
「ケン、お前のヤイト拳がどんなもんかは知らねえ。一つ言えるのはオレが創始した
チューリンはそう言うと「コオォォ~ッ」と奇天烈な呼吸を始めた。
同時に足を大きく左右に開き正拳突きを右、左、右、左とぼくに向けて繰り出すが距離は離れているので当たるわけもない。
「ねえ、さっき言ってた中林拳って何なんだい?」
「焦るな、ケン。すぐにその体でわからせてやる。だが今日の占いだと獅子座は『人にやさしく親切に』とあった。だから答えてやろう」
「その占いって『マーガレット花沢の星占い』かな、もしかして」
「いや違う。外れてばっかじゃないか、あんなの。オレがチェックしているのは『テンプル寺田の星々に身を委ねろ』だ」
「で、さっき言ってた中林拳って何なんだい?」
「デジャブ!? ってこの野郎! お前が占いのことなんかを聞くから話がずれちまったじゃね―か。いいか、中林拳は正式には
得意げにチューリンは言った。
「なんかどっかで聞いたことがあるような名称だね」
「まあ、あまり深く追求するな。朝の
大きな声を出すので他の生徒の注目を集めてしまった。
やはりバカなのだろう。
しかし、この精一杯凄んでいるバカが段々と好きになってきた。
「う~ん、ヤイト拳は色々と準備がいるしなぁ。それにもしヤイト拳をチューリンに使ったら……死ぬよ」
「ウシャ、ウシャシャシャシャ、なかなか笑かしてくれるぜ。ご立派なのはハッタリと逃げ口上だけかぁ、ウシャシャシャ。だがいいだろう。ケン、お前に生きる猶予を1日だけ与えてやろう。明日が貴様の命日だ。おシャカにしてやる。それまで念仏でも唱えておけ。
言いたいことを言うとチューリンはくるりと背を向け校舎の方に歩き出した。
その時、昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴った。
トーテムポールのてっぺんを見るともはやこの学校の新たな名物となりつつあるノラ猫と目があった。
その目はぼくたちのバカげた愚かな行為を見下しているようでもあった。
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