幕間 その1

下書きに対しての感想を述べた日

「どう?」

 マッキーことまき真希まきはドヤ顔で腕を組んでいる。

 

 そう、この『燃えよヤイト拳! ~地獄の小学生~』の作者はぼくの感想を今か今かと待っているのだ。

 揚げたてホヤホヤの唐揚げのニオイが充満している病室にはぼくとマッキーの2人だけ。

 前回は焼き鳥に負け、今回は唐揚げの誘惑にまたしても敗北。

 食べてしまったので感想を言わなければならない。


「ふう」

 ため息をつくとぼくはマッキーのタブレットPCから目を離して天を仰いだ。

 この時点での下書きは約25,000字くらい。

 唐揚げを口に運び、抹茶ラテを飲みながら一気に目を通し終わったのがたった今。 

 言いたいことはたくさんあるが……。


「えっと、正直に言ったほうがいいのかな。それともオブラートにくるもうか」

「もちろん忌憚のない意見を述べるべきね。余計な気遣いは無用」

 マッキーは自信満々、余裕しゃくしゃく、威風堂々としている。


「ぼくの取材に3日をかけ、執筆に約5日間。それでここまで書けるのはスゴイね」

「私にとっては当然ね。それで感想のほうはどうなの?」

 ズイと顔を近づける美少女にぼくは一瞬たじろぐ。

 艶のある長い黒髪からは甘い匂い。

 覚悟を決めることにした。


「タイトルなんだけど、少しフザけ過ぎてるんじゃないかな。安っぽいというか、B級映画のような感じがする」

「だとしたら狙い通り。タイトルは本編を表す。B級映画っぽいエンタメ作品を目指しているんだから問題はなし」

「サブタイトルの『~地獄の小学生~』ってぼくのこと?」

「ええ、カッコいいでしょ。本当は怒りの小学生にするか復讐の小学生にするかで迷ったんだけど、やっぱり地獄の小学生が正解ね。ケンはずっと地獄のような小学生ライフを送ってきたわけだし、まさにドンピシャ!」

 ぼくのどこに地獄要素があるのかと疑問だったがマッキーの説明を聞くと、なるほど、地獄の小学生というサブタイトルにもそれなりの理由があるらしい。


「あと気になったのは難しい言葉や表現が多い気がする。文体もなんとなく堅くって子ども向けじゃないような。もっとわかりやすく親切な文章にするべきだと」

「ふ~ん、例えば?」

「例えば今どきの子どもは『石部いしべ金吉きんきち』とか『次郎長一家じろちょういっか』とか『もり石松いしまつ』なんて知らないと思うよ。それに『ましらごとく』なんて言い回しは古めかしい。まあ、ぼくはわかるけど」

 ちょっとだけ言い過ぎたかも、と後悔した。


 こわごわとマッキーをチラ見すると特に怒るでもなく落ち着いている。

 おもむろに唐揚げ1個を口に入れるとエスプレッソで流し込んだ。


「“なんでもかんでもわかりやすく”というのは好きじゃないの。この作品の対象は小中学生だけど背伸びをしたいお年頃。ちょい難しい言葉や表現に却って惹かれるものよ。どうしてもわからないワードが出てくれば自分で調べるか親に聞くべきね。それに堅い文章イコール格調高い文章じゃないの。ケンは小中学生をバカにしているの?」

「まさか、決してバカになんて……」

 ぼくはそう言うのが精いっぱい。

 あっという間に攻守逆転。


「読み手に合わせるのは大事。だけど媚びちゃダメ。恋愛だってそうでしょ」

「う~ん。恋愛なんてしたことはないからなぁ。あ、マッキーはどうなの?」

「フッフ~ン。気になる? ねえねえ、どう思う?」

 ベッドで寝ているぼくを見下ろしてマッキーはなぜかニヤニヤ顔

 この問いにはどう答えれば正解なんだろう?

 間違いは許されない気がする。


「いや、人のプライバシーに立ち入るつもりはなかったんだ。変な質問をしてゴメン」

 スキのない会心の答えだと思った。

「……ケンってつまらないのね。あ~あ、つくづく失望したなぁ」

 ところがマッキーはご機嫌ななめに。

 女の子の気持ちや感情がわからない。

 まだ、石松のほうがわかりやすい。

 言葉は通じない山ザルだけど、アイツは喜怒哀楽の原因がはっきりしていた。

 今ごろ元気でやっているかなぁ。


「ちょっと、ボーッとしないでくれる!」

「あ、ゴメン」

「他になにか感想はある?」

 仏頂面のマッキーのさらなる感想のおねだり。

 この際だから言ってしまおう。


「ぼくの泣く場面が結構あるんだけど、一度たりとも泣いてなんかいないよ。そこは訂正してほしいな。オチに困ると涙に逃げるのはクセになるよ」

 これは本当のこと。

 男だったら顔で笑って心で泣け、とは師匠の教えだ。

「お断り。ケンが泣いたかどうかなんてどうだっていい。やっぱり主役は感情豊かでないと。泣くべき時は泣いてもらわなきゃ盛り上がらない。“笑いあり涙あり”は売れるための鉄則。これからもケンにはワンワンメソメソと泣いてもらうから覚悟することね」

 ぼくの願いはピシャリとはねつけられた。


 時計を見ると午後5時を少し過ぎている。

 そろそろマッキーも帰らないといけない時間だった。


「で、いつ退院だっけ?」

「週末には。来週からは通学できるよ」

「じゃあ取材を急がないと。次の章からは小学校での騒動にヒザの怪我。面白ネタが目白押しだから頑張らないと。少し飛ばすわよ」

「うん。せっかく取材に協力したんだから入選してほしいよね」

「当たり前じゃないの。これからも頼むわよ。そうだ、明日はなにが食べたい?」

 マッキーは微笑んでいるので機嫌は直ったらしい。


「なんでもいいの?」

「言うだけ言ってみて」

「じゃあ、軍鶏鍋しゃもなべ!」

「軍鶏鍋って……バカッ!」

 そう言うなりマッキーは病室から出ていった。

 初めは焼き鳥、今日は唐揚げ。

 ならば鶏肉しばりで次は軍鶏鍋なんかピッタリだと思ったのだが。


 途端に病室内がシンと静まり返った。

 目を閉じて今日の出来事を反省した。

 

 ダメ出しばっかりしてしまったが、指摘したのは些細な部分。

 本当は予想以上によく出来ていて驚いた。

 そして何より、この自分が主人公というのが嬉しくも照れくさかった。

 素直に褒めることができなかったのはきっとそのせいだ。

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