エピローグ さあ、語りましょう

「……とまあ、そんな感じでさ、あいつとは友達になったよ」


 昼休み、学校の屋上。

 俺と玲愛は二人で弁当をつついていた。清美も来ると言っていたのだけれど、先生に用事を頼まれたとかで、後から遅れてくることになっていた。


 昼休みが半分を過ぎてもやってこないところを見ると、何やら面倒ごとを押し付けられてしまったのかもしれない。

 本当は二人でするはずだった報告も、あらかた俺が話し終えてしまった。


「ま、落ち着くところに落ち着いたって感じですねー」


 間延びした声で相槌を打ちつつ、玲愛はもぐもぐと卵焼きを咀嚼した。


「とにもかくにも、面倒くさい誤解やら何やらが一掃されて何よりです」

「……なあ、玲愛。お前、なんでわざわざ、俺たちのためにここまでしてくれたんだ? ちょっと間違ったら、相当こじれた話になってたと思うんだけど」


 昨晩、電話か何かで話したのだろう。

 既に玲愛と清美の間で話の決着はついているようで、玲愛が清美の秘密を暴露した件については不問ということになっているらしかった。

 彼女のお陰で良い方向に進展したことを考えれば、清美の対応も納得がいく。


「彼女には借りがありましたからね。しっかりお返ししただけです。それ以上の理由は皆無です」

「借りって……まさかショッピングセンターでのことを言ってるのか?」

「そうですが、何か?」

「いや……エビで鯛を釣ったみたいな話だなと思ってさ。釣銭の方がでかすぎて市場が崩壊するレベルだろ」

「細かいことをいちいちうるさいですねえ。過ぎたことはなんでもいいじゃないですか」


 うるさそうに右手を振って、玲愛は小さな口におかずを運んだ。

 借りがあったから返しただけ。そんな言葉を鵜呑みにするほど、俺もバカではない。

 玲愛は清美のことを「ちょろい」と言っていたけれど、こうなるとどっこいどっこいの勝負なのではないかと思ってしまう。


 もしかしたらこの二人は、根っこの部分では結構似ているのかもしれない。

 信じた相手には無条件に心を許す。

 利害のことなど考えず、相手のために行動する。

 まあ、早い話が――


「玲愛ってやっぱり、いいやつだな」


 そういうこと、なのだろう。

 一見ひねくれているように見えるけれど、その実芯の部分は驚くほどに真っすぐで、そしてしっかりと大地に根付いているに違いなかった。


「うわ、最悪です」


 玲愛は心底嫌そうな顔を俺に向けた。

 予想外の反応に、少し戸惑う。


「な、なんでだよ、褒めてるだろ?」

「あのですね、征一さん。私はあなたに告白してるんですよ? ちゃんと覚えてます?」

「そ、それはもちろん覚えてるけど……それがいったい何の関係があるんだよ?」


 俺の質問に、ふんすと玲愛は腕を組んだ。


「いい人ーとか、優しい人ーとかいう評価されて、付き合った人見たことありませんもん。告白した人が一番聞きたくないセリフですよ、それ。あーやだやだ」


 肩をすくめて首を振り振り、玲愛はため息を吐きだした。


「ま、断られるとは思ってましたけどー。こういう形で分かっちゃうと、ちょっと萎え萎えですねー」

「い、いや、ちょっと待ってくれよ。別に全員が全員、そういうわけではないだろ。いい人だから、優しい人だから付き合うってパターンも、絶対あるって」

「ふーん……。じゃ、OKしてくれるんですか?」

「それは……」

「ほれみなさい」


 思わず口ごもった俺を見て、玲愛はぷいっとそっぽを向いた。

 すねてる顔も可愛いが……今はふざけてる場合じゃないな。

 俺は続ける。


「……正直、告白してもらったのは嬉しいよ。俺の人生で、最初で最後かもしれないって思う。だけど……人生で初めて、友達ができちまったんだ」


 友達が、できた。

 これまで頑なに拒んできた存在が、俺の中で確立してしまった。

 幼馴染として見ていたあいつが、これから先、俺の中でどう変化していくのか。

 どんな関係性に変化していくのか。

 それとも、全く変わらないのか。

 分からない。先が見えない。

 だから――


「玲愛の告白には、応えられない。友達ができたのに、この上彼女までできちゃったら、多分俺は身が持たない。どっちつかずになるのは……一番嫌なんだ」

「……」

「それにほら。友達がいたら、玲愛の恋人の条件からは外れるだろ? そもそも対象外っていうかさ」

「……」

「えっと……。だからさ、悪いけど他の人を探してくれ。ちょっと面倒くさいかもしれないけど、探したら絶対いると思うんだよ、俺みたいなやつは」


 平凡で、ありきたり。

 誰ともつるまず、これといった害もなく、クラスの端に置いてある観葉植物みたいな存在。

 そういうやつは、きっといる。俺以外にも。

 だから――


「……ませ……よ」

「……え?」

「いませんよ」 


 噛みつくように振り返り、玲愛ははっきりと言った。


「いるわけないでしょう、あなたみたいな変な人!!」

「え、い、いやそうとも限らないんじゃないかなーとか……」


 まごつく俺の胸に、玲愛は人差し指をずんずん指した。

 

「バカ言わないでください! 条件から外れただのなんだのとごちゃごちゃ言ってますが、友達が異性の幼馴染一人だけって普通におかしいですからね! そんなの友達がいないのと同じですよ! 自分が世間一般で言うところの普通のカテゴリーからは大きく逸脱していることも分からないなんて、本当に征一さんはバカですね! 征一さんのばか! ばーかばーか!!」


 あれ、言葉きつくない!?

 清美と仲良くなると口の悪さまでうつるんですか!?


「それに……それに、ですよ」


 一通り罵倒の言葉を言い終わって落ち着いたのだろうか。

 若干肩を上下させつつも、静かな声音で続ける。


「きっと清美さんは、これからあなたの友達を増やそうとするはずです」

「それは……そうかもしれないな」


 もともと清美は、俺が一人でいることを心配していた。だけどあまりにも俺が頑なだから、自分が率先して友達になろうとしてくれたのだ。

 初めての友達を作った今、あいつはきっと、俺の友達を増やそうと画策するだろう。

 とはいえ。


「ま、他の友達なんていらないけどな。あいつ一人で十分手に余る」

「そうですか」

「ああ、そうだよ」


 俺の答えに、玲愛はふふんと笑った。


「では私は、あなたのことをじっくり観察させてもらいます。清美さんの猛攻に耐えられるだけの、真のボッチとしての素質があるかどうか」


 だから、と続ける。


「告白は……保留のままにしておいてください」

「……いいのか?」

「いいんです」

「そっか」


 俺はほっと息を吐いた。

 少しだけ口角が上がっているのが、自分でもよく分かる。


「……何笑ってるんですか気味の悪い」

「いや、やっぱり嬉しいなって思ってさ」

「……は?」

「いや、虫がいい話だけど、玲愛と付き合える可能性がゼロじゃないって言うのは、俺にとってはありがたすぎる話だからさ。さっきも言ったけど、玲愛みたいに可愛い女の子に告白されるなんて俺の人生で――」


 そこまで言って、はたと口をつぐんだ。


 やっべえ……俺はなんて恥ずかしいべったべたなセリフ言ってるんだ……。

 こういうこと言うと、すぐにあしらわれちゃうんだよなあ……。


 今日の玲愛は結構言葉がキレキレだし、散々な言われようになりそうだ。

 そう思って、恐る恐る隣を見ると。


「……あれ?」


 顔を真っ赤にした玲愛が、硬直していた。

 マンガみたいに耳まで真っ赤にして、目がおろおろと泳いでいる。


「えーっと……玲愛、さん?」

「~~~~っ!」


 俺が声をかけると、玲愛はすさまじい速度で俺の後頭部を掴んで、下に向けた。

 ぐぎっと変な音がした。


「いってぇえええええええ!?」

「今のは! なし! 忘れてください!」

「あの! 玲愛さん! 首が変な方向にですね! 曲がってるんですよ!」

「さっきのは! そういうのじゃありませんから! って言うかまじで忘れてください! 忘れましたか? 忘れましたね? 忘れましたと言いなさい!」

「忘れました! 忘れましたから! 手え放してお願い!」


 このままだと俺の首が変な角度で固定されちゃうから! 

 一生寝違え続けてる人みたいになっちゃうから!

 ようやく押さえつけていた手の力が緩んで、首が正常な位置に戻る。


「ああもう、失敗した失敗した失敗したぁあっ! くっそ完全に気い抜いてた私のあほ~……!」


 首の筋をさすりながら、サイドテールをせわしなく触る玲愛の姿を見る。

 ここまで取り乱す玲愛も珍しいが……。

 それもそうか、と俺は頷く。

 至極単純な話だった。

 好きでもなんでもない相手の言葉で、あそこまで頬を染めると言うことは、だ。


「お前、ほんとは少女漫画にありそうなベタベタなセリフ、結構好きなんじゃ――」

「何か言いましたか?」

「いえ、何も言っておりません」


 こええよ、目が。さてはこいつ、何人か殺ってるな?


「と、とにかくそういうことですから! これからもまあそれなりに……適当に……ほどほどに……よろしくお願いします」


 差し出された手を見る。

 これまでの俺の人生にはなかった光景だ。


 高校一年の春にして、俺のボッチ生活は大きく崩れた。

 俺にだけ下ネタをいう一人の幼馴染と、俺のことなんて好きでも何でもない一人のクラスメイトの存在が、俺の暮らしを大きく変えた。

 きっと当分は、平穏なボッチライフには戻れそうにない。


 お金や時間、思考や指針、すべての資源を自分のために使える、あの優雅なボッチ生活をもうすでに恋しく思っている自分はいる。


 だけど、まあ……


「ああ、よろしく。ほどほどに」


 もうししばらくは、様子を見ようと思う。

 少しだけ変わった関係性を、楽しんでみようと思う。

 がちゃりと扉が開く音がして、清美が屋上に姿を現した。

 相変わらず美しい黒髪をなびかせて、俺たちの元へと歩を進める。

 二歩、三歩と歩き、距離を詰めて、やがて互いの声が届く範囲までやってくる。


「遅かったな、清美」

「ええ、ちょっと面倒な仕事を頼まれてしまってね。ところで、さっき廊下ですれ違った男子が面白い話をしていたのよ」

「どうせまた下ネタでしょう?」

「さすがね、玲愛。私のこと分かってきたじゃない」

「分かるも何も、分かりやすすぎるんですよ、清美さんは」


 玲愛は肩をすくめ、清美に続きを促した。


「で、どうせその話をしたいんでしょう? 付き合いますよ。私も、征一さんも」


 玲愛の視線を受け、俺も頷く。


「ま、いつものことだしな。構わないよ」

「そう、話が早くて助かるわ」


 そして清美は。


 軽く首を振り。


 軌跡の残った黒髪を右手で払い。


 腰に手を当て、両足を開き。


 そして凛とした表情で、言い放った。



「じゃあ今日は、3Pについて語りましょうか」

「それだけはマジでやめろ」

「シンプルにどうかしてますね」


 

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俺にだけ下ネタを言う幼馴染がギリギリ過ぎて困る! 玄武聡一郎 @echogyamera

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