そういえば、唐傘お化けって、鼻ないですよね?


 地図の点滅を頼りに壱花たちは嵐山の竹林の中を歩いていた。


 いや、嵐山だと思うのだが。

 何処まで歩いても、竹林だ。


「ループしてるんですかね?」

と言いながらも、どうしようもないので、そのまま歩く。


「それにしても、なんで、唐傘お化けからスタートしたんですかね?」

と壱花が言うと、倫太郎が、


「たまたまあそこで開いたからじゃないのか?

 あそこがたぶん、唐傘お化けを捕まえる地点で。


 そこで地図を開いたから、あそこがスタートになっただけなんじゃないのか?」

と言う。


「そういえば、唐傘お化け、チラとこちらを見てましたが。

 今思えば、ああ、また地図開いた阿呆な奴が居て、始まっちゃったな~って感じの視線だったようにも思えてきましたね」


「顔のほとんどが傘の奴から、そんなに表情が読み取れるわけないだろ……」

と冨樫に言われたが。


 いやいや、ちゃんと目と口はあるではないですか、と壱花は思う。


「そういえば、唐傘お化けって、鼻ないですよね?

 何処から息してるんですかね?」


「口だろ。

 っていうか、ぬりかべとかもパッと見、ないぞ」

と言う倫太郎たちと、壱花は涼やかな風吹き抜ける竹林の中を歩き続ける。


「……こうしててもらちが明かないな」

と倫太郎が足を止め、地図を裏に表に返して眺め始めた。


 何処かになにかのヒントがないかと見ているようだった。


「地図といえば、京都って罠がありますよね」

と壱花が言うと、


「罠?」

と胡散臭げに見下ろし、倫太郎が訊いてくる。


「だって、地図で見たら、右が左京区、左が右京区じゃないですか」


「それ、お前にだけの罠だろ……。

 平安京が長安を模した都だからだよ。


 中国では『天子は南面す』と言って、君主は南に向かって政治をるものとされてるんだ。


 だから、大内裏から南に向かって、左が左京区、右が右京区になるんだ。

 地図から見たら逆になるけどな。


 紫宸殿ししんでんの桜と橘も観光客から見たら逆だな。

 天皇から見たときを基準に、左近の桜、右近の橘になってるから。


 ……寝るな」

と倫太郎に額を小突かれた。


 いやいや。

 歩き疲れたので、つい意識が……とややこしい話に立ったまま寝そうになった壱花は額に手をやり、はは……と笑う。


「そういえば」

と冨樫が口を開いた。


「京都って碁盤の目のようになってますけど。

 他所から来た人間にはわかりやすいようで、わかりにくいですよね。


 通りの名の数え歌っていうか、覚え歌がありますけど。

 よく知らないですし」


「ああ、ミステリーとかでよく使われてる……」

と壱花が言いかけると、倫太郎が、


「ミステリーで使うために編み出されたのかってくらい、どれも雰囲気あるよな」

と言う。


「数え歌が聞こえてくると、誰かが殺される、とか思っちゃいますよね」

と言った壱花に、冨樫が、


「数え歌で連続殺人と言うと、瀬戸内なイメージなんだが」

と言う。


「旧家で因縁が怨念で家督争いの殺人事件は山陰な気がしますね」

と言いながら壱花は気づいた。


「……東日本では殺されないんですかね?」


 京都、瀬戸内、山陰と全部西日本だったからだ。


「いっぱい殺されてるだろ」

と言う倫太郎に、


「ミステリーの話ですよね……?」

と言った冨樫は、


「そこだけ聞くと物騒なんで、その辺で」

と言って止めたが、倫太郎は、


「莫迦め。

 此処は通常の空間じゃないだろうが。


 聞いてるのは物騒な連中ばかりだ」

と言う。


 あれ?

 そういえば、と壱花は気づいた。


 地図を囲んで覗き込んでいる頭がひとつ多い。


 わっ、と全員が声を上げた。


 海坊主が一緒に地図を覗き込んでいたのだ。


「山なのに……」


「なんでもありだな」

と呟く倫太郎とともに見た地図には、赤い点が灯っている。


 竹林の音は消え、壱花たちはまた飛んでいた。


「この海坊主さん、うちに来る海坊主さんと親戚なんですかね?」


「種族でひとくくりか。

 俺とお前も同じ人間だが、親戚か?」

と言ってくる倫太郎を先頭に、壱花、烏天狗、ぬっぺっぽう、海坊主、冨樫は、民家に囲まれた公園の中をゾロゾロと歩き始める。




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