第26話 アーロンの正体は?
もうどのくらい王都から離れることができたのだろうか?
私は、随分と長い間、十分な休憩もないまま、アーロンと共に馬を駆り、小さな村々を通り過ぎる。
「エレーヌ、大丈夫か? あと少しでこの国を抜けられる。そしたら、休憩をとろう」
地平線から顔を見せる太陽の光を浴びながら、アーロンが心配そうに私の顔色を伺った。多分、自分でも疲れた顔をきっとしていると思う。
それでも、太陽を見るのは何か月ぶりだろう。そう思えるほど、地下牢にいる時間が長かったのだ。
森を抜けると、開けた草原に出た。その先が国境線だ。
「あれは……?」
馬を走らせながら、その国境線上で待機している一群を見て、私は怪訝な声を思わず発してしまった。
なぜなら、そこにいたのは隣国の騎士団だったからだ。
アーロンとノワイエはスピードを落とさず、まっすぐ騎士団目掛けて進んで行く。私も遅れをとるまいと馬を走らせるが、どうしても、そのことが気になって、つい馬のスピードを落としてしまった。
アーロン達とぐんぐんと距離が離れていく。すると、アーロンが後ろを振りかえって、私が遅れたことに気が付いた。
アーロンは馬をすぐに反転させ、私のいる所まで引き返してきた。
「エレーヌ、疲れたのか?」
「アーロン、あれは何?」
アーロンは商人ではなかったのか? いや、それとも、ノワイエが騎士団の関係者なのだろうか?
私が訝し気な表情をしていることにアーロンが気付く。
「ああ……あれは味方だ。気にしなくていい」
少しばかり、言葉を濁すように彼は言うが、とにかく、国内にいては捕まってしまう。
「隣国の王立騎士団だが、俺達を保護してくれる。心配しなくていい」
私はアーロンを信じて、彼と共に国境を抜けた。
◇
そして、隣国に入り、少し走った後、ようやく小さな国境沿いの村へと到着した。
馬から降りると、隣国の騎士が素早く駆け寄ってきた。彼に手綱を渡しながら、今まで乗って来た馬の首を撫でて、お礼を言う。
「いままでありがとうね」
馬はぶるると鼻息を立てて首を振る。
水を飲みにつれていかれる馬の尻を眺めながらぼんやりしていると、同じく馬を騎士に預けたアーロンが私の所へと急ぎ足で近寄ってきた。
「疲れたろう。休憩の場所を確保してある。こっちにおいで」
アーロンが親しみを込めて、私に腕を差し出した。貴族っぽいそんな仕草に、私はぷっと吹きだした。
「アーロン、やだ。貴族みたい」
そんな気を使わなくっても、と笑顔を浮かべていると、アーロンが早く行こうぜとせかす。その視線の先には、可愛らしいティーハウスが見える。
乗合馬車などで、一時的に休憩をする人たちのために作られた喫茶店みたいなものだ。
差し出された彼の腕に、そっと自分の手を重ねると、なぜか彼は急ぎ足でそちらに行こうとする。次の瞬間、彼が小さく、ちっと舌打ちした音が聞こえた。
どういうことなのかと思っていると、なんと馬から降りた騎士達が跪き、その先頭にはノワイエと騎士団長と思しき男性が私たちの目の前にいた。
「ノワイエ、ご苦労だった」
騎士団長がそう言うと、ノワイエはしごく丁寧な礼をとる。その瞬間に、私は悟った。ノワイエもまた貴族であり、剣の腕が相当な様子を見ると、かなり腕利きの騎士だったのだと。
そして、今、私とアーロンの前には30名ほどの騎士が片膝をついて、右腕を胸に当てていた。
騎士団が礼をとり、頭を垂れる相手は一体誰なのか。
それは、王族、もしくは公爵位を持つほど、爵位の高い貴族しかない。そういえば、アーロンが手を差し出してきた仕草は、とても洗練されていて、とても一介の商人のものではない。
アーロンの正体が誰であれ、それは……。
「アーロン、これはどういうこと?」
何故か、喉が突然カラカラに乾いて、声がかすれる。
そんな私の腕をとったまま、アーロンは何か言いたげに私の目を見る。
「アーノルド殿下、ご無事で何よりです」
騎士団長が跪いたまま、恭しく頭を垂れている。
アーノルド殿下と言うのは、隣国の第三王子の名前だ。アーロンが、アーノルド殿下…?
地下牢でいかさまをして、にやりと笑ったり、紙で作った剣を振り回すことを教えてくれたり、ちょっとだけ間の抜けた所のあるアーロンが隣国の王子?
弱々しい朝の光が、やんわりとアーロンの顔を照らし出す。そこには、少し困ったような表情が浮かんでいた。
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