エピローグ



 それからライラ達はセ=オの人々にしこたま感謝され、数日滞在した後、故郷ヴェルトルートへ無事帰り着いたのだった。馬と共に草原を駆ける生活に戻ると、質素ながらもほがらかで平和なこの暮らしが身に沁みる。


 ライラのやらかした「アレ」は危うく彼女の中で完全な黒歴史になるところだったが、今は少し落ち着いている。それというのも、彼女のあの咄嗟の行動が女神のお気に召したのか、ライラはあの時本当に火の女神の加護をもらっていたことがわかったからだ。


 つまりライラは赤く光る「火の魔力」を持つようになって、今までよりずっと強く速く弓を射れるようになったし、指先に小さな魔法の火を灯せるようになったのだ。


「あの絶望的な状況で冷静さを失わず、決して諦めず、仲間を奮い立たせてみせたんだ。本当に格好良かったし……その、綺麗だったよ、ライラ」


 ロッドが恥ずかしそうにそう言ってくれたのも、彼女の羞恥心を少しマシにする一因かもしれない。そう思って彼女は、買い込んだ蜂蜜菓子を一箱ロッドの手にぐいと押し付けた。


「え、くれるの?」

「……うん」

「ありがとう、大事に食べる」


 苔色の瞳がやわらかく細まるのをなんとなく直視できなくて、ライラはフンとそっぽを向いた。イーリに「行くぞ」と声をかけ、背に飛び乗る。


「……じゃ」

「またね、ライラ」

「おう」


 そっけなく返して、草原への帰り道を歩く。ようやくロインとルーミシュが結婚の準備を始めたのもあって、ここ最近は彼らと冒険に出たりもしていない。ロッドに会ったのも久しぶりだった。だからちょっと気後れするのはそのせいだ、とライラは自分にしっかり言い聞かせた。


 だから別に、ロッドのことを特に気にしているわけじゃないし、というかロインやルーミシュ達と話すのだって、久しぶりだったら少し照れくさいし――とそこまで考えたところで、ライラは土埃を上げてこちらへ突進してくる人影を認め、馬を止めた。


「……あ?」

「ライライラ、いいところに! 君を探していたんだ!!」

「うるさい。馬が怯えるだろ」


 ライラがため息をついて言うと、ロインは「ああ、すまない!」とにこにこしながら言った。


「……で、何だよ。結婚式の日取りが決まったのか?」


 仕方なく尋ねてやると、朝の日差しに金髪を輝かせたロインが、華やかに笑いながら「ああ、来月の花の日だ」と言う。それはめでたいことだと思っていたら、しかし彼はこう続けた。


「だが君を探していた理由はそれじゃない。これを見てくれ、ライライラ」


 そして彼はライラが止める間もなくさっと両腕を広げ、叫んだ。


「――大地よ!!」


 ぶわっと、何かわからない強い気配が地面から立ち昇り、地面がぽこぽこと盛り上がると、眠っていた草の種が一斉に芽吹き、育ち、辺り一面があっという間に草原のようになった。


「大地の神が俺の夢に現れ、こう仰った。『ロインよ、汝に」

「おい、ロイン」

「ん?」


 ロインが首を傾げる。ライラは足元の草原――青々と茂る雑草畑を見下ろして、言った。


「これ、やばいんじゃないか?」

「え?」


 突然出現した緑に、向こうで井戸端会議をしていた女達が――つまり常日頃から通りや広場の丁寧な草むしりを欠かさないご婦人達が、不思議そうな顔でこちらへやってこようとしていた。


「……そうかもしれない」


 ロインが言った。ライラは親指で自分の背後をぐいと差しながら言った。


「逃げるぞ、乗れ!」


 流石の反応速度でロインがイーリの背に飛び乗り、馬は草原に向かって軽やかに走り出した。


「ライライラ、そっちじゃない! 森の方へ向かってくれ!」

「……え、なんで?」


 風の音を縫って届くロインの大声に、ライラは小さな声を返す。だから馬が驚くって言ってるだろ。


「ロッドの家へ向かうぞ! 仲間を集めるんだ!」

「はあ? 何の仲間だよ」

「美しい大地が穢されている……地の女神は、それを嘆いておられる」

「いや、だから何の仲間だよ?」


 嫌な予感がして眉を寄せたライラに、ロインが期待に満ち溢れた満面の笑みで言う。


「古の邪神を倒す、運命の仲間達だ!」




(完)





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花畑のロイン ─神の手違いで最強になった、と思い込んでいる男─ 綿野 明 @aki_wata

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