さめたゆめ

かさのゆゆ

さめたゆめ


 ひきこもりの"ゆめ"は、甘ったれで現実逃避願望強めの女の子。

ゆめは起きてるよりも、あらゆる“いいゆめ”を見ながら寝てる方が精神的にマシだとよく感じていた。

現実世界を起きて過ごすことがとても辛くて、苦しくて、やがてゆめは一日の半分以上を睡眠時間に費やすようになった。


“わたしって生きてる?死んでる?

あぁ、死にながら生きてるのか。

いまって夜? 春?

なんだ、もう朝も夏も終わってしまってたんだね。


なにもかも分かりたくない。考えたくもない。毎日この世界のことを意識なんかしてたら、自覚なんかしてたら……自分はとても生きていけそうにない。


体と時間だって当然待ってはくれず、この先僅かな望みさえ自分から奪っていってしまうのだろう。

全くもって慈悲も容赦もなく──。


……ああ、16歳から20歳の肉体をずっと行き来できる不老の女の子になれたらいいのに──。”





 ある日、ゆめは自分の夢の中で、夢の中の自分(以下夢ガール)に声をかけられる。


「いつも夢の中であなたを演じてあげてるんだからさ、たまには現実に行かせてくれない? 現実そっちよりもこっちの方が楽だよ。夜がきたらただ夢の通りに自分を演じればいいだけだから。どんな目にあっても苦痛は一切ないし。

ずっとここにいれば自分の演技にも自信がついていって最高の女優にもなれるわ。

あなた、苦しまずにずっと楽してたいんでしょ。なら断然こっちの方がおすすめよ」


 非現実世界での楽な生活を望んでいたゆめは、喜んで夢ガールと“ゆめ”を交代した。







 夢ガールはゆめとは違い、とても積極的な女の子だった。すぐに職も見つけ、車も買い、休日は新しい友人らとワイワイとお出かけに行く日々。

職も友人も知人も誰一人持っていなかった以前の彼女はどこへやら。トラブルメーカーだった娘が良い方向へ変わってくれたことに両親もとても喜んだ。


 一方その頃、周りを困らせてばかりだった悪いゆめは、ナイスバディな美人となってのんびり夢世界を横臥していた。

彼女は夢ガールが睡眠時に見る夢の中で“夢のゆめ”を演じればいいだけであり、夢ガールが起きてる間は基本自由だった。

人目を気にすることもない。日々世の中のあらゆる危険や恐怖に怯えることもない。気が狂いそうなほどの劣等感や自己嫌悪に苛まれることもない。

自分だけの穏やかな世界。

夢ガールの脳を通して外の世界をたまに覗き、夜になったら主演女優“ゆめ”として活躍する……。

彼女はその生活に十分満足した。

もういっそずっとこのままでいいかなとすら思った。


 しかし自分であって自分ではないベテラン女優夢ガールを皆が好いていくことに、ゆめは少しずつ不満を抱くようになっていく。




 夢ガールはたしかに一流の女優だった。ゆめが現実で演じたくても演じられなかった“ゆめ”を見事に演じてくれた。

ひきこもりの怠けたゆめに怒ってばかりだった両親も夢ガールのおかげで怒らなくなり、いつも懸命に要領よく働く“ゆめ”の頑張りを評価してくれる人間もたくさん現れるようになった。

ゆめ自身は仕事が全く出来ずクビにされてばかりだったため、同じ容姿を持った夢ガールが自分として現実でじゃんじゃん働きお金を稼いでくれることは、ゆめ本人にとっても純粋に誇らしかったしありがたかった。

体裁が夢ガールのおかげでずいぶんと改善されたのも事実。

だが自分ではない夢ガールが家族からも社会からも必要とされ、数十年現実で生きてきた自分が誰からも必要とされていないという苦い事実は、仕方ないことだと理解していても彼女の心の穴をより傷つけ抉っていった。

自身が実現できなかった夢みたいな日常を夢ガールが叶えている姿をまじまじと見せつけられ、本物の自分の存在は確かに捨てられるべきゴミ同然だということを、彼女は改めて痛感させられるのだった。




 妬み、嫉み、僻み、ますます増してく後悔と自己嫌悪。

イライラをぶつけたくて、ゆめは毎晩夢ガールに悪夢を見せるようになった。

それでも夢ガールは決してゆめに“ゆめ”を返さなかった。






「私を現実(そっち)に戻して!

みんな“いいゆめ”にだまされてしまってるのよ。あなたのみせる夢にだまされてしまってる。目を覚ましてあげなきゃ」


 夢の中でゆめは夢ガールに詰め寄るが、夢ガールはまるでゆめの姿がみえていないかのように彼女を無視し、彼女の訴えにも耳を貸さなかった。


「あなたには感謝してるわ。すごく感謝してる。家族のためにも、世間体を保つためにも私は戻るべきでないのは分かってる。

……でも辛いの!

今まで生きてきた私のすべてが否定されてるみたいで辛いのよ!

あなたの“私”でいたいけど、ずっと裏で、ひとりぼっちで、頑張れてるあなたをみてられそうにはない……。

“私”は私! あなたと違い何も頑張れないクズだけど、母が痛い思いして生んだのも、両親が育ててきたのも私! 無能のカスみたいな方の私なの!」


 本当の“ゆめ”は自分だと主張するゆめに夢ガールが冷たく言い放った。


「いいえ。本当の“ゆめ”は私。あなたは頑張っていれば私になれた。なのにいつも逃げてばかり。楽を優先してるから私になれなかった。わたしはあなたがちゃんと“演じてくれなかった”あなた本体でもあるの。

邪魔してるのはあなた。


あなたこそ“悪夢” よ。


あなたみたいなゆめは誰からも必要とされてないってとっくに分かってるでしょ。

年をとったらもっとそうなってく。だから夢の中で若いまま生きることを、現実からは消えることを、あなた自身が願ったんじゃない。

望み通り夢の世界で楽をさせてあげてるってのに文句言いだすなんて、どこまで自分勝手なのあなた。現実に帰りたくないのに帰りたいってことでしょ。本っ当、つくづく呆れるわ」


 いたいところを突かれ激昂したゆめは、無理矢理夢ガールの意識を夢の中に引きずり閉じこめた。



「いいわよ。どうせいつものように思い知るだけだから。自分はやっぱり、いらないゴミなんだって」


 夢ガールの言葉をさえぎって、ゆめは強引に目を覚ました。



“寝てたまるか!自分を乗っ取られてたまるか!

ゆめは私なの!! ”





 だが、結局臆病者は臆病者。

クズはクズ。

ゆめはすぐには変われなかった。

仕事も上手くいかず、すぐ引きこもりに逆戻り。両親もまた失望し、彼女に叱責しだす。

それでもゆめは眠らなかった。

意地でも眠りはしなかった。


“これが私。情けないし、みすぼらしいし、恥の塊だけど、これが私なの。ちょっとくらいこんな娘でも消えてほしくはないって思ってよ”


 だがそんな彼女の身勝手な言い分も、願いも、せっかちで厳しい現代社会では当然通用するはずなく、両親や世間はゆめにきつく当たり続けた。


“異常者!親不孝め!ろくでなし!

害虫はこの世界からとっとと失せろ! 出てけ!出てけ──!”


 

 部屋に閉じこもり、目を瞑り、耳をふさぎ、それでも消えない内外からの罵声。

消えたいのに消えたくないという認知的不協和。



 毎日泣いたゆめは泣き疲れ、とうとう眠りに落ちてしまった。









さわさわと、








ぞわぞわと、








“彼女”がふたたび姿を現した。








「やっと夢からさめられたわ。


おやすみなさい。“悪夢ガール” 」






“ゆめ”が“悪いゆめ”を見ることはもう二度とないだろう。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さめたゆめ かさのゆゆ @asa4i2eR0-o2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ