第9話 ある晴れた日曜日

 休日である。

 爽やかな青空が広がり、小鳥達のさえずりが周囲を踊り、涼やかな風が吹き抜けていく気持ちのいい休日の朝。

 もう、雨が降ろうが槍が降ろうが、何があっても全部許してしまいたくなる――そう、今日は休日なのである。


「シオン、今日は何か予定がありますか?」

 朝のひととき、神殿のテラスで紅茶を飲んでいたユリウスが、正面に座るシオンに声をかけた。

「いや、特に決めてはいないが……何か用事か?」

 こちらはコーヒーをブラックですすっていたシオンが顔を上げる。

「いえ、用事というわけでは……今日は街へ行こうと思っているんです。休みの日でもないと街へはなかなか行けませんから、色々欲しい物もありますし……馬車を呼んであるので、もしあなたも街に用があるなら、一緒にどうかと思って」

「ふむ」

 シオンは一瞬、考え込んだ。

「そうだな……この前、街へ下りたのは確か一ヶ月くらい前か……そろそろマジック・マガジンの新刊が出る頃だな、街へ行くのも悪くはない」

「では、行くのですね?」

「ああ、好意に甘えさせて貰おう」

「あ、オレも乗っけてってくれよユリウス」

 その時、テラスの縁に腰掛けて小さな笛を吹いていたキッドが声をかけた。

「この笛、何か最近調子悪ぃんだ。時々音が詰まっちまってよ。街の修理屋に頼んでみようかと思ってんだけど、アシどーすっか考えてたんだ」

「ええ、かまいませんよ。ただし帰りは自分で拾ってくださいね」

「ああ、わかってる」

 キッドが頷いて再び笛を吹き始めると、ユリウスはふと気づいたように言った。

「そう言えば、ウィンの姿が見えませんね。彼は一体どこです?」

「あいつなら、さっき神殿の通用門の方へ行ったようだが?」

 その時、シオンの言葉に応えるように、ウィンが姿を見せた。

「何か呼んだ?ユリウス」

 ウィンは、ダルス隊の中でも一番早起きだ。

 他の面々はまだ、この神殿のプライベート・スペースである中庭(パティオ)のテラスで、夜着の上にゆったりとしたローブをまとっただけの格好で朝を過ごしているというのに、彼だけは既にきちんと軽装に着替え、「爽やかな朝」と大きく貼ってあるような顔をしている。

 実はダルス隊の中でも一番朝に弱いユリウスは、まだどこか霞のかかる頭でぼんやり微笑んだ。

「いえ、姿が見えないのでどうしたのかと思っただけです。相変わらず元気ですね」

「そうか?単に体質の違いだと思うけど?オレ、ユリウスみたいに朝に弱くないし……っと、そうだ、忘れるところだった。はい、これ。回覧板が届いてたよ」

「回覧板?」

 ……と言っても別に彼らが休日ごとに廃品回収やバザーをしているわけではない。

 元々、幻地球に散らばる全ての神殿は中央と呼ばれるガーディアン組織が統轄しており、その中央の神殿から月に一度、こうして祭事や他の神殿の情報などが書かれた、いわゆるミニコミ誌のようなものが送られてくるのだ。


 神殿の中でも、スタルト神殿は次元を司るマルドゥク神を奉っているとあって、生活に密着した神々を奉る他の神殿と比べると結構人里離れた静かな場所に建てられている。

 それなのにガーディアン随一と言われ、中央から直々に任命されるほどの力を持った彼ら――ダルス隊がここを護っているのは、参拝者が少ないとはいえ仮にも奉っているマルドゥク神の司る力が「次元の扉」であるからだった。

 「次元の扉」。

 その向こう側に住むのは、この世界を簡単に消滅させてしまえるほどの力を持った何者かであると、幻地球では昔からそう言い伝えられていた。

 まさか、その何者かが何の変哲もない平凡な一人の少女で、しかも彼女が彼らの運命を大きく左右することになろうとは、今、この時の彼らは未だ知る由もない。


「今回の回覧板はちょっと届くのが遅かったようですね。何かあったんですか?」

「あぁ、持ってきた使者の人の話だと、何でもウチの前の前の神殿が大水にあったんだってさ。で、次の神殿へ行くルートが土砂崩れで塞がっちゃって、しばらく足止め食ってたとか言ってたよ」

「大水……ああ、この間ここいらにも来てたブルー・ストームか。この時期、ほんとに多くてやんなっちまうよなぁ。雨・雨・雨・雨で鬱陶しいし、毎年あちこちで被害が出てるしよお。森の動物たちも、この間のブルー・ストームで雷が落ちたせいでよ、しばらくは脅えちまって、手がつけられなかったんだぜ?」

 キッドが肩を竦めて言う。

 ユリウスも頷いた。

「神殿の方も危うく水浸しになるところでしたしね。まあ、自然現象はいかんともしがたい問題ですし、ブルー・ストームは秋の風物詩ですから、諦めるしかないでしょう。それで、中はもう読んだんですか、ウィン?」

「ああ、一通りね。――そうそう、そう言えば面白い広告が入ってたんだ……ほら、これ」

 そう言って、ウィンは回覧板のページを繰り、一枚の広告を指し示す。

 ユリウスはその広告にさっと目を走らせた。

「ええと……?


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「……」

 ユリウスの目が、優勝賞品のところで止まった。

「なあ、いいと思わないか?コレ、参加しようよユリウス。参加資格はガーディアンなら誰でもOKだし、オレたちなら絶対優勝出来るって」

 既に目を通しているウィンが目を輝かせて言う。

 その声の調子に面白そうな気配を察知したのか、キッドが手すりから滑り降りて広告をのぞき込んだ。

「なに?何の話だよ……おっ、勝ち抜きトーナメントかあ。すげえ賞品ばっかじゃんか。中央の奴ら、気合い入ってんなあ――なあ、コレ出るのか?オレたちが出てもいいんだろ?やろうぜユリウス、面白そうじゃんか」

 普通、このテの大会などでは、各神殿に所属する地方ガーディアンと中央から直々に任命され、各神殿に出向している形の中央所属のガーディアン隊とは、技能に格段の差がある為、中央所属のガーディアン隊は殆どその参加権を認められてはいない。

 しかも、それが中央ガーディアンから更に選抜されたエリート中のエリートであるダルス隊なら尚更だ。

 だから、この様な全員参加可能な大会にキッド達が出たいと思うのは、仕方がないことかもしれなかった。

「そう……ですね……」

 普段、ユリウスはこういう大会を好まない。彼らの本分は神殿を護ることであって、決してその技能をひけらかす必要はないと思っているし、万が一の場合に備えて、本当は各自の技能はなるべく隠していた方がいいのだ。

 が、今日のユリウスは少し違った。

 優勝賞品の項目から目を離さないまま、ユリウスは考え込む。

 ――ガーディアンとなってからの長い日々。たとえ休日があっても決して職務を忘れることなど出来なかった彼にとって、職を忘れて一週間のリゾートを、というその見出しは心躍らせるものがあった。

 ユリウスの心が揺れ動いているのを敏感に察知し、キッドがたたみかける。

「いーじゃんかよ、へーきだってユリウス。オレたちは精鋭の名を戴くスタルト神殿のダルス隊だぜ?こんな大会の一つや二つ、らくしょーだよ、らくしょー。オレたちの本気なんか、出すまでもねぇって」

「そうだよユリウス、本気を出さなきゃ問題はないんだろう?一個師団相手にするんならともかく、純然とした勝ち抜き試合なら平気だよ」

 こんな時だけ妙に気の合うキッドとウィンに軽く苦笑しながら、ユリウスは頷く。

「――わかりました。それでは、参加しましょうか」

「やたっ」

 キッドとウィンが手をたたき合った。

 ユリウスは微笑みながら続ける。

「この温泉旅館の宿泊券はとても魅力的ですしね」

「……え?」

 その瞬間。

 時が、止まった。

 キッドとウィンは、何を言ってるんだ?という目をしてユリウスを見る。

「温泉……旅館?何言ってんだよユリウス、優勝賞品はBコースのスキーロッジに決まってるだろ?」

「そうだよ、中央の連中じゃあるまいし、何が悲しくてこの若さで温泉なんぞに行かなきゃなんねーんだよ」

 ……確かに、平均年齢23才のダルスの中で、優勝賞品に温泉旅館を選ぶのはユリウスだけかも知れない。

 しかしユリウスは珍しく頑なに首を振った。

「スキー場なんて、とんでもありません。一週間の休暇など普通なら考えられないことですよ?それを何故わざわざ体を動かしに行く必要が有るんです。運動ならいつもイヤというほどしているでしょう」

「あれは訓練だろーが!じじくせーこと言ってんじゃねーよ!」

「ジジ……?」

 ユリウスの目が、ふっ、と細まった。

「○☆△っ!!」

 その剣呑きわまりない気配を敏感に察知したウィンが慌ててキッドの前に躍り出る。

「ユ、ユリウスの言ってることもわかるけどさ、オレたちのことも考えてくれよ」

 俯いたまま黙り込んでしまったユリウスに内心ドキドキしながら、ウィンは必死で言い繕った。

「お、温泉に入りたいならロッジにもあるだろ?でも、温泉じゃスキーは出来ないんだぜ?」

 それでも主張を譲らないところが涙ぐましい。

「な、そうだよなキッド?お前もそう思うだろ?な?」

 ウィンが必死に肘で小突いて返事を促す。

 が、キッドはわかってるんだかいないんだか、フン、と鼻息も荒く言った。

「誰がわかるかよ、こんなジジくせーやつのことなんか!誰が何と言おうとオレはBコースに行くんだ、温泉なんか死んでもゴメンだからな!」

 ……この馬鹿たれがーっ。

 思わず頭を抱えてしまいそうになるウィンである。

「……」

 ユラ……と、ユリウスが立ち上がった。

 その瞳は未だ眠気にぼんやりと霞んでいるようで……しかし曖昧に焦点のあっていないその視線は、そこはかとな~く絶対零度の凍気を含んでいるようで、無茶苦茶、怖い。

 ウィンはおろかシオンでさえも思わず2・3歩後退してしまうような視線を、しかしキッドは果敢にも見返した。

「なっ、なっ、何だよ!睨んだって一緒だからな!」

 声が裏返っている。

 大体、ダルスの中で一番ユリウスの怖さを知っているのは彼なのだ。

 抵抗を試みる意識に反して、体中ぞわわっと総毛立つのを感じながら、キッドはそれでも何とか踏みこたえた。

「……キッド」

 いつもの静かで澄んだ低い声が体中の恐怖心という恐怖心をあおるのは何故だろう。

 ヤベェ……。

 本気で回れ右して逃げ出しかけたキッドに、しかしユリウスはふわっ、と微笑んだ。

「……わかりました。では、勝負しましょう」

「――は?」

 後ろを向いて「ヨ~イ、ドン!」な格好をしたまま、キッドはぽかん、と口を開ける。

「勝……負ぅ?」

「ええ」

 ユリウスはにっこりと微笑んだ。

「どうやらあなたは何を言っても諦めそうにないですし、私の方でも譲る気はありません。このままではいつまでたっても議論は平行線でしょう?」

「だからって……」

 いきなり突拍子もないことを言い出すユリウスに、ウィンが口を挟んだ。

「わかってるのかユリウス?オレたちが本気で戦えば、この神殿だって無傷じゃいられないんだぞ!?」

 その問いに、ユリウスはあっさり頷く。

「ええ、全壊とはいかないまでも半壊にはなるでしょうね。……そう言えば保険は半壊ではおりないんでしたっけ?となると、いっそのこと全部壊してしまった方がこの場合都合がいいですよね」

「ユリ……!」

 冗談とも本気ともつかない表情で恐ろしいことを言ってのけるユリウスに、ウィンが本気で声を荒げかける。

 と、後ろで成り行きを見ていたシオンがフッと苦笑した。

「落ち着けウィン、冗談に決まっているだろう。――それで?一体何の競技で決着をつけるつもりなんだ?ユリウス」

 シオンの問いに、ユリウスはにっこり微笑んだ。

「バレーボールをしましょう」

「バレーボールぅ!?」

 キッドとウィンの間抜けな声が、神殿に響きわたった。



「勝負は簡単です」

 神殿の中庭、さっきまでいたテラスの真正面に急ごしらえのバレーコートを作りながら、ユリウスが言った。

 もちろん、既に皆、夜着から動きやすい軽装に着替えている。

「お互い二組に分かれ、15ポイント先取した方が勝ち。タッチネットやラインオーバーなどの反則は、審判がいませんから、この際あからさまでない限り大目に見ます。その代わり、明らかに反則だと思える行為をした場合は即刻失格です。……よろしいですね?」

「おう」

 キッドが頷く。

「……で、肝心の組分けは?」

 ユリウスの指示に従い、中庭に線を引いているウィンが尋ねた。

「オレとキッドはもちろん同じ組だよな?……オレ、Aコースの為に戦うなんてイヤだぜ。いかさまは絶対しないけど……故意には絶対しないけど、でも無意識にしないかって言われたら自信ないし」

 率直で正直なウィンの言葉に、ユリウスは微笑む。

「わかっていますよ。大丈夫、これは正々堂々とした勝負です。二人とも、自分の望む物のために戦って下さい」

「じゃあ、ユリウスはどーすんだよ。まさか一人でオレたちと戦おうってんじゃねぇだろーな」

 キッドが幾分不機嫌そうな声で尋ねた。

 それはそうだ。仮にも攻撃担当の自分たちを相手に、普段は後方支援に回るユリウスが一人で対すると言うのでは、あまりに自分たちを馬鹿にしている。

 それでなくてもキッドとユリウスの年の差は13。体力的にも十分、彼の方が勝っているのだ。

 しかしユリウスは軽く首を振って、後ろを振り返った。

「もちろん、私も二人で戦いますよ。……彼と一緒にね」

 と視線を向けた先には、憮然としたシオンがいる。

「シ……シオン?何でお前が?」

 シオンはさっきの言い争いに参加していなかった筈である。

 ウィンの驚いた声に、シオンはぼそっと呟いた。

「取引だ」

「取引ぃ?」

「私の持っている魔導書を譲る、と言ったんですよ」

 ユリウスがにっこり微笑みながら言った。

「実はこの前、貴重な魔導書を手に入れましてね。私に協力してくれるなら、それを譲ると言ったんです。何しろシオンの魔導書コレクションはかなりのものですしねえ?」

「……鬼」

 直に言えはしないから、せめて心の中で呟くウィンである。

「――何か言いましたか?」

 恐るべき直感に拍手。

「ななな、なんでもないですっ!」

 思わず姿勢を正して直立不動で首を振るウィンに、ユリウスは微かに首を傾げた。

 しかしユリウスはそれ以上追求はせずに、ふい、と横を向く。

「はーーーっっ」

 思いっきり息を吐いて肩を落とすウィンを、キッドが気の毒そうに見つめていた。


「……お前もつくづく、自分から苦労を背負い込む奴だな」

 キッドとウィンが準備運動のために向こうへ行ってしまうと、シオンがふっと呟いた。

「何のことですか?」

 にこやかに微笑むユリウス。しかしシオンは首を振る。

「ごまかす必要はない。あの魔導書は元々、オレに譲るつもりでいたのだろう?」

 全てを見透かすように澄んだサファイア・ブルーの瞳。年齢は5つも離れているはずなのに、何故か安心感を持ってしまうシオンが、そこにはいる。

 しかしユリウスは首を振った。

「何のことかわかりませ……」

「一足違いだった」

「……?」

 不思議そうなユリウスに、シオンはふいっと顔を背けた。

「お前が古書屋で魔導書を買ったすぐ後、オレもあそこへ行ったんだ。――あの魔導書を見て、オレが探している本だとか何とか、そう呟いているお前を古書屋の店主が覚えていたよ」

 そう言って、シオンは再びユリウスに向き直った。

「あの後、雑事で色々忙しかったからな。渡す時機を逸したんだろう?それに――お前のことだ、わざわざ差し出したりしたらオレが恩を感じるかもしれないとか何とか、妙なことに気を回しそうだしな」

 シオンは元々、滅多に口を開かず、周囲とは一歩離れた距離を保っている。

 しかし、だからこそ、彼は周囲の人間を冷静に見つめ、その本質を見る力を持っていた。

 ユリウスはふーっと小さく息を吐いて頷いた。

「かないませんね、あなたには」

「これでもこの中で一番長い付き合いだ」

 シオンはぼそっと呟き、キッドとウィンを見やる。

「行き先にこだわる理由もそうだ。本当は、キッドの好きなとおりにさせてやりたいのだろう」

「ええ」

 もう完全に観念したのか、ユリウスは頷く。

「Bコースが、単にスキーロッジであるなら何ら問題はないのですがね。こんな人里離れた神殿で生活しているキッドが、いきなり最新鋭のゲームセンターなどに行ったら……」

「まず、大人しく帰る気にはならんだろうな」

 二人の脳裏に一つの映像が浮かび上がる。

 最新鋭機種を揃えたゲームセンターで、フリーパスを握りしめ、真っ赤な顔をして足を踏ん張るキッドの姿が。

「……それを責める気にはなりません。彼は未だ15。それも年齢らしい生活を送ってきたとは決して言えない。でも……」

「オレ達はこの神殿を守る戦士。無理矢理にでも連れ帰らなければならない……か」

「ですが、そんなことをすればキッドは間違いなく中央組織を疎んじるでしょう。今は未だ、最年少ガーディアンと皆に褒めそやされ、まんざらでもないようですが、もし今の自分に疑問を抱いてしまったら……自ら望んでなったわけではないガーディアンでいることは苦痛でしかないでしょうから」

「最年少、類い希な資質を持ったガーディアン……その力が、今度は仇になるな」

 呟くシオンに、ユリウスは眉宇を悲しげに潜めた。

「ガーディアンを辞めたい。キッドが幾らそれを望んでも、中央は許さないでしょうね。そして、キッドは必ず傷つくことになる。身も……心も。それくらいなら――」

「それくらいなら、頑なにBコースを拒み、自分が悪役になる、か。やはり苦労性だな、お前は」

 たかが優勝賞品で、これだけの気を回してしまう。

 それがユリウスのいいところでもあるのだが、それに振り回されて周囲が迷惑しているのもまた、事実。

 大体、Bコースに行くのがイヤなら、最初から大会に出なければいいのだ。

 が、それを面と向かってユリウスに言うほど、シオンは馬鹿ではなかった。

 ――シオンだって命は惜しい。

「おーい、そっちは準備できたのかー?」

 と、向こうの方で体をほぐしていたウィンが声を上げた。

 それに応えるように片手を軽く上げ、ユリウスはふっと囁く。

「このことはくれぐれも、キッドには内密にお願いしますね、シオン」

「ああ、わかっている」

 頷いて、シオンはコートの方へ足を向けた。

「あ、ちょっと待って下さいシオン」

 コートへ向かうシオンを引き留めて、ユリウスはにっこりと微笑んだ。

「……おまじない、しておきましょうね」


「言っとっけど、手加減はナシだからな」

 コートの手前、ユリウスを横目で見ながらキッドは言う。

「バレーボールで決着付けるって言い出したのはそっちなんだからな。あとでぐだぐだ言ったって聞かねーぞ」

 28才と15才。攻撃担当と、後方支援担当。誰がどう見たって、どちらに利があるかは明らかだった。

 しかしユリウスは、何を考えているのか分からない、いつもの穏やかな笑みを浮かべて頷く。

「わかっています」

「よし、じゃあ、始めようか。――コイン投げるよ」

 ウィンがポケットから一枚の金貨を取り出し、軽く空へ投げ上げた。

 きらきらっと朝日を反射させ、くるくると回転して落ちてくるコインを手の甲に受け止め、ウィンがユリウスを見る。

「……表、です」

「じゃあ、オレたちは裏だな」

 頷いて、ウィンが手の甲を露わにした。

 と、そこには数字が書かれた面を上にしたコインが光っていた。

「うしゃっ」

 キッドがガッツポーズを取る。

「コートですか?ボールですか?」

「んなもん、ボールに決まってん……あ、いや!やっぱやめた、コートにする!」

 言いかけたキッドが、空を見上げて慌てて言い直した。

 その視線の先には、未だ昇りきっていない眩しい朝の太陽がある。

 キッドは太陽の位置を確認し、逆光を避けるためにコートを取ったのだった。

「……では、私達はボールを取りましょう」

 そう言ってコートへ歩いていくユリウスが何故か嬉しそうな顔をしているのを見て、シオンが怪訝そうに声をかけた。

「どうかしたのか?」

「え?あ、いいえ、ただ……キッドも少しは状況判断が出来るようになったのだと思ったら……何か嬉しくて」

 ……親ばかである。

 ダルスのリーダーであると同時にキッドの保護者役がすっかり板に付いてしまったユリウスに少なからず苦笑しながら、シオンはボールを手にコートのライン際に立った。

 キッドがネット際に、ウィンがその斜め後ろに立ち、軽く腰を落としてシオンのサーブを待つ。

「……」

 ポォン、と軽く投げ上げたボールが宙を舞った。

 膝を軽く曲げ、体をしならせたシオンが、落ちてくるボールに全体重を込める。

――爽やかな朝。小鳥達のさえずりが周囲を踊り、涼やかな風が吹き抜けていく気持ちのいい休日の朝。

 いよいよ、バレーボール大会の幕が切って落とされた――。



「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ」

 息が苦しい。肩を上下させるのさえ、筋肉が悲鳴を上げているようで、辛い。

 年の割に鍛え上げられた逞しい体。その、細胞の一つ一つに鉛でも付けられているかのように、体が思うように動かせない。

 ふと隣を見ると、彼もまた青ざめた顔をして、驚愕に目を見開いて、どこかぼんやりと焦点の曖昧な瞳をしながら、それでも必死にボールの行方を追っていた。

 打ち込まれるボールを辛うじて拾う。それはポーンと緩やかな弧を描いて敵コートへ飛んだが、彼らにはボールを拾うことだけで精一杯だ。

 まるで打ち込んで下さい、と言っているようなサービスボールがネット際を越えた瞬間、それを見計らって飛び上がっていた相手は容赦なく、ボールを叩き込んだ。

 バシッという乾いた音がして、コートに叩きつけられたボールは勢い良く跳ね返る。

 それを疲れたように見送って、彼はどっかりとコートに座り込んでしまった。

――信じられなかった。まさか、自分たちがこんなに追いつめられようとは。未だに、信じられなかった。

 有利なのは、オレたちの方だった筈なのに。なのに……

「……どうしました?キッド」

 ふてくされた顔をして、それでも目には悔しさを満々と湛えて座り込むキッドに、ユリウスは涼やかな顔をして言った。

「手加減はしないのではなかったのですか?いくらあなた方が余裕を持っていようと、そろそろ反撃しないと危険ですよ?」

「……っ!!」

 キッドの顔が赤く染まった。悔しさを湛えていた瞳は、すでに想いを溢れさせ、微かに潤んでいる。

 ちっくしょーーーーーっっ!!

 心の中で散々悪態を付きながら、キッドは立ち上がった。

 体が、もうこれ以上はイヤだと悲鳴を上げている。

 今のキッドを動かしているのは、ただひたすら、目の前でとぼけた笑みを浮かべるこの男に負けたくない、その一心だった。

「立……てよ、ウィン……!!」

 キッドは横で惚けたように這いつくばっているパートナーに声をかけた。

 彼にしてみればそれは叱咤のつもりだったのだが、もう体中が疲れ切って、声さえ囁くほどしか出ない。

「……ぁっ、はあっ」

 それでも自分より年若いパートナーの声に励まされたのか、ウィンが何とか起きあがる。

 その顔は、キッドに負けず劣らず汗を拭きだし、疲労に歪んでいた。

「……」

 ユリウスが小憎らしいほど……いや、大憎らしいほど余裕綽々の顔をして、キッド達の様子を見つめている。

 コートの後方、ユリウスの斜め後ろに立ってそれを見ていたシオンが、微かにため息を付いた。

 ……たとえ神を敵に回そうと、こいつにだけは逆らうまい。

 密かにそんなことを決意しているシオンである。


――おかしい。

 一方キッドは、苦しい息の下、予想とは全然違うこの結果に、ある疑惑を深めていた。

 何しろ、ユリウスとシオンの動きが、普段から比べて格段にいいのである。

 いつもは後方支援に回り、自ら前線に立つことなど皆無と言っていいユリウスは、しかし普段からは想像も付かないほどしなやかで滑らかな動作でボールを拾い、「ガーディアン辞めて転職したら?」というくらい的確な狙いとパワーで、上手にウィンとキッドの一瞬のスキを突いてボールを死角に打ち込んでくる。

 シオンはシオンで、まるでボールがスローモーションで見えているのではないかと思うほど素早く、ボールをどこに打ち込もうと確実に拾い上げ、ユリウスにつないでくる。

 まさにゴールデンコンビであった。

 しかし、そのあまりに見事なコンビネーションに、キッドは却って不信感を抱いていた。

――絶対、変だ。何であいつら今日に限って動きがいーんだよ。特にユリウス。いつもは疑似戦闘(シュミレート)の時でも後ろで突っ立って魔法使ってやがるくせに、こんな動けるんなら前線で戦えっつーんだ。……やっぱ何かある。あいつがこんなに動けるわけないんだ。絶対、何かある……!!

「おい……何をボケッとしてんだよ、キッド……」

 息を喘がせ、玉のように噴き出す汗を拭おうともせずにウィンが話しかける。

 キッドはユリウス達から目を離さずに言った。

「ウィン……オレ、暫く勝負捨てるわ」

「なに!?」

 思わず声を上げたウィンを慌てて制し、キッドは続ける。

「――しっ、黙ってろよ、バレちまうだろ。……なあ、あいつら変だと思わねぇ?いくら同じ訓練こなしてるからって、ユリウスまでオレたちより動きがいいなんて、絶対変だ。何か隠してるに決まってる」

「何かって……何をだよ」

「だから、それを調べるんだろ。……いいか、オレ、これから暫くあいつらの様子見るのに専念すっからな。もちろん、表面上はバレないように気ぃ使うけどさ。――だから、その間はお前ひとりで頑張ってくれよ」

「~~~っ」

 キッドのその言葉に、ウィンは眉根を寄せて肩を落とした。

 結局、いつだって貧乏くじ引くのはオレなんだよな~~っ。

 もしかしたらどこかで糸を引いているのかも知れない運命の女神に、思わず恨み言を言いたくなってしまうウィンである。

 いかにも不服げな顔をしているウィンを、キッドは睨んだ。

「――何だよ。負けてもいいってゆーのかよ」

「そ、そういうわけじゃないけど……」

「じゃあ決まりだな。――任せたぞ」

 そう言ってネット際へ歩いていくキッドを、ウィンはため息を付きながら見送った。

「……」

 ウィンとキッドが再び配置に付くと、シオンがボールを投げ上げる。

 そのまま、全体重のかかった重いボールが飛んでくると、キッドはそれをウィンに任せ、ユリウスとシオンをひたすら凝視した。

 シオンは未だ動かない。ユリウスも特に変化はないようだ。

 と、背後でバシッという音がした。どうやらウィンは何とかボールを拾ったらしい。

 視界の隅に、緩い弧を描いてネットを越えていくボールが見える。

 その時だった。

 真正面にいたはずの、しっかり姿を捉えていたはずのシオンの姿が、いきなり消えた。

「!?」

 思わず目をしばたたくキッド。と、その数秒に満たない短い間に、シオンの姿は再びキッドの視界に現れる。

――さっきの場所からかなり離れた位置に。

「?!」

 キッドは再び目を見張る。

 その距離は、どう見ても数秒の間に移動できる距離ではなかった。大体、元いた場所から今の場所へ行くまでのシオンの姿を、キッドは見ていないのだ。

 確かに真正面に捉えていたはずのシオンの姿が突然消え失せ、再び別の場所に現れる。

 それはまるで瞬間移動でもしたのかと思わせるような早業で――。

「……いや。シオンは移動呪文は使えない筈だ。そーゆーのが使えるのはユリウスだけだし……でも……」

 と、キッドが呆然としている間にも、時は着実に流れていく。

 どうやったのか、とにもかくにもシオンはボールを拾い、ユリウスへ繋ぐ。

 ポォン、と高く打ち上げられたボールのタイミングに合わせて、ユリウスは軽く……本当にごく軽く膝を曲げて飛び上がった。

 その時。

「あーーーーーーっっっ!!」

「!?」

 キッドの突然の叫声に、ユリウスは思わずバランスを崩した。

「……あっ」

 完全にタイミングのずれたボールはユリウスの手をすり抜け、自陣へと転がる。

 着地し、転がるボールを咄嗟に拾い上げたユリウスは、微かに眉をひそめてキッドを見た。

「……キッド。それは、あまりいい行為だとは言えませんよ」

 それでも口をぱくぱくさせ、弁解しようともしないキッドに、ウィンも慌てて駆け寄ってくる。

「おい、キッド。どうしたんだよ、大声上げておどかすなんて。お前らしくないぞ、そんな卑怯な……」

 卑怯。

 その言葉に、キッドはやっと自分を取り戻した。

「なっなっなっ何言ってんだよウィン!ひ、ヒキョーなのはオレじゃない!こいつらの方だっ!!」

 ビシッ、と人差し指を真っ直ぐ突きつけられて一瞬寄り目になったユリウスは、はっ、と我に返る。

「……聞き捨てなりませんね、キッド」

 声に凍気が混じっていた。

 謂われもなく卑怯者呼ばわりされたのだ。当たり前だろう。

「お、おい、いきなり何言い出すんだよキッド」

 慌てて、ウィンがキッドの手を下げようと腕を伸ばした。が、キッドはその腕を振り払い、再びユリウスの眼前に人差し指を突きつけて、叫ぶ。

「魔法!使ってっだろ、お前ぇーらっ!!」

「な……」

 ぎくぅ。

 その瞬間。

 ユリウスとシオンの顔に、傍目からもはっきりとわかる縦線が3本、走った。

「な、何を根拠に……」

「今更とぼけんじゃねー!オレはこの目で見たんだからな!使ってるのは〈俊敏(ヘイスト)〉と〈強化(ストレングス)〉!どうだ、違うか!!」

 ぎくぎくぅ。

 更に縦線が3本増える。

 そのまま固まってしまった二人の姿に、キッドは疑惑を確信に変えた。

――コイツら……。

 そう言えばさっき、勝負が始まるちょっと前、ユリウスとシオンが何やらぼそぼそっと呟き合っていたのが思い出される。

――あん時、魔法かけてやがったんだな。俊敏と強化かよ……道理で動きがべらぼーなわけだぜ。

 元々、ユリウスは後方支援、回復と防御、それに戦闘の指揮を担当している。だからユリウスの魔法は殆ど攻撃魔法とは無縁で、キッドは彼が使いこなすもう一つの魔法の存在をすっかり忘れていた。

 後方支援――その名の通り、前線で戦う仲間を支援することを任とするユリウスの魔法。その中には回復や防御だけでなく……戦う仲間の能力を一時的に上げるスキル・アップの魔法も当然、存在する。

 俊敏(ヘイスト)――その名の通りスピードを飛躍的にアップさせる魔法をかけられたシオンには、恐らくキッド達の行動はスローモーションで見えることだろう。それでも、別の時間の流れにいるようなシオンが、キッド達の言葉を理解できるのは、この魔法が運動能力にのみ適用されるからである。

 そして、強化(ストレングス)。この魔法がかかっているのなら、ユリウスの動きが格段にいいのも頷ける。

 俊敏(ヘイスト)ほど運動能力は上がらないが、その代わり筋力をバランスよくアップさせるこの魔法を使えば、スピードもパワーも普段の3倍(当社比)は上がるのだ。

「魔法、って……本当かユリウス?」

 ウィンが信じられない、という顔をしてユリウスを見る。

 黙ったままのユリウスの代わりに、キッドがフン、と鼻を鳴らした。

「本当も何も、この顔見りゃ一目瞭然じゃねーか。……ったく、確かに魔法使うの反則だなんて言ってなかったけどよ。だからって本当に使うか、ふつー」

「勝ちたいのはわかるけど……幾ら何でもそこまでするか……」

 呆れたように言う二人。

 と、ユリウスは開き直ったのか、再び普段の表情を取り戻し、言った。

「これも作戦のうちですよ、キッド。……大体、本来運動能力が高いのはあなた方なんです。こちらで何を使おうと、とやかく言われる筋合いはありません。運動能力の劣る分を知力で補っただけなんですから」

 ブチッ。

 その瞬間。

 キッドのこめかみで音がした。

「……キッ……ド……?」

 恐る恐る、ウィンが顔をのぞき込む。

 と、キッドは微かに肩を震わせていた。

「お、おい……」

 心配そうにウィンが更に顔をのぞき込む。

「くっ……くっくっく……」

 しかし、キッドは口の端を歪め、ただ喉の奥から絞り出すような低ぅい声で笑っていた。

 もっとも、それが愉快な笑いでないことだけははっきりしていたが。

「そーかよ……そーゆーこと言うかよ、お前ぇら……」

 ひとしきり笑い声を立てると、キッドは呟いた。

 普段の彼からは想像も付かない低くドスのきいた声に、ウィンは冷や汗をかく。

――なんか……ちょっとヤバいんじゃ……。

 そう思った瞬間、キッドが顔を上げた。

「キッ――」

「お前ぇらの考えは、よぉくわかった。要するに、運動バカなオレたちを明晰な頭脳で負かそうってゆーんだな」

 ――そこまでは言ってない。

「わかった。よぉくわかったよ。――だけど……お前ぇらがそーゆー考えしてる以上は、こっちにだって考えがあるんだからな」

 だからそこまでは言ってな――と、言っても無駄なようである。

「考え……?」

 訝しげにユリウスが首を傾げる。

 と、キッドはいきなり懐から小さな笛を取り出した。

 朝、テラスに腰掛けて吹いていた、あの笛である。

 それをおもむろに口にあてがうと、キッドは思いっきり、息を吹き込んだ。

「――っ!!」

 ピ――っ、という甲高い……辛うじて人間にも聞き取れるほど甲高い音が、中庭に……いや、中庭に面した森、噴水、すべてに響きわたった。

「接触(コンタクト)……!!」

 ウィンが驚いたように叫ぶ。

 元々、キッドが持っているその笛は、彼の特殊能力である〈接触(コンタクト)〉を増幅し、積極的に使うための魔力のこもった媒体であった。

 普通の笛としても使えるそれは、しかしキッドの意志一つで音色を変え、全ての自然物を操ることが出来る魔法の笛へと変化する。

 その笛の音が響きわたった瞬間、周囲の全て――木も草も風も水も、全ての物がその動きを止めた。キッドの魔力が、意志が伝わり、その動きをからめ取ったのである。

「……お前ぇらが先にやったんだからな……今更、文句いわれる筋合いじゃねーからな……」

 曲がりなりにも最年少、類い希なる資質を持つと褒めそやされながら、運動バカ、と言われたことが――実際に言われたわけではないが――よほど頭に来たらしい。

 ユリウスとはまた違う、地の底からわき上がるようなオーラを漂わせ、キッドが睨み付けた。

 キレたら怖いんです2号の出現に、ウィンは無意識に後ずさる。

 その彼をギラッとした視線で硬直させ、キッドはボールを放り渡した。

「……オレたちのサーブだ。お前がやれよ」

「あ?……あ、ああ」

 ウィンのサーブで、勝負が再開される。

 さっきよりは回復しているものの、それでも未だ弱々しい軌道で飛んできたボールを、シオンは難なくレシーブした。

 空に舞うボールに合わせて、ユリウスが軽やかに飛び上がる。

 全身を弓のようにしならせて、ユリウスがアタックしようとした……その瞬間。

 キッドはその能力を解放した。

「……!?」

 今まさにアタックしようとしていたユリウスは目を疑う。

 ……目の前が真緑だった。

 キッドの能力によって操られたコート脇に茂る木々の枝葉が、ユリウスのアタックに合わせて思いっきりネットをブロックしていたのだ。

「……あっ」

 しかし今更動きを止めるわけにいかず、ユリウスは緑の壁めがけてアターック!

 当然、ボールは枝葉の壁に阻まれて失速。そこを待ちかまえていたウィンが難なくレシーブする。

「へっ……ざまーみやがれっ……!!」

 啖呵と共に、キッドはボールの真下へ移動した。そして未だ遙か上で滞空しているボールめがけてジャンプ!

 その途端、キッドの立っていた地面が急に隆起した。

 ジャンプした……と言うより、その地面に飛び乗った形のキッドが、まだ落ち始めてもいないボールにたどり着く。

「……」

 そして、にやっと笑った。

「――うりゃっ!!」

 間髪入れず、強烈なアタック!

 殆ど直角にコートめがけて落ちるボールに、ユリウスとシオンは慌ててコートから逃げ出した。

 バシィィィィィィィィッ!!

 すでにアタックなんてレベルを遙かに越えた大気圏突入並の衝撃で、辺り一面埃が舞った。

「うっ……ぷわっ……」

 もうもうと立ちこめる土煙。埃にせき込み、目をこすりながらコートを見たウィンは絶句した。

「え、えぐれてる……」

 ボールが落下したであろう場所は、くっきりとバレーボールのラインを残して半円状にえぐれていた。

――こんな勝負ぐらいで中庭にクレーター作ってどーすんだよキッド~~っ。

 ウィンは思わず頭を抱える。

 と、当の本人はお立ち台モドキで偉そうに胸を張りながら下りてきた。

「……何か文句あんのかよ」

 ふと、ウィンの視線に気づく。その目が、ギラッと輝いた。

「何でもないよっ!」

 ふてくされたように言ってみるが、キレたら怖いんです2号の片鱗に心臓がどきどきしているのは紛れもない事実。

 1号は敵に回し、新たに2号の存在を発見し、これで相手に負けて行き先が温泉になどなったりした日にゃ、まさに踏んだり蹴ったりである。

「ハア~ッ」

 ウィンは2度と、キッドとユリウスの対立には口を挟むまい、と固く心に誓うのであった。


「……」

 一方その頃。

 コートから退避していたユリウスとシオンは、クレーターを見ながら呟いていた。

「まさか、ここまでするとは……意外でしたね」

 ――元はお前が原因だろうが。

 喉まで出かかった言葉を飲み込み、シオンは頷く。

「とにかく、今のあいつは何をするかわからん。これ以上周辺に被害が及ばないうちに、負けてやったらどうだ」

「何を言い出すんですかシオン。私が何のためにAコースにこだわっていると……」

「そんなことを言っている場合ではないだろう。このままでは被害は神殿にまで及ぶぞ。神殿を守るべきガーディアンがその神殿を傷つけるなど、ガーディアンにあるまじきことだ」

「そ、それはそうですが……しかし、キッドがロッジへ行けば……」

「そんなもの、後でどうにでもなるだろう。要はゲームセンターへ行かせなければいいんだ、旅行当日に神殿を襲わせて休暇を取り消しにするとか、先回りしてゲームセンターを使い物にならないようにしておくとか、方法は幾らでもある」

 ……そっちの方がよっぽど罪が重い。

 しかもユリウスがそれに頷いていたりする。

「そうですね……そういう方法もありますね……」

 ――スタルト神殿の未来も暗い。

 と、その時だった。

 まさか自分たちを勝たせてくれようとしているとは露知らず、キッドが叫んだ。

「そこで何ぐだぐだ言ってんだよ!運動能力も才能も格が違うんだ、さっさと諦めちまえよ!」

「……」

 ユリウスの周囲が一気に氷点下に達した。

「お……おい、ユリウス」

 慌てて声をかけながらも2・3歩後退しているシオン。自分に正直な男である。

 と、ユリウスが再びふわ~っと微笑んだ。

 例によって例のごとく、目だけ笑ってないその笑顔で、ユリウスは言う。

「目上の人間に対する態度を教え直す必要がありますね」

 ……その時、シオンとウィンの頭の中には、死刑台の鐘の音が鳴り響いたという。

 キッド――馬鹿な奴。

 同僚二人のそんな思いも知らず、キッドはユリウスをせせら笑った。……どうやら頭に来ているあまり、自分の置かれた状況を把握していないらしい。その上、キレたら怖いんです1号に対する恐怖心もすっかり忘れ去られていた。

「文句があんなら勝ってから言えよ。……ま、勝てたらの話だけどな。そんなこたぁウィンがネクラになってシオンがあっかるくなったって、ねぇだろうけどよ」

 ……随分な言われようにウィンとシオンはムッとする。

 しかし、ユリウスが更にトドメを刺した。

「私達が勝つことが、奇跡でしかないと言うのですか?」

 そこまで言うか、おい……。

 心の中で呟くものの、シオンもウィンも1号2号を一編に相手にするような自殺願望はない。

 仕方なく、二人は敵味方に別れたまま、しかし恐らくお互い同じ想いを胸に、ユリウスとキッドが言い合いを続けるのを黙って見つめていた。


「……では、始めましょうか」

 ひとしきり言い合ったあと、ユリウスがボールを手に戻ってきた。

「?おい、サーブ権はあいつらにある筈だが?」

 シオンの忠告に、しかしユリウスは首を振る。

「いいんです。キッドが快く、私達にサーブ権を譲ってくれました」

 そんなバカな。

「何を言った?」

 シオンがそう訊ねると、ユリウスはゆっくり顔を上げた。

「聞いたら後悔しますよ?」

 ……冗談に聞こえないからシャレにならない。

 シオンは慌てて首を振った。

「い、いや。やめておく」

「賢明ですね」

 そう言ってユリウスはシオンにボールを渡した。

「あ、そうそう」

 そして、ライン際へ歩いていこうとしたシオンを呼び止め、ユリウスは言う。

「例の魔導書の件ですが、約束は約束ですからね?シオン」

「……?」

 不思議そうなシオン。と、ユリウスは目をキラッと光らせた。

「魔導書を譲るのは、この勝負に勝ったらです。あなたは助っ人としてここにいるわけですから、ちゃんと役に立って下さいね」

 すっかり悪代官なユリウスであった。

 ……が。その一言が、シオンの闘志に火を付けた。

 元々は、どうでもいいことだったのである。

 ユリウスは何かを盾に誰かを操ろうとしたりするような男ではないし、元々シオンの為に購入した本であるなら、今回のことがあってもなくても魔導書はシオンに譲り渡しただろう。

 だからシオンが彼に従ってこちら側にいるのは魔導書のためにではなく、ユリウスが心配したキッドの行動パターンに頷ける部分が多かったからであった。

 しかし。しかし、魔導書を盾に取られたとなると話は別である。

 別にキッドがゲーセンで遊びまくろうと、ユリウスが完敗しようと、シオンにとってはどうでもいいことだったが、魔導書が手に入らないのだけは許せなかった。

 シオン……彼のことを神官戦士としてではなく、魔導書コレクターとして知る者も……結構いたりする。

「……」

 シオンは必死に考えを巡らせていた。

 その頭の中には既にキッドとウィンを打ちのめし、魔導書を手に入れた、う゛ぃくとりー!な自分の姿しかない。

 しかしキッドが魔法を使い始めた以上、さっきまでのようなペースで行けるわけがないことは明らかだった。

 キッドが使っているのは周囲の自然物を味方に付ける魔法。

 それが相手に対しての攻撃魔法や相手の足を引っ張る種類の魔法でない限り、反則を取るわけにも行かない。

 ……ん?

 と、その時。

 シオンは名案を思いついた。

「……」

 ゆっくりとライン際に歩いていくと、シオンはボールをポォン、と投げ上げる。

 同時にキッドが再びネットを緑で覆う。

 その瞬間、シオンは一言呪文を唱えた。

「……発炎」

 刹那、ボールが燃えた。

「なっ……」

 思わぬ彼の行動に、キッドは目を見張る。

 術者の魔力によって紅蓮の炎をまとったボールを、しかし術者であるため何ら影響を受けないシオンは、いとも簡単な仕草で相手コートへ叩き込んだ。

 しかしキッドは影響を受けないどころではない。

 ネットをブロックしているのは生木で燃えにくいとは言え、れっきとした植物。

 炎に強いわけがない。

「だ~~っ!」

 思わず、キッドはネットをブロックしていた木々の枝葉を退けてしまった。

 ……当然、何の障害もなくなったボールはスピードを緩めることなく二人の間に突っ込む。

「わ~~っ!!」

 レシーブしようと待ちかまえていたウィンは、炎のボールを顔面で受けそうになって、咄嗟に後ろへ身を反らした。

「ふんぐっ!」

 ブリッジ状態で見事にボールを避けたウィン。

 キッドはお気楽に「お~」とか言いながらぱちぱち拍手してたりする。

 ウィンは微かに焦げた前髪がちりちりっとパーマになっているのを感じながら、ふんっ!と気合い一発身を起こした。

「キッドぉ~……」

 恨めしげなその声に、キッドは慌てて二、三歩下がった。

「あはは~、悪ぃ、ウィン」

「悪ぃ、じゃない!何やってんだよ!」

「し、仕方ね~だろ!あんなん受け止めたら木が燃えちまうじゃねぇか!」

「お前は、オレより木の方が大事なのかよ!危なく顔面丸焼きになるとこだったろ!」

「いーじゃんか、ならなかったんだから!」

 あまりに驚いたせいか、二人とも怒りの矛先を完全に見失っている。

 と、そのスキに乗じて、シオンが再びボールを投げ上げた。

 キッドもウィンも言い合いをしていて気づかない。が、二人ともコートの中。

 悪いのは試合そっちのけでケンカしている二人である。

 はっ、と二人が気づいたときには既に、炎のボールはネットを越え、こちら側のコートへ落下してくるところであった。

「ウィン、GO!」

「ふざけるな!」

 あんなボールを受け止めたら火傷は確実、下手したらスキーの前に病院行きである。

 エリートガーディアンが優勝賞品を巡る戦いで負傷、病院行き。

 これほど間抜けなことはない。

 ウィンも必死である。

 さっきまでと違い、死んでもヤだ!と言わんばかりのウィンに、キッドは軽くため息を付いた。

 ピィイッ!

 口に指をあてがい、キッドは甲高い口笛を吹く。

 と、背後にあった噴水から水が勢いよく吹き上がった。

 ズアァッ――っと葛飾北斎の版画のような波形をした水がもの凄い勢いでバレーコートに押し寄せる。

 歯には歯を目には目を、炎には水を、である。

「っ……!?」

 キッドの反撃に、今度はシオンが驚いた。

 水はそのままキッドとウィンの間を走り抜け、ネットをブロック!

 今まさにネットを越えようとしていたボールは、その勢いに任せて何とかブロックを突きぬけたものの、当然まとっていた炎は消滅している。

 キッドはそれを確認すると迷わずボールめがけてダイブした。

「っ……だあっ!」

 滑り込みセーフ!

 辛うじて握り拳に当たったボールはウィンの方へ跳ね上がる。

 それに応じてウィンが下に移動した瞬間、キッドは再び口笛を吹いた。

 途端に巻きおこる、凄まじい突風!

 バレーコートの中だけに起こった竜巻が一面に土埃を巻き上げる。

「う……わっ……」

 もうもうと――伸ばした手の先も見えないような土煙の中、しかしそれでもウィンは何とか飛び上がった。

「てやぁっ!!」

 多分ここら辺だろう、と目測を付けて振り抜いた手に、確かなボールの感触。

 その直後。

「がっ!?」

 誰かの短いうめき声が響いた。

 あれは……シオン!?

 ウィンがそう思った瞬間、今度は別の方角から突風が吹き付ける。

 ビュウゥッと強く一方向から吹き付けたその風は、あっと言う間に土煙を吹き飛ばした。

 ――土煙が納まったバレーコートには、呪文を唱えたらしい仁王立ちのユリウスと、腹を押さえてしゃがみこむシオンの姿がある。

「シ……シオン?」

 どうやらさっきの土煙でボールを見失い、そこへウィンのアタ~ック!でモロに腹に食らったらしい。

「だ、大丈夫かシオン……」

 ウィンが心配そうに声をかけたそのすぐ後ろで、キッドが

「うしゃっ、手応えじゅーぶん!」

 と、ガッツポーズを取った。

「キッ……ド――?」

 その時、ウィンの頭に再び死刑台の鐘が鳴り響いた。

「……」

 そろおっ、と恐る恐るユリウスを振り返る。

 目があった瞬間、ユリウスがにこり、と微笑んだ。

「○□△☆っ!!」

 自分が完璧にロックオンされていることを察したウィンは、今更後には引けなくなっていることを知った。

 既に、全員の頭からは優勝賞品、の四文字は消え果てている。


 キッドはユリウスに一泡吹かせるため。

 シオンは魔導書を手に入れるため。

 ユリウスはお仕置きのため。

 ウィンは明日の朝日を無事に拝むため。


 それぞれがそれぞれの想いを秘め、面々は再び立ち上がった。


――その後。中庭から響きわたる轟音は遠く離れた町まで聞こえ、天空を貫く光がたびたび迸ったその日の光景は、それから暫くの間、街の人間たちを賑わせたらしい。


 やがて、数時間が経過した。

 すでに周囲は土煙と散乱する木々の葉っぱに覆われ、のばした自分の手さえ見えない状況だ。

 そんな中で唯一聞こえるのが風の音。

 キッドが操る風ではなく、ユリウスが唱えた風の魔法でもない……自然に流れる風に土煙が取り去られてしまうと、そこには……息をするのさえ億劫そうに、地面に折り重なるように倒れ込んでいるダルスの面々が居た。

「う……」

 キッドが呻く。

 ――あれから数時間。

 ほぼ全ての魔法力・体力を使い果たしてしまったダルスの面々には、既に立ち上がる気力すら残されてはいなかった。

「ってー……頭がんがんする……」

 魔力を使い切ったための頭痛に顔をしかめ、それでも何とか、若さのおかげで一番先に回復の兆しを見せ始めたキッドが、ずりずりと神殿のテラスまで這い進み、手すりに捕まりながら何とか立ち上がる。

「だ~……もう、夕方じゃねーか。何やってんだか、オレ……」

 すでに決着のことなど、どうでも良くなっていた。

 勝ちを譲ったわけではない。

 ただ、どっちが何ポイント取ったのか取られたのか、もう途中で何が何だか分からなくなってしまい、それを問いつめる気力すら残ってはいなかったのだ。

 テラスの手すりに寄りかかり、キッドはくて~っとなりながらため息を付いた。

 ……何か、すっげー時間を無駄にした気がする。

 そうは思うものの、それが肯定されてしまうのが怖くて、口に出せないキッドである。

 と、その時。

 一陣の風が、テラスに置いてあった広告兼参加申込書を吹き飛ばした。

「……あっ!!」

 いくら勝敗がどうでも良くても、参加を諦めたわけではない。

 優勝賞品のどちらを取るかは、優勝してからでも遅くないのだ。

 が、参加できなければそれもおじゃん。

「おい……ちょっと待て……待てって!」

 キッドは慌ててその後を追った。

 ヒラヒラと風に流され、広告は噴水の方へ飛ばされていく。

 キッドは疲れた体にむち打って、ひたすら広告の後を追いかけた。

 やがて風がおさまり、広告がゆっくりと落ちてくる。

「うりゃっ」

 噴水の上、広告が泉に浸る寸前で辛うじて受け止めたキッドは、ふう、と息を吐いた。

「間一髪……セーフ……」

 ほんのちょっと走っただけなのに、すでに心臓はばっくばく。

 魔力を持たない人間にとってはどうということもないが、僅かでも魔力を持った人間にとって、その魔力を使い切ってしまうというのは、普通の人間が体力・気力を使い切った状態の更に倍は体に負担をかけるのだ。

 特に、訓練して魔力を高めたユリウスやシオンと違い、キッドは元から強い魔力を秘めていたため、体がすっかりその魔力に慣れきってしまっている。

 ガンガンと割れるように痛む頭に顔を歪め、思わず広告をくしゃっと握りしめてしまったキッドは、慌ててそれを丁寧に広げた。

「うわ……しわしわになっちまった……大丈夫かな」

 そう言いながら、キッドはふと何気なくその広告を見つめた。

 そして――


「……」

 いきなり絶句し、硬直してしまったキッドの様子に、暫くして他の面々も気が付いた。

「おい……キッド?」

 元々魔力を持っていないウィンは少し休んだだけである程度回復したらしく、ゆっくりではあるものの、しっかりした足取りでキッドに近づく。

「キッド?何だよ、広告握りしめて固まって……何かあったのか?」

「どうしました?」

 それでも応えないキッドの様子に心配になったのか、ユリウスも近づいてくる。

 途中でふらっ、とよろめいた彼を、シオンがしっかりと支えた。

「あ……」

「大丈夫か」

「はい」

 元が、魔力を使い切ることなど皆無に等しいユリウスである。

 体力の回復も遅い。

 まだ幾分青ざめた顔をしながら、それでもユリウスは頷いた。

「キッド……?」

 相変わらず、キッドは硬直したまま動かない。

 それどころか、その目は完璧に虚ろで、体は小刻みに震えている。

 その手が微かに広告を差し出しているように感じたウィン達は、頭を寄せ合うようにして広告をのぞき込んだ。

 ……そして、言葉を失う。

 その申込書の隅っこには、こう書かれていたのだ。


「大会申込締切日 ○月○日(当日消印有効)」


 それは、今から一ヶ月も前の日にちだった……。

「……あ」

 ウィンは、使者がこの広告を回覧板と一緒に持ってきたのを思い出す。

 一ヶ月前、各地を襲った秋の風物詩ブルー・ストーム。

 その影響で大雨と土砂崩れが起き、回覧板は一ヶ月遅れでスタルト神殿に届けられていた。


 ――オ、オレ達のやってたことって一体……?

 ダルス隊の脳裏に、今までの映像が走馬燈のように流れたのは言うまでもない。


 今日は休日。一般職の有給日数には遙かに及ばない、貴重で、涙が出るほど待ち遠しかった休日。

 今日は、アレをやって、コレをして……。

 一ヶ月も前から楽しみに計画を立てて――。


 ……太陽は、既に西の空に傾いている。


 キッドが叫んだ。

「田舎の神殿なんか、大っ嫌いだーーーーーーっっ!!」

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