第3話 未来へ(後編)

 その夜、五郎は自由研究のことを書き留めていた。ここに来てからのこと、今までとは別のようにサクサク進む。題名は『幌冠の歴史と未来』。この町が炭鉱とともに栄え、閉山とともに寂れていく。そして鉄道もなくなる。それによってこの町はどうなってしまうのか。


「自由研究か」


 五郎は後ろを振り向いた。悟だ。今日の終電を見送って、家に戻ってきた。


「この町の歴史と未来について書いているんだ」

「そうか」


 そう聞いて、悟はこの町の未来を考えた。この町は開拓によってでき、鉱山とともに発展した。そして、鉱山の閉山とともに寂れている。この町は将来、どうなってしまうんだろう。自分は町がなくなってしまうんじゃないかと思っている。


「いいでしょ」

「また来年行けたらいいね」


 その時悟は考えた。来年の夏にはもう幌冠線はない。自分も札幌に引っ越しているだろう。本当に来年来れるんだろうか。でも、いつかは行きたいな。




 次の日、五郎と華子は東京に帰る日。今朝最後の列車でこの町を離れる。もう帰ってこれないかもしれない。五郎も華子も寂しそうだ。


 東京に帰る準備はすでに昨夜にした。五郎は自由研究をほとんど終えた。来る前は全く進んでいなかったのに、ここに来たらほとんど終えることができた。どれもこれもこの町のおかげだ。


「いい町だね」


 五郎は鉱山の跡を見た。ヤマは僕に教えてくれた。この町の歴史、そして未来を。教えられたことを、自由研究にして発表しよう。


「なくなっちゃうのかな?」

「そうかもしれないね。でも、たとえ消えたとしても、ここに人の営みがあったってことは、永遠に語り継がれていくだろう」


 五郎と華子は帰りの列車に乗った。行きの列車と同じく、単行だ。乗客は2人以外に数人いる。彼らは大きなリュックを持っている。どうやら鉄道オタクのようだ。


「そうであってほしいね」


 出発時間になり、悟がやってきた。悟は振内までのタブレットを持っている。悟は車掌にタブレットを渡した。車掌はタブレットを確認した。


「お待たせいたしました。振別行き、まもなく発車いたします。閉まるドアにご注意ください」

「出発、進行!」


 列車の前に来ていた悟は手を挙げた。悟の掛け声とともに、気動車は大きな汽笛を上げ、ゆっくりと動き出した。気動車は煙突から排気ガスを出している。


 悟は窓から顔を出して幌冠の様子を見ていた。もう見ることができないかもしれない。この町も、この山も、この駅も。いつまでも心の中に残しておきたい。


「後部、よし!」


 悟は列車を見送った。五郎はその様子を見ていた。あと何日こんな光景が見られるんだろう。そして、今日あった人々はこれからどうなっちゃうんだろう。町を出てしまうんだろうか。死ぬまでずっとこの町にいるんだろうか。


 やがて、町は見えなくなった。五郎は見えなくなるのを確認すると、客室に顔を引っ込めた。華子は寂しげな表情だった。町を出る前に撮った幌冠の写真を持っていた。多くの人が行き交い、活気に満ちている。もう見られない光景だ。このまま町は消えてしまうんだろうか。そして、故郷は消えてしまうんだろうか。




 次の年の4月1日、五郎と華子は朝のニュースを見ていた。ニュースでは全国各地で昨日起こった出来事を各局のアナウンサーが伝えている。2人はそれを見つつ朝ごはんを食べていた。


 そんな中、北海道のテレビ局のアナウンサーがあるニュースを伝え始めた。2人はテレビにくぎ付けになった。


「昨日、国鉄幌冠線が74年の歴史に幕を閉じました。最終日となった昨日は、多くの鉄道ファンが駆け付け、まるで賑やかだった頃の幌冠が戻ってきたかのよう。最終列車が発車すると、人々は涙して、炭鉱で栄えた町の象徴がなくなることを惜しんでいました」


 アナウンサーは昨日限りで廃止になった幌冠線の様子を伝えていた。2人は箸を止め、その様子を食い入るように見ていた。悟は最後まで駅長としての使命を全うしようとしている。華子は悟の姿を見て、涙を流しそうになった。


 炭鉱がなくなり、鉄道がなくなると、この町はどうなってしまうのか。跡形もなく消え、心の中でしか残らなくなるんじゃないか? いや、そうであってほしくない。いつまでも残ってほしい。


「お兄ちゃん」

「泣いてるね」


 2人は悟がないているのをじっと見ていた。今まで暮らした故郷を離れる。寂しいだろうな。ここでの思い出をいつまで忘れないでほしい。


「相当寂しいんだね」

「そしてこの町は町でなくなり、やがて人がいなくなる。いや、そうであってほしくない。故郷は残ってほしい」


 2人は願った。この町がいつまでもあり続けること、そして、栄えていた頃の幌冠のことを忘れないでほしい。


 五郎は窓の外を見た。桜の花びらが舞い落ちている。五郎はその様子を見ていた。五郎は鉱山で賑わっていた幌冠が閉山によって寂れていく姿を、桜が舞い落ちる様子と重ね合わせていた。


 それから20年余り経った春のある日、幌冠は人がいなくなった。町がなくなった。そこに残るのはただっぴろい荒野のみだ。あるものを残して。

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ヤマの物語 口羽龍 @ryo_kuchiba

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