第39話 クアドラ -4-



「信じらんねぇ。意味わかんねぇわホント。

 頭がどうかしちまったんじゃねーのか隊長さんはよ。

 これなら、つっこめーって、ただ阿保みたいに命令する凡くら共の方がマシに思えてきたぜ。

 だって凡くら共の理屈はわかるもの。

 きっと頭悪ぃいんだろうなぁ~ってだけだからさ。

 シンプルイズベスト! 馬鹿一直線! みたいな選択っていうのかな?

 とにかく考え方の道筋がみえたわけ。

 そりゃ、敵が目の前にいるなら突っ込むかもしれないなぁ~って思うもの。

 なのに、これは何?

 こんな山道をその魔導士が通る理由って何?

 廃墟となった修行所に顔をだすとか意味不明だろ。

 三歳児だってもっとマシなこというぜ。ねぇユーリさんよ」


 正直者のジェイはもうずっとこの調子で喋りっぱなしだ。

 汝偽ることなかれ、という教会の教えを彼ほど忠実に実行する男はいない。

 恐らく彼は、己の口からあふれ出る正直さを僕にぶちまけずにはいられないのだろう。

 だって、そうじゃなければ己の心を偽ることになるのだから……。


 心を偽ることなど、神の忠実なしもべである自分にあってはならないことだと思っているのかもしれない。

 その横で、この決定に承服しているのか、不服なのかまったく分からない巨体のレディ・バルムントは膝を抱え冬眠中の熊のようにじっと動かず、時折思い出したように自分の武器である戦槌の手入れをしていた。


 僕は馬車に揺られながらアーチ型のテントから顔をだし、外を眺める。

 木漏れ日が瞳に突き刺さる。

 秋も中ごろにさしかかってきたせいか、となりの山の斜面に黄色い模様がちらほら見えはじめており、雲一つない青い空と、首の部分がオレンジの色の小鳥の鳴き声がこの紅葉を一層引き立てていた。


 その道は、道幅が狭く、山の斜面に沿うように続いており、ほんの少しでも馬車の車輪が横にずれたなら横転して谷底に真っ逆さまに落ちてゆくような険しい山道だった。



 ――果たしてこのような景色だっただろうか?



 昔の記憶が蘇る。

 この山道を下っていったのは6年前のやはり同じ秋だった。

 クアドラに村を焼き払われる前までねじまき村から一歩も出たことのなかった僕は、焼け残った家の食料を袋につめ、隣村のトキナル村まで必死に歩いたのだ。

 何日歩いただろう? よく覚えていないが、とてつもなく道が長かったことだけは記憶に残っている。


 袋の中に手を突っ込み、ジャガイモを丸かじりし、沢山の蚊に刺され、目がかすみ、すべてがおぼろげになってきた頃になり、ようやくトキナル村に辿り着いた。

 僕はその後一週間ほどトキナル村の村長に保護され、それからデュースパロウまで馬車でこの道を下っていったのだ。

 僕はその時、虚ろな瞳で周囲の景色を眺めたはずなのだ。

 同じ色とりどりの木々に包まれた山路を……



 あれから、一度もこの坂を上ったことはなかった。



 不思議な気持ちだった。

 クアドラを必ず倒す、という気持ちと、故郷に帰るんだ、という気持ちが入り交じった何とも言えない気持ち。


 きっと村はあのままなのだろう。

 僕が出ていった頃の、あの乱雑で、黒ずみ、すべてが破壊された村のままなのだろう。

 そしてきっと、皆で耕した畑も、砂利道も、あのねじまき水路も、人が手を入れ無くなって、見るも無残に成り果てているのだろう。


 僕は自分が冷静な精神状態を保てるか自信がなかった。

 それに、臆病者の本性が顔を出さないか心配であった。



 ――落ち着け、落ち着くんだユーリ。


 僕は自分にそう語り掛けた。そして、一番大事なことを確認する。

 一番やってはいけないことは、怒りに駆られクアドラを殺すことだ。

 殺すのは、村を焼き払った真実とフィーナの行方を吐かせてからだ。


 それから小一時間もすると村が見えてきた。

 トキナル村だ。

 ジーンはユーリに「ここで待ってろよ」と言い馬車を降りた。そして、少しすると馬車に戻ってきた。


「やはり合ってたよ」とジーンは馬車に戻るなり興奮した口調で言った。「色白で青い瞳の銀髪の女性が今は廃村になったねじまき村への道を一人で歩いて行ったそうだ」


 僕は、大きな息をつき、握りこぶしを作った。

 馬車の奥で片膝をたて寝転がっていたジェイは、口笛を鳴らした。


「すげぇ~。まじかよ。本当にこの山道の方に魔導士様がきたのかよ。信じらんねぇ~ぜ。やっぱりこの人は天才かもしれねぇ。

 ユーリさんってやっぱりすごい人だったんだな。

 俺のような常人には及びもつかない判断だったわ。

 いやぁ~ホントビックリしたぁ」


 謝罪の言葉が出てこないというのは、彼は素直に驚いただけであって、謝りたいと思ったわけではないからだろう。

 ほとんどまったく何も表情を変えなかったのはレディ・バルムントぐらいであった。というか、起きているのだろうか?


 一行はトキナル村でジーンの仕入れた食料をほおばり、馬車で寝て、そしてようやく、辿り着いたのだ。


 いや、違う。辿り着いた、だなんて言葉はおかしい。

 僕はそんな言葉を使うべきではない。


 そう、帰ってきた、だ。

 その言葉こそが僕に相応しい。


 僕は帰ってきたのだ。六年ぶりに、ようやく、故郷のねじまき村に。


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