ユーリ編 クアドラ

第36話 クアドラ ー1ー




 火柱が見えた。

 それはまるで磔台で燃やされる魔導士を奇異の目で眺める群衆に似ていた。

 村を取り囲むように立ち並ぶ火柱たちは、遠巻きに僕をみつめるだけで、そこから一歩もこちらに近づいてこなかった。


 またいつもの夢か、と思った。

 ねじまき村がただの黒い燃えカスと化した、あの日の夢。



 クアドラの銀色の髪がなびき、青く凍り付くような目が僕に向けられていた。

 いつもと同じだ。

 彼女はその妖艶な白い腕を伸ばし、手のひらをひらき、僕に謝るのだ、ごめんなさい、と。


 不思議だった。

 夢と思っているのに、夢の中の僕はその時間を真剣に生きていた。

 やがて、彼女の手のひらは光りはじめ、僕は世界を呪う。


 僕の心臓は陸に打ち上げられた魚のように荒れ狂い、なんとかその死から逃れようとする。


 そして、光に包まれる。


「うぁあああああああああああああああああああああ!」



 僕はベッドの上で、飛び起きた。

 眩しかった。

 ふと視線をそちらに向けると、茶色い額縁の窓の向こうに青い空と立ち昇る朝日が映っていた。

 何度か瞼を上げ下げする。


 そうか、朝か、と思った。


 僕は、全身の力を抜くようにゆっくりと息を吸い込み、そしてゆるやかに吐き出し、荒くなった息遣いを整える。胸が大きく上下していた。


 枕に触ると、やはり尋常じゃない量の汗で濡れていた。


 くそ、と思った。


「いつになったら、終わるんだ……」と小言を呟いた。

 もう6年も経つというのに、悪夢は僕を掴んで放さない。

 体中がマヒしたような感覚が残っていた。

 どういうわけかよく分からないが、いつもこうなのだ。

 夢の中であまりにも死に怯えたせいか、たぶんいろんな筋肉が硬直してしまうのだ。

「くそ」と今度は声にだした。



 僕は、まだ重い感覚が残る体を引きずり、ベッドから出て、いつもの服に着替える。

 襟がキュッと立ち、足下まですっぽり隠れる無地の白色の長服。

 審問官以上の役職の者は魔導士狩りであったり、何らかの祭事が行われる以外の時間はこの長服で過ごす決まりになっていた。

 僕は長服に着替え終わると“書庫”へと向かう。

 いつものようにクアドラと妹の情報を探るために。


 この二つはいわば表裏一体の情報といえた。


 僕がねじまき村で目を覚ました時、すでに行方不明と呼ばれている人々の姿はなかった。


 あの時、人の焼けこげた臭いが立ち込めるねじまき村の中を這いずり回ったから嫌でも覚えている。

 誰一人、生きた人間なんていなかった。

 つまり、そうなると、もうこれしか考えられないのだ。



 妹をはじめとする行方不明者たちはクアドラに連れ去られたのだ。

 廃墟と化したねじまき村で僕が目を覚ますよりも前に、だ。

 恐らく、僕が見た死体だらけのねじまき村は、すでに生存者をクアドラに連れ去られた後の村だったのだ。


 どうして妹たちを連れ去ってしまわなければならなかったのか、その理由は定かではないが、ただ一つハッキリしていることは、妹の生死も、その行方も、ねじまき村を焼き払った理由も、クアドラを見つけ出し、捕まえて問い詰めれば、すべてわかるはずだった。



 僕は木造の宿舎の板張りの廊下を歩き、教会の本館に入り、階段を上り、司祭らが合議する“神官所”の脇を通り抜け、その奥の“書庫”へと入ってゆく。


 ここの資料は夜のうちにまとめられることが多いので、朝のうちに目を通すのがすっかり日課になっていた。


 地味な作業なのによくやるな、って?

 地道な作業を欠かさないことが一番の近道であると、父さんが僕に教えてくれたからだ。

 僕は、そのとおりだと常日頃から思っていた。



 まず、いつものように討伐記録から目を通す。

 昨日のこの教区(ローレン)における討伐者は無かったようだ。

 他はどうだろう?

 他の教区の情報は日をまたいで入ってくることが多い。

 アーシャもウェストガーデンも二日前の情報が最も新しかった。

 アーシャで一件とウェストガーデンで一件。どちらも隠れ潜んでいた魔導士を討伐したという記録で、年配の男性を討伐した記録だった。


 僕は討伐記録に目を通し終えると、他の戦闘記録や発見記録に目を通す。


 どうやら戦闘して取り逃がした記録はなかったようで、戦闘記録には何ものっていなかった。

 僕は、ほとんど白紙のその戦闘記録を元の場所に戻すと、次に発見記録を手にとった。



 大きく目が見開かれた。

 黒いコートを身にまとった、色白で青い目をした銀髪の女性の目撃情報があったのだ。

 僕はもう一度その女性の特徴を目でなぞる。


 色白の肌。青い瞳。銀色の髪。


 ドクン、と大きく心臓が脈打った。

 そのすべての特徴が見事にクアドラと一致していた。


「やったぞ」と小さく声がでていた。

 やっと蜘蛛の巣のように張り巡らせた罠に引っかかった、と思った。

 本当に、これでもか、というぐらいにしつこく教会関係者にクアドラの特徴を言いつけておいたことが功を奏したのだ。


 でも、発見した街に違和感を持った。


「デュースパロウ?」


 それは僕のよく知る町だった。

 デュースパロウは、ねじまき村の冬ごもりの準備の際にあらゆる品を調達する街で、ほとんどローレンとアーシャの境目に存在する山の麓に広がる街であった。


「変だな」と思わず声がでた。


 デュースパロウは、ミッドランドの南東に存在する街だった。

 現存する魔導士の修行所は全部で四つ。

 そのうち三つが極寒の地、アイスフォックス地方に存在する。

 ランダーラも大きな地図で見ればミッドランドの北方近くにある。

 つまり、ミッドランドの北側にしか修行所は存在しないはずなのだ。



 なのに、クアドラはこの南東の地に姿を現した……

 なぜだ?


 それは僕の狙いと大きく外れた地域だった。

 てっきり彼女は北方にいるとばかり思っていたのに……


 ひょっとしてクアドラではないのだろうか?

 分からない。……でも、これほどクアドラと似通った特徴をもつ女性が今までいただろうか?


 いない……、そう、いなかった。

 ならば迷うことなどないではないか。


 どんな形であれ、待ちに待ったチャンスがやっと転がり込んできたのだ。

 行くべきだ。

 デュースパロウへ行くべきなのだ。

 僕は、その発見記録をポケットの中に強引にねじ込むと、持ち出し禁止のクアドラの資料を鷲掴みにし、そのまま書庫から飛び出し、板張りの廊下を走った。



 間に合え、と思った。

 とにかく一刻も早くデュースパロウへ向かうのだ。

 僕の追跡にクアドラが気づくその前に!

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