第22話 特殊魔法「ホール」 ー3ー





 ミッドランド112年、蛇の月、14日。


 この偉大な日記の書き始めは何にしよう。

 うーん。思い浮かばないな。

 まぁいいか。とにかく、俺の長年の想いがやっと身を結んだ、ということを書きたかったのだ。

 明日、俺の本が発売される!

 イェーイ! 拍手!

 こんな素晴らしいことってある?

 たしかに俺は素晴らしい魔導士ではあるのだけど、文章を書く仕事がしたかったし、何より俺にはそういう適性があるとずっと思っていた。

 俺は公平で正義感の強い性格だろうし、なにより、真の意味でこの世を憂いている。こんな俺だからこそ世の中の役に立てるはずだし、何より皆に俺の考えを知ってもらいたいのだ。

 とにかく、俺の処女作『魔法学校』が売れるといいなぁ、と思ってる。

 今回はゾビグラネ様のツテを使い、何とか出版までこぎつけた形だけど、この本が読まれないと俺に次のチャンスなんて巡ってくるわけがない。

 だから頼む。なんとしても売れてくれ。

 頼んだぞ。買え! 買ってくれ! 頼む!






 ミッドランド112年、鹿の月、3日。


 やったぜ、ひゃっほおおおおおい。

 なんと俺の『魔法学校』の重版が決定した。

 印刷屋もゾビグラネ様もとにかく喜んでくれた。

 そして、俺の体に記念の印だといって、変な渦巻きみたいなマークをゾビグラネ様は刻んでくれたのだが、どんな意味なのだろう?

 まぁいい。とにかく、俺は天にも昇る心地だった。

 こういう心境を東の地では「狂喜乱舞の沙汰」と呼ぶらしい。

 世界を股にかける行商人から仕入れた知識だ。

 なるほど、嬉しくて踊りたくなるってことかな?

 たしかに、そんな気持ちだ。

 うん。いい言葉じゃないか。

 今度使ってやろう。

 そして、ついでに俺も日記を書いた後に踊るとしよう。

 そういえば、同じ特殊魔法の修行をしているレドとミドも喜んでくれた。

『魔法学校』を手に取れば、皆の誤解も解けるはずだ。

 この地で教会の放つ悪辣なデマにより誤解をしている人も多いだろうからね。

 そういえば、最近教会の司教が別の人物に変わって奴等は更に過激化しているらしい。

 何が神の使いだ。俺たちを悪魔と言いやがって。

 くだらない。

 とにかくこのミッドランド国中で俺の本が読まれればいいなと思ってる。

 とりあえずローレンとアーシャではバカ売れしているらしい。

 ひゃっはっははは。最高の気分だぜ。






 ミッドランド113年、獅子の月、28日。


 くそう! くそったれ!

 本当に最悪の気分だ。

 こんなにも腹が立つことがあるだろうか?

 神? 神なんかくたばればいいのに。

 ……ああ、実は最近焚書なるものが行われた。

 聖書こそただ一つの真理を書いた本で、他の全てのものはまがい物であるから燃やすべきだ、っていうあれだ。

 最初笑って、そんなことに賛同する人なんていやしないって思ってたんだが、くっそ、ラウルハーゲンの街のだだっ広い広場で奴らは本当に本を燃やし始めやがった。

 別に他の本を燃やすならいい。

 でも、その中に俺の本が混じってやがった。くっそおおおお!

 あいつら悪魔だ! 何様のつもりだ! 俺の渾身の一冊を。

 俺の本こそ聖書に指定されるべきだ。

 目の前の事象に惑わされず真理を知る大切さを説いているのに。

 それはこういうことじゃない。

 あんなものなんてまがい物の嘘つきが書いたものだ。

 くそったれ。くそったれえええ。あーイライラしてきた。

 本当にどうしてくれよう。あいつら。






 ミッドランド113年、狼の月、10日。


 何か適当な出来事がないと、日記をつける気にならないな、と思ってしまった。

 どうも毎日こういうものを書くのがおっくうなのだ。

 物書きなのに? って未来の俺は思うだろうが、大目に見てくれ。

 過去の俺は怠け者なのだ。

 だから、日記もこんなにとびとびで書いている。

 いっそ日記ではなく「月記」とか「年記」って命名しようかな……。

 ああ、そうそう。そういえば最近ゾビグラネ様は、修行は進んでいるか、と俺たちに聞いてくることが多くなった。

 ここだけの話、あなたのような天才じゃないんだから、食が進んでるか~、みたいな聞き方をしないでほしいと思った。

 俺たちが体得しようとしているのは、あの「ホール」なのですよ、と声を大にして言いたかった。


「ホール」といえば魔法学士たちの知恵を結集した最終魔法だ。


 そこら辺に転がっている半端な術とは訳が違う。

 未だ完成までこぎつけたことのない魔法でもある。

 この特殊魔法を共に修行しているレドとミドは間違いなくゾビグラネ様クラスの天才だ。そこに、こんな凡人の俺が混じって修行をしているのだから、なんだかおかしな気分だ。


 まぁいい、とにかくゾビグラネ様のためにもこの魔法を完成させてみせるさ。

 でも……、ゾビグラネ様はこの魔法をどうして必要としているのだろう?

 最近、ゾビグラネ様は独り部屋に籠られることが多くなった。

 漏れ聞く話によると古代アッカルク文明を研究しているらしい。

 アッカルクといえば千年前に滅んだ国だ。

 どうして滅んだか度忘れしてしまったが、今更そんな研究をしてどういうつもりなのだろう?


 ゾビグラネ様の考えていることがよく分からない……






 ミッドランド114年、鷲の月、30日。


 くそったれ。信じられない出来事がおこった。

 デリオス山の麓のキシカールの街で皆の食量を調達していたパスカルが刺された。

 脇腹をズブリと刺されたんだ。

 最初は強盗か何かなのかと思っていたが違った。

 どうやら教会の信徒が「死ねええ、悪魔のしもべ!」と叫びながらパスカルを刺したらしい。

 今度ばかりは頭にきた。

 ふざけんじゃねえ。本当に頭にくるぜ。

 俺の次の書籍『魔法の未来と神について』も出版の目途がつかない、とか言われるしさ。本当にくそったれな出来事しか最近は起こってない気がする。


 そういえば、今回変なのはラズロだ。

 いつもなら俺以上に教会に激怒してるのに、今回は何故か冷静で皆を諭す側に回っている。

 ラズロは、自分を教会との交渉役に選んでほしい、とゾビグラネ様に頼んでいたが、どうしたものか。うーん。

 このラズロの冷静さが逆に不気味だ。






 ミッドランド114年、牡牛の月、7日。


 やりやがったラズロの野郎!

 あいつ、交渉をするふりして、そこに集まった教会関係者を皆殺しにしやがった。

 こんなんじゃかえって魔導士たちは危険人物の集まりだ、と宣伝するようなもんじゃねーか。

 本当にふざけんなあの野郎!

 魔法学校に帰るまでの道程で、殺した敵の首を見せびらかしたというし……、何考えてんだ本当に。

 これはどうすればいいんだろうな。

 ゾビグラネ様もどうしてラズロの口車になんか乗ってしまったんだろう。

 あいつは昔からああいう奴なのに。






 ミッドランド115年、蠍の月、18日。

 

 今、ラウルハーゲンの宿屋の一室でこの日記を書いている。

 もちろん魔導士、という身分を隠してだ。

 ここの街が一番教会の布教活動が盛んな地域だから、さすがの俺もビビってるってわけだ。

 俺の本が一番売れたのがこの街なのになぁ。

 くそっ。ここの街に来た理由は二つ。

 奴等の動向を監視することと、いざという時の隠れ家の確保のためだ。

 奴等だって、これほど近くに魔法学校御用達の隠れ家があるとは思わないだろう。


 そういえば、今朝とおりで変なことを叫ぶ乞食をみかけた。


「フェンリルがくるぞ~、み~んな死ぬぞ、死んじまうぞ~」と叫んでいる乞食だ。


 ありゃ狂人だろうな。

 身なりが汚く、髪もボサボサで髭もぼうぼうに生えてて気味が悪かった。

 それに言っている内容が意味不明だった。

 まぁそういう奴もたまにいる。

 狂人なんてどこの世界にもな。

 とにかく、小さな家だが持ち家を譲ってもらえそうな人に目を付けておいたので、明日、その交渉をするつもりだ。






 ミッドランド116年、狼の月、14日。


 ついに教会の奴等と戦争になった。

 我が魔法学校がそびえ立つデリオス山の頂上付近にて戦端が開かれたのだ。

 まぁ、それでも皆楽観視していた。

 地の利はこちらにあると誰もが分かっていたからだ。

 崖のような斜面を奴らは登ってくるのだし、そこに上から魔法をあびせてやればいいだけだ。

 実際、皆は必至に魔法を浴びせていた。

 俺はというと……、みんなの戦う姿を見ているだけだった。

 ほとんど戦闘用の魔法を覚えていなかったからだ。

 とにかく、やつらは何処からかかき集めてきた有象無象を率い、この山を攻めたてたが、俺たちはほとんど犠牲者を出すことなく勝利した。


 でも本当にこれでいいんだろうか?

 奴等の攻撃はこれで終わるだろうか?

 というより、本当にどうしてこんなことになったのだろう?

 たしかに悪い時期というのはいつもあった。

 魔法を使える人々はある意味で特別な存在だからだ。

 どうしても他の存在が劣って見えてしまうことがあるし、それがこれまでも魔法を使える者と使えない者の間に軋轢を生んできたのも事実かもしれない。

 それでも俺たちはなんとか色んなことを誤魔化しながら上手くやってきた。

 でも……、もう誤魔化せないかもしれない。

 最近の流れを見ると、そう思えてしまうのだ。

 どうしよう。

 長く戦えば戦うほど奴等に有利になってゆくような気がする。

 多分奴等は魔法を使えない者同士で結束するような気がするからだ。

 だから、なんとかうまく仲直りをしないと……、皆が考えてるほど単純じゃないぞ、この戦いは。






 ミッドランド117年、狐の月、27日。


 やっぱり、という感じだ。

 奴等はまるで畑から大根を引っこ抜いてくるみたいに新たな兵士を簡単に集めてきやがった。

 むしろ前回の攻撃より人数が大規模になったかもしれない。

 ゾビグラネ様が、俺とレドとミドに魔法学校からの退去を命じた。

 正直、嘘だろ? と思った。

 どうしよう、それほどヤバいのだろうか? ゾビグラネ様はこう言った。


「お前たちには、教会と戦うより恐らくもっと過酷な運命が待ち受けている。そのためにお前たちだけでも逃げなければならないのだ。お前たちは楽土を作る使者なのだから。種の戦いのの果てに起こる、魔導士すべての楽土の使者なのだ」


 全然意味が分からなかった。

 どういうことだろう?

 でも命令である以上しかたない。







 ミッドランド117年、蜂の月、8日。


 ゾビグラネ様が死んだ。死んだ?

 嘘だ。嘘だ。嘘だ。

 それを俺に伝えに来たのは、あのラズロ・ラ・ズールだった。

 お前のせいでこんなことになったのに! と思い切りさけんでやった。

 ラズロは一枚の紙きれを俺に差し出した。

 ラズロは「ゾビグラネ様の遺言……いや予言書だ」と言った。


 それは特殊魔法「ホール」について書かれた紙だった。

 俺はあの人のことが分からなくなった。

 だって、おかしいのだ。

 彼が最後に書いた言葉は、目の前に迫った死への言及ではなく、はるか先の未来のことをだった。

 フェンリルという魔獣がばっこする未来のことだ。

 そのために「ホール」と銀色の髪の少女が絶対に必要になる、というのだ。







 ミッドランド119年、熊の月、22日。


 恐らくこれが“魔導士狩り”と呼ばれるものなのかしれない。

 教会の奴等が勝ち、この地方は奴等の色に染まった。

 昼であろうと夜であろうと、魔法を使える者はいつ殺しても構わない。

 そんな世界がやってきた。

 取り押さえられた魔導士の仲間たちは十字架に縛り付けられ、燃やされるのだ。

 その悲鳴が俺の頭に張り付いていて離れない。

 それでも俺たちは隠れ潜むことしかできない。

 くそくそくそくそくそくそくそくそ。

 狂ってる。この世の中は狂ってしまった。

 異端審問官のくそどもめ。そして、ゾビグラネもクソ野郎だ。

 何がフェンリルだ。

 これ以上に酷い世の中などあるものか。

 何が銀色の髪の色白の少女だ。馬鹿野郎め!






 ミッドランド122年、蛇の月、31日。


 カスタニア村の俺の家に異端審問官が踏み込んできた。

 敵をラズロがひきつけてくれたおかげで俺はそこから逃げることができたが……、ラズロが待ち合わせの場所に現れなかった。

 奴等にやられたのだろうか?

 あんな奴等にやられるラズロじゃないはずなのに……。

 畜生! 本当に畜生だ! 魔法を使えない奴等なんて皆死ねばいい。

 あいつらこそが悪魔だ。

 みんな死んでしまえばいい、畜生め!






 ミッドランド1xx年、xの月、x日。


 この日記を書き始めたのは何がきっかけだっただろう……。

 そうだ、本だ。俺の『魔法学校』という本が発売されたからだ。

 嬉しくて、本当に嬉しくて、つい日記を書き始めてしまったのだ。

 でも、つい辛いことがあると、日記を書くのがおっくうになってしまう。

 もう前に書いた時から何年が経ったのだろう?

 5年?

 10年?

 覚えてないや。

 どれどれ。ははは。本当に笑える。

 人間を悪魔だと罵り、みんな死んでしまえばいい、と書いてあるね。

 ならば奇しくも願いが叶ってしまったことになる。

 あの当時はあんな生活なんて耐えられないと思ったけど、あれなんて本当にままごとみたいなものだったのだな、と今なら思う。


 フェンリルだ。


 あの毛むくじゃらの化け物がこの世に生まれてくるまではそんなことを悠長に考えられたのだ。

 ゾビグラネ様は正しかった。

 皆あの化け物に殺された。

 俺はゾビグラネ様の言いつけを守り、あいつと戦わなかった。だから、きっと今でも生きているのだろう。正直なところ信じられない思いだ。


 ここのところずっと特殊魔法「ホール」のことを考え続けている。

 レドもミドももう死んでしまった。

 飢えと病気で二人とも亡くなった。

 知り合いや、友達、敵さえも皆フェンリルに喰われて死んだ。

 それから、ずっと独りだ。頭がおかしくなりそうだ。


 早く会いたい。その銀色の髪の少女に。

 その少女ならこの世界を救ってくれるのだろう。

 たのむ、誰か早く俺を老人にしてくれ。

 耐えられない。俺にはこんな生活耐えられない。






 ミッドランド1xx年、xの月、x日。



 書くのは随分と久々な気がする。

 とにかく、ワシは待てない。

 もう待てない。ワシはいつからワシのことをワシと言っていただろう?

 分からない。

 とにかく、もう待てない。

 だから、ワシは地中深くに逃れた連中に接触をはかった。


 ワシの魔法で未来を変えたいのだ。

 ワシの魔法はそのためだけにあるのだから。


 彼らはたった5人ほどで暮らしていた。

 未来を変えることができるなら是非とも手伝いたい、と彼らは言ってくれた。

 ワシは喜んで順番に一人ずつ「ホール」をかけていった。

 ホールをかけた瞬間。予想通り、5人はこの世界から消えた。

 ワシは上手くいったと思った。

 でも何も変わらんかった。風景も何もかも同じ。

 ワシは5人を送った瞬間、景色が変わり、人が当たり前に歩く風景に出会えるのかと期待しておった。

 でもそうはならんかった。

 くそう。くそう。くそう。

 ワシの「ホール」は完壁ではないのじゃろうか?

 どこか不完全なのじゃろうか?

 やはり銀色の髪の少女じゃなければ駄目なのじゃろうか?

 分からん。さっぱり分からん。






 ミッドランド1xx年、xの月、x日。


 この頃よく考える。それは時の流れについてじゃ。

 例えば、その銀色の髪の少女を送ったとして……、この世界に変化はあるのじゃろうか?

 もしくはその少女を送ることが決まっているとしたら、なぜこの世界に変化がないんじゃろう?

 時間が違うのじゃろうか?

 それともワシはその少女に出会うことなく生涯を終えるのじゃろうか?

 あるいは、ゾビグラネ様はすべてを間違えていたのじゃろうか?

 分からん。本当に分からん。

 もうどうでもよくなってきた。

 どうでもいい。早くワシを迎え来てくれラズロ。

 なんだかんだお前さんといた時が一番楽しかった。

 ラズロ。なぁラズロ。

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