第21話 特殊魔法「ホール」 ー2ー




 日の光があたる場所であの老人の家を見上げると、他の大きくて豪華な家に比べて、ずいぶんみすぼらしい家のように感じた。

 庭は当然なく、積み上げられた煉瓦の所々が消失しており、三角屋根の瓦の一部が、歯が抜けたように欠けていた。

(昨日、落ち着いてから煉瓦や瓦のことをアシュリーから聞いた)更にこの家はとても小さかった。


 他の建物が平均して私の背丈の3倍から4倍あるのに対し、この家はせいぜい2倍程度の大きさに過ぎず、二階もなく、部屋も2部屋だけ、そして片方の部屋は倉庫代わりに使われていた。



 これだけ沢山の家を好きに使えるというのに……、どうしてこんな所にいるのだろう?



 扉に手をかけ、こちらを振り向いたアシュリーの非難めいた目つきが突き刺さる。



≪聞こえてる? リリア。集中してね≫

≪ええ、わかっているわ。アシュリー≫



 傍目で見ると、二人はただ見つめ合っているだけの双子に過ぎなかった。

 一切の音がせず、当然、二人の口も動かなかった。


 これが二人の間だけで使える魔法「コンタクト」だった。


 思っていることをそのまま直接相手の頭に伝える魔法で、お婆に言わせると、とても希少な魔法だそうだ。


 ただ、この魔法にも欠点があり、互いがコンタクトを掛け合うことによってしか効果が得られない仕組みになっていた。



≪じゃあいくわよ≫というアシュリーの心の声が聞こえた。



 コンコン。扉をノックしたアシュリーは「あけるわよゴードン」と言い、返事を待たずに扉をあけた。

 ゴードンはその丸い背中をもっと丸め、暖炉の火に薪をくべている最中であった。

 私はアシュリーに続き、扉を潜り抜けると、それを後ろ手で閉め、無言で彼のベッドに座り込み、近くの本棚に肘をのせた。



「ゴードンいいかしら? 話があるの」とアシュリーが彼の前に立ちふさがって言うと、ゴードンは下あごをつきだした不満気な顔を浮かべ、また謎の男“ラズロ”と会話をはじめた。

 アシュリーの眉間にしわが寄ったことを私は見逃さなかった。



≪冷静に。いいわね、アシュリー≫



 アシュリーは大きく深呼吸をして、立ったまま見下すような形で質問をはじめた。


 私とアシュリーは彼に質問するにあたって、あるルールを定めた。

 それはまず、彼の前では、極力声を発する会話はせず、魔法「コンタクト」を使ってのみ、私と会話する、というルールだった。


 というのも、ゴードンはしっかりと私とアシュリーの言葉を理解できるからだ。

 もしもゴードンが嘘を言っているとするなら、こちらがどこまで知っているかを踏まえて嘘をつく可能性が高い。

 だから、その情報の漏洩を防ぐ意味合いがあったのだ。



 2つめのルールは、アシュリーの行動を私が止めてはならない、というルールだった。

 さきほどのような軽いアドバイスはいいが、その行動を止めるのは禁止。

 その代わりアシュリーには、絶対にゴードンを殺してはならない、という誓いをたててもらった。


「さぁ、喋って……、なぜあなただけ魔獣フェンリルに襲われないの?」という迫力のあるアシュリーの声が部屋に重く響く。


「ラズロ、予言の子は一体なにをいっておるのじゃ。フェンリルの行動なぞワシのあずかり知らぬことであるのに」


 ゴードンの返答は相変わらず要領を得なかった。

 というよりも、こういう答えになるだろうに、と思った。

 たしか同じ質問を昨日もしたのだ。

 その時もこう答えていたのだから、当然そう答えるだろうな、と予測がつくではないか。だから、まず“予言の子”とは何かを聞いてほしかったのに……。


 だが、アシュリーの同じ質問は続いた。


「ラズロのことはどうでもいいわ。ラズロラズロって言ってないで、喋るのよ! なぜあなただけ魔獣フェンリルに襲われないの?」



≪予言の子の質問を先にすべきだわ、アシュリー≫



 アシュリーからの返答はなかった。

 目をつぶり、鼻から深い溜息を押し出した私は、しばらくかかるかもしれない、と思い本棚に目を移した。


 そのこじんまりとした本棚には様々な本があった。

 どれもよく分からない旅行記のようなタイトルの本だ。

 試しにその一つを手に取り、本を開くと、背表紙と内容の違う魔導書であった。


 ――え?


 本棚の違う本を手に取ると、それもやはり魔導書であった。

 これは一体どういうことなのだろう?


 すると、当然ゴードンがアシュリーに向かって謝り始めた。



「異端審問官様。ワシは断じて魔導士などではございません。本当でございます。ワシは神の教えを敬うただの市民でございます」



 責め立てるように口をひろげていたアシュリーの顔に困惑の色が広がる。

 それは私も同じだった。

 本から目を離し、ゴードンの表情を見た。

 どうも本当に困った顔つきをしているようで、申し訳なさそうに首を垂れていた。



 異端審問官という単語はどこかで聞いたことがあるような気がした。

 そういえばアシュリーの持っていた本にそのようなことが書いてあったような気がする。

 かつて、そういう人々がいた、と。

 かつて地上には魔法の使えない者たちもいて、魔法を使える者を増悪していた時期があったそうだ。


 異端審問官は、その中でも最も非道な連中で、魔導士を殺すことに特化した戦士だ、と書いていた気がする。


 いや違う。そうではない。

 問題はそこではない。

 ある可能性に気づき、背筋が凍り付き、心の中まで青ざめる。


 これがもし演技ではないと仮定するなら、ゴードンはもはやただのボケ老人なのではないだろうか?

 ならば、いくら拷問しようが無駄なのではないだろうか?


 アシュリーも同じ可能性が頭をよぎったらしく、どう質問をしてよいか聞きあぐねていた。


 だからだろう、アシュリーの口調が急に優しくなり、質問するよりも、自分は異端審問官ではない、と説明することをまず最優先にしたようだった。


「そうなのですか?」とゴードンは驚いたように言い「では、我が友ラズロ・ラ・ズールはどこに?」と聞いてきた。


 そんなことを知るわけもないアシュリーは「え?」と言ったまま固まった。


「その人は知らないわ。本当よ。それでね、教えてほしいのゴードン。私たちを見て、予言の子と言ったのを覚えている?」


 ゴードンの白い眉毛が八の字に変わった。


「そういったわよね!?」とアシュリーが少し強めの口調で言っても、その表情は変わらなかった。


 私は目をつぶり、これは時間がかかるかもしれない、と思った。

 すると、ほんの少し空いた窓からそよ風が家の中に入り込み、手に持っていた本の見開きのページがパラパラとめくれていった。


 だから、それを戻そうと何の気なしに本棚を見たその時だった。

 偶然、本棚の一番隅にあった本がパタンと隣の本に寄りかかるように倒れたのだ。

 背表紙も何も書かれていない大きな茶色い手帳のようなものだった。


 またそよ風が家の中に入ってきて、今度は私の銀色の髪を揺らした。


 不思議な感覚だった。

 風が意志をもち、私の頬を撫でたような気がした。

 だからだろう、私は何かに導かれるようにそれを手に取り、中を見た。


 そこには黄ばんだ白いページに黒い文字で何かが書きなぐられていた。

 そして、その最初のページにはこう書かれていた。



「大作家になっているであろう未来の俺に捧ぐ」と。

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