第32話 茜色の夢見人

 それから、丸一日ほど経った。


 その日の課業は、キミタカだけ特別に休みをもらったが、先輩方は普通に仕事をしていた。

 中には怪我人もいたはずだが、けろりとして仲間とふざけあっている。とんでもないバイタリティである。

 第三十二国民保護隊員の面々は、驚くほど平常運転だった。

 恐ろしい戦いをくぐり抜けたはずなのに、次の日には元気に課業へ励んでいる。

 対して自分はと言うと、精も根も尽き果てて、三日ほど寝て過ごしたい気分だ。


「あの、いますか」


 キミタカは今、アカネの部屋の扉を叩いている。


「いるよ」


 短く、例のあの特徴的な声がした。

 扉を開けると、「あっ」と声を出して驚く。

 あれほど雑多に置かれていた書籍の山が綺麗に片付けられて、代わりにキミタカの身体より大きなリュックサックがぱんぱんになっていた。

 そんなに大きなリュックを背負えるのか聞く前に、自然と意気込んだ質問が出る。


「……行くんですか。どこかへ」

「うん。アイカが、最後に教えてくれたの。あたしが探してた物の場所を」


 アカネはあっさりと答える。


「目的の物?」

「そ。大昔に作られた、原子力ロケットの設計図……それと、核爆弾よ」

「かくばくだん?」


 名前だけは聞いたことがある。たしか、信じられないほど高威力の爆弾だったはずだが……。


「……あの基地は、核兵器を保護するための施設でもあったの」

「核兵器を?」


 そんな話、聞いたことがない。

 この国には大昔、が落とされたという記録が残っている。

 それ以来、核を憎むことにかけては他の追随を許さない国民性だと聞いたことがあった。


「それでも、――当時は、あれの力に頼らざるを得ないくらい、世界は追い詰められていたの。来る終末の因子に、ね」

「……ふむ。……それでアカネさん、そんな物騒なものの設計図を見つけて、どうするつもりですか?」

「言ったじゃない。『月を壊す』のよ。月面にある巨大な基地から、《マッド・ドリーマーズシステム》の有害電波が放射されてるの。……防衛システムは未だに動いてるらしいし、核でも使わなきゃ、壊せっこないわ」


「改めて聞きますけど、――なんなんです? その、マッドなんたらっつーのは」

「言ったじゃん。世界の変革を夢見た科学者が、月に作った超大型のパラボラアンテナ」

「月……ですか」


 壮大な話だ。まるで、おとぎ話のような。


「ちなみに、本当は《マッド・ドリーマーズシステム》って名前じゃないんだよねー。きっとこの百年の間に、――縮まって伝わっちゃったのね。正確には、MADDER RED DREAMER茜色の夢見人。あたしの夢を実現させるシステム」

「アカネの夢、――ですか」

「そ」


 すると彼女は、にへら、と締まりのない顔を作って、


「あたしは、願ったの。『ヒトが武器を持てない世界を』――ってね。それで、できあがったのがこの世界。ふざけてるでしょ?」

「確かに、馬鹿みたいな話だ」


 当時の武器で、金属が使われていないものは、ほとんどない。

 人々は武器を捨てざるを得なくなり、新たな秩序が生まれ、戦争はなくなった。

 そんな世界を生み出したのは、――この、目の前の女だと。

 こんな話、人に話しても、きっと誰も信じてくれないだろう。


「そういえば、あなた、戦前は何の仕事してたんです?」

「あれ、言ってなかった?」


 キミタカは頷く。


「歌って踊れる演技もできる。ミュージカルアイドル――アイカとアカネっつったら、当時はわりと人気だったんだけど。

 ……あたしが、戦争用に改造された時に、写真がネットに流出したのよ。よりによって、ぶっくぶくに太ってる時の写真が。

 あたし、戦後は芸能界に復帰するつもりだったんだけど、それで駄目になったんだよねー。アイカのやつ、はっきり言わなかったけど、このことを一番根に持ってるのよ。全く、小さい奴だわ。スキャンダルになったのは、あいつの『声に暗示作用を含ませる』個性がマスコミにばれたっつーのもあるのに……。

 あーっ、思い出したら腹立ってきた。今度会ったらデコピン百発食らわせてやるっ」


 キミタカは頬を掻きながら、


「なんとも……笑って良いのか、悪いのか」

「笑っていいわよ。当事者としては笑えなかったけどね。

 ……よし……そんじゃあ、あたし、行くから」

「行くって……でもみんなに、挨拶はしていくんですよね?」


 アカネは首を横に振る。


「ううん。湿っぽいのは嫌いなのよ。だから、伝言お願いできる?」

「……。はい」

「まず、シズに。『とりあえず、学校に行く前に手を石けんでよく洗ってから、登校すること』。あの子、毎日ぬかを混ぜてるお陰で、手が時々ぬか臭いのよねー」

「了解。今度からは自分も手伝うようにします」

「次に、島田に。『割と頑張ってた』」

「……。なんですか、それ」

「いや、さっきメールで、あんたがどれだけ活躍したかチェックしとけって言われたもんだから」


 それを本人の口から伝えさせるつもりか、こいつ。


「後は……そうねぇ」


 アカネは、その後に何人もの保護隊員の名前を挙げて、言伝を話した。

 キミタカは、思ったよりアカネが色んな隊員と接していたことを知って、少々驚く。


「まあ……それくらいかな」


 言い終わった時には、キミタカの頭の中は破裂しかけていた。何人かには正確に伝えられない自信がある。

 できるだけ覚えた言葉を忘れないようにしながらも、キミタカはこれだけは聞いておかなければ、気が済まなかった。


「また、帰ってきますか……?」

「そのつもりはないわ。もうここでの目的は果たしたから。他にたくさん、集めなきゃいけないものがあるもの。設計図と爆弾があるだけじゃ、月面には届かないからね」


 アカネはにべもない。


「まだ……まだ、俺はあんたに借りを返してないです」

「ん、どのこと?」

「デートの話」


 アカネは完全に忘れていたようだった。


「あー、ま、いいよ、それは。助けに来てくれたし。チャラってことで」

「それじゃあ、お願いだ。また戻ってきてくれ。みんなだって、それを望んでる」


 キミタカはもうほとんど、叫ぶようなかたちで言った。


「……何よ。声、大きいわ」


 アカネが一瞬だけ、まんざらでもないような表情になる。

 彼女は背を向けて、「ふむむ」と唸るような声を出した後、


「それじゃあさ、一つだけ、あたしの願い事、聞いてくれるかな」

「……俺にできることなら」

「思い切り笑わせてちょうだい」


 アカネは、悪戯を思いついた子供のように朗らかな顔で、振り向いた。


「は?」

「だから、爆笑させて、って言ってるの。ここ最近、声を上げて笑ったこと、ないからさぁ」

「そんな、思いつきみたいなことで……」

「お願いよ」


 アカネは表情をほころばせたまま、真っ直ぐにキミタカを見た。

 本当に、嘘偽り無く、思い切り笑いたいようだった。


 百年の月日が流れて今、もう一度。ただ笑っていられるなら。

 きっとこの先の長い旅路も、頑張れる気がする。

 そうすればきっとまた、会える気がする。

 ここに戻ってこられる気がする、と。


 やれやれ。キミタカはため息をつく。

 ユーモアに欠ける自分だが。

 この期待に応えられないようじゃあ、男じゃない。


「……一発勝負ですか」

「うん」


 キミタカは、昨晩の島田との試験を思い出した。

 今回の試験は、それよりも格段に難しい気がしているから不思議だ。


 頭の中の「笑える話」を必死で検索する。

 ボキャブラリーの少ない自分が怨めしい。


(ひょっとして、人前で冗談を発表する時ほど度胸が必要なことはないんじゃないか)


 大きく深呼吸をした後、「この話だ」と決める。

 そして、……震える声でぽつぽつと、語り始めた。


「なんというか。人間の家族ってそれぞれ、色んなルールがありますよね。

 晩ご飯を食べる時間とか。

 カレーの具材は絶対これ、とか。

 シチューと一緒に米を食べるとか」


 悪くない導入だ。

 アカネは「ほうほう」と眉を上げて口元をほころばせる。


「うちにも、ちょっとした決まりがありまして。

 たぶん俺が、両親の本当の子供じゃないからってのも関係あるのかも知れませんが……」

「ふむふむ」

「ええと、ちょっと話は変わってその。

 知っての通り俺、郷里へ手紙を出してきたじゃないですか。――アイカに報告するふりをして」

「そうね」

「その相手の名前って、――美鈴っていうんです」

「美鈴ちゃん。可愛い名前じゃない」

「ええ。一応その人って、――部隊内ではその、俺の恋人ってことになってるんですが」

「うんうん。島田も言ってた。『キミタカは郷里に女がいる』って」

「……それ、自分でも引っ込みつかなくなっちゃってるんですけど。……実は美鈴って、その」

「その?」


 思い切り息を吸って、吐く。彼女は笑うだろうか。わからない。一拍を置く。

 そして、言った。

 オチを。




―――――――

――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――



『……と、言うわけで、俺とアカネのお話はおしまいです。


 心配してくれたみたいだけど、美鈴が言うような怪我はありません。大丈夫です。

 今回のことは、色々なことを考え、学ばせられました。

 世界の秘密のこと、アカネという人形のこと。

 たくさんの人があいつを許さないと思うでしょう。

 だけど、俺だけは許してあげたい。

 そうじゃないと、可哀想じゃないですか。アカネだけじゃない、アイカだってそうです。

 今回はぎりぎりのところで悲劇は免れました。でも、また同じようなことが起きないとも限らない。

 その時、アカネに途中で倒れたり、諦めたりしてほしくないんです。

 あいつは、壊れちまった人類と、いかれちまった世界を、元の形に正そうとしているみたいでした。

 それがあいつなりのけじめの付け方なんだと思います。


 でも。それでも。

 俺は、次に会ったとき、言ってやりたい。


 お前が夢見たこの世界も、それなりに悪くないぞ、って。


 追伸

 今度、大きな休みがとれることになりました。その時は帰省するつもりです。

 詳しいことはまた連絡します。それでは、得意の手料理を楽しみにしていますね。


――母さんへ。


 第三十二国民保護隊、あわじ駐屯地より。』


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