第31話 終幕

 アイカの武器を全て取り上げ、両腕を厳重に拘束する。

 その間、彼女はずっと無言だった。


 その後、アイカの携帯端末で物の怪に撤退命令を出して。


「これにて、一件落着、ね」


 アカネは笑うが、キミタカにはとても、そうは思えない。

 アイカは、ずっと地面を向いたまま、顔を見せようとしなかった。

 よく見ると、地面に水滴が落ちている。


「へ……へ……へぇぇぇぇぇぇん」


 一瞬、耳を疑う。

 何か未知の動物の鳴き声かと思ったそれは、アイカの泣き声だった。

 なんと声を掛けて良いかわからず、一人で慌てふためいていると、


「ずるいよ……」


 青い人形は、涙でぐしゃぐしゃの顔をアカネに向ける。


「ずるいですっ!」


 アイカは縛られたまま、姉に思い切り体当たりした。

 アカネは半ばそれをわざと受け止めて、斬りつけるような口調で言う。


「……あのねぇ、あたしだって、好きであんなもんを起動したわけじゃないわよっ。

 って言うかあんた、あたしがあれを起動しなかったら死んでたのよ?

 あんただけじゃないっ。……人形はみんな! 戦争の犠牲になってたわッ!」

「そのお陰で、私がどれだけ苦労したと思ってるんです! お姉様ったら、いつもそう! 勝手に一人で決めて、勝手に一人で自己完結して!」

「いーじゃん。昔から言うでしょ、死んで花実が咲くものか、って」

「古い言葉を言わないでください。だからおばさん臭いって言われるんです」

「そんなの、言われたことないっつーの」

「あら、ご存知ない? お姉様、結構みんなの間で言われてましたのよ?『あいつの喋り方、キッツ……』って」

「えっ」


 アカネ、こちらをチラリと見て、


「そーなの?」


 キミタカは視線を逸らす。

 その後、少しの間、二人のやりとりを聞いていたが、途中で聞くのを放棄した。

 百年ぶりの姉妹げんかとあっちゃあ、出る幕はなさそうだ。


(全部吐き出して、少しでも気が晴れるなら、こんな物騒な夜を二度と生まずに済む)


「それに私、知ってるんですよ。最近ずっと、ダイエットなさってるって。野菜ばっかり、もしゃもしゃもしゃもしゃとお食べになられてるって! ひょっとしてあれですの? 惚れた男でも、できたとか」

「はあ? そんなの関係ないでしょ。あ、あ、あたし、戦闘態勢で待ってたっだけで……」

「あら、しどろもどろになって! お姉様は昔っから、耳だけ年増なくせに、具体的なことは何にも知らなくてっ!」

「あんたねぇ……!」


 口論は、しばらく続くだろう。いつか区切りがついた時に、何かの結論が出ていればいいのだが。今や話は芸術的なまでに遠回りして、結論からはほど遠いように思える。


「だいたい、お姉様は……!」

「いやいや! あんただって……!」


 二人の言い合いを聞くうち、ようやく事件が解決したことを確信し、情けないことに少し腰が抜けた。

 やることもないので、適当な石に腰掛けていると、


「「人が喧嘩してるのに、のんきにしてるんじゃないっ!」」


 全く同じ調子で、二人の声が被さった。

 遠く、戦闘終了を告げる笛の音が、どこか他人事のように聞こえている。



 こうして、百鬼夜行は終幕を迎えた。

 事態を察知した人形部隊が現れた時には、――何もかも解決していて。

 気がつけば夜が明けていて、辺りは明るくなっていた。


「どうも。お疲れ様です」


 自動小銃で武装した人形が、慇懃な敬礼を行う。

 いつもだらしない先輩方とは大違いだ。キミタカもそれに応えた。


「犯罪者はこちらで引き取ります。よろしいですね?」


 アカネは渋い表情で、「お好きにどうぞ」と合図する。


「ただし、できれば丁重にお願いします。今のところ、被害者は出ていないんでしょう?」

「はい。……とはいえ、これほど大それたコトをしたのですから……」

「先輩方はたぶん、彼女を責めませんよ」


 アカネがアイカを赦している以上、――事情を聞けばあの人ら、一ヶ月便所掃除とかで許しそう。


「その件も含めて、改めてあわじ駐屯地へ伺いますので」


 彼はあくまで事務的に、アイカを引き取っていくつもりらしい。

 別れ際、キミタカは思い出したように、一つだけ質問をした。


「なあ、あんた」

「なんですの?」

「あんた、――以前、話してたじゃないか。『鉄腕アトム』が好きって」

「……ええ」


 この辺、シズに話した内容と、キミタカの聞いた内容は不思議と一致している。

 《上官命令》を出す時にする、決まり文句みたいなものなのかもしれない。


「で、あんた、こう言ったよな? あの話の面白さは最終回で、人造物が人類を支配する未来を予見していることにある、と」

「え? ……ええ、まあ」

「でも、いくら探してもその、――最終回がどこにも見つからなくってさ」

「へ? そうなん、ですの? でもたしか、インターネットで見た記憶が」


 インターネット。

 聞いたことがある。

 たしか、何でも載ってる万能の辞書、だとか。

 とても便利だが、嘘や誤認情報も多いという。


「それで、よくよく調べたら、見つかったよ。きみのいう話が。『アトムの最後』っていうタイトルでね。本編じゃなくて、別冊版の単行本で」

「……別冊版?」

「うん。っていうのもあれ、作者本人は最終回だと思ってないらしいぜ」


 うん、うんとキミタカは一人うなずき、アイカに微笑みかける。


「……それで」

「うん?」

「それであなた、なんだって急に、そんな話を……?」


 もっともだ。

 お縄についた犯罪者を相手に、長々とする話じゃない。


「ああ、いや。だってきみ、『鉄腕アトム』をそーいう、陰惨な話だと思い込んでたみたいだからさ。――でも、そうじゃない。全編通せば、……アトムはやっぱり、希望の未来を描いた物語だ。ロボットと人間が仲良く暮らしていく。……そんな、素敵な世界を作っていこうっていう。そういうテーマの作品だよ」


 アイカは、応えない。


「なあ、あんた。もしよければまた、マンガの話をしよう。どうもこの辺じゃ、趣味の合う友人が少なくてさ」


 やはり、彼女は応えない。

 ただ、少なくとも、最後に一瞬目を合わせた時、――薄く笑っていた気がする。


 ただそれだけで、命を賭けた価値はある。そう思えた。



 きっと自分は、とんだお人好しなんだろう。



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