第16話 人間と人形

 アカネとシズが約束の場所に現れたのは、約束の時間を数時間も過ぎたころ。

 日が落ちた広場で、すっかりオロオロしている島田をなだめている時であった。


「……ただいま」


 悪さをした普通の子供のように、シズが現れる。


 さすがに、――一言言ってやった方がいいだろう。


 そう思ってキミタカが一歩歩み出ると、


「シズちゃんッ!」


 奇怪な声を上げながら、島田が叫んだ。


「どれだけ俺が心配したと……。罰としてペロペロしちゃうぞ!」


 獲物に飛びかかる熊のようなポーズで近づく先輩を取り押さえつつ。

 キミタカは、傍らのアカネに訊ねる。


「……で? どうして遅れたんです?」


 すると、シズは一瞬、すがるような視線でアカネを見た。

 その仕草を観ただけで、鈍いキミタカにも何か後ろ暗いことがあることくらいはわかる。

 だが、この期に及んで「秘密」は通じない。今日の一件、キミタカたちは報告書にまとめる必要があるのだ。


「アカ姉……お願い」


 シズの悲痛な言葉に、胸が痛む。

 だが、アカネは驚くほどあっさりと白状した。


「別に、大したことじゃないわ。悪い物の怪が現れたから、二人で退治してただけ」

「物の怪?」

「ええ。昔なじみのヤツがいてね。軽く意趣返しに遭ってたの」

「そりゃあまた……」


 お疲れ様でした、と言いかけて、それもなんか違うと思い直す。


「でも、なんでシズちゃんまで?」

「そりゃあ、普通の人間だったら危ないし。こういう仕事は人形だけで終わらせた方が楽でしょう?」

「え? シズちゃんって人形なんですか?」


 キミタカが目を丸くしていると、シズが飛び跳ねた。


「ちょ! なんで!? なんで言ってしまうん!?」

「え? ……っていうかあんた、みんなに気づかれてないとでも思ってたの?」

「…………………は?」


 シズの表情が驚愕に染まる。


「でも……キミタカは」

「そりゃ、コイツがアホだからよ」


 むう、と唸る。

 反論はできなかった。

 この一件に関しては確かに、自分は間が抜けていた、かも。


「どれだけうまくやっても、《人形》が人間のふりをするのは無理がある。――そうでしょぉ? 島田さぁん?」


 猫撫で声で訊ねられて、島田は鼻の頭をぽりぽりする。


「ん。まあ」

「そっ……! そんな。なんで? 髪だって染めてるし、カラーコンタクトだって……」


 すると彼は、実に決まり悪そうにして、


「ええと。――髪とか爪がぜんぜん伸びないとことか。身長変わらないとことか。子供にしては賢すぎるとことか。それを微妙にひた隠しにしてるとことか」

「えっ……」


 シズの顔色が、見る見る蒼白になっていく。


「それより何より、――もっとも目立つ点がある。……だよ。君たち”人形”は生まれつき、自分の名前を表現するとき、漢字を使えないことになってる。そうだろ?」

「…………」


 《人形》は人間に比べて、強力な力を持つ。たった一体の人形の「うっかり」が、甚大な被害をもたらすことがある。

 ゆえに未認可の人形は、人間の生活圏内で働いてはいけないことになっている。

 身分を隠しているということは、――恐らくシズは、そうした人形の一人だということだろう。


 なぜ、彼女がそうしているか。

 その理由は、あえて聞くまい。

 ただ一つだけ、言えることがある。

 どんな世界にも、はぐれ者はいるものだ、と。


「じゃ、なんで」


 シズは、吹けば消えてしまいそうな、そんな弱々しい声で、訊ねた。


「なんで、うちのことを受け入れてくれたん?」

「そりゃ、まあ」


 そんなの、決まってるじゃないか。

 付き合いの短いキミタカにも、その程度のことはわかる。


――みんな、君のことが好きだから。


 だが島田は、その言葉を呑み込んだ。

 そして、後輩のそれとは別の答えを導き出す。


「……神園隊長は、『姪』だと言ったからな」

「だから?」

「俺たち保護隊員は伝統的に、”右”が正解でも”左”に向かわなければならないことがある。

 自分の生命が惜しくとも、死地に向かわなければならないこともある。。……つまり、そういうことさ」


 隊長あたまの判断に、いちいち異論を唱える隊員てあしなど必要がない。

 隊員は、隊長の言葉に服従せねばならない。

 例えその判断が間違っているとしても、だ。

 こういった考え方について、職業学校で学んだことがある。


二重思考ダブルシンク……)


「だから。……君は俺たちにとって、『神園隊長の姪』なのさ。例えそうでない証拠を目の前に突き付けられてもな」


 シズはうつむいて、


「それじゃ、――ウチはこれからも、みんなと一緒にいていいん?」


 島田無行は、海よりも深くため息を着く。


「逆に聞くが。……君はこれから、俺たちだけで食事の準備をしろっていうのか? キミタカの歓迎会の時は、一品料理を作るだけで指が血まみれになったってのに」



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