月は無慈悲な紅き女王

蒼蟲夕也

第一章 ソウジキ

第1話 紅い髪の人形

『拝啓

 立春とは名ばかりの、厳しい寒さが続いております。

 ご無沙汰しておりますが、おかわりなくお過ごしでしょうか?

 美鈴はこの時期になると、いつも風邪をひきますよね。

 今年も大事にならないように、気をつけるようにしてください。

 早いもので、淡路島に来てもう一ヶ月が経ちました。

 中部方面軍、第三師団に配属されてからというもの、充実した毎日を過ごしております。

 不慣れな土地での課業に、最初こそ戸惑いはありましたが、親切な先輩方に囲まれ、少しずつ仕事を覚えていっているところです。

 もちろん、国のために生きる兵隊として、危険なことも一つや二つではありません。

 ですが、これこそ男の仕事だと思って、日々精進している次第です。


 さて。

 そういえば少し前、変わった人形と出会いました。


――そう。人形です。


 ”人造人間”と呼ぶ人もいますが、美鈴はそういう言い方が嫌いでしたっけ。

 今日は、彼女のことを少し書こうと思います。』



――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――

―――――――




 辞めたい、と思った。


 三等陸士の時期、この感情とどう付き合っていくか悩むのは、国民保護隊員としてほとんどのようなものである。

 小早川キミタカも例には漏れず。

 そろそろ実家に帰って別の仕事でも探そうかと思っていたところだった。

 都内の職業訓練校を卒業し、ようやくの思いで配属を許された、あわじ駐屯地。

 そこでの生活は、これで二週目になる。

 すっかり兵舎の掃き掃除が板に付いたことに気づいて初めて、「ひょっとして死ぬまでこんなことを続けてていくのか、俺は」という閉鎖的な思考に陥った。

 新米の仕事など、どこも同じだろうとも思う、が。

 部隊の先輩方の様子を見ると、そうでもないらしい。先輩の一人などは、軍犬と軍馬の世話をするのがこの仕事の一番の楽しみだと吹聴する者もいた。


 この世に生をうけて十七年。

 現実と理想のギャップに苦しむ時期である。


 午前中の課業に兵舎の掃き掃除を命ぜられて、いくぶん意気が消沈していたのもあるが、特に今日は気が乗らなかった。

 運動場では、先輩達が05式の投石機を二台、それと18式大弓を全部引っ張り出して、総出で点検作業に当たっているのが見える。

 新品同様に手入れされた保護隊の装備品を眺めて、キミタカは本日何度目かになるかもわからぬ、深いため息を吐いた。


(立派に整備されてはいる。が、訓練以外で使われたことがあるのか怪しいものだ)


 正義の味方が開店休業なら、悪人は何を食べて生きているのだろうか。


「おー、暇そうだな。まあいつも暇だけど」


 ふと、声がした方に振り返る。

 島田無行むぎょう一等陸士が顎ヒゲをさすっていた。


「……サボりですか」

「まーな」


 島田は酔っぱらいのようにフラフラと歩いて、どさっと座る。辺りに埃が舞い、キミタカの仕事が増えた。

 迷惑そうに眉間に皺を寄せると、


「昨日はどうだった?」


 島田は意に介した様子もなくマッチをこすり、タバコに火をつける。

 キミタカはこの、タバコとかいうシロモノの臭いがどうにも好かない。しかし先輩の手前、文句はこらえるしかなかった。


「昨日って」

「言わずもがな。……例の。娼館に連れてってやったろ」

「ああ、あれですか」


 キミタカは迷惑そうな顔をいっそう強くして、この話題が一刻も早く終わることを願いつつ、答えた。


「金の無駄でした」


 いうねぇ、と、島田は笑い、質問をさらに具体的にする。


「どーだ。童貞はちゃんと捨ててきたか」

「いいえ」

「いいえ? ノーって意味か? は? どういうことだ」

「だから、金の無駄でした。一時間、女性と古い漫画の話をしました。それで仕舞いです」

「マンガ、というと?」

「『鉄腕アトム』とか、『鉄人28号』とか。百五十年くらい前の時代のものが好きなんです」

「………………」


 しばらくの間、島田は言葉を失ったようだった。


「お前、ひょっとして牧童なのか?」

って……」


 その言葉に、ある特定の年齢層にしか興味がない特殊性癖の隠語であることを思い出す。

 キミタカは苦虫を噛み潰したようになって、


「……先輩と一緒にしないで下さい」

「だったらなんだって……。あー、さてはお前、郷里の女に義理立てしてるんじゃないか? ……あの、美鈴とかいう。この前も手紙を書いてたろ」


 眉間を抑える。頭が痛くなる。


「美鈴は、そんなんじゃないです」


 すると島田は、それ以上話しても面白くないと思ったのか、苦み走った表情で押し黙った。


「なんだよ。お前が童貞だからってんで、メスゴリラどもに小馬鹿にされてたから、せっかく休日使って連れてってやったのに」


 キミタカは苦く笑った。

 島田一士の心遣いには一応、感謝はしている。

 面倒見は良い人なのだ。やり方が方向音痴なだけで。


「でも、先輩もその間、年端もいかない子供たちとよろしくやってたんでしょう?」


 そういうキミタカの口調には、少しだけ険が含まれている。


「変な言い方するな。俺は孤児院の子供達にお菓子を配りに行っただけだ。その際にある種のスキンシップが発生するのはそりゃー、まあ、仕方ないことだろ」


 ついでに変ないたずらとか、してなければいいのだが。

 ロリコンの保護隊員などと。笑い話にもならない。

 そんな男の存在が世間に露見したとあっては、保護隊の年度予算を削る口実にもなりかねない。


「何度も言うがな。俺の信条は、”イエスロリータ、ノータッチ。※ただし向こうから触ってきた場合は除く”だ。天地神明と神園隊長に誓ってもいい。法に触れたことはないぞ」

「どうだか……」


 キミタカが視線を逸らしていると、島田が深いため息を吐いた。


「とにかく、なんにせよ。先輩の心遣いは無駄骨だった訳か。やれやれ……」

「そうでもありません」

「なに?」

「相手の女性とは、文通する約束を取り付けましたから」

「ぶんつう?」

「……話が合ったもので」


 島田は、ぷふぅー……と、天井に向けてタバコの煙を吐き出し、


「あっそう」


 と、そっけなく言う。


「どーでもいいわ。そんな話」


 キミタカは曖昧に笑って、掃き掃除に戻った。



 それから数分も待たずに、午前の課業の終わりを示す笛の音が響く。


 キミタカは昼食を平らげた後、さっさと廊下に出て、暇な時間を潰そうとした。

 やることもなく、じりじりと昼休みは過ぎていく。

 キミタカはほこりっぽい廊下に座り込みながら、ため息をついた。

 郷里に出す、手紙の文面が決まらないのである。

 配属して間もない若い隊員は、定期的に郷里に向けて手紙を書かなければならない決まりがあった。手紙を書かねば、また先輩にどやされるだろう。これも仕事の一環だ。


(仕事、か……)


 少なくとも、正直に書くわけにはいかない。単なる愚痴になってしまうからだ。

 だが、他に書くようなこともない。


「こらあっ、何を遊んどるかっ」


 物思いに耽っていると、死角から大きな声がした。

 慌てて飛び上がる……と、三人の保護隊員が揃って同じ顔をして、キミタカを睨め付けていた。

 キミタカは、右から順番に彼らの名前を頭の中から引っ張り出す。


(佐藤二士、山崎二士、松村二士)


 メスゴリラ、メガネザル、チビネズミ。

 外見的特徴によって最も覚えやすい三人組であり、あわじ駐屯地ではキミタカの最も苦手とする先輩たちでもある。

 三人はにたにたと攻撃的な笑みを浮かべて、キミタカにこれから起こるであろう不愉快な出来事を予知させた。

 キミタカは即座に直立不動の体勢を取り、


「は、ただいま昼休み中であります」

「休み時間中でも動くのが新米じゃないかい?」

「はい、失礼しまし」


 た、と言い終わる前に、


「よーし、体力は有り余ってるようだから、少し揉んであげる。運動場五周っ。休み時間終了までに行うこと。遅れたら腕立て五十回っ」


 佐藤二士の大音声が、耳をつんざく。


(くそくらえ、こんちくしょうめ)


 そう言いたい気持ちを抑えて、キミタカは彼らに背を向けた。


 運動場は結構広いから、休み時間の残りから計算してみて、午後の課業に間に合うか微妙なところだろう。

 あえてギリギリの時間を指定してきたのは、それでちょっとした賭博をやるためのようだ。

 間に合わなければ、三人のうちの誰かにどやされることは明白。

しかし間に合ったとしても、三人のうち誰かにどやされるだろう。

 自分はこれから、不幸な結末が待っているに決まっている苦難を強いられるのだ。


 もちろん、気は進まない。


 だが、それでも、やるしかなかった。そういうものだと自分を納得する他ない。

 歯を食いしばって、運動場へ出る。

 綺麗に掃除された、ただっぴろい広場。

 走らされるだけでも疲れるのに、この上腕立てまでやらされれば午後の課業に支障が出ることは明白だ。

 早速聞こえてくる先輩方の囃し立てる声を背中に、キミタカは思い切り走りだす。


(辞めたい。……いや)

(絶対辞めてやる)


 そういうふうに思いながら。



 運動場を二周ほどしたあたりであろうか。

 ふと、先輩たちの囃し立てる声が消えたことに気がつく。


「――?」


 見ると、少し様子がおかしい。

 三人が三人とも、棒でも飲んだように突っ立っているのだ。どうしたのだろうと思っていると、小さく彼らの声が聞こえてくる。


「それでぇ。カミゾノさんっていう人を訪ねろって、言われてきたんですけどぉ~」


 女の声。

 それも、物凄い猫なで声だ。


「……は。神園二尉でありますか。恐らく今は、士官室にいらっしゃるかと……」


 どうやら誰かさんは、あわじ駐屯地に住む、ただ一人の上級士官を探しているらしい。


「えっとぉー。できればぁ、案内して欲しいんですけどぉ」


 走りながら、その様子をうかがう。


(あれは)


 一瞬、息が詰まる。


 それまで、先輩の影に隠れて見えていなかっのだが、そこにいたのは《人形にんぎょう》であったのだ。

 《人形》と人間を見分けるのは難しくない。

 たいていの《人形》は、赤とか青とか緑とか、見るからに人間離れした髪の色をしているためである。

 そこにいた《人形》は、真紅の髪色が遠目にも特徴的だった。


 キミタカは複雑な気持ちで彼女の姿を見つめる。

 彼らは、自然に生まれた生き物ではない。

 今より百年以上前、現代より遥かに進んだ技術を持った人類によって産み出された、人造生命体なのである。


「あ、案内……で、あります、か?」

「はい。なにか、問題でもぉ?」


 佐藤二士はしどろもどろになりながら、視線を泳がせる。

 気持ちはわからないでもなかった。《人形》は不老の生き物である。故に、高い身分を持つ《人形》は多い。下手に機嫌を損ねたくなかったのだろう。


「あー、……小早川三士!」


 お呼びがかかって、キミタカは立ち止まった。


「この方を、神園二尉の元へ」


 どうやら、これ以上走らないでもいいらしい。


「どうも……」


 息を整えながら、キミタカは《人形》に頭を下げる。

 それを見届けると、三人はつまらなそうに兵舎の中へと消えていった。

 厄介な先輩方から解放されて、改めて人形の姿を観察する。

 真紅の髪。

 白い肌。

 すこし気が強そうなところはあるものの、整った目鼻立ち。


 ……と、ここまではいい。


 ただ、一点。どうしても目につく、彼女の特徴。

 キミタカは率直に思った。

 この《人形》、さすがに少し……太りすぎじゃないか、と。

 正直言って、「可愛い」を超越するレベルで肉がついている気がする。

 そのシルエットは、人型というよりも楕円形に近い。

 キミタカには、彼女がアザラシの一種に見えた。


「……ええと。こちらへ」


 とにかく案内しようとすると、赤髪の《人形》がまじまじとこちらを見ていることに気づく。


「なんでしょうか?」


 尋ねると、


「あんた、なにもの?」

「は?」


 一瞬どきりとして、キミタカは顔をしかめる。


「何者って……。どういう意味です?」


 だが、目の前の人形はそれに答えず、


「ま、いいわ」


 と、肩をすくめる。


「あたしはアカネって言うから。今後はそう呼びなさい」

「はあ」


 目を白黒させながら、キミタカは頷く。


「今後は……で、ありますか?」

「うん」


 アカネと名乗った《人形》は頷いて、


「しばらく、ここで厄介になる予定だから」


 と、言った。


 そこでキミタカは、小さな違和感に気がつく。

 アカネの口調が、先ほどまでの猫なで声とは打って変わって、喉の奥から絞り出すような、どこか不機嫌な感じの声に様変わりしていたのだ。

 一瞬、先程佐藤二士と話していた《人形》と別人だったかと思うほどに。


「……それで?」


 アカネは、挑むような目つきでキミタカを見た。


「は?」


 キミタカは、ぽかんとした表情で赤髪の《人形》を見返す。


「あんたは?」

「あんた?」

「あんたの名前は?」

「名前、でありますか?」

「そう」


 ずいぶん間の抜けたやりとりだと思った。

 だが、キミタカがきょとんとするのも無理はない。仮にも《人形》が、一介の国民保護隊員風情の名前を気にかけるとは、とてもではないが思えなかったのだ。


「小早川キミタカであります」

「なるほど、キミタカね。覚えたわ」


 会話はそこまでだった。


(俺の名前、わざわざ覚える必要あったか)


 キミタカはどことなく薄ら寒いものを感じながら、アカネを先導する。

 士官室は、そこから歩いて十数分の場所にあった。



「小早川三士です」

「入れ」


 扉を開けると、神園二尉は書き物をする手を止め、筆を置く。


「お客人を連れてまいりました」

「うむ」


 神園二尉はキミタカの傍らにいる《人形》の姿を見て、一瞬だけ驚いた様子を見せる。が、すぐにいつもの調子に戻って、無邪気な笑顔を作った。

 隊長はすでに四十過ぎであったはずだが、年に似合わぬ子供っぽい表情を見せる時がある。男前という訳ではないが、不思議な愛嬌のある男だった。


「ええと。……ああ。連絡は来とるよ。確か、の……」


 隊長は、少し古い言い回しを使う。《人形》という言葉には、ほんの少しだけ差別的な意味を含むから、そういう言い方をしたのだろう。

 もっとも、それを気にする《人形》は少ない。むしろ彼らは自分たちのことを好んで《人形》と呼ぶ。「我々は、人間さまの模造品にすぎない」という意味をこめて。

 彼ら流の諧謔味なのだろう。


「はいぃ~。アカネですぅ。よろしくおねがいしますねっ!」


 甲高い声が、士官室に響いた。

 少しだけぎょっとする。

 ほんの数分前の、押し殺したような声は鳴りを潜めて、アカネは再度、あの奇妙な猫なで声で喋り始めたからだ。

 今のアカネは、しゃべり方どころか仕草まで、まるで別人のように見える。

 神園隊長は特に気にした風もなく、鷹揚おうように立ち上がった。


「わしは神園隆史二等尉官で、一応、ここの隊長をやっとる。隊員数二十一名、君の仮入隊で二十二人目になるな」


 隊長は古式にのっとった、挙手の敬礼をする。アカネも不慣れな感じで答えた。

 キミタカは、密かに驚いている。


(入隊? 入隊と言ったのか、今?)


 《人形》が、国民保護隊の業務を手伝うことがある。彼らは、ただ一人で小隊以上の働きを見せるためだ。

 だが、仮とは言え彼らが国民保護隊員に入隊する、などというような話は聞いたことがない。

 世界は様々な形で《人形》の力を必要としている。こんなところで泥臭い仕事をするメリットがないのだ。


「ええ。あたしぃ、起きてから半年しかたってないので、こっちのこと、まだわからないことばかりでしてぇ。いろいろ面倒をかけるかもしれませんけど、よろしくお願いしますぅ」


(なんか、この口調)


 変に媚びを売られている気がして、落ち着かない。不自然だ。小馬鹿にされてる。

 これならまだ、さっきのしゃべり方の方がマシだ。キミタカは率直に思った。


「話は聞いとる。ずいぶん長く眠っていたようじゃの。ちなみに、一番新しい記憶はいつ頃になるのかな?」

「ええと……西暦で計算する年の数え方は、残ってるはずですよねぇ?」

「いかにも」

「2028年ですぅ」


 と、いうと。……キミタカは頭の中で計算する。


(だいたい、百年とちょっとか)


 ちょうど”最終戦争”の時期だ。

 《人形》の中には、その頃に造られた生物兵器の生き残りもいるという。

 アカネも、その中の一人ということか。


「ふむ。それだと、世界がひっくり返ったようなもんじゃな」

「そうですねぇ……」


 一瞬、アカネは少し哀しげに表情を歪めた。


「それとぉ。……ひとつだけ、確認しておきたいことがあるんですけどぉ」

「なにかね?」


 アカネはなにやら懐をごそごそやっていたかと思うと、何やら黒いものを取り出した。

 何かと思って”それ”を目にした、次の瞬間。

 ぞく、と、キミタカの全身を寒気が襲った。


「――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」


 まずい、と思った次の瞬間には、“例の病”が発症している。


 現代を生きる全ての人類が苦しめられ、過去を生きた人類が創りあげた文明の崩壊をもたらした、あの”病”が。


「……うっ、うわぁあああッ!」


 キミタカは思い切りのけぞって、壁に背中をしたたか打った。

 同時に、全身が思い切りこわばって、自分の身体じゃないみたいに動かなくなる。


 アカネが取り出したもの。


 それは、鉄のかたまりだった。

 キミタカはそれを、クラシックな漫画で目にしたことがある。

 太古に使われていた兵器の一種で、Lの字型をした黒い塊。

 拳銃だとか、ピストルだとか。

 たしか、そんなふうに呼ばれるモノだったはずだ。

 見ると、神園隊長もその場で固まったまま、動けないでいる。

 腰を抜かしていないのは、部下の手前だからだろう。


「な……に、を」


 隊長がやっとの思いで、それだけ言った。

 キミタカの方は、口から泡を吹かないようにするのがやっとだ。

 アカネだけがその場で平然としている。


「ふうん。なるほど」


 《人形》は、数秒の後、思い出したようにその鉄の塊を引っ込めた。


「本当に、金属を見るとパニック症状を起こしてしまうのね」


 呟くように言う。

 普段柔和な神園二尉の表情が、かつてないほど厳しい色をなした。


「今後一切、こういう真似は止めてくれ」


 すると、アカネは例の調子に戻って、困ったように笑って見せる。


「ごめんなさぁい! まさか、ここまでとは思ってなくてぇ……」


 キミタカは、筋肉の硬直が足下から霧散していくのを感じながら、ぜいぜいと深呼吸をした。上官の前、ということは頭から抜け落ちている。神園二尉は気にした風でもなかったが。


「でも、みなさんのご先祖様は、これと同じものを持っていましたよ?」

「……国民保護隊は、君の生きていた時代の組織とは根幹から異なる」


 そういう話は聞いたことはある。

 かつて、人々の手に鋼鉄の武器が握られていた時代があった。

 ボタン一つで火薬が炸裂し、一瞬にしてたくさんの人が死ぬ時代があった。

 今より暮らしは豊かであったものの、――ある朝目覚めると、あたり一面が焦土になっていたこともあったという。


 だが、今は違う。


 ”病”あるいは”例の病”と呼ばれる謎の神経症によって、人類はその手の強力な兵器を手にすることはできなくなっているのだ。


「……保護隊は、”人形”の要請を断れん決まりになっとる。だが、ここで暮らしていくためには我々も、君の協力を必要とする。……それは、わかってくれるな?」

「はい。ほんとうにほんとうに、……ごめんなさぁい」

「うむ」


 神園二尉は重々しく頷いた後、言った。


「我が第三十二国民保護隊は、君を歓迎するぞ」


 その口元には、再び柔和な笑みが戻っている。

 “仏の神園”と呼ばれるだけあって、その心は大海のように広いようだった。

 隊長はもう一度、アカネの行動を咎め、金属の取り扱いには細心の注意を払う旨を誓わせた後、二人を解放する。


 その後、アカネと名乗った《人形》は、自室の場所を確認すると、無愛想な表情のまま、さっさと行ってしまうのだった。


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