魂の契約

ゴゥンゴゥン……という低く唸るような音と微妙な振動がしばらく続いて、今は静寂が包んでいる、ホテルヘブン610号室。



ミコの部屋。

多元界たげんかいの狭間に囚われてしばらく。

部屋の中は真っ暗。だが、スマホのライトだけが照っている。

そして深い紫がその光を鈍く吸収。



「これドアとか窓の外は?」

「ん? さあ、真っ暗なんじゃね、よくわかんねえけど。とりあえずちょっと寝とく?」

「……つくづく軽いなぁヒコちんはー……。俺は身体重くて寝れないけど。ま、さっきよりはマシかー。

まったくなんなんだよ、これがこのオンナのチカラ!? すげえな、ヤバすぎ(笑)」



ゆっくり、ゆっくり、まるで全身筋肉痛で動くのもままならいような感じでなんとかソファにたどり着くアレックス。



ミコがロザリア人だということを言いたいようだ。

なんとか部屋の中の騒々しいアレコレは収まり安定したようでアレックスを襲っていた重圧もかなり軽くなった。

そして同時にさすがのアレックスも重く痛みも走る身体でミコを抱きしめてるのに飽きたらしい。



「あとどんぐらい?」

「さあ……。まあ重力も温度もだんだん戻ってるしたぶんもうちょっとだよ。ミコの体力がもうないだけかもだけど」



ミコの体力、つまりは生命力は今や風前の灯。

栄養の欠如で空っぽ状態に加え無意識でのチカラの発動。今もガリガリと残った体力を削っていっている。



だが、止める術なし。栄養=魂塊こんかいなし。



打つ手がない。

消え入る前にミコが行こうとしている場所に出ればいいがかなりのギャンブルだ。



「……試すしかないか……」

ヒコの呟きが暗闇に吸い込まれる。



「なにを……ですか?」

顔色の優れないカノン。じょじょに温度は下がってるとはいえ、部屋の中は真夏の真昼間にいるような暑さが続いている。

陽射しはないとはいえ脱水症状になりかねない。



「いや……できればやりたくないんだけどね……魂の直結」

「たましいの…_ちょっけつ?」

「ああ……」



魂の直結。かつて魂の精製から魂塊を作り出す前に主流だった方法だ。



ロザリア人は魂の契約、と呼ぶ。



契約を結んだ相手と1対1で魂を交換するやり方。

チカラが同じぐらいなら相互にやり取りが可能だが、チカラの差が大きいほど、その能力が高い方が一方的に搾取するということが成り立つ。

それを利用して古きロザリア人は他の多元界人からエネルギーを直接搾取していた。

時には収奪、奪略なんて言葉が当てはまる程に。

格好の餌食は人間だった。八華に住まう人間。

今も昔も八華はっかはロザリア人にとってエネルギーを得る場。



「無意識とはいえミコには今ロザリアのチカラがある。その契約も成立はするだろうな」

「無意識……でもですか?」

「ああ、チカラさえあれば」

「契約すれば……お兄様から直接的にエネルギーを得ることになる、と……」

「ああ」

「それはお兄様の命が……」

「俺にエネルギーの余剰さえあればそこは大丈夫だょ、ただ……」

「ただ……?」



「いまミコは無意識だかんね。ありったけの俺の魂を吸い尽くす可能性もないわけじゃーない。

あとめっちゃ疲れるし」

「疲れるどころじゃないでしょう! いけません、お兄様、他の方法を」

「ないよ。他には」

「ならば私がその契約を」

「俺は半分ロザリア人だ。エネルギーの量も普通よりはある。さっきドーナツ食ったし」

「ドーナツぐらいで!」

「30は食ったよ、一気に」

「……」


「まあどっちにしろどちらか一方にでもロザリアの血が入ってないとできないことだからな、ミコが無意識のいまそれができるのは俺だけよ」

そう言って立ち上がるとおどけるように腰を振るヒコ。

カノンは少しばかり涙を堪える。

だいたい明るく振る舞う時はピンチだということを知りすぎているから。



「さて……じゃあ早速口づけだぁ」


と言いながらなぜか腕を回して気合いの入るヒコ。

「あ? 口づけ? だったら俺が……」

と立ち上がろうとしたアレックスの膝は笑う。そのまま座り込んだ。



「お兄様。口づけ……ですか?」

「え? そうだけど?」

「それが契約?」

「うん。いやもちろんただの口づけじゃあないよ。ロザリア人がロザリア語で契約の言葉を唱えながらね」

「ロザリア語……。ですか。お兄様話せましたっけ? どうしてそれを」

一瞬バチンと火花が散るように紫色が弾けた。それを横目にしながら、


「俺の親父が俺達の母ちゃんにしたことだからな」

宿す。悲哀と憎しみと憤り。


様々な感情が混ざり合い、絡み合い、溢れ出す。

部屋の温度が上昇したようにも感じた。

それを痛いほどよくわかるカノンがただ黙って受け止める。


「……ま、今はとりあえずその話は置いとこう。そろそろマジでミコがやばい」



火花がまた弾けた。そしてまた。

至る所で。

まるで夜空を彩る打ち上げ花火のように光を放ち綺麗だ。

綺麗だが、ミコの生命力が完全に不安定で危険な状態を告げている。

ヒコはミコに飛び乗るようにマウントポジション。そのまま顔を近づける。



「お、俺が先にぃ~、ファーストキスぅ」

手を伸ばしてまだ何か言ってるアレックス。


「いや、ファーストキスじゃないかもよ」

悪戯っ子ぽく笑うとさらに顔を近づけ唇を合わせていく。



「ヴェゼル」

とヒコの口からは聞こえた。そう聞こえただけで実際のところはアレックスもカノンもわからない。

それがロザリア語だ。契約という意味。



口づけが交わされる。

ヒコとミコを無数の火花が包む。

深い紫から黄色へとグラデーションしていく渦がその上を回る。

光が溢れ直視できない。



部屋が唸るような音に包まれ一瞬重力を失う。熱風が四方八方から吹き込みぶつかりテーブルを跳ね除けた。 アレックスが転がる。

カノンも身を屈め薄目を開ける。

宇宙の誕生を見ているような感覚。

いや感覚でしかない。

きっとこんな感じだろうという。

でも胸の奥で得体の知れないモノが蠢き暴れ高鳴るのをカノンは感じていた。




「うまく……いった……出るぞ」

「え?」

「狭間を抜ける」

それはドコかにこのまま出る、ということだ。

どこに出ようとしているのか。

カノンはギュッとドレスの裾を握りしめる。

直後部屋は光に包まれた。

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TH eFLATLAND リンねりんりん @nerinrinne

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