第19話

「なかなか、ボス出てこない」


 十階層の……どこだろうか。地図がないから場所がいまいちよくわからない。


「まあ、広い場所だし、どこにいるかもわかんないからな。仕方ない」


 ゲームだったらクソゲー確定だ。

 そこそこ長い間この十階層にいるが、雑魚はあふれるほど出てくるくせに、全然ボスが出てこない。


 その雑魚たちだってレアなはずの混成部隊がほとんどだし……

 別にそれ自体は対して強いわけでもないので問題ないのだが、薬屋が警戒しているのが気になる。


 本当に訳がわからない。


「薬屋」


「なんだ?」


「暇。面白いことして」


「暇って……一応ここはダンジョンなんだぞ?」


 薬屋は少しあきれたような顔をした。

 思った以上にあっけらかんと言ったからなのかもな。


 しかし、ダンジョンだろうがなんだろうが、暇なものは暇なのだ。

 そして人間は暇には勝てない生き物……

 はっ、もしかしてこれもダンジョンの罠!?


 敢えて退屈にさせて相手のメンタルを徐々に削っていく……なかなかな策士だな。ダンジョンマスター。

 いるのか知らないけど。


 神様wiki曰くいないらしい。

 自然発生だとか。自然にこんな罠仕込んでくるとか天性のクズだよなこの世界。


「薬屋のすべらない話、どぞ」


「芸人じゃないんだから、いきなり言える訳ないだろ……?逆にシルヴァはなんかあんのかよ」


「ない奴なんて、いるの?」


「目の前にいるの、忘れてない?もしかして、俺の存在全否定?」


 すべらない話、すべらない話かぁ……

 すべらない話はないが、話したいことなら一つ思いついた。


 俺のなかでこの話を教えると言うのは、ある意味で俺の信用の証だ。


 面白い話ではないが。


「薬屋は大怪我したことある?」


「そりゃあ冒険者だからな。世間一般でいう大怪我なら骨折でも血まみれでも、多少はあるぞ?」


「じゃあ、恐ろしい速さの鉄の塊に弾かれた事はある?」


「どうしたらそんな体験できるんだよ」


「だよね。でも、あるの」


 正確には、あるらしい。だ。

 俺はそのことを――車に弾かれたことを覚えてない。


 それどころか――


「その体験より前の記憶がない」


 いわゆる、記憶喪失。

 俺は、あの日のあの時以降佐野銀九郎とは別の存在である『佐野銀九郎』になったのだ。

 俺は佐野銀九郎だった。

 それと同時に、


「自分は、自分じゃなかった」


「それは……なんというか」


「何も言わなくていい」


 どうせ、大した話ではない。ただ昔の話なだけだ。

 過去に悩んでようが苦しんでいようが、今の俺はどうなっても俺だ。


 普通の友達には言わない話だけど、こいつになら話してもいい気がしただけだ。

 だからこそ、この話は信頼の裏返しだ。


「薬屋には、兄弟っているの」


「……ああ」


「そっか。うちにはいないらしい」


 会ったこともないし、親も俺の事を一人っ子と言っている。

 だから俺は、それを信じることにしている。


 もしかしたら、このほかにも家族がいたのかも、なんて。

 時々考えてしまっている自分がいたりするのだ。


 自分の消えた記憶のなかに知らない家族がもしかしたらいるのではないか、と。


 そんなセンチメンタルだったりダウナーな部分は、人間どの世界に行っても変わらないのだ。


 薬屋は、少し落ち込んだ口調で話しかけてきた。


「……お前も、大変だったんだな」


「このぐらいの話十数年生きてれば、誰でもある」


「そう、なのかな」


「だって薬屋にも、あるでしょ?」


 だって、こいつは妙に俺とウマが合うから。

 俺と似たような感じ方をしているから。


 だからきっと。


「ああ、ある」


「別に言わなくてもいいよ」


 頑張って薬屋がその話をしようとしていることがわかったから、俺は急いで止めた。


 こういう話は無理して聞いたりするものじゃない。

 だって、本人からしたら当然だが話したくないことなのだから。


「ありがとう」


「うん、気持ちはわかるから」


「もう少しだけ、待っててくれ」


 気持ちの問題は、どうすることもできない。

 変えられるのも、変えられないのも、自分次第だ。


 だから俺には、


「近くにいる間なら、待ってる」


 こういうことしかできない。

 風に木の葉がサラサラと揺れ、数枚が地面に落ちていった。


 俺らはその後、特に話すこともなく黙々としばらく進んだ。

 そうしてしばらくしてから、またいつものように馬鹿話を始めた。

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