第12話
「ならば聞かせよう!」
「話聞いてます!?」
が、そんなことは関係ないと言わんばかりにカールは声高々と宣言する。
「私こそ世界最高の頭脳を持つ天才錬金術師、カール・ユングス・マッチョである!」
「……マッチョ?」
「間違えた……」
大切なところで間違えたことにへこんでいるのか、カールは膝を地面について四つん這いになる。
「というか間違えるにしても……何故にマッチョ?」
「ええい、そこを引き摺るでないわ! もう一度よく聞くがいい!」
カールは勢いよく立ち上がり、背中のマントを華麗に靡かせながら掌を少女に向け――
「私こそ世界最高の頭脳を持つ天才錬金術師、カール・ユングスである!」
「カール・ユングス……カール・ユングス……」
言い直したカールを前にトリスは頭の中で彼の名前を反復させる。
もちろん、運命の相手の名前を忘れないようにしようなどという乙女の思考ではなく、騎士団に突きつける為に忘れないよう反復させているだけだ。
「というか、天才だか錬金術師だかなんだか知りませんが、早くこのヘンテコリンな腕を治してください! 一体私に何の恨みが合ってこんなことをしたんですか!」
「栄養剤と間違えてドーピングドリンクを飲ませてしまっただけだ! 特に理由などあるわけないであろうが!」
「理由もなくこんな目に合ったんですか私!? せめて何かしらの理由が欲しかったよ!」
トリスの言う言葉は最もである。
「あぁ……やっぱり不幸の神様に憑りつかれてるんだ。いつもそう、何か悪い事があるとその被害を受けるのは全部私だもん。あの時もあの時も、今日だって悪いのは全部お母様なのになんで私が周りから怒られないといけないの? 酷いわあんまりよ。私は何も悪い事なんてせずにこれまで過ごしてきたって言うのになんで? なんでなの?」
一人で勝手にへこみ始めた少女から、黒い瘴気のようなものが零れだした。そう見えるほど、少女の不幸話は加速する。
これには流石のカールも同情的になったのか、懐から試験管を取り出した。
四本あった内の最後の一本。正真正銘、最初にトリスへ渡そうと思っていた栄養剤である。
「まあ何だ……ほら、これやるから元気出せ」
「あ、ありがとうございます……ん、ゴクゴク……なんか甘くて不思議な味ですけど結構美味しいかも」
「それは私の作った魔法薬でエリクシールと言ってな、どんな体調不良も一発で吹き飛ばす自信作だ。どうだ? 少しは元気になったんじゃないか?」
「へえ、エリクシールですか。通りで……うん、体が軽くなった気がします。あ、腕も元に戻った。凄いなぁ、流石は伝説の魔法薬。こんな速攻で効果があるんですね……こんな……こんな…………?」
ギギギ、と少女は錆びたブリキの人形のように鈍い動きで首を動かす。
「……エリクシール?」
「イエス・エリクシール! 栄養剤として効果の保証はしよう。私も毎朝飲むようになってから風邪一つ引いたことないからな!」
「馬鹿は風邪を引かないだけなんじゃ……ってそうじゃなくて! えっ? 本気で? 冗談じゃなくて本物のエリクシール!? 万病に効くっていうあの伝説の!? 王族ですら簡単に手に入らないっていう、世界最高の万能薬のエリクシール!?」
「もちろん、本物のエリクシールである! 証拠としてちゃんと腕も元に戻っているだろう?」
「あっ!」
瞬間、思い出したかのようにトリスは自身の腕を見る。
醜悪に歪んでいたその太腕は、今ではすっかり人間らしさを取り戻しており、初雪のように染み一つないその素肌は男の脳を蕩けさせてしまいそうだ。
「あぁぁぁぁ……」
お帰りなさいマイ・アーム、と愛おしい誰かを抱くようにぎゅっと両腕で体を抱き締めた。
瞳からはうっすらと涙を浮かべ、見る者が見れば貰い泣きしてしまいそうな感動的な光景、のようにも見える。
実際はそんなに感動的な要素の欠片もない内容だが、大切なのは雰囲気である。
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