第11話

「ふー、ふー、ふぅぅぅー……」


 トリスが怒りを露わにしながら鼻息荒く大股でカールに近づいていく。


 その一歩一歩がカールには地獄までのカウントダウンのように思え、殴られた頬を抑えながら若干体が怯え越しになる。


「な、なぜ殴る! 褒めたではないか! 格好いいと言ったではないか! 自分が望んだ答えが返ってこなかったから殴るなんて蛮族のすること――」

「だまれ」

「はいっ!」


 緑色をした巨大な手に頭をがっちり掴まれたカールは、ピシャリと言葉を止めて背筋を伸ばす。


 今この瞬間に逆らえば、自分の優秀な頭脳はまるで柔らかいトマトのように握り潰されることを悟ったのだ。


「いいですか? 私はまず謝って欲しいんです。次に、この面白可笑しく変態的になってしまった両腕を治して欲しいのです。理解しました? 理解したら瞬きを三回。わからないなら瞬き一万回。一万回目の瞬きと同時に私の手に力が入るかもしれませんが、気にしないでくださいね」


 ニコリと笑う姿とは対照的に一瞬だけ強くなった握力。


 命の危険を感じたカールは咄嗟に瞬きを三回行う。そもそも一万回も瞬きをしていたら太陽が昇ってしまうし、わからないと言わせる気がないのは明白だ。


 だから理解した旨を無言で伝えたのだが、その返答は頭を締め付ける痛みであった。


「瞬きをするより先に謝ることも出来ないんですか?」

「なんて理不尽!?」

「私の方がよっぽど理不尽な目に合ってます!」

「あがっ、あがががががっ!?」


 少女に頭を握りこまれ、目玉が飛び出そうになるほどの激痛が走る。


 トリスの言葉はわからなくもないのだが、段々とエスカレートしていく行動は傍から見ても擁護出来ないレベルまで向かっているのは気のせいではないはずだ。


「ぐ、ぐぐぐ……お、おのれぇぇぇっ、これでも喰らえ!」

「え? ……きゃぁっ!?」


 カールとしてもこれ以上の横暴に付き合いきれないのか、懐から取り出した試験管の中身をトリスにぶちまけた。


 白い粘性の高いその液体は、まるで意志を持っているかのように少女の顔から体に向けてゆっくり絡みつく。同時に急激な力の脱力感。


 トリスは堪らずカールから手を放し、立つこともままならず座り込んでしまう。


 顔や体が白い粘液まみれというあられもないその姿は、もし誰かに見られたらそのまま襲われても可笑しくはないほど卑猥な姿だった。


「何これ力は抜けるし変な匂いだし妙に絡みつくし……うぇぇぇ気持悪いよぉぉぉ……」

「ハーハッハッハ! どうだ私の作った魔法薬の威力は! 力が入らんだろう!」

「臭いよぉー。ネバネバするよぉー。ふぇぇぇぇぇん、なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよぉー!」

「ブホォーホッホッホ! ヒーッヒッヒッヒ! ごほ、ごほっ……何と言う情けなく変態的な姿だ! ヒィヒィヒィ……情けなさ過ぎて思わず同情してしまいそうだっはっは!」」


 意地でも謝罪をする気がないのか、カールは涙を流す少女に謝るどころか反撃し、更にそのあられもない姿を見て大爆笑である。


 腹を抱えて、指を指し、どこまでも相手を馬鹿にする顔で笑い続ける。


 笑いすぎて時折むせるが、それがトリスの苛立ちを増長させていた。


「うぅぅぅぅ……」


 少女は涙目になってカールを睨みつけながら唸るが、先ほどと違って体の力が抜けている為迫力に欠けていた。


 それがわかっているからか、己の絶対的優位を前にカールは嫌味たっぷりの下種らしい笑みを浮かべて一言。


「ブワァーカめ、私に逆らうからこんな目に合うのだ。これに懲りたら大人しくしておくがいいわ!」

「馬鹿にして馬鹿にして馬鹿にしてー! 何なんですか貴方は! 最低です! 最低の男です! 騎士団に突きつけてやるから名前を教えなさい!」

「聞きたいか? 私の名前が聞きたいのか?」


 騎士団に通報するために聞かれた名前だというのに、一歩前に出たカールは心底嬉しそうだ。


 心なしかそわそわして体をくねらせていた。だが可憐な美少女がするならともかく、大の男がすると少し気持ちが悪い。


「あ、やっぱりいいです……」 


 トリスもその気持ち悪さに耐えられなかったのか、瞳を逸らして前言撤回した。

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