第12話 春のある日



「ちょっとあんた、最近トモコ、神さんの所にほったらかしやないの。ええ加減迎えに行かんと、じきに金払えって言われても知らんで」


「あ、ああ……そう言やそうやな……最近なんか物忘れが……激しぃなってる気がするわ……あいつの事もよぉ忘れるんやなぁ……おい、いつぐらいから預けっぱなしにしてたっけ」


「んな事、私に聞かれても知らんよ」


「それもそうか……俺らも色々と忙しいからなぁ……トモコ……トモコ……そうや、トモコなぁ……

 ほんだらちょっと、迎えに行ってくるわ」






「この辺やったと思ったんやけどな……なんでや、家が……あらへんがな……神さんの家、神さんの家……と、あったあった。


 ……なんやこれ、幽霊屋敷みたいになっとるやないか。こない汚かったか、ここ……玄関に板まで打ちつけたぁるやないか……


 あのぉすんません。ちょっと聞きたいんですけど、この辺に神さんって人の家、なかったでしたっけ」


「神さん? いやぁ、知りませんなあ」


「そうですか……いや、確か……この家やったとおもたんですけど……どうも雰囲気が違うことになってるんですわ」


「この家? この家の人はもう10年以上前に亡くなりはって、それ以来誰も住んでませんよ」


「はぁ……そうですか…………あれ、なんや……俺、なんでこんな所に来たんやったっけ……なんか……なんかこの辺に忘れもんしたような……

 そうですか、誰も住んでませんのか……立派な家やのにねえ……」






「……おい、俺、今何しに出かけたんやったっけ」


「知らんよ、そんなん」


「そうか……なんか忘れてる様なんやけどな……なんかここに……引っかかってる感じなんや……気持ち悪いなぁ……

 まあええか。おい、パチンコ行こかパチンコ。今日はなんかな、勝ちまくるような気がするんや」


「あんた、いっつもそんなんうて負けてるやないの」


「今日は大丈夫やて。そんな気がするんや」





「ああ、隣の奥さん、こんにちは」


「こんにちは。あら、お二人でお出かけですか……そう言えば、最近トモコちゃんの顔あんまり見ないけど、具合でも悪いんですか?」


「……トモコ?誰ですかいな、それ」


「何うてはりますの、おたくのお子さんやないですか」


「おたくこそ変なこと言いはるなぁ。うちには子供なんていてませんがな。うちら子供嫌いやし、子供作らんって条件で結婚しましたんやから」


「……トモコちゃんですよ……冗談……ですよね……」


「おたくこそ冗談きついですって。大体うちらに子供なんておっても、食わしていけませんがな」





「ほんま、変なこと言われたな」


 そう言いながら車に乗ろうとした二人の目に、赤いふうせんを持った女の子と、手をつないで歩いている父親の姿が見えた。


「俺らもすぐ子供作ってたら、あれぐらいの年になっとったんかな」


「何うてるんよ、安月給のくせに」


「んなことうなよ」


 その時、女の子の手からふうせんが離れた。


「あっ」


「よっと」


 すっと、女の子の父親がふうせんの紐をつかみ、そして女の子に渡した。


「駄目だよエリカちゃん。ふうせんはね、しっかり持っていないとすぐに飛んでいってしまうんだからね」


「うん、ありがとうお父ちゃん」




「ふうせん……飛んでいく……」


「ちょっとあんた、どないしたん」


「いや……なんか……忘れてるんや……ふうせん……赤いふうせんが……飛んでいく……あかん、分からん……」


「変な人やねえ」





 父親の手を握る女の子のもう片方の手には、赤いふうせんがしっかりと握られていた。



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ふうせん 栗須帳(くりす・とばり) @kurisutobari

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