第3話 バレンタインなんて、もーうっ。(その②)


 それで、ちょっと険悪なムードのまま連絡を取り合わない日が続いて、バレンタインデーを過ぎても彼氏さんからは音沙汰なし。みるちゃんが痺れを切らしてLINEで探りを入れると、何と彼氏さん、


『今さらチョコなんていらねーよ。アホみたいに届いたんだし。場合によっちゃゴミ箱行きだ』


 って返信してきたんだって! 信じられない! 何言ってんのよそのイケメン野郎!


 みるちゃんは怒りと哀しさですっかり落ち込んだ。そりゃそうよ、あたりまえよね。彼氏さん、いくら毎年たくさんチョコレートをもらってるからって、さすがにそれはひどいと思う。そんな、義理チョコだか本命チョコだか知らないけど、『アホみたいに』って形容するような烏合の衆からのチョコレートなんかより、彼女からのチョコレートは比較にならない特別なもののはず。私だったら、ソッコー大阪まで乗り込んで行って「どういうつもり⁈」って問い詰めるけど、みるちゃんは仕事が忙しいのもあってそれはしなかった。その分、余計に卑屈になっちゃって。

 自分はどうせ、たまに会うにはいいってだけの、都合のいいオンナなんだって、そんなわけないこと言い出す始末で、私、ちょっと呆れちゃった。だけど同時に、遠距離恋愛って難しいなとも思ったわ。いくらスマホの存在があたりまえの生活になってるって言っても、喧嘩やすれ違いが起きたとき、その日のうちか翌日には直接会ってお互いの“空気感”を確かめられるのとそうでないのとでは、関係を続けていく上で差が出るような気がするから。もちろん、個人差があるだろうけど。


 そうこうしてるうちに、幸か不幸かホントに仕事が忙しくなって、みるちゃんはしばらくはチョコレートのことを考えないようにしてた。部屋探しの方は、部下の刑事さんに内見に付き合ってもらったりして続けてたけど、どうも一人では決めかねていたみたい。で、そもそも実家暮らしに不満があっての独立ではなかったから、彼氏さんとの仲がぎくしゃくするくらいなら、焦らずにゆっくり探せばいいかなって、みるちゃんは思い始めたのね。


 そしたら、彼氏さんが突然、横浜に来たの。バレンタインデーから十日ほど経ったときだって。


 ちょうどその前日、みるちゃんがずーっと追いかけて来た通り魔事件の容疑者が捕まって、とりあえず一段落したかな、というタイミングだったらしい。もちろん彼氏さんはそんなこと知らなかったそうだけど。夜勤明けで新幹線に乗って、新横浜のホテルにチェックインした直後にみるちゃんに連絡してきたんだって。

 みるちゃんは、事件解決の安堵感に加えて驚きと嬉しさで、「プチパニックだった」って言ってた。それでも冷静に「あら、そう」なんてそっけなく言って平静を装って、仕事を終えたあとにホテルに会いに行ったそうなの。

 そういえば、付き合い始めてすぐの頃にも、彼氏さんが予告もなく横浜に来たときがあったの。ただしそれは仕事で、みるちゃんの職場に来たんだけど、みるちゃんは本当に知らされてなかったそうだから、驚きのあまり失神して倒れちゃったんだって。彼氏さんとはプライベートで仕事の話はしない約束だったそうだけど、それにしてもいきなり現れるなんて反則よね。彼氏さん、イタズラ好きなのかな。

 そうそう、私が彼氏さんに会ったのがそのときよ。


 で、ここからはみるちゃんが私に話してくれた内容を、一字一句忠実に再現するわね。え? どうしてそんなことができるんだって? ふふ。実は私、勉強の成績はごく普通だけど、人から聞いた話を記憶するのが得意なの。それとまぁ、語り手という設定上の“時限的特殊能力”ということにしておいてもらおうかな。


 それでは、次のエピソード。


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