第13章ㅤ黒ドラゴンとの戦い

 学園に通じる石橋。下は崖となっている。

 黒いドラゴンが石橋に静かに舞い降りた。まるで待ち受けていたかのようなサラビエルがそこにおり、ドラゴンのことを見据えている。


「やっと来たか。クラウスの仇」

「我を大勢の者が襲ってきた。またかと思ったよ。やっぱり元凶をなくさねば同じことは続くのかと」

「それはこっちのセリフだ」


 サラビエルが手をかざすとドラゴンの首回りに黒い鎖が出現する。

 くるくると回り、幅が小さくなって次第にドラゴンの首を絞めていくものだ。

 ユキを苦しめたそれをドラゴンは迷いもなく噛み砕いた。


「二度も同じことが通用するとでも?」


 次は自分の番だと言うように拳をくらわせてくるドラゴンにサラビエルは剣で防ぎながら退行する。

 本気ではない、軽く様子を見るかのような攻撃。


「人は脆くて残酷で哀れだ」

「だから何だというんだ?」


 一戦が停止する。

 サラビエルの問い返しにドラゴンは沈黙した。


「そんな私たちを、脆い人間をこうやって殺そうとするお前たちは残酷以外の何物でもないだろう?」

「そうだな。確かにそうだ。だがお前たちもそうだろう? 我はお前たちのしていることを真似しようとしているだけのこと」


 口を開き何かを溜め込む。

 吐き出したものは炎の塊となってサラビエルめがけて飛んだ。

 そんな炎の塊をサラビエルは魔法でシールドを張り遮る。シールドによってほんの少し方向を変えた炎の塊は石橋の欄干の一部を壊した。そこから足を踏み外せば終わりだ。

 炎の塊に意識が向いていたサラビエルはシールドをといた瞬間にドラゴンの攻撃をくらい横に飛ぶ。

 石橋の欄干に強打したサラビエルは起き上がることをしなかった。

 打ち所が悪く意識不明となったのであろうサラビエルにドラゴンは近づく。


「人とは本当に脆い。脆くて残酷だ。お前はあいつのために勇気をはり命を捨てたのだな」


 その言葉から分かる通りドラゴンはサラビエルを殺す気なのだ。本気で人を潰しにかかっている。

 サラビエルを手にかけようとしたときドラゴンは動きを止めた。聞こえてくる足音に振り返る。




「サラビエル講師!?」


 驚いている人間の存在に一番驚いているのがドラゴンなのだが、ドラゴンの先に倒れているサラビエルをリキは目を見開いて見ている。

 後ろから続いてやってくる者たちが声をあげる。


「急に走るんじゃねえって言ってるだろ」

「俺も静かにしようって言ったんだけど、ロキ。ほら見つかっちゃった」


 様子見にちらっとドラゴンを見て目が合ってしまったユークは溜め息をついて走りを止める。


「俺のせいじゃねえだろ。リキが急に走り出して声出すから……って、サラビエル講師?」

「これはそういう状況かな」


 二人ともサラビエル講師の姿を目にとめて、目の前にいるドラゴンが敵なのだと確信する。


「お前たちは何者だ?」

「俺たちのほうこそそれを聞きたいんだけど、君は俺たちの敵? ……だよね」

「お前たちがそう思うのならそうのだろう。この女はお前たちの仲間か?」

「そうといえばそうだけど。俺たちの大切な仲間を裏切った人でもあるんだよね」

「裏切り者か」


 ドラゴンと冷静に会話するユークの傍で、ロキはドラゴンに対して敵対心丸出しで今にも剣を抜いてしまいそうである。が、リキの声がそれを止める。


「あなたは何をしようとしているのですか?」

「何を、か。我はここを潰そうとやってきた」


*

「なぜそんなことをしようとするのですか?」

「なぜ? お前は不思議なことを聞くやつだな」


 はたとドラゴンは不思議そうにし、まじまじとリキを見る。その瞳は強い、けど弱い。説得を試みているが異なる相手にそれが通じるか不安なのだろうとドラゴンは推測する。


「我を襲ってきたからだ。以前と同じようにあいつらは我をここへ連れてこようとしたのだろう」


 それを聞いてリキの瞳が陰る。やっぱり何もできなかった、と。

 初めは、ドラゴンへ危害を与えないようにと書かれたものを討伐機関に手渡したものだと思っていた。けれどそれは違った。

 サラビエル講師を疑いもなく信じていたリキだが、本人に真実を聞かされドラゴンの討伐依頼の封書を討伐機関に全て渡してしまったのだと思い知った。

 必死にあれは手違いなのだと討伐機関に言い回ったが相手にされなくそれが原因で、ドラゴンが学園を潰しにやってきてしまった。


 討伐機関への依頼の封書の本当の内容は今目の前にいる黒いドラゴンを学園へ連れてくることだったようだが、リキに疑問がうまれる。

 なぜ特定のドラゴンを学園へ連れてこようとするのか。以前と同じように、ということはターゲットを彼に定めている確率が高いのかもしれない。


「以前もということは前にも連れてこられたということですよね? どうしてそのとき連れてこられたのかわりますか?」

「なぜだろうな。我から子を奪おうとしたのかもしれないな。けれど今回は復讐のため、だったらしい」

「復讐ーーか。君もそのためにやってきたんだよね? 俺たちは平和を望んでいる。お互いそんなものなくして穏やかに共存しようよ」


 子と復讐という単語に黙ってしまったリキの代わりに、ユークは恐れたそぶりもせず何を考えているのかわからない明るい表情をドラゴンに見せた。


「無理だ。今さらそんなこと。平和を捨てたのはお前ら人自身だ。それを我が拾ってわざわざ返してやるとでも? そんなことする義理はない」


 ユークはリキの思いを無下にはしたくなかった。だからリキの思っているであろうことをドラゴンに提案した。だが結果はだめだった。予想通りだ。

 リキは現実を見ないと諦めない。だから真実を見せた。希望を打ち砕いたようだが仕方ないことだ。


「やっぱりだめか。まあ俺もあんたの立場だったらおんなじこと思うと思うよ。それも自分に力があればやりたい放題だろうね。気にくわないもの全て排除ーー。でも俺はそんなことさせないから」


 ユークの低い声が引き金となり、その引き金をドラゴンが開始の合図として引いた。




「はじめようか。平和を望む同士の戦いを」


 平和を望む者同士がなぜ争いをするのかリキには理解ならなかった。

 戦いをすれば平和ではなくなる、戦いをしなければ平和でいられる。

 それは単純な考えなのだとわかっていながらもそれが一番の平和的解決なのではないか。と、それしか思いつかなかった。


 ドラゴンが学園の方へ飛んでいくのを見てリキたちは学園へやってきた。

 まさか学園を襲おうとしているとは予想していなかったが襲おうとしているらしい。サラビエル講師はすでに気絶している。ドラゴンがとどめを刺す寸前だった。

 相手が敵意丸出しならこちらも立ち向かう他ない。けれどーー。


「……っ。おいリキ、召喚獣くらいだせよ」


 考え込んでいたリキははっとする。ロキはドラゴンの攻撃を剣で受け止めたらしい。


*

 打撃に顰めた顔で要望するロキに応えようと素早く兎姿のラピと鳥姿のウインドバードを召喚した。


 ロキはいつも口は悪いが今回ばかりは仕方のないことだ。ドラゴンが攻撃をしてくるというこんなときにぼーっとしている人間がいれば命が惜しくないのかと問いたくなる。

 ロキはともかく、剣を構えているユークを見ればもう解決方法はこれしかないのだと思い知らされた。


「お前は下がってろ」

「リキが離れすぎると私も消えちゃうぴょん」

「そういえばそうか、めんどくせ。だったらこいつが消えない範囲で下がってろ」


 思いもしなかった気遣いにリキはロキの背中を見る。肩に乗せているラピが警告をしたがそれでも下がってろと言う。


 ドラゴンの攻撃を防ぎドラゴンへ攻撃する。そんな二人にリキができることなんて防御魔法を発動することくらいしかない。

 自分はなんて無力なんだとリキは思う。防御魔法のおかげでドラゴンの火玉などの攻撃を軽減できてはいるが、それはリキ自身が守っているわけではないのだ。


 召喚獣がついてくれれば攻撃魔法を使えることもできるが、その召喚獣が他の者についているときには使えない。つまりラピがロキに付加属性としてついていればリキは炎魔法を使えないのである。

 バードも同じで、バードがユークに付加属性としてついていれば使えるはずの風魔法が使えない。ユークがある程度の範囲にいてくれなければバードはでてきてくれない。だから風魔法を使えるときは炎魔法を使うときより限られている。


 ラピはロキの召喚獣であるまえにリキの召喚獣。リキだけでいつでも呼びだせるラピの炎魔法はバードの風魔法と違って自由に使える。が、ラピがロキについしまっていてはリキには何もできないのだ。


 便利そうで不便な面もある。単純そうで力の発揮の仕方は複雑。それがリキの召喚獣。


「は。なんかやばそうなんだけど」

「やばそうじゃなくてやばいんじゃない?」


 上空を見て二人は余裕のない声を出す。

 空中に舞い上がったドラゴンは口を大きくあけそこに大きなエネルギーを生み出していた。

 今まで小さな火玉をはいていたりしていたがそれとは比べほどにならない。

 ドラゴンは自分たちを本気で排除しようとしているのだとリキはやっと確信した。


 彼らを、協力してくれている二人を傷つかせるわけにはいかない。

 衝動的にユークとロキの前まで走ってドラゴンの前に立ちはだかれば、真剣味を帯びた声を背中を向けたままリキは二人にむける。


「私の背中にいて。どの範囲守れるのかわからない」


 未だに溜め続けられている大きくなっていく火玉。

 その火玉で橋を壊すことなど容易いこと。橋を壊されれば学園と外を繋ぐ唯一の道がなくなってしまう。それだけではない、ここにいる全員に危害が加わることは確か。それは絶対にあってはならない。

 自分だけならまだいい。自分だけ傷つくなら。


「何言ってんだよ。あんなの受け止めようとしてんのか?」

「受け止めるしか助からない。そうリキは悟ったんだろう」

「つか受け止められるのかよ。いくら防御魔法が使えるからといって……」

「だから背中に隠れてろって意味なんじゃない?」

「俺たちをかばうって言うのか? 自分を犠牲にして」

「違う。ちゃんとシールドで守るから、お願いだから私の背中にいて」


 もうそろそろ火玉がはかれそうだ。


*

 ロキは酷く心配した顔でリキの背中に言われた通り移動する。ユークもそれ以上は何も言わずにリキの背中についた。


 大丈夫、大丈夫。リキは自分にそう言い聞かせる。

 召喚獣を戻して全ての魔力をシールドに注ぐ。できるのであれば橋の破壊も防ぎたい。できるだけ広範囲に、一点は強壁に。

 ドラゴンが火玉をはく。

 禍々しくメラメラと燃えている炎。直径一メートルはありそうだ。

 そんな火玉がリキのシールドにぶち当たる。


 大丈夫、大丈夫。もうそんなことは考えられていられなかった。

 目の前の火玉をどうすればいいのか。威圧を感じながらリキは冷や汗をかく。

 受け止めたはいいが火玉をどうするか考えていなかった。このままではシールドでずっと受け止めたままになってしまう。それではリキのシールドがもたない。




「ご主人さま!」

「ラピ……?」

「勝手に出てきて申し訳ないぴょん。だけどリキが困っているようだったから。私に考えがあるぴょん」


 兎姿の召喚獣ラピはいつでも自分の意思で出現することができる。

 ラピはリキの肩で名案を耳打ちする。

 この状態を打破するにはその名案しかリキはないと思った。

 強力な火玉を受け止めているせいで魔力も減ってきている。これ以上減ってからでは遅い。かけるしかない。


 リキは攻撃魔法|炎の渦(ファイアスワール)を発動した。

 火玉はそれによって爆発する。

 大きな炎の光と大きな爆発音。熱い蒸気のような突風にユークとロキは腕で顔を隠した。

 風が収まり様子を伺うと火玉はなくなっていた。

 今にもシールドを破ろうとめらめらと燃えていた火玉は消滅したのだ。リキの炎魔法によって。


 視界からなくなったのは火玉だけではなかった。視野が開けて、なくなってはいけないものまでなくなっていることに気づいてロキは視線を下げた。

 同時にロキの隣に立っていたユークがそこへ駆ける。

 しゃがみこんだユークを見てまさかとロキは思う。

 いきなり駆けたユークによって視界が遮られたがまさか、そこにいるのは……。


「守ることしかできない女なのだな。お前らは傷つけることしかできない奴らなのだな」

「あんただってそうだろ。傷つけることしかできない。俺たちは誰かを守るために傷つける。おまえと一緒にしないでくれる」

「我はそういう意味で言ったわけじゃない。その女は我を攻撃せず、身を守るために守る行為をとった」


 地へ降りたドラゴンと地にしゃがみ込んでいるユークの会話でロキは何が起こったのか理解した。理解して怒りが湧いた。

 珍しく慌てた様子で駆けしゃがんだユークの背中。そこにいるのはリキなのだろうと心配気にロキは見つめる。


「お前たちは身を守るために傷つけるという行為しかとれないだろう」


 状況を理解して冷静になったのかドラゴンの最後の言葉が異様にロキの耳に響く。


「それがいけないって言うのか?」


 言いながらロキは視線を上げドラゴンに射抜くような赤い目を向ける。


「いけないかどうかは我の口からは言えない。ただその女が可哀想だと思っただけだ」

「可哀想? そう思うならなぜこんなことをした」

「お前らを守るためにまさか犠牲になるとは思わなかった。まあ、我にはむかうならこうなることに変わりはなかったが」



*

 ロキの次にドラゴンの言葉に突っかかったユークの声が苛立っているのがわかる。先ほどもドラゴンを呼ぶときの言葉遣いがいつもより悪かった。いつもなら言葉を選んでから発言されたようなものが多かったのに、今では感情とともに言葉が出ているようだ。

 それはロキも同じ。


「偉そうにしやがって。力があるのがそんなに偉いのか?」

「ロキ、今はそういう話をしているんじゃない」

「そういう話をしているんだろ? 俺がこいつをぶっ倒す力があればこんなことにはならなかったんだろ?」

「それはわからない」

「何がわからないんだよ。そういうことだろ」

「落ち着けロキ」

「落ち着いてるよ。落ち着いてないのはお前のほうだろ」


 視線を一度も交わさずに繰り広げられる会話。

 こちらを見ようともしないユークの背中をロキは力強い瞳で見て返答を待つ。


「仲間割れとかまじ勘弁なんだけど」


 溜息をつくように呆れた様子でユークは瞼を閉じる。その声には少し棘がある。


「仲間割れしてるつもりはねーよ。お前が落ち着いているふりしてイライラしているのがいけねえんだろ」

「ロキがイライラを全面に出しているのがそもそもの原因なんだと俺は思うけど?」


 まだ言ってくるロキにユークは振り返り正論を言うと、ロキは顔をしかめる。


「口喧嘩の原因はいつも俺ってわけか? クールぶってるやつが、だからムカつくんだよ」

「なに? クールぶってるって。いつ俺がクールぶったよ。俺はいつも自然体でやってるつもりだよ」

「いつもクールぶってるだろ。ああ自然体でいつもクールぶってるのか」

「自然体でいつもクールぶってるかどうかは置いておいて、本当にいまこんなくだらないこと話している場合じゃなかったよねそういえば」


 ヒートアップする口喧嘩。口答えするロキにユークも止められなかった。というより自身ものみこまれていた。

 ドラゴンに対する怒りがこんなふうにさせてしまうのか。


「そういえばってなんだよ。そういえばじゃなくて承知の上だよ俺は」

「承知の上とかそんな言葉普通に使えるようになったんだロキ」

「馬鹿にしてんじゃねえぞ。俺の何を知ってる」

「……いい加減、静かにしてくれ」

「それはこっちのセリフだ」


 馬鹿、馬鹿、馬鹿。リキがこんなことになっているのにこんなバカみたいな言い合いしてる場合か。

 ユークはリキを抱えながらに思う。

 自分も馬鹿だがもっともバカなのは状況を収めようとしている自分の気も知らず、己の気持ちを吐き出そうとしているやつ。ロキだと。

 ユークには冷静さが欠けていた。ドラゴンへの怒り、リキの心配。その二つでいっぱいいっぱいだった。ロキの怒りなど受けとめてなどいられない。

 ーーお願いだから誰か止めてくれ。

 余裕がなくなったユークが切実に願ったとき。


「馬鹿野郎どもが」


 背後から声がした。

 それはユークの見知ったものではなかった。

 ロキとユーク二人して振り返ったがどちらかといえばロキと面識がある人物。白髪のパープルの瞳をしたロキと同い年のルーファース。

 ルーファースの発言にイラっとしたロキだがユークも同様、彼の存在を異様に感じた。


「馬鹿すぎて何も言えないな。敵を前にして芸でも披露しているつもりか?」


 ルーファースの後ろからファウンズも現れ、軽くロキと会話を交わす。


「ずいぶん会わないうちに口が悪くなったなファウンズ」

「お前にそう言われるとは驚きだ」



*

 ファウンズは、ロキの後ろ……ドラゴンに一番近い所でしゃがみ込んでいるユークに視線をやりいつもと様子が違うことに気づく。


「ファウンズ、リキが……」


 縋るような瞳に弱々しい声。ユークが体を横にずらすと意識を失っているであろうリキの姿が目に映る。くったりとしたリキのことをユークはずっと抱えていたのだ。


「死んでんじゃねえの」

「おまっ、何言いやがる」

「その女そっちのけで口喧嘩してたやつがいまさら心配してたとか言うつもりかよ」


 空気の読まないルーファースの発言にロキは噛みつくが、言ってのけて鼻で笑ったルーファースにそれ以上ロキは何も言えなかった。

 図星だったから。

 心配していたのは本当のことだ。けれどリキが気絶してその原因であるドラゴンと自分の弱さに苛々して、大事なことを忘れユークに当たってしまっていた。


「息がある」

「早く安静な場所へ連れて行かないと」


 リキに近寄り息があることを確かめたファウンズをユークは見上げる。その言葉を解釈したルーファースは他人事のように言う。


「ドラゴンをなんとかしろってことか。その女の召喚獣も使えないのにな」


 自分たちをドラゴンが見逃すとは思えない。気絶した女がいてもだ。抹消しようとでもしているのだろう。そうであれば倒すしかないのだが、魔法なしでそれができるかと言われれば簡単には頷けない。

 なにせ相手は空飛ぶドラゴンだ。


「ルーファース。手助けしろ」

「なんで俺が」

「言うことを聞け」

「俺は何でも言うことを聞く犬じゃねえ」

「お前は、ロキに似ている」

「そいつと一緒にするな」


 ファウンズに見据えられて睨みをきかすが、ルーファースは呆れたように溜め息をする。


「あーわかったよ。貸しだからな」


 もともとこうなることはわかっていた。ドラゴンの前に来て何もしないなんてことできるわけがない。


 ファウンズとルーファースの会話に何を思ったか、リキを抱き上げ皆を通り過ぎ後方にいったユークはまた先ほどと同じくしゃがみ込む。


「ごめん、リキ。少しだけここにいて。俺たちの勝敗祈ってて」


 そしてリキを地面におろそうとした。


「ユーク、あんたはリキのそばにいろ」

「はあ? そんな余裕ねえだろ」

「動かないやつが近くにいられたら集中できない」

「それは言えてる。ユーク、ちゃんと守れよ」


 ファウンズの指図にユークが何かを言うより先にルーファースが否定的な態度をとるが、最終的にはファウンズとロキに言いくるめられる。

 ユークはドラゴンを退治するなら一人でも多くなければならないと思いリキを比較的安全な所へおろし、自分も戦いに加わろうとした。だがそれを止めたファウンズは賛成ではないらしい。ロキも同様。


 そんな彼らを頼もしく思いながら笑みをこぼしたユークは「わかった」と頷いた。




 攻撃を仕掛けたファウンズ、ルーファース、ロキとドラゴンの戦闘が始まる。やはりリキの召喚獣がいないのは戦力としてないのは大きかった。

 何も倒そうっていうわけではない。

 ここからドラゴンが去ってくくればリキを学園に運べて安静な所で寝かせることができる。


「うおっ」

「なにをしている」


 ドラゴンがサラビエルとの戦闘のときに破損させた石橋の手すり。

 そこにちょうど吹き飛ばされたロキは足を外し崖に落ちそうになったが、それをファウンズが止める。

 腕を掴み引き上げると珍しくもロキは「助かった」と素直に礼を言った。


*

 そのとき、もう一匹のドラゴンが現れた。皆の視線がそちらに向く。

 そのドラゴンはフェリスだった。


「ごめん、みんなお待たせ!」


 フェリスの背中から姿を現したシルビアが大声を出す。


「これはどういう状況?」


 黒ドラゴンとファウンズたちとの間に着地したフェリスの背中から降りたシルビアは、ここにいる人物を見渡し不思議そうに問う。


「ドラゴンが学園を滅ぼしに来て、俺たちがそれを止めてる」


 聞かされていなかったファウンズがそうなのか?といった感じでロキを見つめ「そんなの聞いてねーよ」とルーファースが言うので、シルビアは今の状況がますますわからなくなった。

 重要なことはドラゴンが学園を滅ぼしに来たというところ。


「つまりは、あやつを追い払うといったところだろう。前に見たドラゴンだな。ルーファース、もう協力したりしないのか?」


 黒ドラゴンを見据えていたフェリスがルーファースに視線向ける。


「裏切ったやつを手助けするかよ」


 目を合わせずに当然のごとく言うルーファスは前に黒ドラゴンと共謀したことがあった。

 ドラゴンと平和の条約を結ぼうとしているリキたちを邪魔をしにやって来たのだ。返り討ちにされルーファースを捕まり、とあるドラゴンへの謝罪を強要されていたところだがそれどころではなくなった。


 最初こそ黒ドラゴンを知らんふりしていたルーファースだが、裏切り行為を思い出して瞳に怒りが宿る。

 あの時見捨てられなかったら自分はこんなことにならなくてすんだと。


 それでも黒ドラゴンが一心に見つめるその先にいるのは、同じドラゴンであるフェリス。違うところは体の色と、フェリスには名前があるところだろう。


「我は同胞を傷つけたりはしない」

「そうか。なら仕方ない。私が率先していくしかないな」

「なぜ人の味方をする?」

「特定の人間を愛しているからだ。それをお前は傷つけ壊そうとした。平和を望んでいるというのならこのやり方は間違っている」


 フェリスの言っているのはあの娘かと、黒ドラゴンはユークの抱えているリキを遠目に見る。


「リキちゃんは?」


 周りを見回しリキの存在がないことに気づいたシルビアは一人だけ離れているユークに違和感を持つ。駆け寄るとユークの手の中で眠っているようなリキが瞳に映った。


「どうしてこんな……大丈夫なの?」


 そのことについて全員無言。


「早くそいつ休めるために追っ払うんだろ」


 ルーファースの言葉にリキは気絶しているだけなのだと知りシルビアは安心する。


 本当にフェリスは黒ドラゴンに攻撃をしかけるつもりなのか、ファウンズたちは見定めるように様子を見守る。

 フェリスは一点にドラゴンのことだけを見ておりその場は沈黙に包まれていた。

 一匹の赤いドラゴンが飛んで来るまでは。


「置いて行くなんてひどいことをするね」

「悪い。後ろを見ていなかった」

「見ていなかったって、ついて来いっていたのは君なのに」

「ついて来いと言ったが待つとは言っていない」


 突然始められたフェリスと赤ドラゴンの会話に誰もついていけない。


「……誰だ?」


 ロキさえもぽかんとした顔だ。


「こいつがそいつの謝るべき相手だ」

「そいつの謝るべき相手か」

「え? 俺?」

「違う」


 フェリスとファウンズに同時にロキは否定された。

 こいつ、そいつ……ファウンズは理解しているようだが、ロキにとってはなんのこっちゃという話だ。


*

 ドラゴンに誰が謝るというのか。


「そいつがあの時のやつか」


 ルーファースまでもが理解しているように言う。


「お前は本当にあのときのやつなのか?」

「そう。君もそうなの?」


 赤ドラゴンはフェリスから話を聞かされていた。小さい頃お前を裏切ったやつが謝りたいそうだ、と。だから誰なのかふとその姿が浮かび上がった。小さい頃の記憶にしてははっきりと。

 白髪の紫色の瞳をした、子供にしては少しおとなしめだった男の子。

 今よりも身長はだいぶ低かった。

 自分も同じように成長しているのだろうかと赤ドラゴンは思う。


「……」

 

 ルーファースは黙ってしまった。気まずそうに視線を下に向けて。謝るんじゃないのかとファウンズが急き立てる。

 それに苛ついたようルーファースは顔を上げた。もしくは自分に苛々しているのか。


「あの時……!」


 歯切れ悪くも観念したようにルーファースは話し出す。




 大人にドラゴンの居場所を聞かれ、小さかったルーファースは小さい赤ドラゴンに親の所在を聞いた。赤ドラゴンのことは大切であったし村で唯一の友人であったから裏切るつもりはなかった。

 大人が、大きなドラゴンが必要なんだと言っていたので何か手助けでもしてもらうのかと思っていたのだ。

 それでも裏切ることに繋がってしまった。


 赤ドラゴンの親ドラゴンが連れて行かれてしまった。それを知ったのは月が空を照らしているときだった。

 自分の居場所に帰ったはずの赤ドラゴンがルーファースの小屋に戻ってきたのだ。ルーファースがなぜ戻ってきたのかと聞くと、ボクの親が連れて行かれちゃった、と悲しげに言った。


 『なんで……』


 ルーファースにも理解ならなかった。

 なぜ赤ドラゴンの親が連れて行かれてしまったのか。

 ーー誰に。

 そこまで考えて、自分が原因なのではないかと思い当たる節を思い出す。

 自分が大人に赤ドラゴンの親ドラゴンの居場所を教えた。なぜって、何も考えていなかった。


『なんで連れていかれたんだろう』

『俺の、せいだ。俺がお前の親ドラゴンの居場所、教えた。だから』

『どうして? どうしてボクのとうさん連れていかれちゃったの?』

『わからない』

『一緒に探しに行こう?』

『できない』

『どうして?』


 ルーファースは思い出した。

 ドラゴンを学園に連れていき研究することができれば……と大人がこぼしていたことを。

 なんでこんなときに思い出すんだ。思い出さなければ被害者でいられた。

 己の軽率な行動にルーファースは後悔した。


『学園に連れて行かれたんだ。もう、戻ってこれないかもしれない……』

『どういうこと?』


 赤ドラゴンの純粋に問う瞳が自分を責めているようにルーファースは感じた。


『……お前の父親は戻ってこねえって言ってんだ』

『だからなんで』

『さっきからなんでとかどうしてとかうるせえんだよ。もう戻ってこないって言ったら戻ってこねえんだよ』

『なんでそういうこと言うの? きみはボクのとうさんを助けてくれないの?』

『もう助からねえんだよ。ーーもう、死んだんだよ』


 逆ギレしてしまった。思わず嘘も飛び出した。

 ルーファースはもう後戻りできなくなった。赤ドラゴンを傷つけるという行為からどう抜け出せばいいのか小さい頃のルーファースにはわからなかった。


『……それって、あの人たちがボクのとうさんを殺したってこと? そんなことをする理由は……』


*

『人間にとってドラゴンは異質なんだ。だから俺たちは敵同士なんだ』

『そうだとしたらきみは、ボクから親をとるためにボクと仲良くした、ってそう言いたいの? ボクを騙したの?』

『ああ』

『きみも、そうなんだね。ボクの母親は人間に騙されて殺されたってとうさんが言ってた。だからきみのことも信じるなって。だけどボクはきみのことを信じてた、きみのことが好きだった。それでもきみは違ったんだ。……もう、さよならだ』


 どこかへ行こうと背中を向ける小さな赤ドラゴンにルーファースは焦った。


『……どこ行くんだ?』

『きみには教えない。裏切られるから』


 指摘されたルーファースの心がずきっと傷む。

 親ドラゴンのことを言っているのだろう。自分が居場所を教えたせいで連れ去られた。


 狙われたばかりの親ドラゴン。いつ赤ドラゴンも狙われるかわからない。

 ドラゴンは普通の人間と比べものにならないほど強いが赤ドラゴンはまだ小さな子供。そんな子供が一匹でいれば狙われやすいのは当然。


 言葉に詰まったルーファースだがそれでもと、赤ドラゴンが一匹で生きようとしていることを止めなければと思った。


『ボクたちを傷つける人間なんていなくなっちゃえばいいのに』


 口を開き何かを言いかけたルーファースが、ドラゴンのこぼした発言によって凍りついた。


 自分を否定された、自分の存在を。

 ドラゴンのことを信頼しきっていたルーファース。

 確かに裏切り行為をしてしまった、それでも親ドラゴンが死んだなんて嘘だ。

 そんなことで自分を否定されるなんて思ってもみなかった。


 そこまで考えてルーファースの思考までもが固まる。


 ーーああ、お前にとって一番大事なのは〝とうさん〟なんだな。


 すでにルーファースには父という存在がなかった。母という存在もなかった。大切なものなんて赤ドラゴン以外になかった。

 それでもドラゴンには自分より大事なものが存在していた。

 自分なんて大事に思われていなかったのかもしれない。


『ハハッ……』


 自嘲的な笑いが更に自分自身を苦しめる。

 ルーファースの乾いた声は誰も聞いてはいなかった。


 これをきっかけにひねくれ者のルーファースは更にひねくれ者になった。

 ドラゴンからは人間がいなくなればいいのにと言われ、大人にはドラゴンを含んだ魔物がいなくなればいいと言われ、子供のルーファースは「人間も魔物もどちらもいなくなればいい」それが一番いいことなのだという考えにいきついた。


 自分を含む全部がなくなればいいんだ。


 そう思っていたから自暴自棄な行動をとれていたし、周りのやつらなんてどうでもいいと思っていた。


 赤ドラゴンのことも、自分を捨てたのだからどうでもいいと思っていた。あの時のことに対しても少し自分が悪いと思っていても何もすべきではない、もう関わるべきではないと考えていた。




 けれど今は目の前にいる。


 フェリスが、ファウンズがちゃんと謝れと言う。


 だからルーファースはあの時の本当のことを話し、謝ることにした。


 本意ではない。謝れと脅されたから約束してしまったから。


 だから謝る。だからあの時の真実を話した。


「……ごめん」


 自分に言い訳をして、謝罪を口にした。

 自分が悪いなんて感じているつもりはなかった。

 それなのに、謝罪の台詞を言うと悲しくなった。

 だから最後の声が掠れた。


 ルーファースは戸惑う。



*

 罪の意識の重さを感じたはずはなかったはずだと。


 そのはずが昔のことを口にし思い出し辛くなった。


 なんてことを自分はしてしまったのだろうと反省してしまったのかもしれない。

 まさか。

 ルーファースは自分を疑った。


 もし本当にあの時のことについて罪の意識を感じているとして、今目の前にいる赤ドラゴンが謝罪のたった一言で許してくれるだろうか。

 昔とは比べほどにならないほど大きくなった赤ドラゴン。少し力を出せば人間を蹴散らせる。そんなことは容易いドラゴンが謝罪を受け入れるだろうか。


 ーーいや、受け入れないな。


 頭を下げ瞳をつむったままに半端諦めに笑った。


 なんでこんなことをさせるんだとファウンズたちをうらんだ。


「いいよ」


 静寂から聞こえてきたのはありえもしない返答だった。

 思わずルーファースは「は?」とこぼす。

 顔を上げ初めて成長した赤ドラゴンの瞳をちゃんと見て、信じられないというような声で問いかける。


「許してくれるのか?」

「もういい。あのとき君は子供でボクも子供でお互いに許し合えなかった。それだけだったんだ。ボクも酷いこと言ってごめんなさい。謝ってくれてありがとう」

「なんで礼なんか言うんだ」


 礼を言われたことにルーファースは心底驚いた。


「嬉しかったから。これで仲直り」

「なか、なおり……」


 誰かと喧嘩をし、謝り、仲直りするなんてことルーファースはしたことがなかった。


 いけないことをしてしまって、もう絶対に戻らないと思っていた。

 別に元の関係に戻りたいとかは思っていなかった。

 それでも初めてのことに知らずに胸が高鳴った。


 ーー赤ドラゴンとまた普通に話せることが嬉しいのか?


 錆びた鎖が解けて、半透明の壁がなくなったようだ。

 この高鳴りはなんなのかルーファースは考えたが答えがでない。


「話を聞いていれば……」


 聞きなれない声を耳にしてルーファースは我にかえる。ファウンズたちもそうだろう。

 赤ドラゴンの後ろを見ると黒ドラゴンがこちらを見ていた。

 当然だ、さっきまで戦っていた相手なのだから。


 ドラゴンやら人間やらの乱入で黒ドラゴンは忘れさられていた。


 学園を壊しにやってきた脅威的なドラゴンを端においてのんきに話をしていたなんてとんだ笑い話だ。黒ドラゴンもよく終わるのを待っていてくれた。


 怒って攻撃でもしてくるのだろうと全員身構える。

 黒ドラゴン一体に対してドラゴン二体に男四人。どちらかといえば黒ドラゴンの方が不利だ。しかし力の力量の差はわからない。

 警戒するにこしたことはない。


「お前は我の息子か?」

「……とうさん?」


 落ち着いた黒ドラゴンの問いかけと赤ドラゴンの返答にその場の空気が静まった。

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