第3章ㅤ噂と召喚獣

 授業の一つであるクラス内での戦闘演習。

 数十人集まる演習室。決まってやることなので組む相手は皆だいたい決まっている。フウコはライハルトと、ロキだって前戦闘したときの男子生徒と組んでいる。

 リキはこういう時は組んでいなさそうな人に声をかけるか、誰かが一回戦終えるのを待って声をかける。途中から入学した生徒の通るべき道……難点なところである。

 人が退いたことで目に映る彼。


 ーー男子生徒と組むロキはふいに周りを見渡す。目に入ったのは誰かと喋るリキの姿。その相手がファウンズ・キルだったことにほんの少し目を見張った。


 一回戦終わったあと演習室を出ると、誰かを待っているようなロキと目が合う。

「戦闘室(バトルルーム)行こうぜ」

 どうやらリキのことを待っていたようだ。

 戦闘室という場所には行ったことがない。名前の通り戦闘をする場だと思うが。

 行ったことないだろ、とスムーズに言われ、戦闘室へ行くことに。実践でのラピの力を使って戦闘したいとのこと。



 戦闘室というのは演習室より広く大きい所。演習室よりも人が多く、同じクラス以外の人ばかり。

 ロキはここで戦闘をするという。二人組を組んで相手と手合わせ。

「お前と組むのは初めだよな」

 ただ見に来るつもりだったのだが彼がそれを許さない。もうすでにリキが〈相棒(パートナー)〉と定められているようで、良い相手がいないか目で探している。

 そんな時、目の前に来た男性に目がいく。

「ーーやっぱり君だった。こんな所で会うなんてね」

 銀色の綺麗な髪。雅な笑みを浮かべる。


「誰だ?」

 どことなく大人びた口調をする男性を気にしたロキが、無表情のまま口にする。

 彼とは前に何度か、ファウンズと一緒にいるところに出くわし話をしたことがある。リキの記憶の中では二回ほど。

「ファウンズとは仲良くやってる?」

 ロキの独り言は彼には聞こえなかったようで、伝える暇なく彼の質問に答える。

「今日の演習の授業で組んでもらいました」

 感情の読み取れない顔して、彼はふうんと一つ、感慨深く。少し間が空いたところですかさずロキが会話に割り入る。

「そんな話どうでもいいから早く戦闘しようぜ」

 まるで、ゲームしようぜ的なノリである。リキは乗り気ではない。もともと戦闘をする前提でここに来たわけではない。この現況をどうまとめようか。

「悪いけど、どうでもいい話じゃないんだよね。俺にとっては重要」

 初めて二人の目があった瞬間。なぜか嫌味に聞こえないのでロキもそんなに嫌な顔をしていない。

「ということで、この子借りるね」

「はあ?」

 今、嫌そうな顔をした。


「話があるんだけど、ちょっといいかな」

 知らずふりしてリキへと視線を移す。

「……」

 自身だけだったら二つ返事で良かった。今はロキの相棒(パートナー)としていなければいけない気がした。

「こいつは俺とこれから戦闘(バトル)すんだよ」

 無意識に守るように間に入る。

「他の者と組む気は?」

「ない」

 断固と言い切るロキに、彼は思慮深い目を向けた。

 ロキはラピの力を使いたくてその主人であるリキと組もうとしているのである。他に理由はない。

「じゃあ今度、俺が組んであげるから今日はこの子を諦めてもらうということで」

「あ、おい」

 じゃあ行こうと男性はリキの手を引く。戸惑いながらもリキは釣られて歩んだ。どんな自意識過剰野郎だ、と心底で思ったところでロキは不意を突かれたのである。


*

 ロキとの間に距離ができる。戦闘をやりたがっていたようだが必死に止めないところを見る限り今日でなくてもよさそう。そう思ったリキは彼に目をやる。

「どこへ行くんですか」

「さあ、どこへ行こうか」

 曖昧な返事。どこか自由奔放さを感じる。それとともに放された手。



 来たのは庭園。ファラウンズ学園に入学してから外へ出るのは初めてだった。

 白いガゼボ近くで銀髪の彼は止まる。

 話とは何だろうか。振り返った彼を見つめる。

「ファウンズのことについてのことなんだけど、あまりあいつと仲良くしないほうがいいよ」

「どうしてですか」

 率直すぎる発言に戸惑う。

「あいつの噂、知ってる?」

「噂?」

「ファウンズの親は人殺しだって」


 人殺し。頭に残る単語。

 どんなことがあったのかは知らないがそんな噂が学園に広まっていたらしい。今になっては過去の話となっているが、全生徒が完全に忘れたわけではない。


 ーーキル。家名に相応しいことをする、と。


 だからファウンズまでその噂の<餌食>となった。


「嫌な話聞かせちゃったかな」

 相手の反応を伺う。リキは考えるように視線を落とす。

「私は、あの人には関係ないと思う」

 自信なさげに小さく喋り出したが、その瞳はちゃんとしたものである。

「親が何か悪いことをやったからといってその子供まで同じことをするわけではないし。何もやっていない人が注目の的になって、罪が覆われてるようでなんか、おかしい……」


 血の繋がった人が人を殺してしまったという事実があったら自分のことのようにショックを受けるだろう。それを覆って罪まで背負うような形になったらきっと、心を閉ざしてしまう。

 心の助けを求めても周りの人には変な目で見られ、ましてや変なことを思われたりしたら誰でも嫌な気持ちになる。そんな状況下に陥ったら泣きたくなるんではないだろうか。


「君は噂だけで流されない良い子ちゃんだったわけか」

 そう言ってやわらげな表情を浮かべる。

「もう行っていいよ。連れ出したりしてごめん。赤髪くんの子によろしく言っておいて」

 その言葉を最後に、二人の対話は幕を閉じた。




 誰もいなくなった庭園。元々誰もいない庭園。そこに銀髪の男だけが佇んでいたはずなのだが、静かになった途端一つの声がした。


「そんな話して、何がしたい」

 ガゼボから姿を現したのはファウンズ・キル。先ほど、「噂」に登場した人物。どうやら椅子に寝そべっていて姿が見えなかったようだ。

「随分な良いようだったな」

 ファウンズ・キルは碧く輝く瞳を向ける。

 それに対して銀髪の男は、びっくりすることもなく平然と答えた。

「別に何かしたかったわけじゃないよ。俺はファウンズを憎んでいるわけでも、敬遠してるわけでもない。だから彼女とお前との仲を切ろうとしたわけでもない。ただ、どんな子なんだろうって」

 試すようなことをしたのか。

 翠玉色の瞳を見つめる。


 あいつとはそんなに仲の良いことはしていないが。そんな思いは口にせず、どういう経緯でこの男はそんなことを思ったのか黙考する。


「きっとあの子、この学園に来たばかりでお前の噂知らないだろ。少し仲が縮まってから誰かからその噂聞いて知って、態度変えるようなら近づく前に今離れさせた方がいいだろうなって」

 それは彼のすべきことではない。

「余計な世話だ」

 彼に背中を向けたまま、俯き加減で発する。

「自分でも思う。けど、兄ちゃんなめんな」

「誰が兄ちゃんだ。兄がいた覚えはない」


*

 銀髪の彼の名はユーク・リフ。決してファウンズの兄ではない。流れに任せたギャグである。しかしファウンズは乗ってくれた。というより正確に訂正を入れただけである。


「それにしても言いすぎたかな」

 何がだ、と注視。

「あまりお前と仲良くしないほうがいいよ、とか、お前のこと悪く言いすぎた」

 ごめんと素直に謝る。

 ファウンズはまたもや視線を外す。

「別にいいんじゃないか。あの生徒を俺から離そうとしたんだろ」

 彼の言う通り。


「でも、気が変わったよ」


 何も知らない初めから仲を引き離そうとしていたわけではない。話を聞いた時の相手の反応を見てから、これから先一緒にいても大丈夫なのか目利きしそれからどうするか考えようとした。どうせ少しは動揺しファウンズのことを敬遠しようとすると思っていたが、ユークの予想は外れた。彼女は根からそういうことをしない者らしい。〝親が人殺し〟という噂を変な風に深く考えたり追求したりしてこなかった。楽観視していたわけではないというのはわかる。よく「ファウンズ」のことを考えていた。


 軽蔑することを知らないのか。それとも偏見を持つことを知らず、差別しないのか。

 色々考えても表面上だけで繕った言葉にも見えなかった。


「あの子の名前なんていうの」

「ーーリキ・ユナテッド」

 聞いてはみたが彼が知っていたことに少々驚く。

 その横顔は無表情のまま。相変わらず何考えているのかさっぱり。

 そんなファウンズにも心はある。彼の瞳は深く。何枚かのバリケードが張られているようで心の底こそ探れないがどこか、自分を責めているようであった。





 戦闘室に戻ると、ロキはむすっとしていた。


「なんであいつなんかについて行くんだよ。つーかあいつ誰だよ」


 戦闘をすっぽかされたことがそんなに腹にたったのか。


「前に何度か会って、話したことがあるくらい」

「……名前は?」

 彼の名を問う。


「いつか戦闘で組んでもらう約束したからな。名前ぐらい覚えとかないとすっぽかされるだろ」


 ユーク・リフは今日、リキを連れ出す代わりにいつか戦闘でロキと組むと言った。どの程度の力があるのかは知らないが、相手から言ってきた貴重な申し出。断れば、今回無償で交渉を成立したようになる。

 未だ何か考えている様子のリキを見て思う。


「まさかお前、名前も知らないやつについて行ったのか」


 リキは頷く。ありえない、不用心だ、不用心すぎる。

 学園内だから危険なことに巻き込まれる心配はないが、もし外でそんなことがあったら、少し警戒すべきだろう。

 見知らぬ男性が声をかけてきただけでついて行ってしまうタイプなのだろうか。いやタイプとか関係ないだろ。

 警戒心の問題だ。彼女は警戒心が足りない。ロキは今回の行動でなんとなくわかった気がした。人当たりが良いといつか変な者まで寄ってくる。


「聞こうと思ったんだけど聞きそびれちゃって。聞かなくてまずかったかな」


 それはロキに対する気持ち。名前を知らない人を知らないままにしたことではなく、彼の名を覚えておきたい身のロキに悪いことをしたのではないのかという追認。


「今度会った時聞いておくね」

「いや自分で聞いておくから良い」


 彼の容姿は覚えている。髪色は銀で男なのに長髪でどこかおくゆかしい雰囲気。名前を聞くついでに今日のことをさりげなく聞くとして。

 とりあえず戦闘しようぜ、とロキは言った。とりあえず乾杯しようぜ的な軽い調子で。





 出撃命令というのは突然、予期なくやってくる。


*

 今回は六人組での出発。その中の一人がリキ・ユナテッド。


 足場の悪い所を通り目的地を目指す。乗り物でいけないと判断された範囲は歩きで進むのだ。


 目的地と言ってもこれといった目的があるわけではない。どこか町や村へ行く時はその場が魔物に襲われているという兆候。森の中を徘徊する場合はそういった事態がないということでだいたいが調査のために行う。魔物を退治するためでもある。どちらにしても生徒たちの実績を積み上げるための行動。


 時にとても険しい道に遭遇することがある。二回目の出撃命令でリキはそれに出くわした。


 細長い橋。十メートルほどある。


 ロープと板だけで作られているようだ。わざわざこんな橋を渡らなければいけないのかと思う。落ちたら死。先生の指示では相手と一メートルほどの距離をとりながら進むようにと。一人ずつではないのかと喫驚するが、それはリキ一人のみ。


 他の者はどうやら慣れているようで、一人が進むと距離をとって次々と橋に足を踏み入れていった。

 拒絶感はないのか。絶望しつつもリキは顔には出さない。顔色には出ているが。


 見知った人が前を行く。勇気を振り絞ってリキは皆と同じようなタイミングで橋に踏み入れ、ぎこちなくも進んだ。

 橋を渡りきった時には精神的に疲れきっていたのか、碧い瞳の視線に気づかなかった。



 橋の次は不安定な足場の段差。安定しない足つきで進む。白い杖を持ち、足元を見ながら慎重にーー。


 ずるっと滑り、杖の音をたて尻餅をつく。


 痛さに目を瞑る。目を開けるとふいに差し出された手。誰だろうと見上げるとそれはファウンズだった。素直にその手を受け取る。


 立ち上がれば、彼は手を放し何事もない顔して前を向く。そしてまた歩き出す。リキはそんな彼の後ろ姿を眺める。


 足元を見ていないリキはまたもや躓く。先ほど後ろに倒れたかと思えば今度は前。


 意表を突かれ、またもや地に激突すると思ったのだがーー誰かにすっと支えられる。片腕に守られるように。


 見上げてみればやはり相手はファウンズ。二度もどじを踏んでしまった。呆られてるのではないかと思うよりも先に礼の言葉が出る。


 彼は何も言わず先に行く。

 助けてくれた後の素っ気なさ、さり気ない動作。どちらにも優しさがあると感じられた。




 ーー立ち止まった先にある洞穴。いかにも何かいるような雰囲気を持ち合わせている。


 ここで何かするのか。リキがサラビエル講師を見ると厳粛した顔で洞穴を見据えていた。

 休憩場と勘違いした何人かの生徒が疲れたと態勢を崩す。そんな生徒たちを見てサラビエル講師は遺憾そうにする。


 ここに来るまで遭遇した魔物はその辺にいる雑魚。そんな奴らを相手にしただけでへばったのか。いや意欲が足りないだけだ。


「ここはドラゴンの住み処かもしれない」


 わざわざ言いまいとしていたことを言った途端、生徒たちは鎮まった。

 〝ドラゴン〟と耳にしたラピは反応する。もしかしたらそれは以前、リキを傷つけた者かもしれないと。ーーあの洞穴にいるのか。


「私が見てこよう」

「私が見てくるぴょん!」


 ラピのことを兎のぬいぐるみだと思っていた生徒は驚愕する。いきなりサラビエル講師に物申したのだ。


「お前が、どうして?」

「あいつはリキを傷つけたぴょん、だからリキを守るためにやっつけるぴょん」

「もしあの洞穴にドラゴンがいたとしてもその時のドラゴンとは限らないがーーまあ、いいだろう。好きにしろ」



*

 承諾された。しかしリキは承諾していない。肩から降ろしてと言われいつも通り手のひらに乗せ地に下ろすが、なんだか胸がざわつく。

 またあの時のように消えてしまったら。消えてしまっても召喚魔法を使えば前のように出てくるのかもしれないが、絶対とは言えない。

 名を口にするとラピは振り返る。


「ご主人様のためならなんでもするぴょん。心配する必要ないぴょん」


 活き活きとした声でここまで言われたなら引き止めるわけにはいかない。


「……もしドラゴンがいたら叫んで」

「叫ぶのは危険だ。相手の姿を見てばれなかった時は静かに戻ってこい」


 サラビエル講師の指示にわかったぴょん、と頷く。その言葉を最後にラピは洞穴に向かった。

 リキは心配そうにその後ろ姿を見つめる。前と同じようなことは絶対にあってはならない。





「ご主人様ァー!」


 少ししてから、そんな声とともにラピが洞穴から出てきた。急いだ様子で走ってきている。何事かと見ているとその後ろから現れた大きなドラゴン。洞穴にはドラゴンがいたのだ。


「リキ・ユナテッド、一人で突出しようとするな」


 ラピがドラゴンに追いかけられているという場景。見ているだけとはいかない。

 サラビエル講師の言うことも聞かずに駆けて行こうとも思ったがその足は止まった。


 前のようなラピが傷つくところは見たくない。しかしラピの傍に行ったからといって守れるのか。ドラゴンがいた際、ちゃんとした対応できるようサラビエル講師が事前に生徒たちの指揮をとり、洞穴から出てきたドラゴンを囲むような戦闘陣形が完成されている。起こらないかもしれない戦闘に備えていたのだ。その陣形から勝手に抜け出してしまえば四分五裂してしまうのではないのかーーと、勉強して手に入れた智識から深く考えてしまう。


 必死に駆け出しているラピを追いかけているかと思いきや、ドラゴンは立ち止まった。そのうちにラピはリキの元へと戻り広げられた両手に乗る。


 サラビエル講師の指令で接近戦に適する者はドラゴンへの接近を命じられ、武器使いのファウンズ・キルが前に行く。

 戦闘に慣れているとはいえもう少し緊張を見せないかと思わせるほどの冷静沈着な顔ぶり。戦闘に慣れていない身のリキとしては頼もしい。


 手のひらに乗っているラピが何かに反応する。


「新たな召喚獣が生まれる予感ぴょん。リキ、召喚魔法を使うぴょん」


 リキは不思議そうな顔をする。新たな召喚獣の召喚ができるなんて思ってもみなかったのだ。

 両の手にいるラピを肩に乗せ、地に落ちた杖を拾う。

 ラピには召喚獣の存在を感じ取ることができるのか。嘘をついているようには見えず、リキは半信半疑に〝召喚魔法〟を口にした。


 出現したのは竜のなりをした一匹の召喚獣。淡く薄い水色の体をしたラピと同じくらいの大きさで背ビレは体色よりやや濃く、碧色に輝く瞳が印象的である。翼を使って空中に浮いている。


 何を思ったかちび竜は後ろを気にかける。そこにはドラゴンーーと、戦っているメンバー。Sランクのファウンズ・キルが着実的に攻めているが、それでも痛手を負わせることはできない。


 なぜか交戦中の処へ向かったちび竜は迷いを見せることなく一直線にファウンズ・キルに向かい、空中に浮いたまま右肩辺りにつく。ファウンズが気づきちび竜を見るが危険を察知しなかったのかドラゴンへ視線を戻すが、その時、二人の体を微かに碧い光が包んだ。


 その瞬間、ファウンズの剣に水が纏う。ラピがロキについた時と同じだ。その時は炎だったがーーそれはラピが炎属性だったから。


*

 ちび竜は水属性ということになる。


 ファウンズは水を纏った剣を驚異の目で見る。


 しかしそんなことに構っていられないと剣を振るい再びドラゴンとの戦闘を始めた。

 相手は火を吐くドラゴン。剣が水を纏ったことで有効性のある攻撃となり、それまでよりも多いダメージが蓄積されていく。


「ご主人様も参戦するぴょん」

「私は……できない」

「どうしてぴょん? 私がいればリキは炎の攻撃魔法を使えるぴょん。それであいつをやっつけるぴょん」

「ごめんね、ラピ」


 遠くで見ているリキにもわかった。ドラゴンの体に傷ができていくのが。

 数人に囲まれ攻撃を受けるドラゴン。魔物は人を傷つけるというけれど彼は傷つけようとしなかった。

 以前、ドラゴンと会ったのをリキは覚えている。その時は突然上空から現れ攻撃をくらったが、それは一度だけ。きっと相手も攻撃をくらうのが嫌だったに違いない。だから身を守るため相手を傷つけようとした。

 その証明に、『貴方を傷つけるつもりはない』と自分の意思を伝えるとドラゴンは飛び去っていたのだ。


「あいつはご主人様を傷つけたぴょん」

「私はあのドラゴンに傷つけられてなんてないよ。ただ、ラピが傷つけられたのに何もしないっていうのは心残りになると思う」


 自分のためにラピが言ってくれているのはわかっていた。だがリキは自分の意思を曲げることはできない。あれは約束のようなものだ。少しでもドラゴンを傷つけるようなことをすれば約束を破ったことになる。


 何もしないことが果たして最善の選択なのか。

 リキにはよくわからなかった。


 それまで抗戦していたドラゴンはいきなり飛び立ち、ファラウンズの生徒たちが来た方と真逆の方向へ行く。追うのかとサラビエル講師を見れば、ここは引き返すとのこと。調査目的で来ただけであって生徒の人数も少なく後追いしては危険、それに上空を自由に飛ぶドラゴンに追いつけるわけがないーーという理由で学園に引き返すことになった。





「良ければ、名前付けてくれませんか?」


 帰路に、リキは隣の人物に声をかける。

 新しく呼び寄せた召喚獣はどうやら彼を好いているようで、戦闘が終わった後でも長らくファウンズの側にいる。肩の近くで浮遊しているちび竜を見れば、名付け親は自分よりも彼に付けてもらうほうが良いと思った。


「ーースイリュウ」


 水属性の竜だからスイリュウ。単純でわかりやすい。

 ファウンズもちび竜が自分に慣れているという認識があるのか、特別理由も聞かずに名を付けた。ーースイリュウ、それがこれからのちび竜の名である。



 学園に着いてもスイリュウはファウンズから離れようとしなかった。


「貴方に慣れているみたいですね」


 表情を変えることなく、ラピのように喋ることもなく、肩あたりでうまく浮遊している。まるで目の前にいる彼のようだとリキは思った。似た雰囲気を持っていて、何か感じるものがあるからスイリュウは彼に親近感を抱いているのだろうかーーと。


「どうしたらこいつは元の居場所に戻る」

「戻す方法はないとのことで、そのコはきっと戻りたい時に戻ります」


 ーー戻りたい時に、か。

 嫌な顔せず、ファウンズは思い耽た顔をする。


「迷惑でなければそれまでスイのこと、よろしくお願いします」

 主人として、断りを入れる。

「ご主人様、言い忘れていましたが私たち召喚獣は召喚師様と離れすぎると存在できなくなってしまうぴょん。だからあまり離れすぎないでほしいぴょん」



29

 ラピから初めて聞いた事実。だからラピは自分から離れようとせず、ずっと側にいたのかとリキは思う。

 スイリュウには好きな人の側にいてほしい。けど、離れすぎてしまえば消えてしまう。さすればもう一つお願い事がある。思い当たることがあった。


「側にいてもいいですか?」


 彼の側にいればスイリュウは消えない。自分が側にいればスイリュウはファウンズと一緒にいられる。そんな考えで言ったのだが果たして彼は受け入れてくれるのか、リキは凛然とした眼差しで彼を見上げる。


「別に。構わない」


 良かった、と朗らかに笑うリキ。ファウンズにはその笑みの意味がわからなかった。




 移動して来たのはファウンズが休憩場所としている庭園。リキが以前、ユークに連れられてきた処だ。

 こんな偶然もあるものだなと庭園を見渡す。一つしかない白いガゼボに一体に広がる緑ーー誰が手入れしているのかわからないハイビスカスの花。


「ここ、前にある方とお話したところなんです。その時聞きました。貴方の噂のこと」


 背中越しの打ち明け。自然体を保つファウンズは彼女がユーク・リフから自分の噂を聞いたのを知っていた。二人が話をしているその場にいた、というのも居場所を知っているユークがわざとファウンズに聞かせるようこの場所を選んだのだ。

 ガゼボに寝転んでいたファウンズの姿をリキは目に留めることができなかった。


「可哀想だなって思いました。家族の誰かが人を殺したという噂がたっただけできっと嫌な気持ちになるはずなのに、そればかりか自分まで変な目で見られて」


「誰がどう思おうと何も感じなかった」


 それは強がりかーーそうには見えない。我慢しすぎて本当に何も感じなくなってしまったのか、それとも最初から感情というものが欠如してしまっていたのか。

 色々考えると切なくなる。


「馬鹿。って言われても何も感じませんか?」

「それは誰がどう言ったかで変わる」

「良かった、ちゃんとした感情あるんですね」


 受け取りようで変わるということは他の者と変わらず思いがあるということだ。

 心の底から安堵しているような面差し。悪いことを言ってしまったという様子はない。本当に嬉しそうな顔つきをしている。


 判然としない発言と表情にファウンズはリキのことを見澄すました。

 だが得られるものなし。 


 馬鹿と言われても何も感じないかと言われ、それに答えたら安心したような顔をして「感情あるんですね」……一体何が嬉しくて顔ばせを柔らかくしたのか。

 人情の機微にあまり触れようとしてこなかったファウンズはそれを正確に理解するのに時間がかかる。

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