第2章ㅤロキと召喚獣

「召喚獣ってどうやって戻すの。というか君はいつ戻るの」

「戻りたい時に戻るぴょん」

「へえ、そういうシステムなんだ」

「私は特別ぴょん。ご主人様の安定した魔力のおかげでここにいられるぴょん」

「なるほど。姿形が小さいから少ない魔力の受け流しでこっちに存在し続けられるんだ」

「小さいは余計ぴょん」


 教室の机上(きじょう)に存在する喋るうさぎは、机上に乗っているというのに見下ろされている。うさぎの身長は20センチにも満たない。甘く見られても仕方ないがこれでも召喚獣である。

 喋れる機会は滅多にないと、召喚獣という未知な生き物にライハルトは向き合っていた。


 そんな一人と一匹を傍で見ているリキは、子を見守るような目でうさぎのことを見ている。


「あ。お前、昨日の」


 ライハルトたちから目を離すと今ここに来たような赤髪の男子生徒と目が合い、横からも声をかけられる。

「何? 昨日なんかあったの」

 彼は演習試験の時の相手。昨日の試験の時の、と小さな声で返すとライハルトは彼に視線を向ける。そして。


「モンキーさん?」


 考えられない一言を発した。


「あぁ? 俺はモンキーなんて名前じゃねえよ。ロキ・ウォンズだ」

「そうか。すまないな。ーーモンキーに」


 その場に沈黙が襲う。第一声で喧嘩事にならなかったのには赤髪男子生徒を見れば奇跡的。ーー言葉遣いの荒さ、容姿の派手さ、堂々とした態度。どうみても彼は不良に近い類い。


「……まじこいつムカつくだけど」


 意外と自分を抑えられる人のようだ。嫌悪な顔で心奥底の気持ちを呟き捨てるだけで苛立ちは抑えている。

 肝心のライハルトは、じゃあもう授業近いからと立ち上がり、また話そうね、とうさぎに向けたものであろう台詞で穏やかな表情をし自席へと向かってしまった。

 またその場に沈黙が襲う。


「陰気な顔してあれはねえよな」


 その発言もないと思うリキだった。

 赤髪男子生徒はその後何事もなかったかのように席に座る。それはリキの前の席。思わず見ていると視線に気づいたのか彼が少しこちらを向く。その目はリキではなく机上にいるうさぎを映していた。


「なんだそのチビっこいウサギ」

「だからウサギじゃないぴょん!」

「喋った」

 颯爽に否定したうさぎに驚く。誰もがただのうさぎだと思っていたものがいきなり喋ったら驚くだろう。それが普通の反応。


「皆同じ反応ぴょん。ご主人様は出会った時から私を受け止めてくれたぴょん。ご主人様以外皆低能ぴょん」


 リキの場合、驚きすぎて何も反応できず、現実を受け止めるまでの間突っ込みどころに一切触れなかっただけのことである。


「ちっさな脳の持ち主には言われたくねーな」

「この頭にはたくさんの脳味噌が詰まってるんだぴょん」

「いくら詰まっているからといって、その頭の大きさには限度っていうものがあるわ」


 憎たらしく笑いながら言う彼に怒りで赤くなるうさぎ。


「冗談はさておき。こいつあん時出した召喚獣だよな? なんか、召喚獣のいる世界とかに戻さなくていいのか」

 挑発し終わってリキへと話が振られる。


「戻し方とかわからないんだよね。このコが戻りたい時に戻るって言ってるから良いかなって」

「へえ。召喚師様が自由に出し入れできるものじゃないのか。厄介そうだな、そんなうるさい子ウサギ連れて」

「……もう私は口を聞かないと決めたぴょん」

「うさぎでもぐれるんだな」



15

 自分に背を向けたうさぎを見てなぜか嬉しそうに笑う。まるで面白い反応をする何かの対象を見つけて喜んでいるいじめっ子のような。心からの笑顔に、あまり恐い人ではないとリキは認知した。




「ライハルトってあの人のこと嫌いなの?」

 彼への発言には驚かされた。きっとあの時フウコも傍にいたら一瞬凍りついたような空気を一緒に体験できただろう。


「別に嫌いってわけじゃないけど。ヤンキーっぽかったからさ、ヤンキーとモンキーをかけてみた」


 ーーそんな理由で……。

 今度はリキの顔が凍りついた。


「こいつ、そういうところあるのよ」


 ライハルトのことをよく知っている彼女は物臭そうに証言する。フウコは離れたところであの現場を見ていたという。二人に挟まれたリキを見て、ご愁傷様と心中で呟き。ついでにうさぎのことも思い。


「もうすぐテストだね」

 風の通るようなさりげなさは今の話題の出し方にはない。

「もうそんな時期か」

「頭脳Dの君がどんな点数を取るのか楽しみだ」

 まるでやり返しと言わんばかりの掴みどころのない笑顔。二人が喧嘩をする原因がわかった気がした。


「テストって……」


 二週間後にテストは行われる。これまた演習試験と同じで点数によってランクが決められてしまう。基本A~Dで、最低はE。最高はSだが簡単に取れるものではない。





「そうじゃないぴょん!」

「さっきからその『ぴょん』ってなんだよ。ぴょんぴょん兎の子ってか。うざいわ」


 勉強を放棄したロキ。今更うさぎの語尾に触れるのはどうかと思う。


 こうなった経緯ーーリキが自席でうさぎに勉強を教えてもらっているとロキが何をしているのかと聞いてきたので勉強をしていると答えた。するとまた、なんで勉強なんてしてんだよと言われたのでテストが近いみたいだからと答えた。彼はぽかんと顔をして、マジか……の一言。そういえばそうだったと気づいた彼は俺も一緒に教えろと上から目線での頼みをうさぎにしたのだ。


「もう怒ったぴょん」


 うさぎは怒りやすい性格だと知っている。勉強を教えてあげているというのに嫌味なんて言われたら誰もが嫌な気分になるだろう。


「待って、うさぴょん」


 うさぎ一匹に対して二人の生徒。どうやったら満遍なく勉強を教えてもらえるか。考えた結果、リキはロキの隣に移動した。そのためロキの態度もうさぎの表情も傍でよく観察できる。怒りに任せて手を出してしまいそうな勢いだ。

 口喧嘩だけでとどめておきたいと思っていたが願い叶わず。ぴょんっとうさぎは跳ね、くるっと体を空中で捻り、回し蹴りをロキの頬へくらわせた。意外と衝撃が強いようだ。


「いってーな……」

「ごめん。うちのうさぴょんが」

「しつけなってねぇぞ」


 まるで何かの動物の飼い主と、近所の住民との会話である。うさぎは召喚獣である。


「リキは悪くないぴょん」


 ーー『リキでいいよ』

 〝ご主人様〟なんて聞きなれなかったリキはうさぎにそう言った。


「元々お前が悪いんだろうが! ……つか、勉強教えてもらうのにこんな体力使わなきゃいけないのかよ」

 戦闘能力もだが頭脳も大事。その現実にロキは疲れているようだ。うさぎとの会話の疲れが大きいようだが。


「私が教えてあげられたらよかったんだけどね」

「ここに来たばかりのやつが何言ってる。自分のことだけで精一杯だろ」

「そうだね。でも少しずつだけど慣れてきたよ」


 最初はただ驚くことしかできなかったけど、今日まで流されてきたようなものだけど、ーーそれでも頑張っている。



*

 自分にはない素直さに見つめてしまう。そんなロキにうさぎは、いつまで変な目で見ているんだぴょん、と嫌味に一言。別に変な目で見てねえだろと否定すると、ご主人様は私のものだぴょん、と。気持ちわりぃ、溺愛かよと立て続けに言うと、悪いぴょん? 溺愛の何が悪いぴょんと冷めた口調で開き直ってしまい。勉強どころではない。


「つか、ただのうさぎ召喚獣如きに知識があるなんてな」


 うさぎ召喚獣とはなんだぴょんと今までされなかった呼び方に引っ掛かるうさぎを見てロキは思う。ーーこれで少しおとなしかったら。勉強もはかどるし、苛つくこともないし良い事尽くめ。


「私も最初びっくりした。うさぴょんやるね」

「うさぴょん、って。ちゃんとした名前とか付けねーの?」


 真面目な顔をして続ける。


「例えば……うさ太郎とか?」

 それこそちゃんとしていないような気がするが。確かにちゃんとした名前を付けようとしていなかった。うさぎが語尾にぴょんを使うから〝うさぴょん〟。深く考えてみれば適当すぎる。


「ぴょん吉とかどーよ?」


 ぴょん太郎とか、とロキの名前候補が続いたがーー。結局リキの考えた〝ラピ〟と名付けることにした。




 二週間なんてものはあっという間で。テストはやってきた。

 ロキの頭脳評価はB。テスト点数は53点。50以上がBなのでぎりぎりである。


「俺もやればできるじゃん」


 自分で自分を褒め称える横で、自分を誇っている者が一匹。


「私のおかげぴょん」

「恩着せがましい」

「にゃんだとっ!」

「猫かよ。お前はうさぎだろ。あ、猫をかぶったうさぎか? にしても可愛くねえよな」

「可愛くなくて悪かったぴょん」

「え。ラピは可愛いよ」

「ご主人様……」


 動物は人が心から言っている言葉なのかがわかる。だがラピはうさぎである前に召喚獣である。召喚獣である前にうさぎではない。


「リキがいれば他はどうでもいいぴょん」

「それはだめだよ」


 もっと視野を広くしないと、と言われているうさぎを見て世話ないなと思うロキ。


「お前は評価何だった」

「……A」

 ぎこちなく言う。自分でもこんな高評価が貰えると思っていなかった。

「なっ、なんで。85以上取ったのかよ?」

「うん。ちょうど85」

 証拠のテスト用紙を見せると唖然とする。


「は、おま、なんで?」

「……さあ?」


 同じようなトーンで首を傾げる。


「もしかしてそいつを使ってずるでもしたか」

「ご主人様はそんなことしないぴょん」


 容疑をかけられたうさぎは、たまにリキのことを名前で呼ぶのを忘れてしまう。


「ラピはテストの妨害となるからって、テスト時はサラビエル先生に連れて行かれた」

「……あの女の人苦手ぴょん」


 ああそうだったなとロキは思い出す。うさぎはテスト時、サラビエル先生に連行されたのだ。


 ーーじゃあ。

「お前実は頭良いのか?」


「ラピの教え方がうまくて、スイスイっと頭に入っていった、っていうのかな」

 真っ白なノートに重要な全てが書き込まれた感じである。


「……だったら俺にも勉強教えてくれよ」


 うさぎに教えられるよりも嫌味を言われることなく、嫌な気分にならずに勉強がはかどっただろう。


「教えられるほど頭良くないよ」

「良いだろ。85。俺よりプラス32」

「あまり変わりないとーー」

 あるだろ視線が痛い。

「頭脳Bなんだよね。私と一つしか変わらない、よね?」

 精一杯の返しである。納得のいかない目をされているのがわかって居心地が悪い。


「まあ戦闘評価では勝ったけどな」



*

 戦闘評価は前に試験をやって決められたもの。リキは力C協力性C。相手のうち一人はロキだった。だから評価は聞かれていたのか。

 何(なん)なの? と聞くと不服そうな顔をしたまま。

「ーーAB」

「凄いね」

 高評価である。つい思ったことがそのまま口に出た。


「凄くねーよ。Sにはほど遠い」

「でも力はあとワンランク上がればSでしょ?」

「だけどそのワンランク上げるには頭脳評価のように〝間(ま)〟が大きい」


 頭脳評価ではテストの点数85以上がA。Sは95から。

 確かに間が大きい。上にいけばいくほどワンランク上げるのが難しくなる。




「あの子、最近あの赤髪くんと仲良くしてるね」

 ライハルトの見つめる先はーーリキと、わざわざ後ろを向いて話をしているロキ。


「ああ、なんか一緒に勉強する仲になったんだって。もしかして気になる?」

「気になるっていうか、よくあんな恐そうなヤンキーのようなモンキーのような人と仲良くなれるなーっと思って」


 隣で満点のテスト用紙を見ながら間違いを直しているフウコ。

「嫌味ね。モンキーっていうより虎みたいでしょ」

 テスト用紙に書かれた名前は〝ライハルト〟。


「いつも威嚇してるような雰囲気はそうだね。実は意外と中身は猫とか?」

「ありえそう」

「っていうか、なんで動物に例えてるの?」

「あんたから先に始めたんでしょうが」

 摩訶不思議そうな顔をするライハルトが、悪気があって言っているわけではないとわかってしまうからたちが悪い。





「君は外見は虎。中身は猫?」

「もうバカに見えるからやめて」

「こいつどっか頭打ったんじゃねえの」

 呆れ顔で頭を片手で抱えるフウコ。ライハルトを指差すロキ。その様子をただ見ているリキ。

 意味不明な質問に言葉選び。それを行った理由は彼への気遣いという皮を被った皮肉。


「日本語がちゃんと通じるのかどうか心配で」

「喧嘩売ってんのか」

「いや悪い。実は前に陰気な顔と言われたのを思い出し、つい君への敵対的な態度が出てしまった」

「……根に持ってたのか」


 ずいぶん前にロキが言ったことである。独り言のはずだったのだが、ライハルト本人にまで聞こえていたとは思っていなかった。さらりと言い退(の)ける彼に唖然としている。




 ある日、サラビエル先生が告げた。


「ーーリキ・ユナテッド。以上の五名が本戦へ行くことになる」


 他四名の名を聞いているうちはなんなのかと思っていたが、他人事ではなくなり前の席にいるロキに聞くと、今のは〝本戦命令〟と言ってその名の通り本戦への出撃命令らしい。ここへ来て一ヶ月経つが、初めての本物の戦闘である。


 すぐさま移動したが、どうやらクラスで呼ばれた五名だけで戦闘場へ向かうわけではなく、他クラスをいれての数十名で向かうようだ。

 緊張に体を恐ばせる。


「ご主人様、安心するぴょん。リキに何かあったら私が守るぴょん」


 小さな小さな頼りになる召喚獣。兎の姿をしているがちゃんとした召喚獣である。ずっと肩に乗っている可愛らしい相棒ラピを見て、気持ちが和む。


 円を描いて木のない森の一角、に集まる魔物。戦うには良いスペース。

 武器使いは前方に魔法使いは後方に。数名の治癒隊は魔法使いと同じく後方に。戦闘準備はできている。

 先生の指示で前衛が出撃する。

 特に強い魔物がいるわけでもなく小さな規模の戦闘。だが相手がスライム……粘性(ねんせい)の高い半固形の物質の魔物の場合、剣などの物理攻撃はあまり効いていないように見える。


「ご主人様。ファイアを使ってみるぴょん」


18

 肩に乗っているラピからの助言。


「でも前使おうとした時使えなかったけど……」

「それは私がいない時の話ぴょん? 私がリキが炎系の魔法を発動できるようにするぴょん」


 そんなことできるのか。半信半疑で<ファイア>を口にしようとすると。

「ターゲットを決めるぴょん。それにこんな距離からファイアは当たらないぴょん」

 適切な指導を受ける。


 後方で見ていただけだったが一歩一歩魔物に近づく。遠くで見ていた時はさほど恐いものだとは思っていなかったが、近づいてみてわかる恐怖。

「この辺でいいぴょん。ファイアを唱えるぴょん」

「《炎(ファイア)》」

 言われた通り口にすると一体のスライムが炎に包まれる。

「もう一回やるぴょん」

 続けてやると水色のスライムは消滅してしまった。


「やったぴょん。炎耐性の魔物相手によくやったぴょん」


 炎耐性、つまり炎の耐性がある魔物ということ。炎の耐性があるのは水。今倒したのは水属性のスライム。

 消滅したスライムの他にも緑のスライムなどがいる。




 生徒たちが順調に魔物を倒している中、森に大きな影が通った。

 空を見上げた先生の目にその姿が映る。


「ドラゴン……なぜここに。全員直ちに森の外へ!」


 危険を感じた先生が指揮を取る。

 今回、リキのいる魔物退治メンバーはランクの低い生徒たちの集まりだった。実践訓練として森の魔物相手に戦闘をさせているのだ。

 ドラゴンはその辺にいる魔物より強い。空を飛べるは口から火を吐けるは何でもあり。何より物理攻撃が高く、ランクの低いメンバーで倒すのは困難である。


 何事かと思った生徒たちが先生を一瞬見、吹き荒れる風と何かが羽ばたくような音に上を見る。

 上空から舞い降りる竜。その姿は初めて見た。美しくも恐々しい。姿から見て威圧的だ。

 生徒たちの声が飛び交う。

 皆が指示通り逃走経路へ走る。ばらばらにならぬよう来た道を戻るのだ。そんな中、リキは逃げも隠れもせずその場に佇んでいた。ドラゴンに見惚れているのだ。瞳に映るドラゴンから目が離せなかった。


 地に着地したドラゴンと目が合う。数秒のこと。

 片腹に竜の尻尾が当たり、いきなりリキの体が真横に飛ぶ。木に衝突し尻餅をつくその肩には、衝撃時飛びまいとしがみついていた召喚獣のラピ。


「ご主人様を傷つけるなんて許さないぴょん」


 主人を傷つけられ怒ったラピがリキの肩から離れ地に着地し、無謀なことにも野球ボールほどの小さな体でドラゴンに立ち向かう。

 結果は秒殺。一瞬でやられてしまった。

 ドラゴンの大きな手で吹き飛ばされては一溜まりもない。自分と同じように木に激突したラピの元に駆け寄ろうにも目の前のドラゴンを何とかしなくてはいけなかった。けれどーー


『ご主人様を傷つけるなんて許さないぴょん』


 ラピは自分のため敵いもしないドラゴンに立ち向かった。自分でもわかっていたはずだ。勝利する確率がひとかけらもないことを。

 だったらこちらも無謀でも立ち向かうべきだ。


「《防御空間(ガードスペェィシャル)》」


 静かに口にする。

 体全体に防御空間が張られられる。丸い形をしたシールドのようなものだ。効果は、受ける攻撃の威力を減らす。だがそれは攻撃を受けるたび少しずつ薄れていく。

 ドラゴンの前に立つと彼を見据える。


「私は彼方(あなた)を傷つけようとなんてしていない。どうして彼方は私たちを傷つけようとするの」


 撃退しようとするのかと思えば、説得をしようとしていた。無論、ドラゴンが喋るわけもなく返事はない。


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 真っ直ぐと見つめているとまるで思いが通じたかのようにドラゴンは翼を広げ、その翼を羽ばたかせる。

 強い風を吹かせ空を飛びドラゴンは立ち去ろうとする。

 上空からドラゴンの姿が消えるのを見送り、側にいるラピに駆け寄った。手のひらに乗せると気絶していたかのようなラピが薄目を開ける。


「リキ……。今まで楽しかったぴょん。私を召喚(だ)してくれてありがとうぴょん」

「ラピ……」


 一撃の攻撃を受けただけでもう駄目だということを言う。弱々しい顔。小さな体。何十倍もの大きさのドラゴンに与えられたダメージは相当大きいのだろう。リキが思うほどに、ずっと。


 消えないで。


 心の奥でそう思った、ラピの体が光に包まれて……今にも消えてしまいそうだから。厳密に言えばラピの体の部分が光の粒子となって、体全体を光が包み込んでいる。

 別れがまさかこんな近くにあるものだと思わなかった。出会ってから約一ヶ月。

 ずっと傍にいた。寝るときも授業を受けるときも、誰かと話すときも移動中も起きたときからずっと、傍にいた。その生活に慣れてきたというのにまた今になってそのーー当たり前の幸せがなくなってしまうんだろうか。


 いやだ。


 と思っても目の前の現実は受けとめないわけにはいかない。


「私の方こそ、今まで一緒にいてくれてありがとう」


 パァっと泣き笑顔。泣きそうになりながらも涙は流さまいと必死に。心からの笑顔をラピへ向けた。これまでの<一緒にいた時間>を<楽しい思い出>にしようと。

 ラピは笑った。それが伝わってか、別れはつらいものではないと言ってくれているのか、とても……幸せそうに。

 手の中で光となって消えていく。それは暖かい光。不相応して心の中は酷く冷たく。


 ドラゴンがいた時、先生が何度か退却するように言っていた。でもその時にはもう遅く。ラピと一緒に逃げるためドラゴンに立ち向かった。ドラゴンは自ら引いた。けれどラピは一撃のダメージを受けていた時点でもうすでに手遅れだった。


 なんて残酷な仕打ちだろう。


 先生が駆け寄って来て、大丈夫かと問う。リキは両手にあった無き姿を見つめて、大丈夫ですと答えた。






「いなく、なっちまったのか、あいつ……」


 ラピが本戦の場でなくなってしまったということをロキに伝えると、暗い顔をして俯いてしまった。喧嘩ばかりしていた二人だけど、やはりいなくなることが寂しいことに変わりない。

 ーー魔物と戦った時に私をかばって

 喉元まで来て止めた。かばおうとしてくれたんじゃない、守ろうとしてくれたんだ。


(私がもっとちゃんとしていれば)


 魔法の使えない自分を悔やむ日がくるとは思っていなかった。使える素質はある。回復魔法が使えるのだ。それにラピの言う通りに<ファイア>を使おうとしたら使えた。攻撃魔法を鍛練していたら初の本戦の結果は変わっていたんだろうか。されどもう<ファイア>は使えないのだろう。ラピが炎系の魔法を発動できるようしてくれたから使えただけであって、自分だけの力では何も起こらない。


「もう一度召喚とかできないのか」


 そんなことができるのだろうか。

 以前は適当に召喚した。初の適当な召喚の仕方でラピが出てくれたのだ。

 できるのならやってみたい。


「できるかどうかはわからないけど、やってみる」


 期待はしていないが、やるだけ無駄じゃない。

 数々ある思い出を思い出しながら、イメージする。そして召喚魔法、と口にした。


(ラピ、お願い、でてきて)



20

 机の上にポンっと現れたのは小さな体をした兎ーーラピだった。



「ーーラピ」

「ご主人様……」

 驚いたような瞳をしているラピに両手を広げると、ラピは素直に飛んできた。顔のところまで持っていき、ぎゅっとする。


「おかえり」

「ただいまぴょん」


 感動の再会。をした二人を見て安心したような顔をした者が一人。

 自席に座ったまま机上にいるラピに言う。


「なんだてめえ、戻れるんじゃねえかよ」

「戻ってきちゃ悪いぴょん?」

「うるさいのがいなくなって清々してたんだけどな」

「もう怒ったぴょん」

 怒るの早い。

「ラピ。ロキは心配してーー」

 仲介に入ろうとしたところ、ロキがははっと笑う。何がおかしいぴょん、とラピが言うと。


「お前キレんの早すぎ」


 笑顔で答える。これまでラピに見せてこなかった心の中からの笑み。

 どうやら仲介に入る必要はなかったようだ。元々喧嘩が始まるような空気でもなかった。


「ロキはラピのことが好きなんだね」

「はっ?」

 とぼけた顔をするロキ。

「ラピもロキのこと好きなんでしょ?」

 口喧嘩しつつも二人は仲が良いように見える。

「それはありえないぴょん」

「本当ありえねえよ。こいつ動物だぜ、マジないわ」

 小さな兎を指差して冷笑。反抗的な目をラピは向ける。

「動物じゃなくて召喚獣ぴょん」

「どうみてもウサギじゃねえか。ウサギ以外の何物でもねえ」

 お互い好きじゃないということらしい。


「そんなこと言うならもう力与えてやらないぴょん」

「……力?」

 それまで睨み合っていた二人。ロキが首を傾げる。

「ご主人様とロキとの相性度が一定まで達したので、ロキに力を与えてやれるようになったぴょん。だけど与えてやらないことにしたぴょん」

「いやちょっと待て、力ってなんだ。何かすごいことなのか」

 何だか難しい話にロキは戸惑う。だがラピは知らんフリ。仕方ないのでリキに頼む。


「おい何とか言ってくれよ」

「ラピ。その〝力〟って、何?」

「魔法みたいなものぴょん。攻撃に属性がつくぴょん」

 リキの質問には素直に答える。これぞ主人を慕う召喚獣。


「……魔法?」

「……属性?」


 二人して疑問符を浮かべる。


「私は炎の属性の召喚獣(持ち主)。誰かに付けばその誰かに炎の属性がつくんだぴょん」

「ーー……それって、すごいことなのか?」

「すごいことぴょん! これ以上すごいことはないぴょん!」

 自信満々に言うラピを疑った目で見るロキ。必死で訴えるが相手は信用する気ゼロ。だったらと、完全にひねくれる。


「信じないなら別にいいぴょん」


 ひねくれられると逆に興味を持つのは何故か。

「何すりゃいいんだよ」

「私に敬意を示すぴょん」

「はあ?」

 めったに見ない召喚獣が言うことなのだから、まあすごいことなのかと思い直したのだが。

「今までの侮辱、全て無に返すぴょん」

 相手は容易いものではない。


 ……手をぐうにする。握った手をぱっと開く。

「はい無に返しましたー」

「まだ何もしていないぴょん!」

 ロキの自然なボケに、キレの良い指摘(ツッコミ)をする小さな兎。

 だったら何すりゃ良いんだよという顔をするロキに。


「謝るぴょん。〝今まで大変失礼極まりない発言をして大変すみませんでした〟と」

 威圧的な態度をとっているが全く威圧感がない。それゆえ、相手に苛立ちを覚えさせてしまう。


「〝今まで大変失礼極まりない発言をして大変すみませんでした〟。ーー……このクソコウサギあとで殺してやる」


*

「心漏れ酷いぴょん! 故(ゆえ)に今までで一番最低な発言をしたぴょん! そして棒読みぴょん!」


 心漏れも酷いが、心漏れした時の顔も酷い。

 ツッコミどころ満載というか、二人の会話の間にもツッコミどころがあるというか。ラピが一度消えてもう二度と会えないと思っていたのが嘘のようである。

 リキはそんな二人の〝見ていて危なっかしいけど楽しい会話〟を見物中。


「〝今までのこと〟は無に返しただろ」


 得意気に笑む。ロキの方が一つうわてであった。




 自由に使えるルームでの実践。 何でもない剣に炎がまとわりつく。


「おお。すげー」


 何度か剣を振ると炎も共に動く。まるで剣が燃えているようである。


 ロキの肩には小さな兎ともラピとも呼べる召喚獣。言っていた通り力を与えているのだ。誰かに付くことにより誰かに己の属性を与えることができる。

 簡単に言えば、自分に付いた召喚獣の持っている属性がつく。しかしそれは召喚獣が自分に付いている時のみ。それとあともう一つ条件がある。その召喚獣の主、(召喚師)が傍にいなければ発動しない特殊な力となっている。


「てかよく考えてみれば属性付加の魔法ってあったよな。だとすると、召喚獣が与えてくれる力ってそんな大したものじゃないーー?」


 実践室を出て、黙っていたロキがふいに疑問を漏らす。何か考えごとをしている様子。


「そんなことないぴょん。何回か同じことをするうちに必殺技が使えるようになるぴょん」

「必殺技? へー」

「気になるぴょん?」

「すごそうに聞こえるけどなんかダサそうだな」

 またもや心漏れ。

「いや嘘。続けて続けて」

 ラピの対応にも慣れてきたようだ。おかげで目の前で喧嘩を見ずにすむ。


「私の炎を纏った必殺技はとても最強ぴょん」

「ふーん。今すぐ使えねえの?」

「だから何回か私の炎を纏う内に使えるようになるぴょん。ちゃんと人の話聞くぴょん」

「人じゃねえだろ」

 そこは誰もが思うことだが、それを口にするのはロキのような少し天然な人だろう。あとは突っ込みを入れたい人など、特殊な人。


「リキの魔力が私を通ってロキに渡る。だから無駄遣いは許さないぴょん」


「アレ、全部お前の力なんじゃねえの」

 剣に炎をまとわせる。それはラピだけで行っているものではないのか。

「全部じゃないぴょん。私には魔力がないぴょん。そのかわりにご主人様の魔力を頂いて自由に扱うことができるぴょん」


 リキの魔力を使用して炎属性を誰かに付加することができる。

「まとめて言えば、俺に力を与えてくれるのはユナテッドってことか」

「私にも特殊なことを行う力があるぴょん」


 炎属性を誰かに付加することができる他に、リキが炎の攻撃魔法を使えるようにすることができる。それでもやはり結局使うのはリキの魔力。


「ユナテッドの魔力がなけりゃただのウサギなんだろ。それに俺が見解するに、お前はただの<器>。ユナテッドがお前に魔力をおくっている、だからお前がその魔力を自由に使うことができて、憑いた奴に炎属性を付加することができる」


「……他にもできることはあるぴょん」

「それもユナテッドの魔力なしじゃできないんだろ」

 間違ってるか? といつもと変わらない眼差しだが、会話的に少し冷たさを感じる。

「まあ、正しい解説ではあるぴょん……」

 わかりやすい落ち込み方。珍しく喧嘩腰でない。顔を俯かせて何かを考えている様子。



22

 そのあと実践を続けようと言ったロキだったが、ラピはそんな調子じゃないぴょんと断りを入れた。元々ラピが持ちかけた話だったのだが、何か気に障ったようだ。察したリキがおいでとラピに手を差し出すと、ロキの肩から離れ手のひらに収まる。

 状況が掴めないでいるロキに「今日はもうお終い」と、終わりを告げた。




 フウコのいない静かな部屋。まだ私室に戻る時間帯ではない。

 机上に乗せたラピと自然と面と向かった状態になる。


「ラピの良いところは、何?」

 優しく訊く。

「良いところ……」

 寂しげな目。俯いたままに答える。

「誰かに炎属性を付加することができるぴょん。でもリキの魔力がないとできないぴょん」

「他には?」

「他……。少しの魔力で炎の攻撃魔法が使えるぴょん。でもやっぱりリキの魔力がないと使えないぴょん」


 きっとロキに言われたことを気にしているのだろう。できることがあるのに無力感を感じている。こんなにも小さいのに。

「すごいねラピは」

 ふっと零れたような一言に、小さな兎は顔を上げ瞳を丸くする。その先には暖かい表情。


「私もラピと同じだよ。魔力はあるみたいだけどラピがいないと誰かに炎属性を付加することはできない。魔力があって回復魔法は使えるけど、ラピがいないと炎の攻撃魔法が使えない。それにラピがいないと寂しい」

「ご主人様……」


 尊敬の眼差し。というよりも、主人に自分の存在を認められた小動物のよう。

 名前で呼んでと言ったことがあるのだが、時々、こういう呼ばれ方をする。


「私たちはきっと繋がってるんだよ。補い合っていくためにそうなっている」


 召喚獣は己の中から生まれたもので、自分の一部なのかもしれない。

 ラピがいるおかげで炎の攻撃魔法が使えたり誰かの役にたてたり。

 逆にラピの持っていない魔力を持っているおかげでラピが存在できている。

 どちらも持ちつ持たれつの関係。


「やっぱりリキはわかってるぴょん。私はリキの補佐ぴょん。私にしかできない役割ぴょん」

 立ち直るのが早いのがラピの長所となった。




 ーー翌日。


「すまなかった。ただの器なんて言って」


 昨日のことについてロキは謝る。いつも言い合っている二人だがお互い今日はとても静かだった。それはラピがロキのことを無視していたからである。視線に気づいた時にはそっぽを向いて完全に友好を遮断していた。


「私はリキの立派な補佐ぴょん。これからは<器>なんて言ったら許さないぴょん」


 ぽかんとする。そんなことで器と言われたのがショックだったのか。ラピが素っ気ない態度ばかり取るので理由(ワケ)をリキに小声で聞いてみたところ、<器>と言われたことに傷ついたみたいと言った。だから謝ったのだが。まさか補佐としていたかったなんて。


「ユナテッドの立派な補佐、早く実践やろーぜ」

「やってあげなくもないぴょん」


 意図なく笑ってしまう。


「お前の機嫌もとんなきゃいけねーなんて、面倒な力」


 必殺技とやらを早く使ってみたいロキには実践が欠かせなかった。ラピの機嫌が悪ければ力は与えてはくれない。そう思っているロキだが、ラピが機嫌悪くも実践室の前まで来ても黙っていたのは何故か。最初から力は与えようと思っていたのである。


 子供の好奇心にはどんなにひねくれている時であろうが勝てない。人に……獣にもよるが。




「一定以上のダメージを負うと姿が保てなくなるみたいぴょん。でももう一度喚んでもらえれば何もかも戻通りぴょん」


 ラピが消えた理由、もう一度召喚できた理由は簡単なものであった。

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