第5話

 警察にとっては死神、疫病神かのようにさえ感じられているであろう僕だが、それだけで拘束する力は、国家権力とて持ち合わせていない。

 容疑者と重要参考人の違いは大きい。

 僕は再び、野山を意味もなく歩くことが出来るようになった。


「こんにちは」

 南朝という世界に否が応でも惹かれた僕は、特に関係のある名所を訪ね歩くことにしたのだが、またしても僕は木々の影から呼び止められたのだった。

「……こんにちは」

 しかし偶然か必然か、ここで彼女に会えたのは幸いだ。警察が心証で僕を疑っているように、僕もまた彼女の存在を重視していた。

「君の言った通りになったね」

「こっちに来て」

 まるで彼女が予言したのは“これから雨が降る”くらいの素っ気ない反応だが、現に笹山は死んでいるのだ。僕はこのまま彼女とともに深緑へと進むのをためらった。


「来ないの」

 ゲームであれば、二つの選択肢が表示され、たとえバッドエンドを迎えようとも、僕はまた何度でもやり直せる。

 だがしかし、ここは現実であり、彼女は不可思議にして不可解そのもの。

 彼女のまっすぐな目だけが僕を観測している。


 仮に、もし仮に僕が復讐と称して彼女の首に両手で絞めつけても、誰にもバレないのではないか。彼女の存在が警察のみならず近隣住民にさえも認知されていないのだ。

 他人――笹山――を殺すのは重罪だ。

 自らの手で自らを殺すのもまた、刑法によって罰されはしないかもしれないが、より高い次元での裁きに魂を委ねるという点では同様だろう。


 だが、空想と思われている存在―彼女―をこの世から消し去ったからと言って、誰に咎められよう。誰に見つかるのか、生前も知らないというのに。



 僕は穏やかならぬ妄想を抱いた人間とは到底思えない従順さを示して、彼女の足の向くままに森へと入って行くのだった。



 ―南北朝の動乱はまだ終わってないよ―



 ***


「なあ、知ってる?」

「何が」

「ここ、南朝の怨念事件が起きたところなんだぜ」

「何それ?」

「は? 知らないの? 結構ニュースでも取り上げられてたぞ」

「何なんだよ」


「旅行で来た大学生二人組が謎の死を遂げる!? みたいな感じでいろんな都市伝説もあったりするし、心霊スポットにもなってるんだぜ」

「………何があったの」

「未解決事件なんだけどさ、最初に死んだ大学生の近くに南朝の誰か忘れたけど重要人物の和歌が置いてあったらしい。でも、二人は和歌が特別好きって訳でもなくて、宿泊券が当たったから来た、単なる観光客」


「それで、もう一人は………?」

「警察は最初、何かのトラブルが原因としてもう一人の大学生を疑ってたんだけど、証拠も特に無いから、取り調べはすぐ終わってさ」

「……うん」

「警察署の帰りに、行方不明になったんだ」

「じゃあ、やっぱりソイツが犯人だったの?」

「いや、しばらくして、人気のない森の中で、死体で見つかったんだ」


「もしかして、殺されてたの?」

「そう。それでさ、実は最初に殺人が起きた時、その大学生のアリバイは無い事になってるんだけど、本人は着物を着た少女と神社でおにぎりを食べてたって証言してたらしいんだよね」

「うわ……」

「それでさ、森の中で死んでた大学生のポケットの中に、『南北朝の動乱はまだ終わってない』って書かれた紙が入ってたんだけど、それが筆跡鑑定の結果、本人の筆跡と違ってたんだよね」

「やば」

「更にヤバいのはさ、その少女の事を、近隣住民は誰も知らないし、結局、警察も見つけられなかったんだ」

「マジで未解決事件じゃん」

「そうだって………え」



 ―こんにちは―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後南朝の華 綾波 宗水 @Ayanami4869

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ