第5話

 葬儀屋で棺に入れられ、祭壇の前に牛男は置かれた。ずっと巻いていたタオルを外すと、メチャクチャに痩せているように見えた。

 事前にオプションで頼んでいた、供える花を選ぶ段取りで、母は、「なにも考えられない」と言ったが、俺が選んだ花に、「白いのが多いのは嫌だ」とダメ出しはした。


 葬儀に入る前に、まず選択の連続で、オプションが満載だった。納骨堂を見せられて、「今日中に場所を押さえとけば割引が効く」と言われた。全部母の好きなようにさせてやるべきだと思った。母は家に置いときたいと言った。それで葬儀屋は、「かなり強いショックを受けているので、経験上家に置いておくと、いつまでも立ち直れない」と俺にもっともらしいことを言った。俺は四十九日が終わったら、骨を分けてもらって部屋に飾ろうと思いながら、「割引はなくていいから後日決める」と断った。


 母が牛男と別れを惜しんでいる間に、代わりに書類を記入した。牛男のことを、『牛尾』だと思っている人が何人か居る。牛男からしてみればどっちでもいいと思う。名前の欄はひらがなにした。性別は間違いなく男で、年齢は長生きなことを母が脳内で誇張しすぎて、十六歳だとずっと言っていたので、そんなはずはないが十六歳にした。事務員の人が、「一緒に入れてやってくれ」と六文銭を印刷した紙をくれて、その流れで、ウサギの足にはめる小さな数珠を進めてきた。死んだウサギに数珠をはめるのは、マルチーズの毛を紫に染めるのと同じぐらい人間の自己満なので断った。「遺骨を入れられるペンダント型のケース」も進められてそれも断り、ようやく骨壺と骨壺を入れる袋を選ぶことになった。ペット葬らしい可愛いデザインのものが沢山あったが、人間の骨を仕まうのと同じ一番渋いやつを選んだ。絶対そっちの方が格好いいから。母の家に置いておくものなので、念のために骨壺と袋は母に確認した。母はやはり、「なにも考えられない」と言いながら、「牛男は男の子だから、ピンクとか、可愛らしいやつはやめてくれ」と注文した。それなら俺の選んだもので問題なかった。


 会計を済ませ、ずっと我慢していたトイレに行って祭壇に戻ると、母が葬儀屋に、「般若心経を止めてくれ」と注文していた。創価学会でもエホバでもアムウェイでも勧誘されるとなんでも入る母は、「牛男は毎日、私が唱える『何妙法蓮華経』を聞いていたから」と言い、葬儀屋は、「コロナの影響で今は閉鎖しているが、通常時は七階に学会員専用の施設がある」と説明していた。自分で選ぶ術を持たない動物の世界に、そこまで宗派を持ち込むのはなんかキモいなと思った。俺の葬式ではみんなで好きな曲でも歌って欲しい。


 棺の中にさっき貰った六文銭と花、母が持ってきていた数珠、普段食べていたエサと、牛男のケージに入れていた、ピンク色で手のひらサイズのウサギのぬいぐるみを入れた。母が寸前で買ってきた人参を入れようとしたが、「そのままだと火葬時に燃え残るから」と、細かく刻むように言われた。

 母が事務用のハサミで人参を刻んでいる間に、俺は牛男を撫でた。どれだけ撫でても、もう頭を押しつけてくることも、お返しに手を舐めてくれることも無かった。ウサギの耳は長かった。


 俺も母も焼香のやり方が分からなかった。そもそも牛男にそんなもの必要かと疑問に思った。それでも何となく雰囲気で焼香をして別れを惜しんだ。

 火葬場に移動して、五分か十分かそこらロビーで待ったあと、火葬台に乗せられた牛男と再開した。プロの技というのはやはり凄いもので、牛男は笑っているように見えた。綺麗で賢いウサギのようだった。

「最後のお別れをしてあげてください」と言われ、また牛男を撫でた。白と黒のまだらの毛に俺は触れた。


 ワクワクしている。牛男はそんな様子だった。火葬炉の中へ入っていく様は、宇宙飛行士がシャトルに乗り込むようだった。「次の場所へ行ってくるぜ」そんな風に言っているように見えた。

 また三十分ほどロビーで待った。母に、「骨を入れて持ち運べるペンダントをいるか」訊くと、「そんなもの要らない。持ち歩かないわよ」と答えた。缶コーヒーを飲んで、タバコは我慢して待った。


 三十分後に牛男の骨と再会して、葬儀屋がどこの骨だ、これは爪だと説明してくれるのを聞いたあとに、最初は箸で、途中から手で遺骨を拾った。ウサギにものど仏があるんだと感心した。

 一緒に入れたエサは、炭のようになりながらシッカリと形を残していた。それとウサギのぬいぐるみは、わりとハッキリとシートに形が染みのように写っていた。


 骨壺に蓋をしたあと、なんだか名残惜しくて、火葬台をさわった。骨の欠片に触れて、もったいなくて、手に持ったまま火葬場から出た。すぐにボロボロになりそうだったので、少しはマシかと思い、その骨をキャメルの箱の中に仕舞った。


 少し歩いて、適当な飯屋に入って母と昼飯でも晩飯でもないものを食べた。途中で席を外した母は、「葬儀代はいくらだったか」と言いながら、金を持って現れた。俺は、「いらない」といい、母は、「これじゃ足りないか」と言った。足りなかったが、それで十分だった。


 飯屋を出て、タクシーを拾った。途中で母が、「これからは出かけるときに、『行ってきます』も、帰った時に、『ただいま』も言う相手がいない」と言った。牛男はみんなが放棄した、寂しがり屋の相手を生涯勤めた。


 枝豆が好物だった牛男に備えるため、その足で買いに行くという母と、彼女の家の前で別れた。俺も帰り道で買い物を済ませようかと思ったが、なんだかんだで葬儀が昼から半日掛かったこともあり、夜間働いている俺は眠すぎて結局なにも買わずに帰った。

「今日が休みで良かった」と、牛男が日を選んでいってくれたように思いながら俺は寝た。


 真夜中に起きて、何となくそうすることが相応しいような気がして、ウィスキーを飲みながら散歩した。

「牛男、畜生、バイバイ。寂しいよ」

 酒だけじゃ足りなかった。

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ウサギちゃんセイグッバイ おかちめんこ太郎 @okachimenko

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