秋は深まる
秋・第11話 紅葉クエストⅠ~そして寝不足へ~①紅葉を見に行こうよう
「出るなよ……今日は出るなよ」
念仏を唱えるような小声で呟きながら、真心は金曜日の帰宅を急ぐ。途中スーパーに寄って唐揚げやら茄子と挽肉の挟み揚げやら袋入りの個装チーズやらを買い漁り、家の戸棚にある梅酒と日本酒のラインナップを思い出す。車のハンドルを握り、
「頼むから出るな」
と呟く様は、まるで幽霊を恐れるようだった。
家の前に着き、車のエンジンを切ってドアを開ける。その瞬間、
「やあ真心」
「出たぁあああっ!」
姿を確認することもなく、叫ぶ。
両手で顔を覆って「ああ今日はひとりでゆっくり『一週間お疲れ様俺の会』を開こうと思ってたのに。ささやかな楽しみすらこの悪魔は奪ってゆくのですか、おお神よ」と芝居がかる。
「誰が神だよ。照れるなあ」
「お前は悪魔のほうな!?」
頭を掻いて笑っているのは無論ゆしかである。
「頼むよー放っといてくれよー今週は仕事大変だったんだよー」
「よしよし、ならわたしが労ってやろう」
「結構ですよ!?」
「でさ、労うからわたしのお願いも聞いてよ。ほら、真香」
暗くて気付かなかったが、ゆしかの後ろにもうひとり立っていることに気付く。
「あれ? 君は……」
どこかで見た気がする。そう遠くない過去、でも昨日とかでもない……。
「わたしの高校時代の後輩。ほら、夏に別れ話の相談で」
「ああ、コーラぶっかけ事件の!」
「そ、そんな印象?」
真香は微妙に引きつった笑みを浮かべる。ゆしかはその手を引いた。
「まあ立ち話もなんだし、とりあえず家に入ろうか」
「なに自分ちみたいに言ってんの!?」
「うっさいな。じゃあ、このまま暗がりで若い女ふたりと路上で言い合う人相の悪いおっさんになる? 世間からどう見えるか楽しみだねえ……ひっひひ」
「どうぞ、お入りください」
こうして真心の思い描いていた穏やかな週末に暗雲が立ちこめる、どころか既に土砂降りの予感しかない。肩を落として、ふたりを招き入れた。
「紅葉を見に」
「行こうよう」
真顔のゆしかと、やや控えめに、というか多分に言わされ感のある真香が唱和した。
テーブルの片側に並ぶふたりと向き合う真心は、唐揚げをひとつ箸でつまみ、口に放り、咀嚼し、飲み込んだ。そしてもうひとつ、とまた箸を伸ばす。
その手首を、ゆしかが掴んで押さえ付ける。
なにしやがる離せ、と無言で睨むと、ゆしかは真顔のまま言った。
「紅葉を見に」
「……行こうよう」
間ができる。
真心は封じられた右手をそのままにして、左手の指で唐揚げをつまんで食べた。
今度はチーズに左手を伸ばすが、ゆしかの手が待ち構えており、組むような感じになる。
「紅葉を見に」
しかしその後が続かない。
ゆしかが睨むと、真香はテーブルに突っ伏した。
「ごめんなさい先輩! もう無理!」
「こら真香ぁ!」
「だって、なんなんですかこれ!?」真香が顔を上げてゆしかに食ってかかる。「普通に言えばよくないですか? 大体どうしてあたしのほうがダジャレ部分担当なんですか!?」
「おいしいとこじゃないか!」
ゆしかが椅子に片足を乗せて真香に上から怒鳴る。拘束が外れた真心は、今だ、とばかりに箸で茄子と挽肉の挟み揚げを掴み、口に入れる。
「あのさあ……どこに突っ込んだらいいのか解んねーんだけど、とりあえず」
疲れたような半眼の真心に、ゆしかと真香の視線が向く。
「俺、明日は誰がなんと言おうと昼まで寝るから。これ決定事項な」
断固たる決意を示した真心に、ゆしかは微笑みを向ける。
「知ってのとおり、この子は受験生なんだ」
「はあ」
「だけどだからこそ、たまに息抜きが必要だ。思い詰めながら机に向かい続けても、成果は上がらない。そうだろ?」
「まあそうだな」
「だから紅葉を見に」
「行ってらっしゃい。ごちそうさま」
空になった総菜のパックを持って、真心が席を立つ。
ゆしかは肉食獣がごとき勢いで追いすがり、脇腹の辺りの服を掴んだ。
「待てよ真心。ひとの話を聞かない奴だな」
「その言葉そっくりそのままプレゼント用ラッピングでお戻し致すぜ!」
「たーのーむーよー。連れてってよぉー」
「子どもかお前は! 服を引っ張るな」
言われてゆしかは、脇腹の肉をつまむ。
「うわっ、意外とつまめる。真心、痩せてるように見えて」
「やっかましゃあ!」
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