第3話

 翌朝、四人はそろってキングサーモン釣りに出かけて行った。ロイとジョンは、それぞれ一メートルもあろうかと思われるほどの大物をつり上げたのだ。帰り道、ロイはジョージにこう言った。

「なあ、ジョージ。ポテトチップスは今日からやめるんだな。毎日、ビッグサイズ一袋はいくらなんでも多すぎるぞ。子どもの体にはいかんよ。どうだ、その代わりにこのキングサーモンのフライにしよう。これだったら毎日、食べたって体に悪くはない。いいだろう。お母さんに余計な心配はかけるなよ」

「おいおい、冗談じゃないよ。二週間に一度はこの大物のキングサーモンを釣り上げなきゃならないことになるぜ。今日は運が良かったんだよ。それに、しょっちゅう休みは取れないよ」 

と、ジョンが苦笑いしながら言った。

「今日のは運じゃない。おれの腕さ。おれがいなきゃジョンなんか、まだ素人だな。仕掛けやポイントも分かっていなかったよ。一人で釣り上げるには後十年かかるよ」

と、ロイは大笑いをして言った。それに、つられてみんなも大笑いをするのだった。

「おじいちゃん。今日から僕もポテトチップスを毎日食べるのはやめにするよ。たまには食べるけどね。でも、キングサーモンのフライはどうかな。満月の夜にキングサーモンにでもなったら大変だよ。そのうち、お腹をすかして下手なパパに釣られて食べられてしまうかもしれないからね」 

 その日からジョージはポテトチップスを本当に食べなくなっていた。週末に小さい袋を一つだけ食べるだけになっていた。満月の夜のこともすっかり忘れていた。十月初めの空は澄み切っていた。夜になると月明かりが青白く森を照らし出し、もうすぐ厳しい冬の到来を思わせるかのように、寒々とした景色を作り出していた。次の週末が来た。その日は雲一つなく見事な満月だった。いつもは、明るく夜空一杯に輝く星たちも今夜ばかりは控えめにまたたいているように思われた。ジョージは、食事が終わって自分の部屋で一人本を読んでいた。その時、今週はポテトチップスを食べていないことに気がついた。そうすると何だか急にポテトチップスを食べたくなった。ベッドの横にある引き出しの中から、ポテトチップスを取り出した。ポテトチップスの小さい袋を手に持ち、窓から差し込んでくる青白い光のそばに行き窓の外を見あげた。そこには、まるで青いセロハンシートをかけたように真っ青な月が輝いていたのだ。ジョージは、今までこんなに青い月を見たことがなかった。ちょっと気味が悪くなり急いでカーテンを閉めベッドに潜り込こんだ。そしてポテトチップスを食べようとしたが、少し心配になってきた。ロイおじいさんが教えてくれた長老の話を思い出したのだ。

「オオカミになる満月の夜も、こんな特別な青く輝く夜のことかもしれないなあ」

と、思ったのも一時だった。

「大丈夫さ。今まで何度も満月の夜にポテトチップスを食べていたんだ。一度だってオオカミになんかならなかったじゃないか。ロイだって。パパだって。それに、今は毎日食べていないし、食べる量だって小袋一つだよ。1枚や2枚食べたってどうってことないさ。そうだ。クローゼット中で食べたら平気さ」

ジョージは、こう、自分に言い聞かせて、クローゼットの中に入り込んだ。袋からできるだけ大きなポテトチップスを選んで、口の中に丸ごとほうり込んだ。

 バリバリと口の中で音がした。それからかみ砕いたポテトチップスを飲み込んだ。何も変わらなかった。いつものように塩味の効いた美味しさだった。ジョージは次から次に食べ続けた。半分ほど食べ終わってからポテトチップスを持っている自分の手が、何だかもやもやするのにふと気がついた。クローゼットの中でよく見えなかった。明るい部屋に出たジョージは驚きポテトチップスの袋を落としてしまった。ジョージの手の甲にうす茶色の堅い毛が伸びてきているのだ。手のひらの方を見るとしわが寄ってきて、手のひらを大きく四つに分けていた。それがだんだん盛り上がってきた。倒れそうになりながらも、クローゼットの扉の裏に付いている鏡をのぞき込んだ。顔も毛だらけになり耳がとんがり、目もつり上がり鼻も口も一緒になって顔の前の方に突き出してきていた。おまけに歯が犬の牙のように尖ってきていたのだ。髪の毛までも茶色く逆立ってきていた。

 ジョージは、

「パパ、ママ・・・」

と叫んだ。しかし、それは声にはならなかった。

「ウオー、ウオー」

としか聞こえなかった。ジョージが、完全にオオカミになってしまうのに、そんなに時間はかからなかった。かからなかったというよりも、あっと言う間だった。

 ジョージは・・・、いや、もうその姿はジョージではなかった。オオカミは二階の窓から勢いよく飛び出した。青白く照らし出されたけもの道を一気に走った。その道はオオカミが群れて住む山のほうに続いていた。

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