第13話 面倒臭いな(優希×鷹取)

 今日も何事もなく一日が終わる。俺は帰りのHRが終わるとすぐに席から離れると、教室を出て靴箱へと向かった。

 

 靴を履き替え、正門へと向かう道。

 

 グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえてくる。俺はそちらへ目を向ける事無く歩いていると、声を掛けられた。

 

鷹取たかとり

 

 俺はその声が聞こえていない振りをして歩いた。

 

 もう一度、その声が俺を呼ぶ。

 

 誰が俺を呼んだのかは顔を見なくても分かる。

 

 ソフト部三年の那珂川なかがわ優希ゆうき。同小で家も二軒隣。小学生の頃までは仲は良かったが、それも中学に上がった頃には、クラスも同じになった事が無く、疎遠となっていた。

 

「……話し掛けんなよ」

 

 口の中で噛み潰す様に呟くと、正門へと向かった。

 

 俺は学校を出るとコンビニに寄り、弁当を買う。今日の夕食。このコンビニの弁当も食べ飽きている。

 

 家にたどり着くと、玄関の鍵を開け中へと入った。

 

 はぁっと大きな溜息を吐く。

 

 誰も居ない家はとても広く感じ、そして、暗かった。

 

 

 

 二年の春休み、俺の両親が離婚し、俺は父さんに引き取られ、二人で暮らしている。

 

 父さんは仕事が忙しく、朝早く家を出て、帰ってくるのは夜遅い。だから、父さんとあまり顔を合わせる事が少ない。俺は何か色んな事が面倒臭くなり、遅刻や欠席などが増えてきた。

 

 その頃から、那珂川が俺に声を掛けてくる様になった。

 

「鷹取、バスケ部辞めたって本当ね?」

 

「鷹取、きちんとご飯ば食べよるん?」

 

「鷹取、あんた、なんばしよるん?最近、遅刻とかが増えよるやん?」

 

 正直言って、うざい。

 

「しゃーしかったい、お前に関係なかろうもん」

 

「ごめん……でもさ……」

 

「ほっとけ」

 

 イライラする。

 

 俺は那珂川に話し掛けられても無視する事に決めた。

 

 

 

 土曜日。俺は夕飯の弁当を買いにコンビニへ行こうと準備をしていた。

 

 来客を知らせるチャイムがなる。モニターを確認すると那珂川が立っていた。

 

きょうちゃん……これ、お母さんが……」

 

 那珂川がおかずなどが載せてあるトレイを俺に差し出してきた。

 

 恭ちゃん……

 

 小学生の頃、那珂川は俺をそう呼んでいた。だけど中学に上がってから一度も聞いた事がない。まぁ、こうやって家に尋ねて来る事もなかったけど。

 

「いつもコンビニの弁当なんやろ?」

 

「食べんでも良いけん、受け取って」

 

「食器は明日、取り来るけん……」

 

「じゃあね……」

 

 トレイを受け取り、「あぁ」と一言返事をすると、少し寂しそうに微笑む那珂川。

 

「なんで俺に構うん?もう、ほっといてくれん?」

 

 俺の言葉に、那珂川が唇をきゅっと噛み締め、俺を睨む様に見詰めている。

 

「……なんでそげん言うん?恭ちゃんの事ば、ほっとけるわけ無いやんね……」

 

 真っ直ぐに見詰めてくるその瞳に、俺はつい目を逸らし背を向けた。

 

「ほっとけよ、うぜえから」

 

 俺はそう言うと玄関の扉を閉めた。

 

 食器は那珂川が部活から帰ってくる前に返しに行くと、案の定、引き留められそうになったが、そこは固辞して、すぐに家へと戻った。

 

 

 

 次の日、目が覚めると既に学校が始まっている時間だった。三年になってからよく有る事で、大して焦るわけでもなく、とりあえずリビングへ行き、冷蔵庫の中から麦茶を取り出すと、コップへ注ぎ、一口飲んだ。

 

 とりあえず、学校へと行く事を決めた俺は、のんびりと着替え終わると玄関を出た。

 

 スマホで時間を確認する。

 

 一限目がもうすぐ終わる時間。ちょうど良い。二限目の始まる前には間に合う。


 靴箱で上履きに履き替えると、階段を上り、二階の一番奥にある四組の教室へと歩いていた。

 

「鷹取……」

 

 後ろから声を掛けられた。那珂川だ。俺はその声を無視し、振り返らずに自分の教室へと向かう。

 

「なんで……無視するん?そんなに私ってうざいとね?」

 

「ねぇっ!!鷹取っ!!」

 

 涙が零れそうな瞳。俺と那珂川の周りに何事かと、人が集まってくる。

 


「あれ一組の那珂川やん」

 

「那珂川、振られよる」

 

「別れ話?」

 

「修羅場やんっ!!」

 

 俺と那珂川を見ていた男子が何を勘違いしているのか、全く見当違いの事を言い出した。それにつられ他の奴らもからかい始めた。

 

「仲直りのキスばすりゃ良かっちゃね!!」

 

「彼氏っ、抱き締めてやらんねっ!!」

 

「はははっ」

 

 何も言い返さずにぎゅっとスカートを握り、俯く那珂川。体を震わせ目に涙を浮かべている。

 

 やけんさ……俺に構っちゃいかんっち言ったとたい。俺の事なんかほっときゃ良かったっちゃん。他の生徒よりも、遅刻やなんだで悪目立ちしとるんやけん、俺は。

 

 この騒ぎにソフト部の女子達がやってきた。そして、那珂川を囲み守る様にして立っている。

 

「あんたら、なんば言いよっとねっ!!」

 

 必死に庇うソフト部達。それでもそいつらは那珂川をからかう事を止めなかった。ソフト部とそいつらの言い争いがヒートアップしていく。


 俺はあからさまにちっと舌打ちをして、そいつらの前まで行くと、胸ぐらを掴み、見下ろす様に睨みつけた。胸ぐら掴まれたそいつが苦しそうに顔を歪める。その場が凍りつくのが分かる。俺は二年の終わりまで、バスケをしていたお陰で背が高い。体格だけは良く、力も強い。止めに入ろうとする周りの奴らを無視して、俺は低い声で言った。

 

「お前、うるさかぞ?勘違いすんなや、そんなんじゃなかけんさ?」

 

「え……あ……ご、ごめん」

 

 目を逸らしながら謝るそいつを押し退け、もう一度、舌打ちをして再び教室へと歩き出した。

 

 あれだけ聞こえていた騒がしい声が嘘の様に消え、静かになった廊下。

 

「鷹取……」

 

 那珂川の呼ぶ声だけが俺の耳に届いた。

 

 面倒臭いな……

 

 俺はそう思いながらも、涙を堪えていた那珂川の姿に、少し胸の奥がちくりと痛んだ。

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